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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
1.開業準備
2/47

開業準備(1) お金を稼ぎたいそうです

 瞼に当たる陽の光に、眉をしかめさせながらライスは目を開けた。

 長い、夢を見ていたような――そんなことを思いつつ立ち上がる。一階からはバタバタと忙しく動く足音が聞こえた。眠い目を擦りながら、一階へと飛び降りた。

 パカッという木床を叩く音に、台所で作業をしていた少女――ウミは手を止め振り返る。


「あ、おはよう。今日もパスタだよ」


 黒い髪を腰まで伸ばし、大きな目を細める。半袖のシャツと膝下まであるズボンを着て、その上からは前掛けの長いエプロンを身に着けていた。

 台所から湯気がゆらゆらと立ち昇っている。フライパンの上に、短く刻まれたピンク色のパスタ。

 ライスは大あくびをしながら、テーブルへと近づく。


「……いつもわりぃな。ウミが作るもんは何でもうまいからな」

「ふふ。ライス、ありがと」


 ウミは嬉しそうに笑いながら、フライパンで炒めたパスタを小皿へと移し、テーブルへと運ぶ。

 炒められテカテカとピンク色に光るパスタ。細く刻まれており、たらこパスタそっくりである。

 フォークを並べ、ウミは木でできた椅子に座る。

 ライスは椅子は必要なかった。というのも、ライスは人外だった。

 下半身は馬、へそから上は裸のヒトの身体。茶色の短い髪と茶色の短い髭が繋がっていて、ライオンのたてがみに似ている。また背中には、白い羽根の翼が生えていた。


「ウミ、お前何度も言ってるだろ? 俺はお前の育ての親なんだ、父さんって言え」

「嫌よ。あたしだって何度も言ってるでしょ? もう子どもじゃないの。ライスのこと父さんなんて、呼べるはずないもん」


 ツンとした表情でパスタを啜る姿に、ライスは深いため息を吐いた。

 ウミはこの世界では貴重な、正真正銘のヒトだった。幼子だったウミをライスが拾い、育ててきた。

 ヒトの成長は早く、背もライスと変わらないほどになっている。しかしライスから見れば、たかが十六年生きた子どもだった。


「俺から言わせたら、まだまだ子どもなんだよ。俺は二百年生きてんだぞ」

「だから何? 背も伸びたし、ほらっ胸だって大きくなってるもん!」


 ライスはがっくりと項垂れた。

 確かにシャツの上からエプロンをしているが、胸の辺りはふっくらと膨れている。拾った時よりも、女らしくなっている。

 が、そんなことを言うこと自体が子どもっぽい――ライスは深いため息を吐いた。

 

