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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
4.民宿、一時中断
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二人の試練(6) 迫る時間

 一方その頃――アジトの地下で檻に閉じ込められている二人は、必死に考えを巡らせた結果、実力行使で行くという結論に至っていた。

 どこか壊れそうなところはないか、と鉄格子を引っ張ったり押したり蹴ったりしていた。

 だが、うまくいくはずもなく――無駄に体力を消費するだけだった。


『……駄目、だね。ちょっと足が痛くなったよ』

『びくともしないな』


 がっくりと肩を落とし息を整える。足がジンジンとしていた。


『……それにしてもあいつら降りてこないな。何かあったのか?』

『あいつらって……?』

『俺たちをさらった奴らだ。……どうするつもりなんだ』


 ウミは不安げに視線を落とした。

 珍しい、と言われているヒトが今二人もいるのだ。

 陸は仮面とマントが取れていないため、もしかしたらヒトだとバレていないのかもしれない。

 だが自分は――。

 恐怖に負けまいと唇を噛み締めた、すると。


「……やぁやぁやぁ」


 甲高い声が、目の前の階段上から聞こえた。

 そして、徐々にその姿を現す。


「お前に会うのは久しぶりだねぇ」


 全身黄色の毛色に包まれ、頭からは先の尖った耳が生え、切れ長の目と細長い鼻先。

 鋭い鉤爪を擦り合わせながら降りてくるのは――以前、ウミを襲ってきた狐獣人だった。


「あ、あんたは……!」

「覚えてくれていたかい? へへ、嬉しいこった」


 にやりと口の端を持ち上げ、ゆっくりと檻へと近づいてきた。

 腕組みをし、じっとウミたちを見下ろしている。


「お前だけをさらう予定だったがコブ付きとは、まぁ……しょうがねぇ。運がなかったってことで付き合ってもらうぜぇ?」


 へへ、と陸に向かって笑う狐獣人。


「ここから出して!」

「へへ、出すわけがないだろう? 前回俺をコケにしてくれたお返しだ。今頃、あのライスって奴もパニックだろうなぁ」

「何が目的!? これからどうするつもりよ!」

「お前らを売るのさ。たんまり金をいただくぜ」


 売る――つまり、換金所へ行くのかもしれない。そう考えると希望が見えてくる。

 カグラがいる。捕まっている陸を見れば絶対に黙っていないだろう、そうウミは考えた。

 だが、狐獣人はそんな考えを見透かすかのようにニヤリと笑って見せた。


「換金所へは行かないぜぇ? 俺が何も考えず、再びお前を狙ったかと思うか? 換金所の店主と知り合いってことぐらい調べてら」

「……っ!」

「持って行けば、きっと店主が不審がるに違いねぇ。そんなところには持って行かねぇよ」

「じゃ、じゃあどこに連れて行く気よ!」

「……へへ」


 狐獣人は嫌味な笑みを浮かべながら背を向け、再び階段を昇り始めた。


「待ちなさい! ここから出して!!」

「……そうそう、お前さんの苦手なものも調べた。準備が整うまでしばらく戯れてな」


 そう言い残すと代わりに階段を下りてきたのは、赤色の触手系人外だった。

 一応服は着用しているものの、テカテカと嫌に光っている。


「ひっ!」


 見るや否やウミはすぐに陸の後ろへと回り込んだ。

 一方、陸はあまり会話が聞きとれなかったが、換金所へは行かないのだろうと予想した。

 そして、この触手系人外である。


「わー! 元気なヒトだねぇ! そんなに僕らが怖いんだ」


 触手は檻のすぐ目の前までやって来てじっと顔を向ける。

 陸は鳥肌を立たせながらも、なんとか我慢することができた。負けじとじっと見る。


「……にしても、君は一体なんなの? 一言もしゃべらないね」


 うずまき状になっている触手の顔が目の前に迫る。よく見てみれば、触手の一本一本が小さく動きテカテカと嫌に光っていた。

 ウミが嫌がるのも頷ける。こんな顔、間近で見たいとは思わない。


