開業準備(5) 二匹目・三匹目の家畜(分身?)をいただきました
地平線の遠くから、飛び跳ねながら近づいてくる。
影は二つ見えた。
「……よく見えないね。なんだろう」
「植物系人外とは言っていたが……」
しばらく経つと、ようやく人外たちが目の前にやってきた。
どちらも植木鉢から生えている。
植木鉢から絡み合う蔦の幹が少しだけ見えた。
が、全体的に見れば蔦を覆い隠すように青色や緑色の葉っぱが生い茂っている。
まるで雪だるまのように全体的に丸みを帯びていた。
雪だるまの上部――顔には丸い真っ黒な穴がある。ここだけ葉っぱも何もなく、まるで目のように見える。
頭のてっぺんからは、長く細めの草が三本垂れ下がっていた。
もう一体も、植木鉢から少しだけ絡み合った蔦の幹が見える。
全体的に見ると、大小様々の花が咲き誇っていた。赤色や黄色と色々な花がある。
こちらも形を雪だるまのように丸々しており、花の間には緑色の蔦が見える。
顔には小さな黒い穴の目、そして頭には大きな赤い花が咲いていた。
葉まみれの人外。花まみれの人外。
どちらもウミの胸辺りまでしかない。仲良く立ち並ぶ。
「ツベさんの紹介で来ましたです。僕はヤクさんと呼ばれてますです」
と言ったのは葉まみれの人外、ヤクさん。
二つの穴は目のようで、じっとウミを見つめている。
「あちきはヤクさんの友達。リンさんて呼ばれていますのん。よろしくですのん」
と言ったのは花まみれの人外、リンさん。
花のせいか、甘い匂いが漂ってくる。
「よく来てくれた。感謝する。俺はライス。こっちは娘のウミだ」
「初めまして」
草まみれと花まみれ。全体的に丸みを帯びた姿と見た目に、ウミはほっと胸を撫で下ろした。
◇ ◇
二体はぴょんぴょんと飛び跳ねながら移動し、椅子の上にジャンプした。
向かいにはライスとその横にウミが席に着いた。
「あんたがヒトなのねん。初めて見ますわん」
黒い目がじっとウミを見つめる。ウミもじっと人外たちを観察する。
――が、わざとらしくライスが咳払いをした。
「……お互い見合うのは結構だが、そろそろいいか」
「あ、ごめん」
ライスは腕組みをして、椅子の上に乗っている人外二体を見下ろした。
「俺たちは金儲けするために、関所近くに引っ越し、そこで民宿を開く。それで、あんたらの意見がほしい。あとは、お客をもてなすための食材――家畜もほしい」
そう言い終えると、ヤクさんとリンさんはお互いを見合った。
声は出ていないが、じっと見合って意見交換をしているように見える。
すると、リンさんがライスを見上げて口を開いた。
「わかったわん。でも条件があるのねん」
「ん、何だ?」
「あちきたちは、水さえあれば生きていけるのねん。新鮮な水が山にはあると聞くのん。それを一緒に汲みに行ってほしいのん。あんたのその足と翼があれば、きっとすぐに取りにいけると思うのん」
「……水? 俺の家にある水じゃ駄目なのか」
家の水瓶に貯めている水も、山からわざわざライスが往復して汲んで来た山の水である。
「だから、新鮮な水がいいのん。あちきたちがわざわざ来たのは、その理由が一番なのん。新鮮な水を持ち帰りたいのん」
そう言ったリンさんの隣にいるヤクさんも、葉っぱを振りながら頷いていた。
ライスは頭をガリガリと掻きながら、大きくため息を吐いた。
「……わかったよ。汲みに行きゃいいんだろ。ウミは留守番してろ」
「うん」
「じゃあ、さっそく行くのん」
そう言ってリンさんが椅子から降りて外へ出ようとする。
ライスもその後ろに続いて出て行くが――。
「あれ、ヤクさんは行かないんですか?」
葉っぱまみれのヤクさんは、椅子から動こうとしない。じっとウミを見つめている。
ライスは立ち止まり、すぐにテーブルへと近寄った。
「ヤクさん。あんたは行かねぇのかよ」
「僕はヒトとお話したいです」
「……娘に手出したらただじゃおかねぇぞ」
「別に食べようなんて思いませんです。早くリンさんの用事を済ませてあげてくださいです」
ライスは訝しげにヤクさんを睨みつける。が、その間もヤクさんはウミから目を離さない。
植物系はヒトを食べることはない。
