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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
4.民宿、一時中断
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二人の試練(5) 合流

 ウミと陸が連れて行かれた場所は、盗賊団のアジトだった。

 石壁に覆われた建物の狭い地下――その真ん中に檻が置かれている。

 気を失ったままのウミはロープを解かれた後、陸は見た目が怪しいため縛られたまま檻へと入れられた。

 目の前には上の階へ繋がる階段があり、触手たちは檻の鍵を閉めるとさっさと地下から去った。

 誰もいなくなった地下で、陸は周りを見渡した。

 窓もなく、空気が籠っているせいで湿気臭い。木箱や袋が散乱しており、倉庫のような空間だった。

 すると、ウミから小さく声が漏れた。


「……ん」

『ウミ! 大丈夫か!?』

『……リク』


 ウミはぼーっとしていた表情をしていたが、すぐに目を見開いた。


「えっ!?」


 飛び起きるウミ。驚いた様子で周りの様子を伺っている。


『ここはどこ!? 何があったの?』

『どこかへ運ばれたんだ』

『どうしよう……ライスが心配してるかも』

『……ヤクちゃんは捕まってないようだから、きっと助けを呼んでくれる』


 と、ウミは陸がロープで縛られているのに気付き、後ろへ回り込んだ。

 幸いなことにマントと仮面を剥がされていないので、おそらくヒトとはバレていないだろう。

 ロープを解こうとするもかなり固い。

 切ってしまおう――そう思いホルスターに手を伸ばす。


『えっ。包丁がない!!』


 見るとホルスターは空になっている。

 ズボンを叩きながら、牢屋の中も見渡すがやはりない。


『たぶん、触手が持って行ったんだ。俺も気付かなかったな』

『……しょく、しゅ? ……そ、そういえば……触手系人外に囲まれて……私それで……』


 見る見る顔が青ざめている。思い出したらしい。


『……触手が苦手なんだな。まぁ確かに気持ち悪いな、あれは』

『そ、そう……大嫌いで……見たくもないの。まさか……あいつらにここまで運ばれたとか……?』


 目を潤ませじっと陸を見つめるウミ。

 返答次第では再び気を失ってしまうかもしれない――そんな考えが陸の頭をよぎり、少し間を開けて答えた。


『……そんなことより、どうやってここから脱出しようか考えよう。何が目的か知らないが、俺は早く出たい』

『そ、そうだね……うん』


 自らを誤魔化すように薄笑いを浮かべ、再びロープに手をかけた。

 なんとかロープを解くことはできたが――脱出する良い案がなかなか浮かばなかった。

 

    ◇    ◇


 一方、換金所へ向かっていたヤクちゃんはやっとの思いで到着していた。

 飛び跳ねて移動したため疲れ、しばらく店の前で呆然としている。

 体力の回復を待ちながら心の準備をする。あの恐ろしいカグラと一対一なのだ。

 ヤクちゃんは一度大きく膨らみ、ブルッと震えて葉を整えた。


「――さぁ持って行きなさい」


 店の中へ入ると、丁度カウンターに列が伸びており、前の方からカグラの声が聞こえた。

 ヤクちゃんはお客たちの足元を通り過ぎカウンターを目指す。


「……カグラ! 話しがあるです」


 勢いよくカウンターの上に飛び乗り、じっとカグラを見上げる。

 が――鋭く睨みかえされてしまう。


「……君は」

「ぼ、僕はヤクちゃんです。か、カグラに話があるです」


 視線にビビりながらも、なんとか逃げ出さずにその場に留まる。

 なかなか立ち去ろうとしない家畜に、カグラは睨みつけつつも不審に思った。

 そもそも、ライスの家畜が一匹で来たことなどない。

 どうしてライス本人が来ず、家畜を寄こしてきたのか――。そう考えると、ある悪い予感が頭をよぎった。


「……良い話ではなさそうですねぇ」


 するとカグラは表情一変させ、目の前に並んでいるお客たちにニッコリと笑みを向けた。


「君たち、今日はもう店じまいです。日を改めて来なさい」

「そ、そんな! また並べと言うのですか!」

「それが何か? ここは私の店ですからねぇ。いつ店を開こうが閉めようが、私の勝手でしょう?」


 冷たく笑みを浮かべる店主に対し、お客たちはお互い目を合わせつつも、誰も反論しない。

 皆、渋々と店から出ていき――結局、ヤクちゃんとカグラのみとなった。


「……で。その話とやらを言いなさい」


 腕組みをし、カウンターの上にいるヤクちゃんを見下ろしている。

 赤い瞳は冷たく光り、ヤクちゃんだけでここに来たことに対し、薄々感づいているようだ。

 

