お客たちと家畜たち(5) スイミーとウミ
今日は予約客で一杯だった。六名の予約――部屋が全て埋まるので、当日の申込は断りの紙を張った。
朝からライスとウミは大忙しである。ライスはリンちゃんを連れて水を汲みに二往復し、ウミは料理の下ごしらえをしていた。
「……サラダはこれで良しっと」
朝一番に買いに行った色形様々な植物と、リンちゃんヤクちゃんからもらった花と葉っぱを散らし、大皿にサラダを用意し終えた。
立体的な葉っぱや、逆に紙のように薄っぺらな花、蔦に連なる花など、見ていて飽きないサラダになった。
「……これだけですか?」
台所の上、それを眺め終えたヤクちゃんがじっと見上げる。
「ううん、違うよ。あとは……たぶんそろそろだと思うんだけど……」
そう言った直後、コンコン、と玄関の扉が叩かれた。
「きたきた……! はーい、今あけまーす!」
足取りも軽く玄関に向かい扉を開いた。
「……こんにちは」
か細い声の主はスイミーだった。その隣には目つきの鋭いバルドベアもいる。
水色半透明のスライム系人外のスイミー。今日は一般的な丸い球体のスライムの格好だった。おそらく、陽が出ているためだろう。
バルドベアは黒い毛に覆われた目つきの悪い顔。太い腕と足で体格も良い。
前回同様、オレンジ色のツナギの作業着を着ており、今日は大きな木箱を抱えていた。
「おまちしていました! どうぞ入りください!」
久しぶりに会う人外たちに、ウミは笑顔で招き入れた。
◇ ◇
今回の予約は、スイミーとバルドベアによるものだった。
その他四名分は、バルドベアの狩り仲間のものだ。
野生の人外を狩り、肉を売る者たちは定点とする家は持っていない。だいたい野宿をするのが基本らしい。
ウミが経営する民宿の話をしたところ、喜んで伺う、ということになった。
「……綺麗だな」
椅子に腰かけたバルドベアは、天井を見上げながら呟いた。
そこへ先ほど帰って来たライスが、汲んだばかりの水をバルドベアに差し出す。
「あぁ。俺が一から組み立てた。いいだろ?」
ライスはその言葉に気を良くし、白い歯を見せた。
「一人で建てたから不細工な所もあるかもしれねぇけど……そう言ってもらえると嬉しいぜ」
「一人で建てた? ……そりゃすごい」
バルドベアとライスが話し合っている一方――台所ではスイミーとウミが立ち話をしていた。
ウミの足元には、バルドベアが抱えていた大きな木箱が置かれている。
その中には、色とりどりの大小様々な肉が詰め込まれていた。皮は剥がされた状態で、赤身だったり白身だったり、はたまた黒身だったりと何の肉かさっぱりわからない。
少々血生臭いが、ウミはその一枚一枚を取り出し、花粉を振りかけていた。
「あの……ウミさん、私も何かお手伝いしますが……」
プニプニとスイミーが球体を揺らしている。
が、ウミは苦笑いを浮かべ答えた。
「気にしないでください。スイミーさんはお客さんですし、こうやってお話できるだけでも嬉しいです」
と言いつつ、ちらっと足元を見る。
スイミーが同じ所にいるせいで、床がびしょびしょに濡れていた。
が、ヤクちゃんとリンちゃんが床を一生懸命拭きとっている。
どうやら底が抜ける心配はなさそう――ほっと胸を撫で下ろし、ウミはにこやかにスイミーを見直した。
「バルドベアさんとうまくいってるみたいですね。羨ましいです」
「え……あ、は、はい」
恥ずかしいのか、スイミーの球体が余計に薄くなる。
「……バルドベアさん、とっても優しい方です。……他の獣人の方が私を馬鹿にしても、絶対に守ってくれるんです」
「強そうですもんねぇ」
「はい。……でも、ウミさんも同じではないですか? ライスさんが強い、と噂を聞いたことがあります」
噂というのは怖いな、と思いつつ苦笑いを浮かべる。
「まぁ……そうですね」
「ウミさんは綺麗ですし……ライスさんは強くて逞しいし……きっと民宿は繁盛されているんでしょうね」
顔は見えないがスイミーが微笑んでいるように見えた。
ウミも笑って見せるが――そのまま手元の肉へと視線を落とし、少し思案する。
――確かに繁盛し始めている。
店を開ければ、露店風呂を利用するお客も絶え間なく来るし、泊まるお客も毎日ではないしろ何組かは来る。
この間のロンロンのように、ライスを見たいがために来るお客もいる。
――お金が貯まったら……。
いつになるかわからないが、そう遠くない未来にキリング区画へ行くことになるだろう。
どんな場所なのか想像もできないが、そこで何をするかは明確だった。
――良いヒトを見つけなきゃ。だってそれが……ライスの『夢』なんだもん。
ウミは深くため息を吐くと、止まっていた手を再び動かし始める。
