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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
1.開業準備
3/47

開業準備(2) ツベさん、キモ過ぎです

 ライスが『金儲けをする』と言い出して数日後――。

 とうとう、ご近所さんのツベさんを自宅へ招き入れる日となった。

 ウミは朝起きた時から憂鬱で、ため息ばかりを吐いている。


「おい、ウミ! ちゃんと着替えたか!?」

「今着替えてる!」


 二階から聞こえるライスの叫び声に、大きくため息を漏らした。

 それでも、昨日ライスから受け取った新しい服に袖を通すとウキウキと心が高鳴った。

 革製のブーツに、革製の膝上の短パンとショートエプロン。上は胸ポケットがついている白いワイシャツ。髪は一つに結った。

 なかなか似合っている、と頬を緩めつつ、残っていたベルト型のホルスターを手に取る。

 一体何に使うのか。

 ウミは首をかしげつつ、ひとまず腰に巻いて部屋を出た。

 リビングに行くと、屋根裏のようになっている二階を見上げた。


「着替えたよ!」


 すると間もなく、二階からライスが飛び降りた。が、ライスは普段の格好――筋肉質な上半身の裸――だった。

 ウミが文句を言おうと口を開こうとするが、先にライスがパッと顔を緩める。


「おぉ! 似合ってるじゃねぇか!」

「……あ、ありがと」


 文句を言いそびれて、まぁいいか、と言葉を飲み込む。

 頬を赤らめ視線を落とすウミの反応に、ライスは満足そうに笑った。


「素直じゃねぇなぁ。もっと喜べよ」

「……そ、それより、これ! これ、何?」

「あぁ、ホルスターか。それはな……これを入れるんだ」


 そう言ってウミの近くに寄ってくると、ホルスターに刃渡り三十センチぐらいの包丁を差しこんできた。

 なんでも切れそうなほど、刃先が綺麗に光っている。

 どこでこんな物騒なものを――ライスを見上げ口を開こうとした、が。


「……金がねぇなら(ブツ)を置け」


 冷たい眼差しと低い声色で、ライスが見下ろす。

 ウミは突然のことに言葉を失ったが、ライスはすぐにニヤリと口を緩めた。


「今みたいに脅すんだぞ? この包丁は護身用だ。もちろん、料理する時に使っても構わねぇ」

「……ツベさんってそんなに凶暴な人外だったっけ」

「凶暴じゃねぇけどな……」


 ポンっとウミの頭を軽く撫でた後、ライスは外へ出た。ウミも慌ててその後ろをついて行く。

 目の前を、見渡す限りの黒土が覆っている。遠い場所にぽつんと家があるだけで、静かな田舎の風景だった。


「ウミ、ツベさんはご近所さんっつっても人外だ。油断しちゃならねぇ。お前が近くにいる限り、俺が守ってやる。だが、さっき言った脅し文句は頭の片隅にでも覚えてろ。相手に弱みを見せねぇようにな」


 腕組みをして真面目な顔つきで前を見るライスの横顔を、じっとウミは見上げた。

 凛々しい顔立ち――二百年生きていると言われても、肌は若々しくヒトに例えるなら同年齢ぐらいに見える。

 どうしてライスは育ての親なんだろう、とウミは思わずため息を漏らした。

 気付いたライスが首を傾げる。


「……どうした? 何か不服か?」

「……別に。ライスって見た目若いのに、言っていることがたまに爺臭い」


 不貞腐れている、と悟ったライスは頭をガリガリと掻いた後、ウミの頭に優しく手を乗せた。


「そりゃそうだ。お前より長く生きてるからな。……後、俺のことは父さんって呼べ」

「それはもう……諦めてよ」


 すると――突如二人の前の土が盛り上がった。一斉に前に向き直り、土を注視する。

 盛り上がった土から、一本の太いピンク色の触手がヌルヌルと出てくる。その表面に粘着性があるのだろう、所々土が付いていた。


「……来たか」


 腰に手をやり、にやりと微笑むライスの横で、ウミは言葉を失い顔を青ざめさせ絶句していた。

 出てきた触手がある程度伸びると、今度は本体が出てくる。先に出ていた触手は手だったようで、指先が何本もうねうねと伸びている。腕は何本もの触手がぐるぐると回って一本の腕となっている。顔の部分は同じように触手がぐるぐると巻いたものが、渦巻き状になっていた。胴体も一緒で絡み合った触手がぐるぐると胴体部分を作り、足も同様である。足先は、細かい触手が何本も出ている。


