表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
4.民宿、一時中断
33/47

二人の試練(8) 一方的な約束

 ざわざわとする中、カグラは跪いたまま言葉を発した。


「……私と私の元部下に対し非礼を働いたため、その罰を与えようとしていました」

「お前と、お前の部下、ですか」


 カグラの前で佇むローブを羽織る者は、顔をライスの方へと向けた。

 再びライスの力が強まる。

 一方でウミは釘付けとなっていた。

 フードの下はどうなっているのだろう、カグラを跪かせる『ヴァル』と名乗る人外とは――。

 すると、わずかに見える口元がにやりと緩まった。


「……なるほど」


 ぞくっと背筋に冷たい何かが通り過ぎた気がした。

 何か良くない予感がウミを一気に支配し、緊張で鼓動が速くなる。

 ヴァルはくるりと身体を反転させると、今度は身体を強張らせている狐獣人の元へと歩み寄った。


「お前の言う、用意していたヒトとは……あれのことですか?」


 狐獣人からも、ウミを抱きしめているライスの姿が見えた。

 このままでは用意していたとは言い難い。

 なんとか取り繕わなければ――狐獣人は大きく何度も頷いた。


「そうですよ、そうですよ! 俺はちゃんと用意していたんですがね、あいつらが勝手に俺が用意していたヒトをかっぱらったんですよ!」


 そう叫ぶと、狐獣人が口元を歪めにやりと笑いながらライスをちらっと見た。

 

「……ふざけやがって……!」

 

 ライスは睨みつける一方で、腕の中のウミを強く抱きしめる。

 が、その力が強かったためウミは苦悶の表情を見せた。 

 

「ら、ライス……苦しいよ」

「あ……す、すまねぇ。でも、こうしてなきゃ……お前まで取られちまいそうでよ」

「え?」

「……とにかく、絶対俺から離れるんじゃねぇぞ」


 緊迫する状況でありながら、ライスはウミを心配させまいと弱く微笑んで見せた。

 その様子を――ヴァルはじっと眺めていた。


「カグラ」

「はい、ヴァル様」


 ヴァルはライスたちに顔を向けたまま、言葉を続けた。


「この者たちの関係は何なのか答えなさい」

「はい。部下――ライスと言いますが、ライスが幼いヒトの子を拾い育て、今は種族は違えど親子関係です」

「……そうですか。……ライス」


 突然の呼びかけに、思わずビクッと身体を震わせた。

 半ば睨みつける形でじっと視線を送る。


「……何でしょうか」

「お前はこの者にヒトを売ったのですか?」

「……売るわけがねぇよ。全部、そいつの嘘っぱちだ」

「嘘……。確かにその様子では、お前の言い分が間違いなさそうですね」


 そう言うとヴァルは再び狐獣人と向き合った。

 ただ向き合っているだけだが、狐獣人の足はガクガクと震え腰を抜かしてしまった。


「……用意ができなかったようですね。費用がかかっている以上、手ぶらで帰るわけにはいきません。その意味が理解できますか」

「わ、わ、わからねぇ……! お、俺は……本当に渡そうと思ってたんだよ!」


 抑揚のない声色に、狐獣人の顔色がどんどんと悪くなる。

 身体は震え声も震え、ぞくりとする寒気が身体を支配した。

 

「そう考えていたのはお前だけです。よって、代わりに連れていきます」

「い、嫌だ……。嫌だぁぁ!」


 叫びながらその場を離れて行く狐獣人。

 だが、ヴァルは追わず背中を見つめる。


「……カグラ。殺さずここまで持ってきなさい」

「かしこまりました」


 そう言うや否や、カグラは腰を浮かせ一気に狐獣人との距離を詰めた。

 そして背後へ近づくと、首目掛け手刀を振りおろした。

 気を失った狐獣人は地面へと倒れかけるが、カグラが受け止め、そのままヴァルの元へと運ぶ。


「……お待たせしました」


 狐獣人をヴァルの目の前に降ろすと、カグラは再び跪いた。

 すると、ようやく――ヴァルは自らフードを取り払った。

 見えたのは、カグラと同じ白い肌と切れ長の赤い瞳。

 そして、背中まで伸びる白髪。冷めた目で狐獣人を見下ろしている。


「お前も手を下したいでしょうが譲りなさい。手ぶらで旦那様の元へ帰るわけにはいかないのです」

「もちろんです」


 ライスは今のうちにと、陸のロープも解いてやった。

 ヒトを欲している以上危険である。仮に、陸までヒトとバレてしまえばどうなるかわからない。

 ――しかし。

 ヴァルは跪くカグラを冷たく見下ろし、こう言い放った。


「お前はいつからヒトを飼っているのですか?」


 心臓が飛び上がり、カグラとライスの時が一瞬止まった。

 なぜ――カグラは頭を下げたまま動けず、すぐに返答できなかった。

 追い打ちをかけるように、ヴァルは言葉を続ける。


「あの仮面をつけている者――あれはヒトでしょう。先ほど聞き慣れない言葉を吐いていました。あの雌のヒトが半端者の所有物であるならば、あの仮面のヒトはお前の所有物ではないのですか? そして、この者が働いた非礼、それはお前の所有物であるヒトが奪われたことなのでしょう」

