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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
3.民宿、始めました
20/47

お客たちと家畜たち(2) ツベちゃんとグルン

 ツベちゃんは普段木箱の中で息を潜めている。

 ウミから声がかかると地上へ出て、自らの触手を切り離しウミに渡していた。

 渡している触手は、自我を失った状態で渡しているので暴れることはない。

 それと引き換えに、ウミの髪の毛をいただいている。

 ほんのちょっとの髪の毛。黒い髪でつやつやとしているウミの髪の毛。

 ツベちゃんはウミが大好きだった――物理的に。


    ◇    ◇


 民宿の朝は忙しい。

 朝日が上がる前から、皆忙しく動き回っている。ツベちゃんもちょっとだけ地上に出る。


「リンちゃん、水瓶の飲み込み忘れないな?」

「大丈夫なのん!」

「よし。……ヤクちゃん、金は持ってるな?」

「持っているです!」

「よし。……ウミ、毎回言うが危ない時は逃げるか、カグラの名前を出すんだぞ」

「大丈夫。触手系人外は、事前にヤクちゃんが教えてくれるしね」


 お客がいない朝の風景である。

 リンちゃんとライスは、山へ水を大量に汲みに行く。

 露店風呂ができたせいで、毎朝行かなくてはいけない。料理にも使うので半端ない量がいるのだ。

 ヤクちゃんとウミは、人外の行き交いが少ない朝早い時間に買い出しに行っている。

 そしてツベちゃんは――。


「よし。……ツベちゃん、てめぇはしっかり掃除しろよ!」


 きつい言い方にも、ツベちゃんは敬礼のポーズを取って答えた。

 何て言ったって、もうすぐ、この民宿にはツベちゃん以外誰もいなくなるのだから。


 そして――誰もいなくなった。


 ツベちゃんは勢いよく木箱から飛び出た。まずは、掃除である。

 ライスの指示に従わないと、ミンチにされてしまう。前科を作ってしまっているので、きっと躊躇いなくミンチにするだろう。


 露店風呂、客室、リビング、台所――大まかなゴミは吸い取り、汚れは布で拭いていく。

 適当にして済ませるとライスにバレるので、真面目に且つ手早く行動する。

 そして――瞬く間に綺麗になる。

 

