二人の試練(5) 合流
ウミと陸が連れて行かれた場所は、盗賊団のアジトだった。
石壁に覆われた建物の狭い地下――その真ん中に檻が置かれている。
気を失ったままのウミはロープを解かれた後、陸は見た目が怪しいため縛られたまま檻へと入れられた。
目の前には上の階へ繋がる階段があり、触手たちは檻の鍵を閉めるとさっさと地下から去った。
誰もいなくなった地下で、陸は周りを見渡した。
窓もなく、空気が籠っているせいで湿気臭い。木箱や袋が散乱しており、倉庫のような空間だった。
すると、ウミから小さく声が漏れた。
「……ん」
『ウミ! 大丈夫か!?』
『……リク』
ウミはぼーっとしていた表情をしていたが、すぐに目を見開いた。
「えっ!?」
飛び起きるウミ。驚いた様子で周りの様子を伺っている。
『ここはどこ!? 何があったの?』
『どこかへ運ばれたんだ』
『どうしよう……ライスが心配してるかも』
『……ヤクちゃんは捕まってないようだから、きっと助けを呼んでくれる』
と、ウミは陸がロープで縛られているのに気付き、後ろへ回り込んだ。
幸いなことにマントと仮面を剥がされていないので、おそらくヒトとはバレていないだろう。
ロープを解こうとするもかなり固い。
切ってしまおう――そう思いホルスターに手を伸ばす。
『えっ。包丁がない!!』
見るとホルスターは空になっている。
ズボンを叩きながら、牢屋の中も見渡すがやはりない。
『たぶん、触手が持って行ったんだ。俺も気付かなかったな』
『……しょく、しゅ? ……そ、そういえば……触手系人外に囲まれて……私それで……』
見る見る顔が青ざめている。思い出したらしい。
『……触手が苦手なんだな。まぁ確かに気持ち悪いな、あれは』
『そ、そう……大嫌いで……見たくもないの。まさか……あいつらにここまで運ばれたとか……?』
目を潤ませじっと陸を見つめるウミ。
返答次第では再び気を失ってしまうかもしれない――そんな考えが陸の頭をよぎり、少し間を開けて答えた。
『……そんなことより、どうやってここから脱出しようか考えよう。何が目的か知らないが、俺は早く出たい』
『そ、そうだね……うん』
自らを誤魔化すように薄笑いを浮かべ、再びロープに手をかけた。
なんとかロープを解くことはできたが――脱出する良い案がなかなか浮かばなかった。
◇ ◇
一方、換金所へ向かっていたヤクちゃんはやっとの思いで到着していた。
飛び跳ねて移動したため疲れ、しばらく店の前で呆然としている。
体力の回復を待ちながら心の準備をする。あの恐ろしいカグラと一対一なのだ。
ヤクちゃんは一度大きく膨らみ、ブルッと震えて葉を整えた。
「――さぁ持って行きなさい」
店の中へ入ると、丁度カウンターに列が伸びており、前の方からカグラの声が聞こえた。
ヤクちゃんはお客たちの足元を通り過ぎカウンターを目指す。
「……カグラ! 話しがあるです」
勢いよくカウンターの上に飛び乗り、じっとカグラを見上げる。
が――鋭く睨みかえされてしまう。
「……君は」
「ぼ、僕はヤクちゃんです。か、カグラに話があるです」
視線にビビりながらも、なんとか逃げ出さずにその場に留まる。
なかなか立ち去ろうとしない家畜に、カグラは睨みつけつつも不審に思った。
そもそも、ライスの家畜が一匹で来たことなどない。
どうしてライス本人が来ず、家畜を寄こしてきたのか――。そう考えると、ある悪い予感が頭をよぎった。
「……良い話ではなさそうですねぇ」
するとカグラは表情一変させ、目の前に並んでいるお客たちにニッコリと笑みを向けた。
「君たち、今日はもう店じまいです。日を改めて来なさい」
「そ、そんな! また並べと言うのですか!」
「それが何か? ここは私の店ですからねぇ。いつ店を開こうが閉めようが、私の勝手でしょう?」
冷たく笑みを浮かべる店主に対し、お客たちはお互い目を合わせつつも、誰も反論しない。
皆、渋々と店から出ていき――結局、ヤクちゃんとカグラのみとなった。
「……で。その話とやらを言いなさい」
