異世界に来ました
ドオォォォンッ
「あだっ…!?」
いきなり体に衝撃が走ったかと思うと、視界に青空と上へ伸びる木々の枝が目に入った。手を開いたり閉じたりして痺れを取り、どうにか体を起こすことができる。
続けて、体に異常が無いかどうかを確認した。目だった外傷は無く、どこにも痛みを感じない。
あれだけ強い衝撃を受けたのに、五体満足で何よりだ。
安心してすぐに周囲を確認すると、普通の木々と茂みが視界を遮るようになっている。
「……ここが異世界か。なんともまあ、普通にしか見えないな」
とはいえ、あっちの世界と変わり映えしないというだけだ。
ファンタジーがフィクションだった世界に生きていたおれは、飛ばされたということだけでも警戒してしまう。
『へえ、普通って? そんなことを言っていると、あとで痛い目にあうわよ』
「女神様、だっけ? どこにいるんだ?」
頭の中で反響する声に、だいたいの予想をしながら探してみる。
『ふふん。女神である私が、そう簡単に姿を見せるわけ無いでしょ?』
なんというのか、残念な女神だ。絶対にどや顔している。
まあ、だいたいの性格がわかったから、上手く誘導して聞き出すことにしよう。
「さっきのが例外ってことか。……それで、その偉大な女神様がおれを連れてきた理由を教えてくれないか?」
声の具合からして、煽てれば金の卵を産み落としそうな感じだ。まあ、魂胆を見抜かれていなければ上手くいく。
『ふふん、教えてほしい?』
「ああ、ぜひとも教えてほしい。崇高な女神様だったら、助けを請うなら悪人でさえ助けてくれるだろ?」
いい感じに釣られたので、後押しするように煽ててみる。
『ふふっ、うふふ。やぁねぇ、そんなに褒めても何も出ないわよ?』
……なんというのか、思った以上にチョロい。チョロすぎる。
これは、あれだな。豚も煽てりゃ木に登る。
『泣きながら這いつくばってまで請われたのだから、教えてあげないといけないと不憫よね。ふふふふ』
別に泣いていないし、這いつくばっていないんだけどなぁ。
うーん、なんと言うのか少しイラッと来る。でも、ここで余計なことを言ったら怒りそうだよな? よし、黙っておこう。
『おほん、それじゃあ教えてあげるわ。盛大に感謝しなさいよ?』
「……あー、うん」
……ここまで調子に乗られると、苛立ちを通り越して微妙な気分になる。
『少し誠意が足りないようだけど?』
さっきの気の無い返事が気に障ったらしく咎めれる。
チョロいと思ってたら、意外に鋭い女神様だった。これからは気をつけることにしよう。
「誠意っていうのは、言葉じゃなくて行動で示すものだろ? そんなことを気にするなんて、寛大な女神様らしくないぞ」
フォローを入れながら、チョロい女神を煽てるのも忘れない。
『……なんだか誤魔化されている気がするけど、時間がもったいないから説明するわね』
うん、さっさと説明して欲しい。そして、もし可能であったなら還して欲しい。
『あなたを連れてきた理由は三つあるわ』
……三つもあるのか。なんだか面倒ごとを押し付けられそうな気がするけど、とにかく説明を聞くことにしよう。
『一つ目は、あなたが異世界からの転生者であること。二つ目は、あなたの異常なステータス。三つ目は、あなたの持っている武器。以上の理由で、あなたを連れてきたの。理解できたかしら?』
「ちょっと待て。肝心の説明が無い」
ドヤ顔をしているであろう自称女神に、冷静にツッコミを入れておく。
淡々と説明されたのはいいが、いい加減すぎるので理解できない。
『あら? これで理解できないの? 思ったよりも頭が悪いのね?』
それは、こっちのセリフだと思う。この一言を口にしなかっただけ、おれは自分のことを褒めてやりたい。
箇条書きのメモを見せられたとして、説明なしに理解できるのごく少数のはずだ。
「それは、あくまで選んだ基準だよな? この世界でおれに何をさせたいんだよ? 気高い女神様の考えていることを、おれにも理解できるように話してくれ」
まるで、子供の話を聞く親のように接してみる。
なんというのか、とことん残念な自称女神だよな……。まあ、それだけに扱いやすくていいんだけな。
『しょうがないわねぇ。一度しかしないから、よーく聞くのよ?』
向こうは向こうで、おれを残念な頭の持ち主だと思っているらしい。自分のことを棚に上げておいて、すげー失礼なヤツだな。
正直なことを言ってやりたいが、君子危うきに近寄らずだ。ついでに、障らぬ神に祟りなしかね。いちおう、相手は女神様らしいし。
「あー、そうだな。詳しくは知らんけど」
説明を頼んだはずなのに、なぜか自慢話が始まってしまった。こういう場合、適当に相槌を打って受け流すに限る。
『まあ、そういうわけだから、それなりに信仰もあるのよ』
「うんうん、それで?」
『……せっかく説明してあげているのに、真面目に聞く気あるの?』
チョロいくせに案外鋭い。なんというのか、こういう相手は面倒だよなぁ。
「これでも、真面目に聞いてるぞ? 女神様が直々に説明してくれてるからな」
こういう相手に疑われた時は、誠実に対応して煙にまいておくに限る。……それにしても、いつになったら本題に入るんだよ?