 ツベちゃんはピカピカになった部屋を満足そうに眺めて、いよいよ本番の作業へと胸を踊らす。

 そう――手早く掃除を終わらせる理由はただ一つ。

 ツベちゃん本人の自由時間を作るため。その自由時間こそ、ツベちゃんのお楽しみなのだ。


 いざ――というとき、突然玄関のドアが叩かれる。


『……』


 陽を昇っていない朝だ。こんな時間に一体誰が――気分を台無しにされたが、無視するわけにもいかない。

 ツベちゃんは小さい身体でジャンプをして、ドアノブに捕まる。そして、捻って玄関の扉を開けた。


「お……おはようございます……! ってあれ……?」


 開けた先に立っていたのは、白い触手をうじゃうじゃとさせる、カグラの僕、グルンだった。

 気分が余計に台無しとなった。

 一方でグルンは、気配のない部屋に不思議そうに眺めている。


「だ、誰もいない……? じゃあ一体誰が玄関開けたんだ……?」

『私ですが』


 と、小さな声が聞こえた。

 グルンは床に視線を落とした――そこにピンク色の小さなタコを模った触手がいた。


「あんたは……! 俺を馬鹿にした触手じゃないか!」

『……こんな朝早くに何のご用でしょうか?』


 そう問うと、グルンは恥ずかしそうに顔を俯かせた。


「……あ、朝なら反応鈍いから……ウミさん、俺を見てくれるかな……って」

『ウミさんの近くにいても良い触手は私だけですから、諦めてください』


 やれやれと言う風に頭を振られ、グルンはムッとした。

 同じ触手系人外として嫌われるならまだしも、逆に近くに置かれているとは癪に障る。


「……お前、やっぱり腹が立つなぁ……! どうしてウミさんは俺じゃなくてこんな奴を近くに……!」


 気持ち悪いから、と誰でもわかる答えだが本人が知る由もない。

 悔しそうに震えるグルンに背を向け、ツベちゃんがその場から離れようとする。


「ちょ、ちょっと待てよ……! どこ行くんだよ……!」


 報われない恋にしがみついているグルンが、大層気の毒に思えてきた。

 本当のことを知ったら寝込むかもしれない。

 歩みを止めたツベちゃんは、身体を反転させた。 


『……仕方ありません。グルンさんも手伝われますか?』

「手伝う……? 何を?」

『掃除ですよ。ウミさんの部屋のね』


    ◇    ◇


 ライスの部屋は屋根裏にあるため、ツベちゃんは掃除ができない。むしろ、するな、と指示されている。

 が、ウミは別だった。鍵を開け、ツベちゃんに「お願いね」と頼むのだ。

 もちろん、タンスやクローゼットは開けないよう注意されているし、ライスも開けた痕跡がないかチェックする。

 するな、と言われたことはしない。せっかくウミとようやく交流が取れそうであるのに、それを崩したくはない。

 掃除をすれば良いのだ。綺麗になるし、褒められる。


「……こ、こ、ここが……! ウミさんの部屋……!」


 ぞわっと、グルンの白い触手が広がる。興奮しているらしい。

 ツベちゃんは慣れた様子で部屋の中へ進み、持ってきた布をグルンへと投げた。


『グルンさんは私がゴミを取るまで待っていてください。その後、布で拭いていってください』

「わ……わかった!」

『決してウミさんのタンスなんかを開けないでください。ライスさんにミンチにされてしまいますから』

 

 凶悪な顔でにやりと笑うライスが容易に想像できた。

 グルンは恐ろしさのあまりビクッと背筋を伸ばし姿勢を整える。

 これで余計な行動はしないでしょう――ツベちゃんはそれを見届け、ようやく至福の時を迎えた。


 名目は『掃除』である。

 ゴミ、と呼ばれるものを集める作業。けれど、ツベちゃんにとってはそれはゴミではない。

 ――『宝』の山なのだ!


 ウミの物理的なものであれば何でも良い。この部屋には、ウミの物しか落ちていない。

 ツベちゃんにしか分からない、ウミの匂いが充満していた。

 この匂いだけでも興奮する。

 ツベちゃんは、自分の身体を棒のように伸ばし粘液を出す。

 一つ残らず『宝』を取るためだ。


『掃除を始めます!!』


 そう言うとローラーのように隅から、ゴロゴロと転がっていく。

 粘液が多いためか、床が少々テカテカと光っている。


「……な、なんか……気合い入ってるな……」


 グルンでさえも、ちょっと引いてしまうぐらいだった。ツベちゃんが通り過ぎた床は、ベタベタとして気持ちが悪い。

 ただ、ここはウミの部屋だ。拭かないわけにはいかない。

 ゴシゴシと床を拭く。

 拭きながら――少し考えを巡らす。

 今、グルンが拭いている床の上を、ウミが歩くのだ。生活するのだ。

 つまり、ウミの生活の一部となる――と考えても大げさではない。

 白い触手がぼわっと広がる。


「……お、俺も気合い入れる……!」


 こうして、二体の奇妙な触手たちによって掃除は開始された。


    ◇    ◇


「あー……疲れた」


 大きな水瓶を抱えたライスと、その背中に乗ったリンちゃんが家に入って来た。

 外はすっかり明るくなっている。


「リンちゃんありがとな。お前が小さい水瓶を飲み込んでくれるだけでも助かるぜ」

「わかっているなら、別に気にしなくて良いわん!」


 ライスは大きな水瓶を床に置き、リンちゃんは口から水瓶を出している時だった。

 廊下の奥――ウミの部屋のドアが開いたのだ。

 先に帰っていたのか――そんな風に見入っていると――。


「……あっ」


 驚いたのか、白い触手がぼわっと広がる。

 慌てふためき、オロオロとしているグルンだった。


「おい……なんでてめぇがいるんだよ」

「え……あ……いや……その」


 殺される、と本気で思った。

 禍々しい雰囲気を漂わせながら、ライスが一歩一歩踏みしめながら近づいてくる。


「そこで何してたんだ?」

「そ、その……そ、掃除を……」

「いつ、誰が、てめぇに掃除なんか頼んだんだよ」


 ライスはグルンの目の前にやって来ると、殺気立った目で冷たく見下ろす。

 殺される、とグルンは悟った。


「不法侵入なのん。殴られても仕方ないわん」

「……うっ」


 固まるグルンを通り越し、リンちゃんはウミの部屋を覗きこんだ。

 そこで見たものは――。


「……ピカピカなのん」


 床一面、光りを反射してピカピカと輝いている。

 その部屋中央で、満足そうに胸を張って立っているツベちゃんの姿だった。


「……ライス、ツベちゃんが『見てください、素晴らしいでしょう?』って言っているわん」

「あ?」


 機嫌の悪そうな顔を向けられ、思わずリンちゃんも身震いした。

 ライスはグルンを押し退け、部屋を見た。

 ピカピカである。埃一つ、床に落ちていない。気味が悪いぐらい綺麗な部屋だった。

 

