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「おでん」

作者: TETUO

今回はお題小説になっています。「アイス」「おでん」「約束の場所」以上を含みますのでご注意ください。

「おでん」

 

 吹雪が激しいある夜に人型になった白いヒモを囲んでいたのは新人刑事の新田進と退職間際のベテラン刑事の三条由紀夫だった。

「由紀夫さん、今回の事件どう思います。」

 彼らが捜査していたのは先日起きた殺人事件だった。この事件は新人の彼にとっては初めての殺人事件でベテランの三条がバディになるのも大方予想がついた。

「あの仏さん悲しかっただろうな。辛そうな顔だった。この事件の詳細をもう一度教えてくれ。」

 死体のことを仏さんと呼ぶのはいつの日か見た刑事ドラマに出てくるベテラン刑事ならではだと思っていた新田にとって、その仏さんという言葉は重いものだった。

「今回の事件の被害者は幸田陽子四十歳独身。職業はうちの署の近くのスーパーのレジ係だったそうです。死亡推定時刻は午後の八時。事件の当日、パートから帰ってきたのが午後の七時。帰ってきたときには当時交際していた男性が家に待機しており、その一時間後に死亡。というのもこの男性、金内國男は自分が交際相手を殺したと自白してきたとのことでその場で現行犯逮捕されたようです。今回の事件に謎は一つもないと思うんですけど、何か引っかかりますか?」

 確かに今回の事件は容疑者が自白している以上、何の謎も残っていないのは明らかだ。この二人が捜査に来たのは、殺害現場に残った遺品や損壊している部分の捜査で一般的に言う“謎解き”ではなかった。

「いいや、この事件に関して再確認したかっただけだ。しかしまぁ、この殺人事件がお前にとっての初陣だったかもしれないが、どうだった初陣は。といってもただの遺品処理じゃ初陣とは呼べないか。」

「いえ、俺にとって十分に貴重な体験です。ガキの頃からずっと憧れていた刑事になって、現場に来て遺品を処理するのだって十分なもんですよ。」

 彼らはそんな話をしながら遺品処理を済ませて、署に戻った。

「由紀夫さん、アイスいります? 昨日買ってきたんすよ。冬に暖かい部屋で食べるアイスってのも悪いもんじゃないと思うんすよ。」

 彼が三条にそう告げると少し納得したように三条はアイスを受け取った。彼に渡されたのはソーダ味の六十円アイスではなく少し値段の高いカップアイスだった。

「悪いな新田。その気持ち分からなくもない。俺も昔お前みたいな新人だった時に上司にアイスを渡したことがあった。彼は頑固者でな、俺が現場に着いて捜査している時は何かしらの文句をつけて俺を叱ってくるくせに、そのアイスを渡した時にだけやけに優しくなりやがるんだ。腹の立つ上司だったよ。」

 そう言って笑いながらしゃべる三条だったが、その笑顔にはどこか陰りがあった。新田はその陰りに何か違和感を感じた。

「遅れて悪かったな。」

 三条がそう呟いた先には先日行った現場の人型の白いヒモがあった。

「お前が他の奴に殺されるなんて思いもしなかった。お前とはいい思い出ばかりだけじゃない。いやなこともあった。会いたくない時もあった。だがお前と一緒に過ごした時間は俺にとって、大切なものだったのは確かだ。最後に会ったのは二十年前だよな。十七個も歳の離れた女と一緒に多くの時間を過ごすのは初めてだった。お前は十七個も離れた歳とった男の事をどう思ってたんだろうな。だがそんな年齢なんかは関係なく、お前を愛していたのは事実だ。」