「お久しぶりです、ライスさん」

「わりぃな、頼んで。……って、俺がやった服は?」

「あぁ、一応持ってきましたよ? ただ、私は普段服なんて着ないものですから……」


 その手の部分の触手の先に、ボロぞうきんのような布が丸まってある。


「あーそうだよなぁ。けど、ここで過ごす時は着てくれねぇか? じゃねぇと、俺の娘が固まって動かねぇからよ」


 ライスが親指を立てて隣を示す。

 隣には、ウミが口を半開きに顔を青ざめさせ固まっていた。

 それを確認した触手系人外――ツベさんは、持っていた服を広げ着始める。


「……すいませんね、ウミさん。すぐに着ますから」

「あ……い、いえ……こ、こちらこそ……」


 ツベさんがヌルヌルと服を着終える。半パン半袖のおかげで、ある程度は触手が見えないようになった。

 が、顔や腕や足の触手は隠れてはいない。

 テカテカと光る触手を目の前に、ウミは顔を引きつらせ笑うしかなかった。


    ◇    ◇


 ツベさんを家の中に案内し、椅子へ腰かけさせた。テーブルを挟んで前にはライス。ウミは双方に水を出す。


「引っ越す? 随分と、思いきりの良いことをなさるんですねぇ。……ウミさん、お水ありがとう」

「ここじゃ田舎過ぎて金が手に入らねぇからな。何人か呼んで、どんなもんか試した上で引っ越す予定なんだ」


 真剣な声色の二人をよそに、ウミはじっとコップを見つめる。

 目も口もないツベさん――一体どんな風に水を飲むのか。

 すると、ツベさんはコップの口の上に、触手の手のひらを乗せた。そこから細かな触手が水面に伸び、水を吸い上げ始める。

 予想外の飲み方だった。口を押さえ叫び声を堪えるウミ。だが、二人は気にすることなく会話を続ける。


「確かに……私も含め、この辺りに住む方々はお金は持っていませんからねぇ。で、一体どんな方法でお金を儲けようと?」

「民宿だ。この家に泊めて、それから金をもらうんだ」

「ほほ。……で、私はその第一号ですか。ただ、私……お金ないですよ?」


 丁度、コップの中の水がなくなった。

 名残惜しそうに、何本かの触手がコップの中を彷徨った後、手の中へと戻って行く。


「あぁ知ってるさ。ツベさんから金もらおうなんざ、思っちゃいねぇよ。ただ、意見をもらうのと……あとはそれだな」


 ひひひ、と笑いながら指を差したのは、ツベさんだった。

 

「食糧がほしいからな。ツベさんの触手をちょっくらいただきたい。……いいだろ?」

「……ライスさんにはいくらかお世話になりましたしね。……いいでしょう。明日の朝、出るときに差し上げますよ」


 満足そうに笑うライスに、ウミは慌てて駆け寄った。

 いくら気持ち悪くても、触手をもらうなど、目の前で惨劇は見たくない。


「な、何言ってるの! ツベさんを切り刻むつもり!?」

「ん? ……あぁ。ツベさんは元々、自分の触手を売って生活してるからな。切ったところで痛くねぇんだよ」

「……そ、そうなの?」


 よく考えれば、毎日食べているパスタの材料も触手だった。――となると、このツベさんを食べていた、ということになる。

 そんなことを改めて考えると、不快感がせり上がってきそうになる。

 顔を青ざめるウミをよそに、ツベさんが立ちあがった。


「せっかくだから、ベッド、というもので寝てみたいですね」

「あぁ。土よりも柔らかいからな。気に入ると思うぜ。……ほら、ウミ! 案内しろ!」


 ツベさんは、案内された一階の部屋でベッドに横になった。そこはウミの部屋の隣、物置だった部屋を新たに寝室にしたものだった。

 とくに飾られたものもなく、ベッドしかない。それでもツベさんは気に入って、薄い布団に包まれ寝てしまった。


 ほっと息をついて、ようやく落ち着いた様子でウミは腰かけた。


「なんだ、もう疲れたか?」


 見ると、にやりといたずらっぽく笑うライスが見下ろしている。


「ツベさん……どうもあの見た目が苦手なの。ねちょねちょで、ぐにゅぐにゅで……」

「んなこと言ってると、他の人外と会ったときどーするんだよ。まだツベさんは、ヒトみたいに形どってるからまともなんだぞ?」

「あれが……まとも……」

 

 ウミは人外というものを、ライスとツベさん以外見た事がない。

 というよりも、ライスに大事に育てられたせいか、家の周り以外遠くに行ったことがなかった。

 それよりも、ライスがどこからか持ってくる人界の本や雑誌を読みあさったり、料理している方が楽しかったのだ。


「……大丈夫。すぐ慣れるもん」


 テーブルに視線を落とし、見るからに気分が落ち込んでいる。

 それなのに、口から出てくるのは強がる言葉ばかり。

 ライスはふっと口元を緩めた後、くるりと背を向けた。


「……頑張れよ。ちょっと出てくる」

 

 ライスにとっての『ちょっと』は、ウミにとっては『ちょっと』ではない。

 その一晩帰って来ないことはざらだった。

 それなのに、自分が苦手とする触手系人外と一つ屋根の下に置いていくとは――。

 ウミは慌てて立ち上がり、声を上げる。


「ら、ライス! ど、どこに行くの!」

「ん。あぁ、ちょっとな」

「つ、ツベさんが起きてきちゃったらどうするの!」

「心配すんな。起きても別に食やしねぇよ。もし襲ってきたら包丁で応戦すりゃいい」


 ひひひ、といつも通りの笑みを見せ、そのままライスは走って行く。

 走りながら背中についている翼を広げると、そのまま空中を駆けていく。


 真っ青な空をバックに、美しい白い羽根を広げ駆ける姿を、ウミは息を呑んでただ見上げていた。

 血のつながりも、種族も違うライス。

 だからこそ、なのだろうか。

 こうした力強い姿を見せられる度、胸がドキドキと高鳴る。

 がすぐに――育ての親なのだと思い出し、高鳴りはため息とともに消えていく。

 これを繰り返していくうちに、ウミは絶対にライスを父さんなんて呼ばないと、心に誓うのであった。

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