さっそく狙われます 2-5
ウミは目の前に立つ気持ち悪い物体に、声も出なければ動くこともできなかった。
触手系人外がなぜ目の前に三体もいるのか――ぐるぐると頭の中を巡り気絶してしまいそうだった。
「ウミはあげないです! どっかに行けです!」
「ウミには触れさせないわん!」
その声にハッとすれば、蔦を伸ばしまるで守るようにしているヤクちゃんとリンちゃんの姿があった。
が、触手系人外たちは見向きもせず、食い入るようにウミに顔を向ける。
「俺初めてだよヒト!」
「ひとまず持って帰って分けるか」
「そうだな、そっから取り分を決めるか」
近づいてくる触手系人外たち。会話の意味をやっと理解したウミは、一歩後退する。
食べるつもりなのだ。冗談じゃない――気持ち悪さが胸をせり上がる。
くらくらと眩暈を覚えるウミの頭に、叫び声が響いた。
「無視とか馬鹿にしてるです! 許さないです!」
「あちきたちを舐めるんじゃないのん! 許さないのん!」
そう言うとヤクちゃんリンちゃんは、蔦をぐんぐんと伸ばす。
そして蔦をそれぞれ赤い触手と青い触手の顔に巻きつけると、自身の身体を浮かせ蔦をゴムのように一気に移動した。
「は、離せ!」
「何しやがる!」
触手の顔に張り付いたヤクちゃんとリンちゃん。触手たちも両腕の触手を伸ばし、引き剥がそうとしている。
が、がっちり蔦が絡まっているので離れない。
「いい加減にしろ!!」
すると、黄色の触手系人外がそれぞれの顔に触手を伸ばし加勢した。
力が強かったのだろう、あえなくヤクちゃんとリンちゃんは引き剥がされ、ウミの目の前まで投げ飛ばされてしまった。
「ヤクちゃん、リンちゃん! 大丈夫!?」
ウミは慌ててマグカップを立てなおし覗きこむ。
両方、その場に葉っぱや花が何枚か落ちているが問題なさそうだった。じっと触手系人外たちを見上げている。
一方、赤色と青色の触手系人外の顔や手の触手には、葉っぱや花が張り付いている。それらを振り落としていた。
「く、くそ……いきなり何しやがる」
「植物系のくせに、生意気なことをしやがって」
表情はわからないが、明らかに怒っている。妙に触手のテカリが増した気がした。
ウミはますます顔を青ざめる。しかし、頼みのライスがいない今、自分がどうにかしなければいけない。
ギュっと拳で胸を押さえ、見たくもない触手系人外たちに目を向けた。
「か、帰ってください。め、迷惑です!」
言葉が震える。すると、黄色の触手系人外が一歩前へ出てきた。
「声震えてるー。身体も震えてるし、なんか面白いなーヒトって! もっといじめたくなるなー!」
「ち、近づかないで!」
「無理しちゃってー。こっちおいでよー緊張ほぐしてあげるよー?」
両手の触手がバッと円状に広がる。一本一本の触手が光り蠢く。
何本もの触手が目の前に迫る。気持ち悪さで涙が出そうだった。
が、ウミは負けなかった。
震える手でホルスターに手を伸ばし、包丁を握り締め刃先を触手に向ける。
「こ……これ以上近づいたら、あんたたちを切る! 早く出て行け!」
「もー強情だなー。無理やり連れて行くしかないかなー」
黄色の触手系人外の声に、赤色、青色も一歩前へ踏み出した。
同じように両腕の触手を広げる。
ウミは一歩後退しながらも、包丁を手放さなかった。
――その時。
「な……な、んだ……し、痺れる……!」
「お、俺も……!」
赤色と青色の触手系人外が力なく倒れて行く。
すると、ヤクちゃんとリンちゃんが突然ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「やっと効いたです! ざまあみろです!」
「あちきたちを舐めた罰ねん! 当然の報いなのん!」
「なにしやがった! な……なんだっ……!」
黄色の触手系人外も、力なく膝を着く。
身体全体がプルプルと震え、痺れているように見える。
「僕たちの外の葉っぱは毒を含んでいるです。少しでも摂取すれば毒が回るです」
「あちきの花もヤクちゃんと一緒ねん。毒の花粉、振りまいたのん!」
嬉しそうに飛び跳ねている。
何が何やらわけのわからないウミは、呆然と立ち尽くした。とにかく――助かりそうではある。
すると、黄色の触手系人外は痺れが薄かったようで、震えながらも立ち上がった。
しかし襲おうとはせず、赤色と青色、それぞれを肩を持ち背を向けた。
「く、くそ……お、覚えてやがれ」
玄関を出ようとする――が、見なれた姿が進路を塞ぐ。
ライスである。水瓶を手に帰って来た。
「なんだ、てめぇらは」
