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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
5.キリング区画へ
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君を想う(9) 陸、帰る

 何日過ぎたかわからないが、しばらくの間地下で過ごしていた。

 ライスとウミの間に挟まれた陸は、居心地が悪そうに寝たふりをしたり隅に寄ったりと、二人に気を遣っているようだった。

 が、そんな陸の心配りも虚しく、ウミは陸の檻に近付き人界のことを何度も聞いた。

 ライスも特に言うことはなく、黙って邪魔をしないようにしている。


『……へぇ! 勝手に走る乗り物もあるんだ!』

『まぁ勝手に走るというか……操作するというか……。空を飛べる乗り物もあるんだ』

『空を飛ぶの!? すごい!』


 車や飛行機のない世界のためか、ウミは目を見開き興味津々で話を聞いていた。

 そんな他愛もない話をしている時――とうとうその日はやってきた。


    ◇    ◇


「……明日、人界とを繋ぐ穴、が開きます」


 この前の騒動以来、ポポは久しぶりにやってきた。

 特に身体の異変は見受けられず、なんとか無事にオーナーたちとやっているようだった。


「お前が案内してくれんのか?」

「はい。三人とも一緒に向かいましょう。陸さんだけが人界へ行き、ライスたちはそのままホテルデッドから逃げてください」

「……俺たちが逃げても大丈夫なのか? お前がひどい目に遭わされるんじゃ……」

「大丈夫です。オーナーたちは私がいさえすれば問題ありません」


 安心させるかのように口元を緩めると、ポポはそのまま身体を翻した。


「では明日。ゆっくり休んでください」


 というと、そのまま姿を消してしまった。

 

 ウミと陸は消えていったポポの背中を見つめながら、ぼーっと耽っていた。

 明日、人界とを繋ぐ穴が開く。

 陸にとっては待ち望んだ日だ。それと同時に、ウミたちとの別れの日でもある。


「リク、良かったね!」


 見るとウミは嬉しそうに笑顔を向けている。


「やっと元の世界に帰られるね。ちょっと寂しいけど、本当に良かった」

「……あぁ全部、ウミとライスさんのおかげだ。ありがとう」


 ライスもひひひっと笑顔を浮かべていた。


「リクが頑張ったからだ。全然知らない世界でここまで生きられたのは……リク、お前の力だよ」

「そんなことありません……ライスさんが俺を助けてくれた。だから、ウミとも知り合えたし、今日まで生きてる」

「まぁ、最初に拾ったのがカグラで良かった。もし他の奴らだったら、売り飛ばされるか食われるか……まともなことになってなかったかもしれねぇからな」


 笑うライスの横で、ふと陸は思い出していた。

 カグラ――真っ白の肌と赤い瞳を持つ冷めた男。

 確かに檻に閉じ込められたが、暴力を振るわれるとか労働させられるとか、そんな扱いは受けなかった。

 ポポの話を思い出してみても、自分がいかに運が良かったかと改めて感じられる。


「……そう、ですね。俺は運が良かったのかも」

「まぁ、体調崩さねぇように気をつけろよ。俺は今日邪魔しねぇから、ウミに人界のこと話してやってくれ」

「え?」

「……俺はお前を信用してる。それに、ウミも人界のことを知りたいだろうしな。まぁあんまり夜更かしねぇようにな」


 そう言うとライスは牢屋の隅の方へと座り込んでしまった。

 言葉を失う陸の後ろから、ウミの声が響いた。


「どうしたの?」

「いや……ライスさんって本当に俺のことを信用してるんだな、と」


 陸はウミの牢屋へ歩み寄ると、腰を下ろした。ウミも釣られて腰を降ろす。

 

「……リク、本当にありがとう。リクのおかげで、父さんとも話ができたし、ライスの気持ちが知ることができたから……本当に感謝してるよ」


 人懐っこい笑顔で微笑むウミを、陸も頬を緩ませ微笑んだ。

 

「別に俺は何もしてない。でも、うまくいってよかったな」

「うん。リクも元の世界に戻って、早く大事なヒトたちと会えればいいね」


 大事な人たち――そう言われて浮かぶ顔はいくつかいる。

 こちらの世界に来て、もう何日過ぎてしまったのかわからない。

 学校はどうなっているのか、自分のことを忘れてはいないか、心配しているのではないか――考えると不安は尽きない。

 だが、そんな不安も明日で終わる。


「……そうだな。しばらく顔見せてなかったから、死んだことになってそうだな」

「え!?」

「嘘、嘘。……まぁテレビで大々的に報道されてたりしてな」

「……テレビ? テレビって何?」


 結局その日は、眠くなるまで人界のことをウミに語り続けた。

 