「じ、実は……ウミとリクが……さらわれた……です」


 カグラの眉間に皺が寄る。

 ヤクちゃんはブルッと身体を震わせ後ずさった。

 だが、何とか震えながらもその場に留まる。


「……どういうことですかねぇ?」

「朝……買い物したです……。店から出た時に……盗賊団……触手どもに……やられたです」

「盗賊団……? ……そういえば、そんな噂も聞いたことがありますねぇ」

「お願いです。何か知っていることがあれば教えてほしいです! 僕、ウミとリクを助けたいです」


 顎に手を当てじっとヤクちゃんを見下ろす。

 負けじとヤクちゃんも身体を震わせつつも目を逸らさない。

 

「ぼ、僕……一緒にいたです。でも、ウミたちと離れてしまって、僕だけ助かったです。何もできなかったです。悔しいです。助けたいです」

「……君だけ来たということは、大方ライスは大慌てで探しているのでしょうねぇ。……全く、何をやっているのやら」


 はぁ、と呆れ顔でため息を漏らし、カグラはカウンターから出てきた。

 タキシードをビシッと整え直すと、ヤクちゃんに向かって手のひらを伸ばした。


「リクは私のものですからねぇ。もちろん協力しましょう。ただ一つだけ……」

「……何ですか?」

「リクはちゃんと仮面とマントを身につけていましたか? ヒトとバレては……いないでしょうねぇ?」


 威圧する言葉と顔色に、ヤクちゃんを思いっきり何度も頭を上下に振った。


「も、もちろんです! 絶対バレてないです!」

「ならばよろしい。……乗りなさい。君は遅い。私が特別に運んで差し上げましょう。……二度目はないですからねぇ」

「あ、ありがとう……です」


    ◇    ◇


 ヤクちゃんが換金所へ向かっている間――。

 ライスはツベちゃんの指示の元、網目のような細い路地をひたすら走っていた。

 ギリギリ行き交えるような細い道幅と、空を狭くしている高い建物。そのおかげで少し薄暗い。

 十字路に出たライスは一旦立ち止まる。


「次はどっちだ!?」

「……左って言っているわん」


 すぐさま左の道へと入って行く。

 この辺りの道は商店があるせいか、木箱が散乱していたり、露天商がいたりと何かしらの障害物が行く手を遮る。

 その度ライスは地面を蹴り上げてジャンプして避けるのだが、その行為はライスの体力をどんどんと奪った。

 ぜえぜえ、と苦しい呼吸を繰り返しながらも走ることはやめない。

 

「……おい。……次はどっちだ」


 今度は目の前に黒い石の壁があり、左と右、道が分かれている。

 肩でにょろにょろと動くツベちゃんを尻目に、ライスは顔を流れる汗を腕で拭う。

 