「…………本当かしら?」
「おわっ!?」
いきなり背後で聞こえた声に驚いて振り向くと、知り合って間もない顔があった。
「………高貴なる女神の私が直々に顔を見せてあげたと言うのに、なんて不届きで無礼な男なのかしら? 地面にひれ伏して拝みなさい」
「いや、背後から至近距離で声をかけられたら、普通は驚くからな? っていうか、なんで出てきてるんだよ?」
命令に従った方がいいのだろうが、思わずツッコミを入れてしまった。
自分で簡単に顔を出せないとか言っておいて、普通に出てきてるんだ。これで驚くなと言う方が理不尽。
「なんていうのか、貴方が信用できない気がするの。だから、この私が直に声を聞かせてあげるわ」
うん、やっぱりチョロいくせに鋭い。しかも、地味に嫌な手段を取ってきやがった。
心の内で面倒だと思いながらも、とにかく表面だけは繕っておく。
「身に余る光栄、傷み入ります。御身の美貌を目にしては、あまりの神々しさに目が焼かれてしまいます」
できる限りの社交辞令を述べながら、跪いて顔を伏せる最高敬礼を取ってみた。これで満足してもらえなかったら、五体倒置して機嫌を取る事にしよう。
もし次に機嫌を損ねて、地獄のような場所に飛ばされるのは勘弁だ。
「だいぶ胡散臭いけど、褒められて悪い気はしないわね」
やっぱり褒め言葉に弱いらしく、満更でもなさそうな声を出す。
疑われたいるのは間違いないが、確信に至っているわけではなさそうだ。これなら、畳み掛けてうやむやにできる。
「女神様にご足労いただいた上に、ただの言葉で喜んでいただけるなど、これ以上の幸福はありません」
「そっ、そんなに褒めても何も出ないわよ? 私が出てきたくて、出てきただけなのだから」
「再び御身に拝謁できただけでも充分です。これ以上の栄誉はありません」
……なんというのか、自分でも呆れるよ。うん。
こうも次から次へと嘘を言えるなんて、前世が詐欺師だったと言っても誰も疑わないレベルだ。
「ふ、ふん。なら、その栄誉を与えた私の命令を聞いてもらうわ」
ありゃ? なんか、今の流れで面倒くさい自慢話を聞かなくて良くなったらしい。
さてと、本題を聞かせ――いや、女神様の命令を拝聴させていただこう。
「はっ、この若輩にできることであれば申し付けください」
「私の使徒になって、信者を増やす役目を与えるわ」
「……………えーっと、具体的には何をすればいいんでしょうか?」
なんだか予想通り面倒な役目を押し付けられるのは理解した。ただ、いまいち内容が掴みきれない。
「とにかく、貴方が活躍して目立てばいいの! 財力や武力、権力を利用して、私の名を世界に広めなさい!」
……うん、とりあえず整理してみよう。
・女神様は俺を利用して、自分への信仰を世界に広めたいらしい。
・俺が選ばれた理由は、さっき説明された三つの要素が関係するらしい。
この二点を繋げて出てくる結論は――、
「つまり、異世界転生の経験があるから使い物になる。そして、異常なステータスと珍しい武器が目立つ。客寄せパンダに打って付けの人選」
ということなのだろう。この推測を裏付けるかのように、女神様は目を輝かせて頷いた。
「そう、その通りよ。理解が早くて助かるわ!」
……………なんだろう、この褒められているのに嬉しくない不快感? それに、ふつふつと湧き上ってくる熱い激情?
ごいん!
「きゃんっ! ~~~~~っ!?」
鈍い音の後に聞こえてきた悲鳴。
つむじの辺りを押さえ、女神がしゃがみこんでいる。いったい、何があったというのだろう?
おれは周囲を警戒し、駄女神にダメージを与えた存在を索敵する。しかし、それらしい気配は存在しない。
逃げたとなると、暗殺者か森呪族の類になる。…あるいは、この駄女神と同じ存在か。
とりあえず、無事かどうか確認した方がいいだろう。仮にも女神様なのだから、大したことは無いだろうけどな。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけ無いでしょっ!? いきなり、何すんのよっ!? 痛いじゃない! っていうか、無礼よ! この愚か者!」
殴りつけられたかのような衝撃を伴い、きんきんと響く声が浴びせられる。
地面に靴底を沈ませて半歩ほど滑り、吹き飛ばされずに堪えることができた。
「なんで、おれが怒られるんだ?」
何もしていないのに怒られるのは、理不尽以外の何でもない。たとえ女神様だろうと、理由によっては許さなくていいと思う。
「なんで――じゃないわよっ! 女神である私を殴るなんて言語道断! 今すぐにでも裁きを受けさせてあげるわっ!!」
あれ? おれが悪いパターンなのか? っていうか、この展開はまずすぎる! っていうか、この展開はまずすぎる!
死亡フラグを回避すべく土下座を敢行し、文字通り額を地面に擦りつけた。
「ちょっと待った! 思い出してみますから、待ってください」
利き手を何度も握って開き、感覚を確かめてみる。 次に今までの流れを辿ってみると、だんだんと腹が立ってきた。
説明もなしにいきなり異世界に転送されるし、その理由は自分を崇め奉る信者を増やすことだし、それだけの話を聞くまでに延々と勿体ぶるしで、これで堪忍袋の緒が切れない方がおかしくないか?
呆れて腹が立たないとか言うのは嘘だ。溜まった分が、いきなり暴発したんだろう。
さっきは無意識でやったけど、もう一回ぐらい吐き出しておかないと八つ当たりしてしまうかもしれない。
「よし、もう一発……は、ダメだよな?」
寸前のところで、涙目になっている駄女神を見て留まった。これ以上やったら、本気で泣きそうだ。
「当たり前でしょ!? 私は女神なのよ!? っていうか、全然反省してないじゃない!?」
耳から入った声が、頭の中でキンキン響く。これ以上は体に悪そうだから、どうにかして宥めることにしよう。