 そう語っている後姿に、近寄ってきた影があった。

「誰だ。」

 そう警戒している三条の目の前に現れた影の正体は新田だった。

「由紀夫さん。こんなとこで何してるんですか。」

「お前には関係ねぇ。なんでここに俺がいるってわかった。」

「新人刑事なりに下手な事件調査をしていただけです。そしたら由紀夫さんと被害者の幸田さんは二十年前に交際していたことを知りました。」

「そんな古い情報誰から聞いた。」

「容疑者の金内國男さんからです。」

「チッ。あいつ余計なことを。」

「あなたは金内さんと兄弟ですね? 金内さんと由紀夫さんの両親は同じですが金内さんはお兄さんであるあなたが生まれた後に養子に出された。由紀夫さんが署のいつもの部屋にいないからどうしたのかと思って、この事実を知った後に金内さんに話を聞きに行ったらここにいるかもしれないとおっしゃっていました。」

 新人の彼がここまで調べ上げることができたのはテレビドラマの見過ぎではなく、いつも三条の背中を追いかけ見つめ続けたおかげであった。

「國男はいつも余計なことをする。養子に出された後もあいつの両親が俺のとこに結構電話してきてな、俺らは友好関係にあったんだ。だから養子って言っても俺と國男は週に何度か会う友達であり、兄弟だった。あいつは弟のくせに俺のことをいっつも心配してきやがる。いつも自分の利益じゃなく俺の利益のために動くんだ。本当に厄介な奴だよ。」

 そう弟の嫌味を言い続ける三条の目には涙が溢れていた。

「今回の殺人事件で弟さんが逮捕されたのも理由がわかります。兄貴想いの弟が兄の二十年越しの復讐を自ら食い止めた。金内さんは三条さんをかばったんです。自分が殺人犯になることで。」

「陽子は悪い奴じゃなかった。あいつはいい女だった。あいつと過ごした時間は満足のいく幸せな時間だったのは確かだ。あの悪夢がなければ。」

「教えてください。」

 静寂がその場を支配した。

「あれはこの前みたいな吹雪の日だった。陽子がいきなり俺に電話してきたんだ。その日は確か俺らの記念日ってやつで俺はあいつと待ち合わせをしていたからその電話だと思って受け取ると、彼女が今日は待ち合わせに行けなくなった、との電話だったんだ。俺は不審に思ったが詮索するのもやめて、家に帰った。その彼女に渡す予定だったプレゼントを持ってな。家のドアを開けると鍵がかかっていないことに気づいた。恐る恐る中を覗くと血だらけで突っ立てる陽子がいた。母を殺した、そう言って泣き崩れた彼女を俺は見続けることしかできなかった。刑事としての自分といつも彼女の隣にいるべき自分がいた。あの時の俺は何をすべきだったのか、未だに答えがわからないでいる。」

 陽子の母親はアルツハイマー症候群を患っており、彼女はパートの仕事の前には介護士として働いていた。彼女は介護士として母親を介護することは初めの頃こそ喜びだったのかもしれないが、その後病状が悪化するにつれて彼女にとってその介護が苦痛へと変わっていった。しかし彼女はその苦痛を顔に出すことなく職場で働いていた。陽子は母を自宅介護ということで母親を自宅にて介護していたため職場の介護士たちは陽子の母親が死亡したことに気づくことはなかった。

「あいつが母親を殺してから俺の生活は変わった。陽子と連絡を取るのをやめて刑事としてこれから真っ当にやっていけるのかただただ不安だった。俺は殺人犯を野放しにして生きてきた。しかも刑事としてもうベテランの年齢だ。そんな刑事が他の事件を担当して誰が俺を信用する? 信用どころか反発だ。」

 刑事として長年活躍し多くの事件を担当してきたベテランの四文字がふさわしい三条由紀夫はそこにはいなかった。それと同時に新田もそのことを理解していた。

「今回の事件で一番救われないのはもちろん陽子さんです。しかし由紀夫さん、あなたもさぞ苦しい思いをしました。自分の意思の行動ではないのに陽子さんが死んでしまった。しかもそれは弟である國男さんの犯行だった。由紀夫さん自身のキャリアの終わりに実行するはずだった陽子さん殺害の計画も実行できなかった。キャリアが終われば身内がいないあなたにとってはある意味自由の身。その状態で犯行に及べば誰にも迷惑がかからないと思ったんでしょう。そのことも、國男さんがしっかり理解していたようです。俺にしっかり話してくれました。」