「……!」

「……あ? 何だよ」

「……ツベちゃんが『ここで匂いが途切れました』って言っているわん」

「はぁ!?」


 そう叫ぶや否や、ライスは肩に乗っていたツベちゃんを片手で掴んで睨みつける。


「ここまで来たんだ、もっとしっかり嗅げよ!」

「……。……!」

「『本当に途切れています。苦しいです!』って言っているわん。ライス、落ち着くねん!」


 リンちゃんが慌ててライスの肩に移動し、蔦で頬を叩いた。

 ライスは小さく舌打ちをした後、手の力を抜いた。ツベちゃんはそのままぺちょっと地面へと落ちた。

 その様子を見下ろしつつ、乱暴に頭を掻きむしる。


「くそ! 匂いが途切れただと? じゃあここからどこに行ったって言うんだよ!」

「ライス、イライラしても意味ないわん。落ち着くのん」

「うるせぇ! 今、ウミとリクが無事かもわかんねぇんだぞ!? 落ち着いていられるかよ!」


 ――その時だった。

 ライスたちに向かって上から突風が吹きつけた。思わず腕で顔を隠し、何事かと顔を向けた。

 すると、上空高くに黒い影が見える。


「……あれは」


 丁度逆光となり、詳しい色や形ははっきりとは見えない。

 ただ、その影は徐々に大きくなり降下しているように見えた。

 段々と模る形が見えてくる。

 大きな両翼と太く長い尾。大きく割ける口。


「……龍だ」


 ライスが呟いた瞬間――突如、影から水蒸気のような煙が発生した。

 もわもわと広がる煙の中から、何かが落ちてくる。

 逆光となっていたがはっきりと見えた。ヒト型の影だった。

 身体を小さく丸めながら、音もなく静かにライスの近くへと舞い降りた。

 まるで衝撃を感じていないようで、膝をつき顔を俯かせている。

 真っ白の身体で白髪。顔を見なくとも、誰かはすぐにわかった。


「……カグラ、来てくれたんだな」

「やれやれ……」


 そう言いつつ立ち上がったカグラは、一糸纏わない姿だった。


「変態すると移動は早いですが……少々目立つのと服が破れてしまうのが厄介ですねぇ」

 

 鍛えられた白い身体である。

 すると、カグラは顎に手をやり何かを探すように目を彷徨わせた。


「……おや、この辺りに吐いたはずなんですがねぇ」

「何を吐いたんだ?」

「君の家畜ですよ」

「……は?」


 それを聞いたリンちゃんはブルッと身体を震わせると、慌ててライスの頭に登った。

 花びらを散らしながら周りを見渡すと――。


「ライス! あそこねん! あそこにヤクちゃんがいるわん!」


 ペシペシと蔦でライスの頬を叩きながら、左の細い通路を示した。

 見ると――粘着液でベトベトに濡れた葉っぱを引きずり、こちらへ向かっているヤクちゃんだった。

 リンちゃんとツベちゃんが慌てて駆け寄る。


「ヤクちゃん! 大丈夫なのん!?」

「……! ……!」

「だ、大丈夫、です……。なんとか……生きているです」


 そこへ全裸のカグラが歩み寄り、ニッコリと微笑みながら言った。


「君、服を出してもらえますか? 私の唾液で汚さないよう、お願いしますねぇ」

「は、はい、です……」


 するとヤクちゃんは蔓を伸ばし――もちろん液体は拭って――口を大きく開けて、そこから綺麗に折りたたまれた服を取り出した。

 それを受け取ると、カグラはさっそくその場で着替えを始めた。


「……おい」


 パッと見では、明らかにヤクちゃんが食べられたようにしか見えなかった。

 ライスは不機嫌そうに腕を組み、後ろからカグラを睨みつける。

 が、カグラは気にする様子もなく背を向けたまま着替えを続けた。


「俺の家畜を殺す気か? めちゃくちゃになってるじゃねぇか」

「……私がわざわざ店を切り上げて来ているのですよ? 君は礼の一つも言えないのですか?」


 あっという間にいつものタキシード姿になったカグラは、ビシッと身なりを整えてようやく振り返った。

 赤い瞳を真っ直ぐライスに向け、薄らと口元を緩める。が、その目は殺気立っていた。


「誰のせいでこんなことになっているのでしょうねぇ? ウミさんとリクがさらわれたことも、私の仕事を邪魔されたことも、君の家畜がこんな風になっているのも、全ては君のせいでしょう?」

「そ、それは……」


 ヤクちゃんを横目で見ると、唾液まみれで、葉がしなびているように見える。

 だが、リンちゃんとツベちゃんが一生懸命液を拭っている。


「ぼ、僕は大丈夫、です。それより……早くウミとリクを、助けてください……です」


 弱々しい声ではあるが、ひとまず死ぬことはないだろう。

 命がけでカグラを呼んだのは間違いない――ライスはグッと拳を握り締め、頭を少し下げた。


「俺の考えが甘かった。……手を貸してくれ」

 

 頭を下げているライスをじっと眺めた後、カグラは満足そうに微笑んだ。 


「まぁ……いくら君に文句を言おうと時間の無駄ですからねぇ。私も早くリクを取り返したいですし、顔を上げなさい」

「……じゃあ協力してくれるのか」

「当たり前ですよ。知らないとは言え、私の所有物を奪うことがどれほどの行為なのか……盗賊団たちに知らしめなくてはいけませんからねぇ」


 カグラはライスの横を通り過ぎ、突き当たりの壁の前に移動した。

 じっと見上げ眺めている。


「この壁の向こうが盗賊団のアジトだと、噂で聞いたことがあります。この壁には仕掛けがあるそうですよ。さて……どうしましょうかねぇ」


 首を傾げにやりと笑って見せるカグラ。

 カグラの言う通り、この壁の向こうがアジトになっている。


 だが、内側からしか開かない仕掛けになっていることは、カグラも知らなかった。

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