換金所の人外たち(6) 秘密の檻
ライスがいない間に、民宿では夕ご飯が振る舞われていた。
犬獣人夫婦、鳥獣人夫婦、サボテン人外とウミと家畜たち。みんな集まっての夕食会である。
ウミたちが用意した料理はどれも好評で、お客たちはみんな満足した。
夕食会の後、ウミはお客たちに紅茶を振る舞った。
「思った以上に良い民宿ですね。来た甲斐がありました」
と、まん丸の目を細め微笑んだのは犬夫婦である。仲良く並び紅茶を啜った。
「それに露店風呂も良かったね。普段湯浴びなんてしないから、新鮮だったよ」
「うんうん」
と満足そうに頷き合っている鳥夫婦。彼らも両翼で器用にコップを抱え、なんとか紅茶を飲んでいる。
「皆さんありがとうございます! とっても嬉しいです」
みんなでテーブルを囲み、わいわいと雑談するなど今まで考えられなかったことだ。
自然とウミの表情も綻ぶ。
「今まで、まともにお客さんがいらっしゃらなかったので……こんな風に皆さんとおしゃべりできるのも嬉しいです」
「確かに噂は耳にしましたが、とんでもない嘘でしたね。……ところで、その噂の凶悪な人外さんは?」
ふふ、と犬夫婦揃って微笑みながらウミに問いかけた。が、まだライスの姿はない。
「たぶん、もうすぐ帰って来ると思うんですが……。皆さん良かったら先にお休みになってください。きっと朝には戻ってきますから……」
「そうかい? だったら……部屋に戻ろうかな。また露店風呂には入っていいんでしょ?」
「あ、はい! ご自由にどうぞ!」
ではお先に、と鳥夫婦が席を立った。露店風呂が気に入ったらしい。
ちなみに、サボテン人外は家畜たちと木箱の近くで戯れていた。
「……にしても、僕たちも初めてヒトを見ました。どうしてウミさんはこちらにいらっしゃったのですか?」
「私も気になりました。人界を離れてこちらの世界に来るなんて……よろしかったら人界のこと、お話してくださらない?」
夫婦揃ってウミに優しく微笑みかける。小麦色の体毛に包まれ、耳をぴんと立てる。
コップに添えている手にはピンク色の肉球が見えた。爪は出ておらず、ふわふわの毛並みである。
ウミは見ているだけで癒されるようで、自然と頬が緩んだ。
「あればお話したいんですが……その……正直言うと、あんまり人界のことを覚えていないんです」
「あら、そうでしたか……失礼な質問を……」
夫婦の表情が、申し訳なさそうな顔へと変わっていく。
ウミは慌てて口を開いた。
「き、気にしないでください! ……私、小さい頃にこっちに来たみたいで、それ以来ライスが育ててくれました。だから、ちっとも寂しくなんてないんです」
「そうですか……ライスさんは優しい方なんですね。……噂を訂正しなくちゃね!」
「そうですね、あなた」
微笑み合う夫婦に釣られて、ウミも笑顔となる。ほんわかする雰囲気の中、犬夫婦も部屋へと戻って行った。
連れ添う背中を目で追いながら、ウミはふと思う。
――私のお父さんお母さんって……どんなヒトだったのかな。あの方たちみたいに、仲が良かったのかな。
物心ついたときからライスがそばにいた。種族の違うウミを、自分の娘だと言い、大事に育てられた。
ライスとの新しい思い出を積み重ねて行く中でも、おぼろげながらも消えない記憶はある。
――私の、お父さんとお母さん……。
顔は見えない。けれど、二人がウミに微笑みかけているのはわかる。
二人はどんな顔でどんな様子なのか。わからない。思い出せない。
ガチャ――という音に意識が現実に戻る。顔を上げればライスがいた。
「……ただいま」
「お、おかえり!」
慌てて笑顔で出迎える。ライスは不思議そうに首を傾げながらも、ウミの前に移動した。