腕組みをし、カウンターの上にいるヤクちゃんを見下ろしている。
赤い瞳は冷たく光り、ヤクちゃんだけでここに来たことに対し、薄々感づいているようだ。
「じ、実は……ウミとリクが……さらわれた……です」
カグラの眉間に皺が寄る。
ヤクちゃんはブルッと身体を震わせ後ずさった。
だが、何とか震えながらもその場に留まる。
「……どういうことですかねぇ?」
「朝……買い物したです……。店から出た時に……盗賊団……触手どもに……やられたです」
「盗賊団……? ……そういえば、そんな噂も聞いたことがありますねぇ」
「お願いです。何か知っていることがあれば教えてほしいです! 僕、ウミとリクを助けたいです」
顎に手を当てじっとヤクちゃんを見下ろす。
負けじとヤクちゃんも身体を震わせつつも目を逸らさない。
「ぼ、僕……一緒にいたです。でも、ウミたちと離れてしまって、僕だけ助かったです。何もできなかったです。悔しいです。助けたいです」
「……君だけ来たということは、大方ライスは大慌てで探しているのでしょうねぇ。……全く、何をやっているのやら」
はぁ、と呆れ顔でため息を漏らし、カグラはカウンターから出てきた。
タキシードをビシッと整え直すと、ヤクちゃんに向かって手のひらを伸ばした。
「リクは私のものですからねぇ。もちろん協力しましょう。ただ一つだけ……」
「……何ですか?」
「リクはちゃんと仮面とマントを身につけていましたか? ヒトとバレては……いないでしょうねぇ?」
威圧する言葉と顔色に、ヤクちゃんを思いっきり何度も頭を上下に振った。
「も、もちろんです! 絶対バレてないです!」
「ならばよろしい。……乗りなさい。君は遅い。私が特別に運んで差し上げましょう。……二度目はないですからねぇ」
「あ、ありがとう……です」
◇ ◇
ヤクちゃんが換金所へ向かっている間――。
ライスはツベちゃんの指示の元、網目のような細い路地をひたすら走っていた。
ギリギリ行き交えるような細い道幅と、空を狭くしている高い建物。そのおかげで少し薄暗い。
十字路に出たライスは一旦立ち止まる。
「次はどっちだ!?」
「……左って言っているわん」
すぐさま左の道へと入って行く。
この辺りの道は商店があるせいか、木箱が散乱していたり、露天商がいたりと何かしらの障害物が行く手を遮る。
その度ライスは地面を蹴り上げてジャンプして避けるのだが、その行為はライスの体力をどんどんと奪った。
ぜえぜえ、と苦しい呼吸を繰り返しながらも走ることはやめない。
「……おい。……次はどっちだ」
今度は目の前に黒い石の壁があり、左と右、道が分かれている。
肩でにょろにょろと動くツベちゃんを尻目に、ライスは顔を流れる汗を腕で拭う。
「……!」
「……あ? 何だよ」
「……ツベちゃんが『ここで匂いが途切れました』って言っているわん」
「はぁ!?」
そう叫ぶや否や、ライスは肩に乗っていたツベちゃんを片手で掴んで睨みつける。
「ここまで来たんだ、もっとしっかり嗅げよ!」
「……。……!」
「『本当に途切れています。苦しいです!』って言っているわん。ライス、落ち着くねん!」
リンちゃんが慌ててライスの肩に移動し、蔦で頬を叩いた。
ライスは小さく舌打ちをした後、手の力を抜いた。ツベちゃんはそのままぺちょっと地面へと落ちた。
その様子を見下ろしつつ、乱暴に頭を掻きむしる。
「くそ! 匂いが途切れただと? じゃあここからどこに行ったって言うんだよ!」
「ライス、イライラしても意味ないわん。落ち着くのん」
「うるせぇ! 今、ウミとリクが無事かもわかんねぇんだぞ!? 落ち着いていられるかよ!」
――その時だった。
ライスたちに向かって上から突風が吹きつけた。思わず腕で顔を隠し、何事かと顔を向けた。
すると、上空高くに黒い影が見える。
「……あれは」
丁度逆光となり、詳しい色や形ははっきりとは見えない。
ただ、その影は徐々に大きくなり降下しているように見えた。
段々と模る形が見えてくる。
大きな両翼と太く長い尾。大きく割ける口。
「……龍だ」
