女神様に出会いました?
「サモン・エレメント:イグニス」
召喚のキーワードを呟くと、おれの目の前に魔法陣が展開した。その中心で火の粉が舞い、少年の姿をした精霊が出現する。
「アームズ・トランス」
右手に持っていた白銀の武器を突き出し、呟くと少年は赤い光の粒子へと変化して消える――と同時に、白銀の武器に光の粒子が吸い込まれた。
宝玉が赤く輝き、武器全体が脈動する。
それを確認したおれは、モンスターと戦闘している連中に向かって声を上げた。
「離れろ!」
声は届き、連中は前線を離脱して散らばる。
その間に武器を構え、モンスターに狙いを定めた。そして――、
「ブラスターショット」
一瞬の躊躇いなくトリガーを弾き、人の頭一つ分の赤い火球が銃口から放たれる。
一寸の狂いもなく巨体へとぶつかり、モンスターを吹き飛ばした。
「今だ、全員で一斉攻撃!」
当然のことだが、吹き飛ばしたところでモンスターは死なない。属性を相手に合わせて
いるためダメージは大きいが、魔力の消費が半端じゃない。
つまり、おれがやていることは完全に後方支援なのだ。演劇で言うのであれば、小道具兼脇役というような感覚。
別に活躍して目立ちたいわけじゃないが、こういった役回りはおれ以外にもできるわけで、まったく近接戦闘ができないわけでもないのに、なぜ精神的な疲労を背負い込まなきゃいけないのかね?
確かに、この武器はおれ以外が持っているところは見たことないけどなぁ。
「まあ、これで今日の仕事は終わりだよな…。帰るとするか」
色々と心の中で愚痴言ってたら、辛気臭くなってきた。
あのギルドだったら、それほど時間をかけずに討伐できるだろう。報酬は後日とのことだし、部屋でのんびりすることにしよう。
たった一発だけ撃つ役目なんだから、来るだけ無駄としか思えない。
だんだんと気が滅入ってきたし、気晴らしがてら走って帰りますか。
おれはボスフロアをあとにし、さっさと宿へ逃げ帰ったのだった。
「やれやれ、魔法職が何人もいるのに、なんでおれを雇い入れるかね」
疑問を口にしながら、心の内では仕事をくれたカモたちに感謝する。
おれがやっている仕事は、一回のボス攻略の時に後方支援することだ。
魔法職が数人いればできることを、たった一人でできると誇大しているので、依頼には事欠かないのである。ちなみに、まったくの嘘ではない。
付与魔術の白系統初級と治癒魔術の初級、精霊魔術を使えるわけで、武器を合わせて考えても嘘は言っていない。
色々と愚痴言っていたわけだが、元凶は自分なのだった。自業自得。
「でも、たまには前衛に立ちたいよなー」
ぼやきが出るのも仕方ない。なにせ、双剣も所持しているのだ。
前衛としては後衛に劣るが、中の下ぐらいには鍛えている。
「むしろ、余計なことに気を遣わなくてもいいから、ずっと前衛に立っていたい気分だ」
宿で寝転がっていると、誰にも気を遣わなくて言いので、本音がぽろぽろと口を突いて
出てくる。
「ふぅん? そんなに前衛に立ちたいの?」
「まあ、ここ最近は後衛ばかりだったしな。………………って!?」
一人しかいないはずの部屋に、別の声が聞こえたのだ。おれは慌ててベッドから起き上がる。
すると、そこに立っていたのは煽情的なドレスを纏った美女。あちこちがこぼれそうになっているが、そのことは放っておくことにする。
「あら? 別に放っておかなくてもいいのよ? むしろ、襲い掛かったほうが男らしいと思うけど?」
心を読んだかのように、微笑んで胸元を強調する女。たぶん誘っているんだろうが、その程度で襲い掛かるほど馬鹿じゃない。
「いや、見ず知らずの女が現れて襲い掛かるなんて無理だからな? この状況だと、どうやって入ってきたのか疑問を持つのが先だ」
冷静に返しながら、まずは疑問に感じたことをぶつけてみる。
「その割には、熱い視線をここに感じるのだけど? 大丈夫、あなたのすべてを受け止めてあげるわ」
おれの反応が気に食わなかったらしく、むきになって詰め寄ってきた。女性特有の膨らみが溢れそうだ。
「………否定はしないが、痴女を抱く気はないぞ」
いい加減に何とかしないと理性がやばいので、一気に好感度を下げる言葉を吐いて
みた。
これで諦めてもらえず、襲われたら色々な意味で一貫の終わりだ。少なくとも今日一日は清い体でいたい。
「………ちじょ?」
お? どうやら、効果があったらしい。かなりショックを受けている。
今日の仕事で見たギルドのように、畳みかけて撃退しよう。
「そんな服装で見ず知らずの相手に会いにくるし、抱けと誘惑してくるなんて、よほどのことじゃない限りは痴女にしか見えないからな?」
「……………」
ありゃ? なんか静かになったな。
よく見てみると顔が青褪めているし、もしかしたらトラウマでもあったのかもしれない。となると、フォロー入れないといけないのか?
なんだか面倒と言うより嫌な予感がするから、さっさとお帰りいただこう。
「えーっと、少し言いすぎた。この通りだから、早く部屋に戻って着替えてくれ」
「……………ですって?」
頭を下げて謝罪しながら頼んでみると、不穏な気配を纏った女の声が聞こえた。
「この私を痴女ですって? よりによって、女神である私に対して!?」
「は? 女神?」
驚いて頭を上げてみると、女は顔を真っ赤にして震えていた。羞恥か怒りかと問われれば、言動からして両方なのだろう。
「もう許せないわ! せっかく私が篭絡してあげようとしたのに誘いには乗らないし、傲慢にも雌犬扱いするなんて!」
「えっ? 俺が悪いのか?」
すげー面倒な展開になってきた。さっきから聞いていると、どうやら目の前にいるのは自称女神で、どうやらおれを何か理由があって篭絡しようとしたらしい。
色々と聞きたいことはあるんだが、どれから聞いていけばいいんだ?
つーか、さっきから嫌な予感が膨れ上がっていくんだが、この場合はどうしたらいいんだ? 説得して話を聞く? 荷物も何もかも置いて逃げ出す?
「こうなったら、無理にでも連れて行くわ。異論なんて許さないんだからねっ!」
あっ、と思った瞬間に目の前が真っ白に染まった。ぐるぐると回転がかかり、どこか遠くへ吹き飛ばされる。
いったい、どこへ連れて行く気なんだろうか? せめて、すぐ帰れる場所だったらいんだけどなぁ。