 その場の空気は静寂そのもので新田はその空気の中、淡々と話を進めていた。静寂に包まれたその場で次に口を開いたのは三条だった。

「人を殺めたことのある人物を野放しにできなかった。なのに俺は二十年間も彼女を放っていおいてしまったんだ。お前にわかるか、俺の気持ちが。俺も一人の犯罪者であり、一人の刑事なんだ。二十年越しの罪を滅ぼしのつもりで計画していたのも水泡に喫した。この現場は俺と陽子にとっての決戦の場、そして俺と俺自身にとっての約束の場所なんだ。」

「由紀夫さん。もうあなたのキャリアは終わりです。」

 そう告げた新田はそっと師匠である三条の両腕に鋼鉄の手錠をかけた。


 あの事件か一年の時が過ぎた。三条は自白したことによる現行犯逮捕で今も牢屋にいる。彼の弟は兄よりも先に釈放され普通の生活をしているが彼自身についた殺人犯という赤いレッテルは一生彼に付いたままだ。ある雨が降る夜、署の近くの河川敷に店を構えるおでん屋には二つの背中が肩を並べていた。

「今、仮釈放中なんすよね由紀夫さん。」

「ああ。」

「あともう少しで釈放っすよね。」

「ああ。」

 現場は違っても、一年の時が過ぎたとしても彼らを纏う空気はやはり静寂そのものだった。

「悪いな。忙しいのにいきなり呼び出しちまって。」

「いえ、全然大丈夫っすよ。」

「なんでおでん屋かわかるか?」

「寒いからっすか。」

「いや、違う。言い残したことがあったんだ。」

「言ってくださいよ。」

 三条が口を開く。

「この世界はおでんにそっくりだ。一つの鍋っていうのはこの世間を表す。俺ら人間はおでんの具みたいなもんだ。一つ一つで形も違えば味も違う。おでんの汁は世間一般の考えだ。その考えを俺らは知らず知らずのうちに脳みそに浸み込ませられる。おでんの具と一緒だ。そして俺らはそれから逃げることもできなければ抗うこともできない。そんで最後には他人に食われる。俺らも気づいた時には上層階級の人間からつままれる。そんなひどい世の中なんだよ、俺がいる鍋の中は。」

「確かにそうかもしれないっすね。自分が職から離れるのってクビとかですもんね。それもつままれるってやつ。」

 新田は器に残った餅巾着を口に運ぶのを少しためらっていた。

「でも、由紀夫さん、俺思うんすよ。人間て自分勝手で本当に面倒臭いですけどやっぱりやる時はやれると思ってるんす。だから上の人間に支配されても悪あがきしてやるんすよ。」

 鍋から汁の浸みた卵が浮かんできたのは彼のそんな言葉の直後だった。


今回の作品はお題小説でした。前回の作品は「死神」という落語を文字に起こして自分なりにアレンジしたものだったので今回は完全オリジナルで話を考えました。まずお題が全く関係性がないのに困りましたw メインストーリーをどうしようか迷っていて電車の中でそれについて考えていました。他の方が考えないようなアイデアを最後に置きたいと考えていたので大変でした。私の勝手な考えですが、おそらく他の方なら「約束の場所」をメインに据えると考えていました。なので自分はあえてそれではなく「おでん」を主役において話を完結させようとしたところ、おでん=冬⇨冬に食うアイスうまいよなって感じでアイスとおでんを関連することができましたw 約束の場所はなんとなく殺人現場を想像したので、ってことはメインは刑事モノだっていうことで初めて刑事モノを書きました。事件のつじつまは合わせたつもりですがどこかで矛盾が生じてしまっているかもしれませんw それと電車の中でこのアイデアが浮かんでから執筆完了に至るまでは約二日間くらいでした。次の作品も気合を入れて頑張るので宜しくお願いします。ご精読ありがとうございました。では失礼します。

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