大きくため息を漏らしたライスは、こっそりとウミに耳打ちをした。
「もし何か危ないことが起こりそうだったら、逃げるかその包丁で切り刻んでやれ」
「うん」
小声でそんなやり取りをして、ライスは外へと出て行った。
◇ ◇
新鮮ではないですが、とウミは水を用意した。何も出さないわけにはいかない。
すると、ヤクさんは身体から蔦が伸び、器用にコップを掴んだ。
どうやって飲むのか――そう思っていると、なんと植木鉢の中へ水を流し入れた。
「……ありがとです」
どうやら根が水を取り入れる入口らしい。
「あ、あの……私とお話したいって言うのは……」
「ヒトがいる、というのは噂で聞いたことがありましたです。でも実際に見るのは初めてです」
そう言って真っ黒な二つの穴をじっとウミへと向ける。
「どうしてウミは人外界へ来たですか? 人界の生活はどんなですか? どうして人外のライスが親ですか? どうして民宿を開くですか?」
いきなりの質問攻めに、どう応えて良いやら視線を彷徨わせる。
ヤクさんの視線が痛い。
「えっと……私は小さい頃に拾われて……。ライスから聞いた話だと、人界と繋がる穴の近くで拾ったらしくて……ヒトは私一人だけだったみたいです」
「ウミは人界の言葉を話せるですか?」
「は、はい。少しヒトの言葉を覚えていて……ライスがたまに人界の本を持って帰るので、それでなんとなくはわかるように……」
「人界の本ですか!」
気のせいか黒い目が若干広がった気がした。
興味があるなら――ウミは席を立つと、棚から本を一冊手に取った。
何度も読んできた大きな絵が書かれた絵本だった。
席に座り直すと絵本をヤクさんの前へ差し出した。
「よかったらどうぞ。もう私には必要ないですし、絵がたくさんあって読めなくても楽しめると思います」
「ありがとです」
身体から伸びる蔦で器用にページをめくり、じっくりと絵を眺めている。お城や王子さま王女さまが出てくる、不思議な世界の絵本だった。
すると突然、顔の葉っぱのところに大きな穴ができた。まるで口のように見える。
そこへ絵本を放り投げたのだ。
「た、食べたんですか?」
「持ち帰ってゆっくり見るです」
「あ、そ、そうですか」
口がポケット代わり、と勝手に解釈してウミは気にしないことにした。
ふう、と息を吐いて改めてヤクさんを見直すと、相変わらずじっとウミを見つめてくる。
「……さっきの続きをどうぞです」
質問は終わっていなかった。
ウミは苦笑いを浮かべ話を続ける。
「えぇと……拾われる前のことは……ほとんど覚えていません。どこにいたとか、親のことも。ですので人界のことは知らないんです。でも、ライスが私を育ててくれて……とても感謝しています」
がさつで乱暴で豪快な性格――それでも、たまに優しさも見せてくれる。
感謝している気持ちは決して嘘ではない。思わず笑みがこぼれた。
「……ウミはとても幸せそうに見えますです」
「はい。幸せですね」
「どして民宿開くですか?」
「ライスがキリング区画へ行くのが夢だって言って。それを手伝いたいんです」
すると、ヤクさんは少し身体を傾けじっとウミを見つめる。
釣られてウミも頭を傾けた。
「……あ、あの、どうかなさいました?」
「ライスはキリング区画出身の方じゃないですか? あんな立派な身体の方なんてここにはいないです」
「……え。ど、どういうことですか」
意味がわからず思わず笑みを浮かべる。
一方で、ヤクさんはじっとウミを見続ける。
「ヒトに近い形の方々は、主にキリング区画に住んでいますです。ライスはあの姿かたちから、きっと有翼人外と半身人外から生まれたです。半端者の方と思われますです」
「え? ちょ、ちょっと意味がよく……」
「ここはヒトの姿に遠い人外ばかりが集まる場所です。そもそも、人界と繋がる穴自体がキリング区画にあるです。ライスの夢はちょっと理解できないです」
キリング区画へ行ったことがないから行きたい――勝手にそう解釈していた。だから、夢、と思った。
ヤクさんの言うことが本当だとすれば、別の目的のために行きたい、ということになる。その目的が『夢』なのだ。
――何の目的で?