「どっ……どけろ!」
ライスは三色の触手系人外を見下ろすと、視線を家の中へと移す。
――ぴょんぴょんと跳ね跳んでいるヤクちゃんとリンちゃん。
――その後ろに、包丁を手に持ち呆然と立ち尽くすウミの姿。
「何もしてないのに……こんな扱いされるとは! ひどい店だな!」
状況を把握したライスは、無表情に触手たちを見下ろした。
冷たく鋭い視線にビクッと身体を震わせる。
「お、俺たち、あんたらのせいで、身体が痺れてるんだ! と、とにかく、そこをどけ……」
「何の用で入った?」
「ひ、ヒトを……見に来たんだよ……ただそれだけ……」
言い終わる前に、ライスは背を向け後ろ脚で一気に蹴り上げた。
触手三体まとめて斜め上へ蹴り飛ばされ、ウミたちの上を瞬時に飛んでいき壁へ激突した。
振動で微かに家が揺れる。
「ふざけんな! 見え見えの嘘つくんじゃねぇよ!」
そう叫んだが、触手たちが反応があるはずもない。ピクピクと動いているだけである。
ライスは水瓶を家の中に置くと、呆然と立ち尽くすウミの元へ歩み寄った。
「変なことされてねぇか?」
「あ……うん、大丈夫、だよ」
「僕ら守りましたです!」
「楽勝なのん!」
ヤクちゃんとリンちゃんは、頑張ったとアピールするかのように飛び跳ねている。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿に、ライスは舌打ちをして見下ろした。
「……あーわかったわかった! お前らはよくやった! だから落ち着け!」
ウミは頭の整理がつかないまま、後ろを振り返った。
蹴り飛ばされたせいなのだろう、触手たちは三色重なるように倒れている。気持ち悪さに磨きがかかっているようだ。
「ら、ライス……あの方たち……ど、どうするの……?」
「……そうだな」
ライスは腕組みをして考えている風だったが、しばらくすると、ひひひっと笑顔になった。
ゆっくりと触手たちに歩み寄った。
「……おい、聞こえるか。触手ども」
「……は、はい」
誰が答えたかわからないが、弱々しい声が聞こえる。
「てめぇら、怪我して動けねぇだろうから、一晩泊まって行け」
「えっ! ……い、いいんですか」
思わぬ提案に、ウミは息を呑む。
が、ライスは笑みを崩さなかった。
「馬鹿、金取るに決まってんだろ。一人外につき一晩千グル。三匹の宿賃と壁の修理代で……そうだな、一万グルだ!」
「い、一万グル……! た、高すぎ――」
抗議の声を出した途端、ライスは前足を触手たちの上に乗せ踏みつける。
顔は笑っているままだった。
「ん、聞こえねぇな? ……泊まるよな?」
蹄で踏みつけている周りの触手がへこんでいる。相当な力がかかっているようで、かすかに触手たちのうめき声が聞こえた。
それでもライスは力を弱めることなかった。
「……泊まるよな?」
「と、泊まります……」
その夜、触手たちはライスの手によって部屋へ無理やり泊められることとなった。
三匹一部屋。しかも悪さをしないよう、常にドアの前にはライスが陣取っていた。
そのため、その日開業するはずだった民宿は先送りとなってしまった。
翌朝、触手たちは一万グルを支払うと店から出て行った。
ようやく緊張感から解き放たれたウミは、ぐったりと椅子に腰かけた。
「や、やっと帰ったぁ」
そう言うと大きく息を吐いた。
ライスも、グッと背を伸ばし大きく欠伸をして見せた。
「……まぁ、これで懲りただろ。それに新しいお客をつれてくるように言っておいたからな」
ひひひっとライスが笑みをこぼす。
「え? どういうこと?」
「あいつらにな『お前らのせいで店が開けられねぇから、新しい客呼んで来い』って言ったんだよ。もちろん、触手系以外でな」
ライスはひひひっと笑った。どうやら、お客が来るかもしれない、ということが純粋に嬉しいようだ。
苦笑いを浮かべるウミを余所に、ライスは自室の屋根裏部屋へと飛び上がった。
「わりぃがちょっとだけ寝るぞ。寝不足と疲れでくたくただ」
「……わかった」
ライスが屋根裏部屋へ一度姿を消したので、ウミも席を立つ。
それにしても強引というか豪快というか、やることが大胆過ぎる――そんなことを思いながら台所へ行こうとした。
「……ウミ」
声に見上げると、ライスが顔だけ見せている。その顔はニッコリと嬉しそうだった。
「……どうしたの?」
「よく頑張ったな。これからも頼むぞ」
そう言うと手を挙げ、再び奥へ姿を消した。
ウミは見上げたまま言葉を反芻する。
自然と頬が緩む。嬉しさを噛み締めて、ひひっと微笑んだ。