「何か言いなよ。君も売られちゃうんだよ。これから生きている保証なんてないんだよ。このヒトのせいなんだよ。一言ぐらい、文句言えばいいのに」


 目も口も見えないが、どこからともなく声が響く。

 どうにかして檻から出なければ――そう思い、陸はうる覚えの人外語を思い出しつつ口を開いた。


「……出せ」

「うお、しゃべった。……駄目だよ。ボスから見張るよう言われているから出せないよ」

「……鍵」

「僕、鍵は持ってないよー。その代わりこれ、持っているんだー」


 そう言って見せびらかしてきたのは、ウミが持っていた包丁だった。

 触手をウネウネと動かし、刃を煌めかせている。が、振り回しているので若干危ない。


「そのヒトからこっそり取っちゃったんだ。ボスが探してたみたいだけど、僕が最初に見つけたもんね。ほら、綺麗でしょ」

「貸せ」

「え、貸せ? ……どうして」


 じっと顔を向けたまま、触手は包丁を差し出そうとはしない。

 言い包める語学力を陸はまだ持っていない。かと言って、力づくで奪うには無理がある。

 黙り込み返答に困っている陸の後ろから、ウミの震える声が響いた。


「そ、その包丁は……あ、あんたが扱える、代物じゃないのよ。だから……と、とっとと返せ」


 そう言うと、ウミはなるべく触手自体を見ないよう注意しながら、陸の横へと立ち並んだ。

 そして手のひらを突き出し、再び口を開く。


「それ、私のでしょ! そ、そんな風に振りまわして遊ぶものじゃない」

「別にいいよ、僕は僕なりに遊ぶもん」

「駄目。ちゃんと教えるから、一度返して」

「……んーわかったよ」


 と、素直なのか馬鹿なのか、あっさりと包丁を差し出した。

 檻の隙間から触手を入れ、ご丁寧に柄を向ける。受け取る時に少しだけ触手に触れてしまい、叫びそうになったがなんとか我慢できた。

 若干ベトベトとする包丁に顔を歪めながらも、しっかりと柄を握り締める。


「いい? 包丁っていうのはね、こういう風に柄をしっかり握って……」


 ウミはふぅと長く息を吐いて決心した。

 いつまでも、嫌いだからと目を背けていては駄目だ。

 嫌いだろうが苦手だろうが、今どうにかしなければ助からない。

 気持ち悪くても勇気を振り絞って立ち向かうしかない。


「こうやって切るのよ!」


 ウミは勢いよく顔を上げ、目の前に立っていた触手の腕を檻の隙間から握る。

 ぬちゃっと手のひらに不快が広がるが構わない。ギュっと握り締め、力いっぱい檻へと引っ張る。

 いきなりのことで、触手は檻に激しくぶつかり抵抗する間もなかった。


「よく聞きなさい……! 私たちをここから出して。じゃないとあんたの触手切るわよ……!」


 触手の顔の真横に、包丁を突き立てる。

 少し刃が触れているのか、若干液が流れていた。


「ひぃぃやめてよ……」

「黙りなさい……!」

「包丁取っちゃったのは謝るよー! でも僕、本当に鍵、持ってないよ!」

「なんですって……! じゃあ誰が持っているのよ」


 手の力が緩んだ瞬間――階段から再び影が伸びた。


「俺が持っているんだよ」


 ニヤリと笑みをこぼし、ゆっくりと階段を下りてくるのは狐獣人だった。


「ぼ、ボス……!」

「……ったく、武器がねぇと思ったらてめぇが持っていたのか。おまけに取られて……本当に役にたたねぇな」


 触手はするりとウミの手から逃げると、慌てて狐獣人の後ろへと回った。

 が、すぐに頭を殴られた。


「ったく! てめぇは上を手伝え! 準備ができたらすぐに出発だからな」

「わ、わかりましたっ!」


 そそくさと触手は階段を昇って行った。

 一方、ウミは刃先を狐獣人に向け少し後ずさりをした。

 先ほどの言葉に違和感を覚えたのだ。


「準備……? どこに行く気なの」


 ウミも町全体のことを知っているわけではない。

 ただ、準備をしてまで向かうことに異様さがあった。どこかに売るならば、ここまで連れてきたようにすれば良い。

 ニヤニヤと笑う狐獣人の顔が、ウミの不安感をより一層煽った。


「まさか……私を殺して売るつもりなの」