「これ、お前が全部やったのか?」


 胸を張って立っているツベちゃんに問いかけると、うねうねと近寄って来る。

 そして、ライスの足元までやってくると、手振り身振りで何かを訴えた。


「ツベちゃんは『綺麗でしょう? 私とグルンさんで、ウミさんの部屋を掃除したんですよ。何も悪いことないでしょう?』って言っているわん」

「……へぇ」

「『グルンさんがたまたま来られたので、手伝っていただいただけですよ。家具には一切触れていません。掃除をしたんですから』って言っているわん」


 じっと見下ろす。悪びれていないのか、委縮することなくどこか堂々として見える。

 が、何か腑に落ちない。

 掃除をしたことは間違いないようであるし、家具も触れられたような痕跡はない。

 それでも、ライスの中で何か釈然としなかった。


「……確かに家具は開けてねぇみてぇだしな。掃除したことは認めてやる。けどな、今度勝手に家に上がらせたら、絶対にミンチにするからな!」

「『すいません』って言っているわん」


 本当にそう思っているのか、こつん、と頭に触手を当てている。

 ライスは小さく舌打ちして、部屋の前に立っていたグルンに向かって叫んだ。


「おい! てめぇもだ! 今度勝手に家に上がったらただじゃおかねぇぞ! カグラにバラすからな!」

「ひっ! そ、それだけは……!」

「……もういい! ウミが帰る前にさっさと失せろ!」


 震えあがったグルンは、走って玄関を飛び出して行った。

 その背中を見届け、ライスは深いため息を吐いた。


「ったく……諦めが悪りぃ奴だ。ウミには黙っておけよ」

「当たり前なのん。知ったらきっとこの部屋を使わないわん」

「……だろうな」


    ◇    ◇


 換金所へ戻る帰り道。顔を俯かせ、トボトボとグルンは歩いていた。

 結局、ウミには会えずじまいだった。けれど、実は――お土産を手に入れていた。

 それは、ライスたちが帰って来る少し前――。



『グルンさん、お手伝いありがとうございました。……どうぞ』

「……え? 何だこれ?」


 手渡しされたのは、黒い糸のようなもの。

 どう使うのか意味がわからず、首を傾げながらそれを眺めていた。


『……わかりませんか? いらないのであれば、私がいただきますよ』

「え……ちょ、ちょっと。……これ何なのか教えてよ」

『わからないなんて、まだまだですねグルンさん。それは……ウミさんの髪の毛ですよ」


 思わぬ言葉にぼわっと触手が広がる。

 そうしてもう一度手のひらに載る糸を眺める。

 ――黒いのに、日光に反射して光っているように見えた。


「そ、そう言われてみれば……綺麗だな……」

『でしょう? とても美しく、そして美味しいんですよ……! 本当は差し上げたくないんですが……口止め料です』

「え……口止め……?」

『はい。もうすぐライスさんたちが帰って来るかと思います。ですが、今日私が行ったことは秘密でお願いします。……触手同士、楽しみましょう』


 出される一本のピンク色の触手。握手を求めているようだ。

 それをじっと見た後、迷わずグルンも手を出した。


「……わかった。……俺たちの、ひ、秘密だ……!」

『えぇ、秘密です』



 ――そうして手に入れたウミの髪の毛。

 大事にツナギのポケットに仕舞い込む。大事な大事な、宝物。


 ――う、ウミさんの……髪の毛……! やったぁ、やったぁ……!


 ウミに会えなかったことも忘れ、気分良くグルンは換金所へ帰って行った。


 

 ちなみに、その後帰って来たウミは自分の部屋を見て「綺麗! ツベちゃんありがとう」と、満面の笑みでお礼を述べたそうだ。世の中、知らない方が良いこともある。

最近、まとめて上げておらず申し訳ないです。。

ちょくちょく更新していくつもりですので、どうぞお付き合いください<(_ _*)>

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