    ◇    ◇


 人界とを繋ぐ穴がいよいよ開く――。

 今まで地下にいた三人だが、朝一番にポポがやってきた。

 ポポは三人の鍵を開けると、さっそく地上へと案内する。移動の最中はウミと陸はローブを頭から被り、ヒトとわからなくしていた。


「……三人とも黙って私の後についてきてください」


 登っていくエレベーターの中、広くない空間でポポの言葉が短く響く。

 久しぶりに地上へと出るためか、妙な緊張感が漂っていた。三人とも黙ったまま頷く。


「大丈夫ですよ」


 そんな空気を和らげるように、ポポはニッコリと微笑んで見せた。


 エレベーターが止まって開いた先は、ホテルデッドのロビーだった。

 様々な人外が行き交い、ざわざわと騒がしい。カウンターには長い列ができており、椅子はどこも埋まっている。

 どこが出口かもわからなくなりそうだが、ポポは迷うことなく進む。

 やはり見た目が長寿人外のせいなのだろう、密集している場所でも自然と道ができていく。

 

 ポポに黙ってついていくと――外へと出た。

 お客の数は格段に減ったが、今度は武器を持つ有翼人外の姿が多くいる。

 そして見えてきたのは高い塀だった。丸く囲むように塀が立ち並ぶ。

 その場所はライスにとっては思い入れのある場所だった。

 

「……ここは」


 思わずライスが呟くと、先頭を歩くポポが顔だけ少し振り返るにこやかに言った。


「人界とを繋ぐ穴、ですね。もうすぐですよ」


 するとすぐに塀の中へと入れる門が見えた。

 だが、そこには数体の有翼人外が警備している。


「……ポポ様!」


 ポポの姿を見つけるや否や、皆、背筋を伸ばし姿勢を整える。

 が、目はちらちらと後方にいるライスたちに向けられていた。


「どうされましたか? 今日は人界とが繋がる日のため、騒がしくなっております。申し訳ございません」

「大丈夫です。……今、中へは入られますか? 少し案内したいのです」

「は、はぁ……ですが……」


 視線がライスやウミたちに移る。

 怪訝そうにライスたちを見つめる視線を遮るように、ポポはにこやかに言い放った。


「心配いりません。むしろ、少し貴方がたは離れていなさい。私の合図があるまで近づいてはなりません。これは命令です」

「か、かしこまりました……!」


 ポポに気押されたのか、複数いた有翼人外たちは足早に去って行く。

 三人とも唖然とした表情でその様子を見ていた。


「……父さん、すごいね」

「使えるものは使わないと、この世界では生きていられませんからね。……さぁ行きましょう」


 そう言うとポポは門をくぐり中へと歩いていく。

 三人は後ろをついていくと――丸く掘り下げられた場所へと出た。

 その穴の中には、陸にとっては見覚えのあるものが落ちている。

 自転車やタンス、雑誌に本などなど――ゴミに近いようなものばかりだが、人界の物に間違いなかった。


「なんでこんな物が……」

「それは今、あの空間から落ちてきているからですよ」


 そう言ってポポが指差したのは、穴の中心部から少し上空にある空の歪みだった。

 そこだけ、はっきりと空が映っていない。何かに歪まれたように、ぐにゃぐにゃと目に映る。


「……あれが人界とを繋ぐ穴、ですか」

「えぇ。この荷物はその穴から落ちてきた物です。そして、おそらくですが、穴の中心部に立っていれば歪みに吸い込まれ、人界へと戻れるでしょう」

「じゃあ俺はあの中心部に立っていれば戻れる、ってことですね」

「えぇ」


 陸はじっと空間の歪みを見上げながら、大きく息を吐いた。

 そしてフードを取ると、ライスへと向き直る。


「ライスさん、いままでありがとうございました」

「おう。……向こうでも元気でやれよ」

「……あと、カグラにもよろしく伝えてください」

「まかせとけ」


 ひひひっと笑うライスに、陸も頬を緩ませながら、隣に立つウミを見る。


「ウミ、ライスさんと幸せに」

「うん。リクも元気でね」


 陸は握手を求め、手を差し伸べた。

 ウミはすぐさまその手をギュっと両手で包み込んだ。温かかった。


「……私、初めてヒトの友達ができて、すごく嬉しかったよ!」

「あぁ。俺もこの世界で、ウミみたいな子と知り合えて本当に良かった。元気でな」

「いつかまた……遊びに来てね」

「……いつか、な」


 フッと笑みをこぼすと、陸はウミの手をすり抜けた。

 陸は迷いのない歩みで穴の中心部まで進んでいき、空を見上げた。

 その目に恐れはなかった。真っ直ぐ人界へ帰ることだけを見つめているように見えた。

 そして、ライス、ウミ、ポポが見守る中――陸は空間の歪みの中、姿を消していった。



 まるで、陸が初めからいなかったような、そんな寂しい気持ちになる。

 先ほどまで立っていた場所には、もう誰もいない。だが、その上空にある歪みはあり続けている。

 ぽっかりと胸に穴が開いたように、ウミは呆然と歪む空間を見つめた。

 心が震えそうになったとき――ライスがウミの肩を抱いた。


「……リクは人界で待っている奴らがいる。帰られて良かったんだ。それに、人界のこともたくさん知ることができただろ? ちゃんとリクはここにいたんだよ」

「うん……うん……そうだよね。良かった、よね。笑って見送ってあげなきゃ、駄目だよね」


 涙を堪え、ウミはニッコリと微笑んで見せた。

 笑い合うライスとウミの横で、ポポはごほんとわざとらしく咳払いをした。


「……今度は貴方たちの番です。ここから逃げなさい」

次で本編は終了です。

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