熱したフライパンに、肉を置いていく。
――でも、ライス以上のヒトなんて……きっといない。
厚い肉からじゅうじゅうと良い音が出て、ゆらゆらと煙が上がる。
煙が天井を目指して伸びるが、その手前で消えていく。
ぼーっと煙を見つめながら、ふと思う。
ライスにとって、ウミは『子ども』でしかない。
その立場を超えない限り、いくら伝えてもきっと届かないのだろう。
「……ウミさん? お肉……大丈夫ですか?」
「え? ……う、うわっ!」
慌てて肉をひっくり返す――少々黒くこげてしまった。
「……何か考えごと、ですか? よろしければ……お話、伺いますよ?」
優しい声色に釣られて見れば、スイミーの心配そうな顔で見ている――ような気がした。
モヤモヤを吐き出したい――ウミは少し顔を俯かせ、ゆっくり口開いた。
「……ライスのことで」
「……恋の悩みですか?」
ハッとして顔を上げた。
「……どうして、わかるんですか」
「……なんとなくです。ウミさん、『相手に聞かなきゃわからない』ですよ」
どこかで聞いたような――そんな風に考えていると思い出した。
ウジウジと悩んでいたスイミーに、ウミ自身が言った言葉だった。
「ずっと一緒に過ごされているのですから……きっと、ライスさんもウミさんのことを大切に思っていらっしゃいます」
「でもライスは……私のこと、子どもとしか見てくれません」
好き、と言っても全く揺らいだ気配がなかった。
そもそも、ウミとライス、それぞれが考えている『好き』が違う。
親から子への愛情で『好き』と言ったライスと、異性へ向ける愛情を『好き』と言ったウミ。
その上、ライスはヒトの相手を見つけて人界へ帰らそうと目論んでいる。
それを夢だと語られては、何をどうすればいいのかわからない。
ウミは再び顔を伏せた。胸が苦しかった。
「……ライスさんにも考えがあるに違いありません。一度、きちんとお話されてはいかがですか?」
ライスにも考えがある――その言葉を頭で反芻しながら、ウミは再び肉を焼き始めた。
◇ ◇
テーブルの上には、朝用意していた大皿のサラダと、その横には分厚いステーキの山ができている。
また、グツグツと煮込んだ肉、ヤクちゃんの薬草や花で香り付けした蒸した肉、ツベちゃんの触手と一緒に炒めた肉など――肉料理ばかり並んでいた。
「おー!」
テーブルを囲む獣人達――バルドベアの狩り仲間たちは、テーブルに並ぶ見たことのない肉料理にごくりと唾を飲み込む。
ライスも久しぶりの肉料理に、目を輝かせていた。
「ものすごい量の肉だな。これだけもらってよかったのか?」
ライスは隣に立っているバルドベアに声をかけた。
ちなみに、六名分の椅子がないために今日に限っては立ち食いである。
「……ウミさんに世話になったからだ」
「あぁ……スイミーさんの件か。なにせよ、お客さんまで連れて来てもらえるなんて、ありがてぇよ」
そう言うと、ライスは手を差し伸べた。
それに応え、バルドベアも鋭い爪の見える手で握り返した。
がっちりとお互いの手を握り締める。
「また来いよ。今度はバルドベアさんとスイミーさんだけでさ。ゆっくりくつろげばいい。貸切にしてやってもいいぜ?」
ひひひっと笑ったライスに対し、バルドベアに表情の変化はない。逆に視線を伏せ、少し顔を背けられる。
何か悪いことでも言ったのか――ライスは手を離し、苦笑いを浮かべた。
「……何か悪いことでも言っちまったか?」
「いや……」
そう言うとバルドベアがテーブルの方を注視する。
テーブルでは獣人達が肉料理に目を奪われ、がつがつと頬張っていた。スイミーとウミはテーブルから少し離れたところで談笑している。
それを確認したバルドベアは、真っ直ぐライスを見た。
「……ちょっと出ないか」
「あ、あぁ……かまわねぇけど……」
ライスとバルドベアはワイワイと騒がしい民宿を出た。
前の通りはもう暗くなっている。出歩く人外はなく、昼間と打って変わって嫌な静けさだった。
一体何の話をされるのか――バルドベアを見れば、遠くの方を見ていた。
「……ヒトと一緒にいて、何か言われないか」
突拍子もない言葉だった。
ムスッとした表情のまま遠くを見つめ、何を考えているのかわからない。
バルドベアの言動に首を傾げながら、ライスも同じように遠くを見た。――丁度、目指すキリング区画の高い壁が見える。
「……言われるし、あぶねぇ目にも遭ってきたさ」
「どうしてそこまでして、ウミさんを匿う?」
「そりゃあ……家族だからだ」
高い壁の向こうから、薄らと明りが見える。
キリング区画は煌びやかな場所だ。夜でも昼間のように明るい眠らない場所。
あの壁へ隔てて、全く違う世界が広がっている。