 ――ま、確かに自分で判断できる時期になったんだろ。いい頃なのかもしれねぇな。


 顔を上げ口の端を持ち上げ、にやりと笑みを見せる。


「じゃあ大人になりかけのウミに、俺の夢を叶えるために手伝ってもらおうか」

「ライスの、夢……? どんな夢!? 教えて!」


 目を輝かせ身を乗り出す。

 やっぱり子どもだなぁ、と笑いを堪えつつライスは言った。


「……実はな、金を貯めてキリング区画に行きたいと思ってるんだ」

「キリング区画……ってどこ?」


 大きな目をぱちくりさせて、小首を傾げる。さっきの勢いはどこへやら。

 またまたライスはがっくりと肩を落とす。


「……お前……身体は大きくなっても、頭が子どもじゃねぇか」

「だ、だって、教えてもらってないもん! あたし、この辺りのことしか知らないんだから、しょうがないじゃない!」

「あー悪かった悪かった。……要は、金持ちばっかり住んでいる区画だ。そこに行くためには金がいるんだよ」

「……お金? いくらいるの?」


 ライスはフォークでパスタを掬い、口へと運ぶ。

 弾力のあるパスタを口の中で噛み、ごくりと飲み込んだ。


「……百万グル」

「ひ、ひゃくまんぐる!?」


 勢いよく立ち上がったせいで椅子が倒れる。


「そ、そ、そんな大金どこにあるの!?」

「あるわけねぇだろ」

「じゃあどうするの!?」


 興奮するウミを尻目に、ライスは皿を持って残りのパスタをかき込む。

 綺麗に平らげた皿を置き、満足そうに口元を緩めた。


「……今から稼ぐんだよ。だから手伝え、ウミ」



 人外界――文字通り、ヒトではない者たちが住んでいる世界。

 人界と似た環境の中、奇妙な住人たちが多く暮らしている。

 人間が住む人界とは、昔、創造主の気まぐれで世界が通じることがあった。

 が、今はその道が年に一度しか開かない。

 そのためか、人外界において『ヒト』の存在自体が稀なことになっている。


 人界と似た環境でありながら、人外界の生活ははっきりと区分けされていた。

 区画――と呼ばれる、種族による生活圏の区別。その区画ごとで住んでいる人外が違う。


 貧困層と言われている、『アナザー区画』。

 金持ちが住んでいる『キリング区画』。

 

 アナザー区画からキリング区画へ行くためには、関所で大金を支払わなければいけない。

 ライスとウミが住んでいる場所は、アナザー区画でも田舎だと言われるところであった。


「……もちろん手伝うけど、こんな田舎でどうやって?」


 椅子に座りなおしたウミが、テーブルを挟み鋭い視線を送る。

 人外界というのは、基本的に何か仕事がある、というわけではない。

 それぞれの人外が特性を生かし、物々交換をする、というのが基本だった。


「引っ越すんだよ。ここじゃ金なんて儲けられねぇからな。関所のある町へ行きゃ、金を持っている奴が集まってるさ」

「でも、どうやってお金なんて稼ぐの? 売れる物なんてほとんどないよ? それに引っ越しだって大変だよ?」


 ウミはライスが深く考えているようには見えなかった。

 いつもそう。ふらりと外に出たかと思えば、手に入るはずのない人界の道具や本を手土産に持って帰る。

 どうしたと、聞いても、気にするな、と言うだけ。

 いつも笑って誤魔化す豪快な性格。だが――ライスのそんな所が、ウミはとても好きだった。

 だが今回は違う。簡単に認めるわけにはいかない。

 生活そのものが変わってしまうかもしれない。

 そんなウミの心配を知ってか知らずか、ライスは白い歯を見せつつ口を開く。


「家を解体してまた向こうで組み立て直す。で、家の寝床を貸して金をもらうんだ。な? 物々交換じゃねぇけど、いい考えだろ?」


 ひひひ、とニヤニヤと笑っている。

 自信たっぷりな言い方に、ウミは思わず頷いてしまう。


「……悪くはないかも?」

「だろ? けど、うまくいくかわかんねぇんだよなぁ。いきなり解体して行くのもちょっと無謀だし……試しにツベさんを呼ぶか」

「つ、ツベさん呼ぶの?」


 ウミの顔色が一気に悪くなり、顔が引きつっている。

 ツベさん、とは――この辺りの土の中を根城としている人外だった。


「なんでそんなに怖がるんだよ。嫌がることねぇだろ」

「だ、だって……ツベさんて確か……」


 ツベさんの姿を思い出し、ウミは鳥肌を立たせブルッと身体を震える。


「とにかく! ツベさんは呼ぶからな。俺の夢を手伝ってくれるんだろ? 期待してるぜ、ウミちゃん?」


 ライスはウミに近づき、頭をグシャグシャと撫でると外へ出て行った。

 去って行く背中を見送りながら、髪を元に戻す。


「……また子ども扱いされた」


 ムスッとした表情で呟くと、テーブルの上の皿を片づけるのだった。

『グル』がお金の単位になっております。


誤字脱字を発見された際にはご一報いただけますよう、お願いいたします<(_ _*)>

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