「そんな馬鹿なことするわけねぇよ。そんなことしちまったら、お前の価値が下がるからなぁ」


 狐獣人はゆっくりとした歩調で、ようやく檻の前までやって来た。

 じっくりとウミと陸を眺めた後、へへっと小さく笑いながら口を開いた。


「……キリング区画の金持ちにお前らを売るのさ」


 予想していなかった言葉に、ウミと陸は言葉を失ってしまった。


    ◇    ◇


 一方ライスたちは――。

 狐獣人率いる盗賊団のアジトの目の前にいるものの、入ることができず途方に暮れていた。

 黒い岩壁を目の前に、入口らしい通路もなければスイッチもない。全く入る手段が見当たらなかった。


「……くそっ! おい、カグラ! どうにかして入れねぇのかよ」

「入口が見当たらないのですから仕方ないでしょう」


 カグラも苛立っているのか、険しい表情で壁を睨みつけている。

 隣に立つライスも、先ほどから壁に向かって何度も何度も蹴りを入れ続けていた。だがびくともしない。


「もうお前がまた龍になってこの壁壊してくれよ。じゃねぇと時間がねぇよ!」

「私だってできればそうしたいのです。ですが、中の構造がどうなっているかわからない以上、そんな危険な行為できるはずないでしょう? もし、この壁の先にリクたちがいたらどうするつもりです?」

「……でも、ここで何もしねぇよりマシだ! 俺はウミをこの目で確認しねぇと落ち着いてられねぇんだよ!」


 ドン、と壁に拳を打ちつけ、カグラを睨みつけた。

 この壁の向こうにウミがいる。もう目の前にいるかもしれない――それなのに行けない。

 考えれば考えるほど冷静さを失っていく。もう二度と、大切な者を目の前から失いたくない。

 ライスの気迫に、カグラは大きくため息を漏らした。


「……わかりました。ただし、もう一度アジトの広さを確認したいですねぇ。それに時間も経っている。もしかすると、もうここにいない可能性もあるでしょう。私も無駄に力を使いたくないのですよ」

「……わかった。上空からは俺が見る。カグラはこの壁を壊すことだけに集中してくれ」

「えぇ頼みましたよ」


 ライスは背中の翼を広げた。普段ライスはこの翼を使わない。

 飛ぶことは非常に体力を消耗する行為だった。ましてや飛ぶことに長けていないライスにとって、かなりの重労働だった。

 ぎこちなく翼を左右に広げ、大きく風を作り出す。そして少し助走をつけ、大きく羽ばたく。

 身体が――浮いた。

 必死になって翼を羽ばたかせる。細い路地の壁を越えなければ、アジト全体を見渡せないのだ。だが、この壁がなかなかに高い。

 おそらくいつものライスならば、軽く上空へ浮かび上がることもできただろう。

 だが、ずっと走り回っているせいかほとんど体力が残っていなかった。

 後少しで壁を乗り越えられる――そう思った矢先、身体が沈み始めた。翼を必死に動かしているのもの、全く浮き上がらない。


「……何をしているのです」

「う、うるせぇ! 俺だって……必死にやってんだよ……!」


 顔を真っ赤にしている。だがそれもむなしく――地面へと足がついてしまった。

 着いた途端、ライスはぜぇぜぇと苦しそうな呼吸を繰り返した。


「やれやれ……君ができないのであれば私がやるしかないですねぇ。ただそうなると……目立ち過ぎて少々面倒なのですよ。野次馬がやって来て、思うように動けなくなるでしょうねぇ」

「はぁ……はぁ……。ま、待て……俺が絶対……見るから」

「誰か簡単に飛べる者がいれば、楽なのですがねぇ……」


 カグラが深いため息を吐いた時だった。


「あたしにおまかせくださーい!」


 重苦しい空気を切り裂くような甲高い声だった。

 ライスとカグラが同時に顔を向けた先には、黄色のボブカットの髪を揺らしながら腕の翼を羽ばたかせている手羽人外――ロンロンだった。


「ろ、ロンロンさん!? なんでここにいるんだ」

「民宿に行ったら誰もいなくてー、それでもライスさんに会いたくって探してたんですよー」


 人懐っこい笑顔を向けた後、カグラにもニッコリと笑顔を向ける。

 が、カグラは冷たい目で見下ろしていた。

 

