旅立つ君へ
私の彼氏は中学からの同級生、律斗。
今年で付き合い始めて八年になる。
そして今日は、律斗が旅立つ日。
彼はサッカー留学でイングランドへ行く。
私の心は背中を押したい気持ちと、寂しさが入り混じっていた。
空港のターミナルで、私と律斗は最後の言葉を交わす。
「一人にさせる。ごめん」
「なんかカタコトだよ? らしくないなぁ~」
律斗は最後の最後まで浮かない顔をする。
しょうがないな~。
「パスポートは?」
「持った」
「チケットは?」
「大丈夫」
私は律斗を質問攻めにした後、彼の背中をたたいた。
「そんな顔すんな!」
律斗は目を見張って私を見つめる。
「行ってこい」
「……ありがとな。行ってくる」
そう言って彼は私の頭をそっとなでた。
もう。子ども扱いすんな。同い年だよ?
「これ……、受け取ってくんねえかな?」
「ゆ、びわ……?」
輝くシルバーのリングと、トップに付いたパール。
やばい、嬉しすぎる……。
「本当は、帰って来てから渡すつもりだったのにな。……帰ってきたら、結婚しよう、葵」
「律斗……」
いつかは結婚するんだろうな、って思ってた。
でも、いつかが今のタイミングなんて、予想外すぎる。
「うん、待ってる」
『イングランド行き、102便の搭乗手続きを開始いたします。ご搭乗のお客様は北ターミナルまでお越しください』
律斗が乗る飛行機の搭乗手続き開始を知らせるアナウンス。
と同時に、検査場への入り口が開いた。
もう、時間か……。
「立派になって、帰ってくるから」
律斗は私を抱き寄せて、耳元にささやいた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
キャリーカートを引きずって、律斗は入口の列に並ぶ。
私は彼の背中をずっと見つめた。
時々律斗が振り向くから、そのたびに私は笑顔を返す。
「律斗……」
律斗の背中が見えなくなって、私は視線を左手の薬指に向けた。
「待ってるからね」
泣いていないのに、涙が頬を伝う。
よかった、今で。
旅立つ君の前では、笑顔の私でいたかったから……。
「じゃあ、和神イングランド行っちゃったんだ~」
「うん。おかげで部屋が広く感じちゃうよ」
奈々とお茶しながら、私は律斗が無事に旅立って行ったことを報告した。
ついでに、左手の指輪のことも。
「一年後、楽しみだね」
「一年か~。すっごい長く感じるんだろうな~」だって律斗がいないんだもんな。
「ま、和神は浮気とかしないから大丈夫だよ。モテることはモテるだろうけどね」
「確かに(笑)大丈夫。先に浮気した方が負けだって言ってたから、律斗」
「あ~、和神負けず嫌いだからな……」
気長に待ってるよ、律斗。
ちなみに、この二人はいろんな小説で出てくるかもしれません。
見つけたときは「旅立つ君へ」の二人だ、とか思っていただけたら嬉しいです(笑)