さっそく狙われます 1-5
人外界には、高い壁で仕切られた区画があちらこちらに存在している。そこは、キリング区画と呼ばれ、入るためには一定のお金を支払わなければ入ることは許されない。
また、一度出て行ってしまった者も、再び入るためにはお金を支払わなければならない。
そのためか、無理にキリング区画へ行こうとする者はほとんどいない。
それでも入ろうとする者たちのため、キリング区画とアナザー区画を繋ぐ関所が存在する。
ここは、あるキリング区画へ通じる関所近くの土地だ。
関所を通る者たちは当然、お金を持っている。そのためか、関所近くは人外が集まり賑やかな町となった。
そんな町の関所近く――大通り沿いにライスは家を建て直した。
「……よし。ひとまず……できたぞ」
屋根の上にいたライスは額の汗を拭い、地面へと降り立った。
家の中では、ウミと家畜どもがせっせと家具を設置している。
「ウミ、整理できたか? こっちはやっと家の建て直しが終わったところだ」
「あ、お疲れ様! こっちもだいたい終わったよ。新しい部屋にも家具を運んでもらったし……あとは綺麗に掃除するだけかな」
民宿を開くため、ライスは部屋の数を増やした。元々、屋根裏にライスの部屋、一階にはウミの部屋、そして、物置を改築した一部屋だった。
が、さすがにそれだけは足りない。もう二部屋増築したのだ。なので、かなりの疲労感がある。
ぐっすりと眠りたい気分に駆られるが、そうもいかなかった。
引っ越しのため、水は全て処理している。
水瓶を再び満たして、今日の夜の開業に備えねばならない。
「……俺は水汲みに行ってくる。もし時間があるようだったら、家畜どもと店の宣伝でもしててくれ」
「うん。わかった」
「でも絶対無理はするんじゃねぇぞ。家の前辺りでするんだ」
「わかった。大丈夫、無理なんてしないから」
「……おいお前ら」
ぞうきん掛けをしていたヤクちゃんリンちゃんは、作業を止めライスに向き直った。
「絶対にウミから目を離すなよ。俺が帰って来るまで絶対に守れ、いいな?」
「まかせろです! 毒の葉っぱ食わせるです!」
「楽勝なのん! さっさと汲んでくるのん」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿を見て、とても守れるとは思えなかった。
が、水は必要不可欠なもの。汲みに行かなければならない。
「じゃあ……頼んだぞ」
◇ ◇
残されたウミたちは、手分けをして家の中を整理した。
掃除もきちんとこなし、お客を向かい入れる準備が終わった。
「みんなありがとう! これで準備万端だね」
額の汗を拭い、満足感で笑みをこぼすウミに対し、ヤクちゃんとリンちゃんは玄関に向かい飛び跳ねる。
「ウミ、宣伝を行うです」
「あちきたちも手伝うわん」
まだまだ元気いっぱいの人外たちに、ウミは苦笑いを浮かべながら後を追う。
外へ出ると――左右を横切る大きな通りと、目の前に伸びる大きな通りが目に飛び込む。
目の前の通りの先に、真っ黒で大きな壁がずらっと塞ぐように並んでいるのが見えた。あの壁の向こうに、目指すキリング区画がある。
「ウミ。遠くばかり見ていないで、近くの人外たちに呼びかけるです」
ブーツの半分ぐらいの高さしかない二体は、とても呼びかけには向いていない。
となると、呼びかけるのはウミの役目、ということになる。だが、どんな風に呼びかければ良いのか、ウミは困った顔で二体を見下ろした。
「ね、ねぇ。なんて言えばいいかな?」
「ひとまず来いって言えばいいと思うのん!」
「ひとまず声を出すです!」
全く参考にならない。が、確かに呼びかけないと始まらない。
人外が行き交う通りに目を向けた。
そこには、見たこともない人外がたくさんいた。
スライムのような透明の球体がゴロゴロと転がっていたり、ツベさんのような触手系人外、四肢を持ちながら岩が繋がったような鉱物系人外。
一番目立つのは、服を着ている獣人系人外――全身毛に覆われ獣のような顔を持ちながら、ヒトと同じく二足歩行で歩く者達である。
一癖も二癖もある者ども達ばかりが、目の前を行き交っている。
よく見れば――行き交いながらも、皆ちらちらとウミの方を見ていた。
「……な、なんか……見られてる気がする」
「当たり前なのん。ウミはヒトだから目立ってるわん」
「だから声出すです。効果抜群です!」
良いのか悪いのか判断できないまま、ウミは目を瞑り覚悟を決めて大きく息を吸った。
「……み、皆さん! ここで民宿、始めます!! お金はいただきますが、どなたでも歓迎します! 夜お店を開くので来てください!!」
叫び終わって恐る恐る目を開く。
通りを歩いていた人外たちは足を止め、ウミをじっと眺めていた。
急に恥ずかしくなったウミは、ヤクちゃんリンちゃんのマグカップを持ち上げると慌てた様子で家の中へと逃げ込んだ。
「……もう呼びかけないですか?」
「終わるのん?」
頭を傾ける人外たちに、ウミは苦笑いを浮かべた。
「も、もう……いいかな? たぶん、十分目立ったようだし、た、たぶん来る、と思う、な?」
あはは、と笑ってテーブルの上に置くと、ウミも椅子へ腰かけた。
疲れたのかぐったりとテーブルにうつ伏せる。
「ウミ。町は結構広いのん」
「僕たちが町を案内しますです」
蔦を伸ばし髪の毛を弱く引っ張る。
だが、ウミは本当に疲れていた。慣れない引っ越しと、初めてやって来た土地、見たこともない人外たち、そして、あの呼びかけ――。
恥ずかしくて頭が沸騰しそうだった。断ろうと顔を上げたとき――玄関が開く音がした。
振り返りそこに立っていたのは――一番嫌な人外どもだった。
「本物だ! ヒトだよ、ヒト! 珍しい! いただこうぜ!」
「俺が食う!」
「いやいや、分けるんだよ!」
ツベさんの色違いが三体――赤色、黄色、青色の触手系人外が入って来ていた。
二本の足の先は複数の触手が伸び、腕の先からも複数の触手もうねうねとしている。顔はツベさんと一緒で触手が渦を巻いていた。
全体的にテカテカと光り、嫌でも蠢く触手が目に飛び込む。
ウミは勢いよく立ち上がり、思わず身を引いた。
人外たちの会話など頭に入らず、青ざめ腕を抱えた状態で硬直させる。全身鳥肌が立ち、視界に入らないように視線を床に落とした。
そんな床に――ヤクちゃんとリンちゃんが姿を現す。
まるでウミを守るかのように、二匹はウミの前に立ち並んだ。