ライスが呟いた瞬間――突如、影から水蒸気のような煙が発生した。
もわもわと広がる煙の中から、何かが落ちてくる。
逆光となっていたがはっきりと見えた。ヒト型の影だった。
身体を小さく丸めながら、音もなく静かにライスの近くへと舞い降りた。
まるで衝撃を感じていないようで、膝をつき顔を俯かせている。
真っ白の身体で白髪。顔を見なくとも、誰かはすぐにわかった。
「……カグラ、来てくれたんだな」
「やれやれ……」
そう言いつつ立ち上がったカグラは、一糸纏わない姿だった。
「変態すると移動は早いですが……少々目立つのと服が破れてしまうのが厄介ですねぇ」
鍛えられた白い身体である。
すると、カグラは顎に手をやり何かを探すように目を彷徨わせた。
「……おや、この辺りに吐いたはずなんですがねぇ」
「何を吐いたんだ?」
「君の家畜ですよ」
「……は?」
それを聞いたリンちゃんはブルッと身体を震わせると、慌ててライスの頭に登った。
花びらを散らしながら周りを見渡すと――。
「ライス! あそこねん! あそこにヤクちゃんがいるわん!」
ペシペシと蔦でライスの頬を叩きながら、左の細い通路を示した。
見ると――粘着液でベトベトに濡れた葉っぱを引きずり、こちらへ向かっているヤクちゃんだった。
リンちゃんとツベちゃんが慌てて駆け寄る。
「ヤクちゃん! 大丈夫なのん!?」
「……! ……!」
「だ、大丈夫、です……。なんとか……生きているです」
そこへ全裸のカグラが歩み寄り、ニッコリと微笑みながら言った。
「君、服を出してもらえますか? 私の唾液で汚さないよう、お願いしますねぇ」
「は、はい、です……」
するとヤクちゃんは蔓を伸ばし――もちろん液体は拭って――口を大きく開けて、そこから綺麗に折りたたまれた服を取り出した。
それを受け取ると、カグラはさっそくその場で着替えを始めた。
「……おい」
パッと見では、明らかにヤクちゃんが食べられたようにしか見えなかった。
ライスは不機嫌そうに腕を組み、後ろからカグラを睨みつける。
が、カグラは気にする様子もなく背を向けたまま着替えを続けた。
「俺の家畜を殺す気か? めちゃくちゃになってるじゃねぇか」
「……私がわざわざ店を切り上げて来ているのですよ? 君は礼の一つも言えないのですか?」
あっという間にいつものタキシード姿になったカグラは、ビシッと身なりを整えてようやく振り返った。
赤い瞳を真っ直ぐライスに向け、薄らと口元を緩める。が、その目は殺気立っていた。
「誰のせいでこんなことになっているのでしょうねぇ? ウミさんとリクがさらわれたことも、私の仕事を邪魔されたことも、君の家畜がこんな風になっているのも、全ては君のせいでしょう?」
「そ、それは……」
ヤクちゃんを横目で見ると、唾液まみれで、葉がしなびているように見える。
だが、リンちゃんとツベちゃんが一生懸命液を拭っている。
「ぼ、僕は大丈夫、です。それより……早くウミとリクを、助けてください……です」
弱々しい声ではあるが、ひとまず死ぬことはないだろう。
命がけでカグラを呼んだのは間違いない――ライスはグッと拳を握り締め、頭を少し下げた。
「俺の考えが甘かった。……手を貸してくれ」
頭を下げているライスをじっと眺めた後、カグラは満足そうに微笑んだ。
「まぁ……いくら君に文句を言おうと時間の無駄ですからねぇ。私も早くリクを取り返したいですし、顔を上げなさい」
「……じゃあ協力してくれるのか」
「当たり前ですよ。知らないとは言え、私の所有物を奪うことがどれほどの行為なのか……盗賊団たちに知らしめなくてはいけませんからねぇ」
カグラはライスの横を通り過ぎ、突き当たりの壁の前に移動した。
じっと見上げ眺めている。
「この壁の向こうが盗賊団のアジトだと、噂で聞いたことがあります。この壁には仕掛けがあるそうですよ。さて……どうしましょうかねぇ」
首を傾げにやりと笑って見せるカグラ。
カグラの言う通り、この壁の向こうがアジトになっている。
だが、内側からしか開かない仕掛けになっていることは、カグラも知らなかった。