「ライスは……キリング区画へ行って……どうするんだろ」
「それは聞くしかないです」
すると、ヤクさんは自らの身体の中に蔦を入れ一本の蔦を取り出した。
思わぬ行動にハッとしてヤクさんに注視する。
「ヤクさん一体何を……」
「本もらったのでお礼で僕の分身あげますです」
「ぶ、分身?」
ヤクさんは椅子から飛び降り、そのままぴょんぴょんとウミの近くへ寄って来た。
「何か器に水を入れてくださいです」
「は、はい」
言われるがまま、ウミは台所から大きめのマグカップに水を注いだ。
それをヤクさんの目の前に置く。
「ありがとうです。……これで、あとはリンさんの持って帰る水があればできるです」
ヤクさんはマグカップに持っていた蔦を差した。
先に葉っぱが数枚ついている。――すると。
「ウミ帰ったぞー無事かー?」
水瓶とリンさんを抱えたライスが帰って来た。疲れているのか、げっそりとしているように見える。
リンさんはウミたちの様子を見て、すぐに床へ降りた。
そしてヤクさんと同じように、自らの身体に蔦をいれ一本蔦を取り出した。先には一輪花が咲いている。
「ウミ、私にも同じのを用意するのん」
「は、はい」
同じ大きさのマグカップに水を注いで、ヤクさんの隣へと置いた。すると、リンさんも同じように蔦を差した。
ウミが首を傾げる隣で、ライスは水瓶を床へと降ろした。
「それは……家畜か? 家畜なんだろ!?」
「……家畜とは嫌な言い方なのん。分身なのん。だから大事に扱ってほしいのん」
リンさんは降ろされた水瓶を蔦を使い持ち上げ、自らの頭の花の中に少し汲みいれた。
そしてリンさんはゆっくり飛び跳ねながら、二つのマグカップの近くへ行くと、頭を傾け水を注ぐ。
――すると。
貧相だった双方の蔦が見る見ると太くなり、新しく生えた複数の蔦が絡み合う。
蔦は上へ伸びながら、そこから葉や花が次々と生え始める。
水に浸かっている蔦部分からは根が次々と伸び、すぐにマグカップは根で埋め尽くされた。
その間も葉っぱや花は咲き続け、すぐに元の蔦を包み隠し、丸々とした胴体が出来上がる。
そして最後に、葉っぱまみれの方には頭の部分に長く細い葉っぱが三本垂れ下がった。
また花まみれには、頭に大きな赤い花が咲いた。
「起きるです」
「起きるのん」
呼びかけに――マグカップから生まれた人外二体が目を開ける。
ウミの両手に収まるような小さな人外である。
「ライスとウミの言うことを聞くのん」
「しっかり手伝いするです」
小さな人外どもは、その言葉に頷いて答えた。
サイズは圧倒的に違うにしろ、姿かたちはヤクさんリンさんに瓜二つである。
その光景に驚き、声も出ないウミの一方で、ライスはひひひっと笑みを見せた。
「ありがてぇ。わざわざ水を汲みに行った甲斐があったぜ」
「お互い様ですのん。……では、あちきたちは帰るますわん」
「は? 泊まらねぇのかよ」
「初めから泊まる気はなかったです。水をもらいたかっただけです」
そう言うと、ヤクさんがひょいっと水瓶を持ち上げたかと思うと、リンさんの植木鉢に注いでいく。水は溢れることなくどんどんと吸収された。そして、ある程度注いだ後、今度はリンさんが水瓶を持ち上げヤクさんの植木鉢に注ぐ。そして、水瓶は空っぽになってしまった。
「……ありがとです。これで当分干からびず生きていけますです」
「意見するとすれば、泊めることばかりではなく、あちきたちのように相談に乗るのも良いと思いますわん。では失礼しますわん」
「僕たちの分身をよろしくです」
そう言い残し、ヤクさんとリンさんは家を出て行ってしまった。