お客たちと家畜たち(4) ロンロンとライス 後編
そんなやり取りがあったなど、ライスが知る由もない。
が、びくびくとしながらも逃げ出さない家畜たちに首を傾げる。
引き下がれない理由でもあるのかもしれない、と思った。
「……おい。俺がここにいねぇ間に何があったんだ? てめぇら知ってんだろ」
ライスの冷たい視線に、ブルッと葉っぱと花を揺らす家畜たち。
そのせいで周りに葉っぱと花びらが散らかっている。
「……僕ら、ライスはウミを大事にしているから好きだと思ったです」
「……あ?」
何の脈略もない言葉に、思わず口をあんぐりと開けた。それでも構わず家畜たちは続ける。
「……でも、あのお客は『親子なのにつがいになろうなんて考えない』とか言ったのん。だから、あちきたち『ライスに聞いてみればいいねん!』って言い返したのん」
「でも……ライスは……」
いったん言葉を切った家畜たちは、いきなりその場でぴょんぴょんと跳ね始めた。
交互に飛び跳ね、まるで何か抗議をしているように見える。
「なんで否定しないですか! 僕ら間違ってないです!」
「そうなのん! あちきたちは間違えてないのん! 明らかにあちきたちよりも、ウミが大事にされているわん! ずっと見ているから間違いないのん!!」
見下ろしていたライスだったが、交互に飛び跳ねる家畜たちは止まる気配がない。
見ているうちに段々と苛立ちが募り、頭をガリガリと掻いた後――。
「……あー! もーうるせぇ!」
家畜たちの動きがピタッと止み、一瞬、部屋が静寂となった。
――すると、皿洗いを終えたウミが手を拭きながらやって来る。
「ど、どうしたの? 大声出して」
ウミの姿に気付いた家畜たちは一斉にウミの後ろへと回り、頭だけ出すようにライスを見上げた。
一方で、ライスも頭を掻きながらウミに身体を向ける。一つ、大きくため息を漏らした。
「……ウミ、ロンロンさんと何があったんだ?」
「え……。べ、別に」
視線を落とし顔を背ける。
言いそうにないその態度に、またライスは大きくため息を漏らした。
「ったく……お前なぁ、ロンロンさんはお客だぞ? 何があったか知らねぇけど、そんな不貞腐れた顔じゃ失礼だろ? 毎日来てくれて金落としてくれてんだぞ?」
「べ、別に! ……不貞腐れてないもん」
「じゃあ、なんだよその顔は。何か言いたいことがあるなら言えよ」
ウミは少し視線を彷徨わせた後、上目遣いでじっとライスを見つめた。
「……ライスもいつか、つがいを探すんだよね」
「つがい?」
「今たくさん、女のお客さん来てるでしょ? ……その中に、素敵な方がいるかもしれないじゃない」
ゆるゆると視線を落とし、何か不機嫌そうに眉をしかめている。
いきなり何を言っているのか――ライスはボリボリと髭を掻く。
「……さっきから、お前らは何言ってんだ」
すると、露店風呂に繋がっている扉が勢いよく開かれた。
「あー気持ちよかったー!」
一斉に振り返ると――バスタオル一枚の姿のロンロンがいた。身体から湯気を立ち上がらせ、頬を軽く上気させている。
その姿には全員がギョッと言葉を失った。が、本人はそんなこと気にすることなく、スキップをしながらライスの元へとやって来る。
「ライスさん、もう、すっごい気持ち良かったですー!」
「……そ、そりゃ良かったな。暑いかもしれねぇけど、服は着た方がいいぞ。本当にお客が来るぞ」
「えー? だったらー、ライスさんのお部屋で涼んでもいいですかー?」
その言葉に、ウミが一歩踏み出す。
見れば、何か言いたげな目で鋭く睨み、唇を噛み締めていた。
今にも飛び出そうなウミの前に、ライスは腕を伸ばし制止させた。
「ロンロンさん、変な冗談はいいから早く服を着た方が良い。風邪ひくぞ?」
だが、ロンロンは引かなかった。
艶やかに濡れる髪を掻き上げ、胸元の谷間を誇張させるように腕を組み、ぐっとライスに身体を寄せる。
そして、薄らと笑みをこぼし見上げた。
「……ライスさんもつがいを探す良い年頃でしょ? あたしを見て、何か感じない?」
そして腕を伸ばし、ライスの身体を翼で優しく摩る。
「あたし、ライスさんみたいな強くて逞しい方……大好き。全部捧げたって構わないわ」
が、ライスの表情が変わることはなかった。
ライスはロンロンの肩を持つと、ぐっと身体を離した。
「俺はつがいを探そうと思って、民宿やってんじゃねぇんだ。それにわりぃけど、ロンロンさんを見ても俺は別に何とも思わねぇ」