 

 隠しても無駄――カグラにはそう聞こえた。

 その言葉はライスたちにも届いていた。

 唇を噛み締めるライスの横で、ウミはヴァルと名乗る人外を見つめる。

 頭の整理がつかなかった。


「ライス、あの人外さんは……何者なの? どうして……カグラさんは言いなりになってるの?」

「……あいつはカグラと同じ長寿人外で……カグラがよく主様って言っている奴のつがいだよ」

「え……ど、どうしてそんな方がここにいるの……! それになんでリクのこと……」

「ホテルデッドでヒトを大量に……雇っているせいだろうな」


 ライスは眉間に皺を寄せ、険しい表情でヴァルを見つめる。

 一方で、カグラはしばらく沈黙した後、ようやく言葉を吐き出した。


「……少し前からです。弱っていましたので、私が餌付けを行っていました」

「そうですか。では、今から一週間もあれば体力も回復することでしょう」

「……と言いますと」

「わかりませんか? 旦那様は新しいヒトを希望されています。私がわざわざ出向いているのも、旦那様が即急に用意するようにとおっしゃっているからです。お前が早くヒトをよこせば、私がここまで来ることもなかったのですが……まぁ良いでしょう。おかげで興味深いヒトを見つけました」


 すると、ヴァルはライスたちの方へ歩み寄ってくる。

 冷めた眼差しでぶれることなくウミを見つめている――嫌な予感がしたライスは、思わずウミの頭を抱え己の胸に押し当てかばう仕草をした。

 目の前までやってきたヴァルは、ほとんどライスと背丈が変わらない。

 胸の中にいるウミを見下ろしながら――ヴァルは口を開いた。


「拾ったそうですが、どこでそれを?」

「……答える必要はないでしょう。どこで拾おうが、ウミは俺の娘だ」

「いいえ。お前はカグラの部下だったそうですね。ということは、ホテルデッドでいたということ。拾ったのはその時でしょう」

「……だったら何だって言うんですか。ヴァル様には関係ないことでしょう……!」


 抱き寄せるライスの手に力入っている。

 きっとこの目の前の人外は、恐ろしい方なんだろう――そう思い、ウミも目をつむる。

 だが、それはほんの一瞬だった。


「これと似たヒトに、少々心当たりがあるのです」


 ――似たヒトに心当たりがある。予想もしていなかった言葉だった。

 ライスとウミは、力んでいた力が抜けた。

 嘘かも知れない――ライスはそんなことも考えたが、ウミにとっては違う。

 まるで呪文だったかのように、ウミは自然と振り返っていた。


「……どういう……ことですか」


 思わず漏れたウミの言葉に、ヴァルは色の悪い唇の端を少し持ち上げた。


「人外語をしゃべられるとは……珍しいですね。一週間後、お前と仮面の者を迎えに再び参りましょう」


 ハッとしたライスは、再びウミを抱き寄せヴァルを睨みつける。


「誰が売るっつった! ウミは誰にも売らねぇよ!」

「お前に言っているのではありません。それに私は買うつもりはありません。全てはそのヒトの判断です」

「何!?」


 胸の中にいるウミを見下ろすと、明らかに動揺している。

 ライスに視線を合わせようとせず、視線を泳がせていた。

 ヴァルは見下ろしつつ言葉を続ける。


「もし興味があるのであれば、一週間後、仮面の者と一緒に関所に来なさい。ただし、この地には二度と戻ることはできません。この地に留まるか、私と共に来るか――好きな方を選びなさい」


 そう言い放つと、ヴァルはその場を離れ倒れていた狐獣人の元へと戻って行った。

 そこには、未だに跪いているカグラの姿がある。


「カグラ、今回のことは旦那様には黙っておきましょう。ただし、次からはヒトを手に入れたならば即刻持ってきなさい。お前がアナザー区画にいる理由は、旦那様へ珍品を届けること――それを忘れないよう注意しなさい」

「かしこまりました。……荷物をお持ちします」


 カグラは倒れている狐獣人を担ぎ、関所へ歩き始めたヴァルの少し後ろを付いて行く。

 ざわざわとしていた人外たちだが、近づいてくるせいなのか静まりかえる。

 ヴァルとカグラ、真っ白の肌と冷たく光る赤い瞳、そしてこの地区では珍しいヒト型の四肢。

 普段見ることのできない美しい姿に見惚れる者もいれば、滲み出る異様さに怯える者もいた。

 その中を悠然と歩いていき、ヴァルはアナザー区画から去って行った。

次でこの章は終わりです<(_ _*)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