ヒトが多くいるのは間違いない。ただ、そこへウミを連れて行くことが正しいのか、未だに不安があった。
多くのヒトがどんな扱いをされているのか――それを目の当たりにした時、ウミは何を思うのだろう。
怒るのか、悲しむのか。
知らないまま暮らしている方が良かった、と思うかもしれない。
だが――それは違う、とライスは思う。
世の中のことを知り、己を知り、その上で歩むべく者と道を見つけてほしい、と願っている。
大事に育て過ぎたライス自身の、親としての務めだった。
「……家族、か」
声と共に、ふっと鼻で笑うような音が聞こえた。
視線を横に流せば、バルドベアが鋭い牙を見せ、にやりと笑っていた。
「……何がおかしい」
「いや……大変そうだな、と」
「あ? ……どういう意味だ」
語尾を強めたライスの言い方に、バルドベアは大きく息を吐いて元の表情へと戻る。
再び前を見据えたまま、しばらく沈黙が流れた。
「……見た目で判断され、友もいなかった」
暗闇に消えるような弱々しい声が耳に届いた。
体格に似合わない声色に、話を逸らされたと文句も言えず、ライスは代わりにため息を吐いた。
「……今日、連れてきた奴は友達じゃねぇのかよ」
「あれらは情報を共有する仲間だ。友じゃない。……私が死んだところで、誰も何も思わないだろう」
確かにライスより体格が大きいし、腕や足も太い。
何より、鋭い目と牙そして爪が、相手を怯えさせてしまう原因なのだろう。
「……だが、スイミーは違う。私を恐れず、近くにいてくれる。私を理解しようとしてくれる」
横目で見れば、 ムスッとしていた顔が若干、和らいだように見える。
「種族が違うのはわかっている。つがいになれないのも知っている。私は全てを理解した上で、スイミーと共にいる」
が、和らいだのは一瞬だった。
顔はどんどんと険しさを増し、食いしばる口元から鋭い牙が見える。
「……だが仲間は……受け入れなかった。恥じるべき行動だと私を貶し、スイミーを排除しようと企んでいる」
「……なんでそんな奴らを連れて、今日やってきたんだよ」
と、ここでようやくバルドベアがライスに身体を向けた。
少しだけ、にこやかな表情に見える。
「……スイミーと出会えたことのお礼だ。きっと、あいつらはここの常連になるだろう」
「それだけのためにか? ……それだけのために、肉とお客を連れてきたのか?」
「あぁ。……ライスさんにとっては『それだけのため』と思うかもしれない。だが私にとって、スイミーとの出会いは奇跡だった」
そう言うとバルドベアはつなぎの服のポケットから、ごそごそと何かを取り出した。
大きなポケットから出てきたのは、バルドベアの片手サイズの木箱だった。
「これを。珍しい人魚の肉だ。換金所へ持って行けば高く売れる」
小さく見えたが、ライスの両手ほどの大きさがある。
ずっしりと重い木箱を手に、再びバルドベアを見上げた。
「……どうしてここまでするんだ」
「二度と町には戻らない。……スイミーと共に、生きていくために」
薄ら笑った――ように見えた。
すると、タイミングよく玄関のドアが開かれ、水色半透明のスイミーと寂しげな表情を浮かべるウミが出てきた。
スイミーは身体を熊獣人の形を模って、そのままバルドベアの隣に歩み寄る。見上げる顔が笑っているように見えた。
そして、バルドベアも優しい眼差しでスイミーを見つめる。
「……話はできたか?」
「……はい」
「そうか。では……ライスさん、ウミさん」
スイミーが手を振り、バルドベアが半身となり一歩踏み出す。
「ありがとうございました。……お幸せに」
そう言って、二体のつがいはその場を去って行った。
ライスとウミは呆然と、背中が見えなくなるまで動けなかった。突然の別れだった。
良い友達ができた、そう思った矢先の出来事。
「……つがいになれなくても、心で繋がっているんだね」
ライスは遠くを見つめるウミを見た。
悲しんでいる様子はなく、弱々しく笑っている。ほっと胸を撫で下ろし、ライスも去って行った遠く彼方を見つめる。
「……ところでスイミーと何を話したんだ?」
「んー……色々」
「なんだそりゃ」
「別にいいじゃない、女同士の話なんだから」
「女同士? スライム系人外は性別ねぇだろ」
「もー! うるさいなぁ! ……それより、片づけるのライスも手伝ってよ! きっと獣人さんたち食べ散らかしてるんだから」
「……はいはい」
先に家の中には行ったウミに続いて、ライスも入ろうとしたが足を止める。
もう一度振り返り、バルドベアたちが去って行った遠く彼方を見つめた。
――あんたらの方が大変だろ。俺のことなんかほっとけよ。
ふっと自嘲気味に笑い、家の中へと入っていった。