ロンロンの翼が力なく垂れる。笑みを浮かべていた顔も、どんどんと萎れ視線も落ちた。
一方、ライスは何事もなかったかのように後ろを振り向くと、眺めていたウミたちに手を叩いた。
「おい、ほら! 突っ立ってねぇで動け! せっかく沸いた湯が温くなっちまうだろ? さっさと外で呼び込みして来い」
「あ……は、はい!」
正気に戻ったウミがびしっと背筋を伸ばした。
――すると、ライスの後ろにいたロンロンの身体がプルプルと震え始める。
「……どうしてー!? なんであたしを見てくれないのー!?」
思いっきり叫んだ声は部屋に響いた。翼で顔を隠し泣いている。
「信じられない……私、私……諦めませんからー!」
また叫ぶと、その格好のまま走り出し――玄関から出て行ってしまった。
止める暇もなく、一同はその背中を見送るしかなかった。
◇ ◇
あの後、露店風呂は繁盛した。様々な人外たちが浸かり、皆民宿から出る際「また来る」と言い残し去っていく。
また泊まり客も二組ほど来た。彼らをもてなし、各自部屋に行ったところで――ようやくライスとウミの休憩時間となった。
「……はぁ疲れた。やれやれ」
ライスは首を回したり、肩を回したりしている。
ウミは椅子に座り何か考え込むように、視線をテーブルに落としていたが――急にライスを見上げた。
「ねぇ。本当にロンロンさんを見て、何にも思わなかったの?」
「あ? ……あぁ思わねぇよ。あんな媚びを売るような奴は苦手なんだ。……ロンロンさんには言うなよ。来なくなるかもしれねぇからな」
そう言って、再び首を回している。
本当にそう思っているらしい。
「あの……ごめんなさい。確かに私の態度は……お客さんに対して、失礼な態度だったかも……」
消えるような声量に、ライスは動きを止めた。
しょんぼりとするウミがテーブルに視線を落としている。
「……私、最近女のお客さんばっかりで、ライスがちやほやされるの見てたら……何だか腹が立っちゃって。だからその……ちょっと顔に出てたかも」
「んだよ、そんなことで不貞腐れたのか。子どもだねぇ、ウミちゃん」
ムッとして顔を上げれば、いつもの白い歯を見せひひひっと笑うライスの顔があった。
そして、手をウミの頭へぽんっと乗せる。
「安心しろ。お前が相手を見つけるまで、つがいなんて考えてねぇから。今は民宿で金儲けて、キリング区画へ行って、良いヒトと出会って、それで……お前は人外界へ帰る――それが俺が一番叶えたい夢だ。その夢が叶うのを見届けて……その後自分のことをするさ」
笑いながら頭を撫でられる。ウミは振り払いもせず、じっとライスを見上げた。
励まされる時――ウミが幼い時からずっと、ライスは頭を撫で優しい言葉を掛けてくる。
今でもそれは変わらない。
「……しかし、俺にやきもち妬いてどーすんだよ。そりゃ悪い気分じゃねぇけど……いい加減親離れしろよ?」
ライスの笑みを見つめながら――昼間聞いた言葉が頭の中をぐるぐると回る。
『ライスが好きなものは、ウミです』
『きっと、ウミのことが好きねん』
本当なのか――急に確かめたくなった。
考えるよりも先に、口から言葉が漏れる。
「ライスは……私のこと好き?」
「……は?」
撫でていた手が止まる。
呆然と見上げていたウミだったが、ハッとした表情になると見る見る頬を赤く染めた。
視線を彷徨わせ、思わず口を手で覆う。
そんな様子を見て、再びライスがひひひっと笑った。
「今更何言ってんだ、好きに決まってんだろ。お前が一番大事だよ」
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられた。
「ちょ、ちょっと!」
「ったく! 恥ずかしいこと言わせんなよ!」
髪を直しつつ見上げれば、照れくさそうに笑うライスがいた。
きっと好きの種類が違うんだろう――そんなことすぐにわかったが、やはり嬉しい。
ウミは火照る顔を隠しながら、小さな声で呟いた。
「……私も好き」
「……ひひひっ! 明日も頑張ろうな!」
ぽん、と最後に頭を撫でられて――ライスは自分の部屋へと戻って行った。
ウミは顔を火照らしたまま、じっと屋根裏を見上げる。もうライスの姿は見えない。
ドキドキが止まらなかった。たったあれだけの言葉なのに、身体が熱くてたまらない。
――どうやったら娘じゃなくて、女として見てもらえるんだろ。……誰か教えてほしいな。
悶々とする気持ちを抱えたまま、ウミも自室へと戻って行った。