手に小さな袋を持っており、それをテーブルの上に乗せた。
「これ、土産の菓子だけど……どうした? 俺がいない間になんかあったのか?」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃって……。そうそう、露店風呂! とっても評判良かったよ。今みんな……部屋に戻ってるよ」
先ほどまでいたサボテン人外も、姿を消していた。
家畜たちも、いつの間にか眠っている。
「そうか。なら良かった」
安心したようにほっと息をつく。
しかしすぐに「そうそう」と小さく呟くと、少し真面目な顔つきとなった。
「カグラが飼っているヒト、あれ、本当だったぞ」
「えっ! そうなの!? 大丈夫だった?」
「あぁなんとかな。けどウミみたいに言葉が通じねぇから、カグラのやつお手上げみてぇだ」
そう言いつつ、持ち帰った小さな袋の中から半透明の四角い飴を取り出す。
ウミも真似て、袋に手を伸ばし口に含んだ。――薄荷の匂いが鼻を突き抜ける。
「どんなヒトだった?」
「男だったな。カグラ曰く、体格の良い奴みたいだぞ。あいつとお揃いのタキシード着せられてたな」
「へぇ……男のヒト……」
「お? 興味が出てきましたか、ウミちゃん」
悪戯っぽくひひひっとライスが笑う。
ウミは恥ずかしそうに頬を染めて、頬を膨らませた。
「ち、違うもん! そ、それに、私以外のヒトがいるなんて初めてだから、興味が沸くに決まってるじゃない!」
「ひひひっ、そりゃそうだな。……まぁカグラは生かすつもりみてぇだから大丈夫だろ。それより、俺らは民宿を切り盛りするのが最優先だ」
「うん、もちろん。……でも、会いに行っちゃ駄目かな」
「……これからお客も増えるし、たぶん行く暇ねぇぞ。珍しいもんが集まって、カグラのところに行くようになったら会えよ。な?」
大きな手のひらをウミの頭の上に乗せ撫でる。
不服そうに頬を膨らませるが、しぶしぶウミは了承した。
「わかったよ……」
「大丈夫。絶対に会えるさ」
◇ ◇
翌朝、お客全員が満足そうな顔で、口ぐちに『例の噂を訂正せねば』と言いながら民宿を去って行った。
それぞれから千グルを受け取り、初めてのまともな営業での収入となった。
ライスとウミたちは余韻もほどほどに、再び今日の準備へと取りかかる。
場所は変わって、カグラの換金所。
のれんの奥、檻に捕らわれているヒト――名を『長谷川陸』と言う。
彼は高校の帰り道、運悪く足を滑らせ崖下へと落ちてしまった――はずだった。
が、降り立った場所は見知らぬ世界。呆然とする彼を、カグラが連れ去ったのだった。
陸にとってはカグラも気味悪い生物である。
色白の赤い瞳。明らかにヒトではない。そんな生物に無理やり服を着せられ、その上いつの間にか知らない土地にいる。
陸は頭がパニックになり、とにかくこの場から逃げようとした。が、逃れられるはずもない。
牢屋に閉じ込められたところ――ライスがやって来たのだ。
――俺、どうなるんだ。
久しぶりに口に入れた食べ物は、固い肉だったにしろ食べられるものだった。
が、状況は何も変わらない。食べ物を差し出され、何か語りかけてくる。
陸が食べれば満足そうに笑って、また何かしゃべりその場を去る。
出す気はないらしい。
――……誰か、助けてくれ。どこなんだよ、ここは……!
そんな陸の元にウミがやってくるのは、もうしばらく後のことになる。
換金所の人外たち のお話は終わりです。
始まる前に普通のお客を出すとか言ったくせに、全然違う内容でした。。
ごめんなさいorz
次の章は、のんびりした内容を書きたいと思います。
いづれ、ウミと陸は会うのではないかと。。