「カグラ様もいらっしゃったんですねー。あたし、ロンロンって言いますー」

「おまかせ、とは……一体どういう意味ですか?」


 それでも負けじとロンロンは笑顔を維持する。


「上空から見ようかと思っています。何かお手伝いしようって思って追いかけてきたんですよー」

「ほう。……なぜ手伝うのでしょうねぇ? これは私とライスの問題なのですよ。部外者である君が、加担する意味があるのですか? それとも、何か別の目的で手伝おうと考えているのでしょうかねぇ?」

「おい、カグラ。せっかく手伝おうって言ってもらってんのに、そんな言い方することねぇだろ」


 しかしカグラは鋭い視線を向けた。思わずライスもビクッと身体を震わせる。

 苛立っていることはロンロンにも伝わったようで、笑顔をはすでになく緊張した面持ちとなっていた。


「……まぁこんな小言を言っている暇はありません。でしたら早く上空へ飛び、状況を伝えなさい。それが終われば君は用無しです。すぐに立ち去りなさい」

「わ、わかりました……」


 ロンロンは顔を強張らせながらもなんとか笑って見せると、翼を羽ばたかせ一気に舞い上がる。

 あっという間に壁を越えて上空へと飛んで行った。


「おい、なんであんな言い方したんだよ」

「馬鹿ですか? 何かの拍子にリクの正体がバレてしまったらどうするつもりなのです」

「あ……」

「……全く。ウミさんを助けることばかり考えないで、ちゃんとリクのことも考えなさい。やはり私が来て正解でしたよ」


 ふう、とカグラがため息を漏らした直後、上空からロンロンが叫びながら急降下してきた。


「大変です! 怪しげな荷台がすごい早さで遠ざかって行っています!」

「なに! そいつらはどっちに向かってる!?」

「方向は……キリング区画の方です!」


 キリング区画――そう聞いた直後、カグラの顔が険しさを増した。「しまった」と小さな声で呟くとロンロンを見上げる。


「もうよろしい! 君は来なくていい、この場から失せなさい!」

「ひっ! わ、わかりましたー! ライスさん、頑張ってくださいねー!!」


 ビビりながらもライスに手を振り、逃げるように立ち去るロンロン。

 それを確認したカグラはすぐさま険しい表情でライスを見た。


「ライス! 奴らはキリング区画の者と直接取引するつもりです!」

「そ、そんなことできんのかよ!」

「今、ヒトの確保が難しいのです。ヒトの売買だと、ごく稀にキリング区画の方から直接やって来るのです!」

「はぁ!? でも、一度こっちに入ったらまた戻るのに金がいるじゃねぇか。そんな金をポンポン払う奴なんているのかよ!」

「……いますよ。……君もよく知っているじゃありませんか」

「……ま、まさか」

「そのまさか、かもしれません……急ぎますよ!」 


 すると、カグラの身体に異変が起き始める。

 綺麗に整えられたタキシードが震え始めたかと思うと、生地を破り白い鱗が露わとなった。足や腕、そして胴体までも破れ徐々に大きくなっている。

 

「おい、カグラ! 変態していいのかよ!」

「時間がない、君も早く行きなさい」


 かろうじて形を保っていたカグラの顔も、すぐに鱗で覆われ口は大きく裂け、鋭い牙が並び始めた。

 赤い瞳は大きくなり真っ赤に鋭い眼光へと変化する。身体も大きく変化しそうだった。

 ライスが視線を横へやると、変態する様子を家畜三匹が震えながら見守っていた。


「……おい! 俺が絶対にウミを連れて帰るから、てめぇらはカグラの奴に巻き込まれる前にさっさと帰れ!」


 ライスの叫び声で我に返ったのか、皆ビクッと反応し大きく頷いた。

 リンちゃんとツベちゃんが動きが遅いヤクちゃんを担ぐ。そして、その場を離れて行った。


「ウミ、待ってろよ……もう少しだ」


 そう呟くと、ライスは重い身体を奮い立たせ大通りへ向かって走り始めた。

 大通りの突き当たりに、キリング区画へ行くための関所がある。荷台もそこへ向かっている。

 引き渡される前に必ず助ける――疲れていることなど忘れ、ライスはひたすら走った。

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