表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
2.民宿、始めます?
17/47

換金所の人外たち(5) 春は一瞬だったようです

 真っ黒のフード付きつなぎを着ている人外。

 そのフードの下から、ぬるぬるとうごめく白い触手が見える。

 ドアを開けた途端、そんな者が立っていたら誰だって驚くだろう。

 ましてや、それが一番嫌いなものであったなら――。


「……あ、あの」


 ウミは全身鳥肌になり固まってしまった。声も出ない。

 かろうじて視線を落とし、なんとか見まいとする。だが、あまりの衝撃に足が動かない。

 足元ではヤクちゃんが蔦でツンツンと突いているが、まるで動く気配はなかった。

 

「……に、荷物を、受け取りに……来たんですが……」


 一方でグルンは、初めてウミを間近で見ることができ舞い上がっていた。

 嬉しさのあまり、顔の触手が普段より余計にぞわぞわと動きまわる。

 緊張で言葉がどもっているが、身体は正直である。


「……荷物って何のことですか?」


 足元にいたヤクちゃんが、ウミの代わりに言葉を発した。

 まさかいるとは思わなかった小さな人外に、グルンはビクッと身体を震わせる。


「い、岩……カグラ様が言っていたと思うんだけど……」

「だったらあれです。こっち来るです」


 ヤクちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねる。グルンは、もう一度ウミを見つめた。

 が、石のように固まって動かない。目も合わせようとしなかった。

 しぶしぶ横を通り過ぎ、すぐ近くに置かれてあった岩の前に立つ。


「……確かに亀裂から何か光ってる」


 グルンは『民宿にあるひびの入った岩を持ち帰れ』という命令をカグラから受けていた。

 しかしこの岩、かなり大きい。

 試しに岩に腕を回し、持ち上げようと試みる――が!


「お……重い……!」


 筋力はほとんどない。

 それでも足を踏ん張りなんとか持ち上げようとするが、びくともしない。

 そんな姿を見て、リンちゃんまでが近くにやって来た。


「全然動いてないのん。どうやって持って帰るつもりなのん?」


 ちなみにツベちゃんは、テーブルの上、せっせと皿を綺麗に並べている。

 ウミの笑顔効果かもしれない。

 

 その間も踏ん張っていたグルンだったが、いくらやっても持ち上がらない。

 やがて膝に手をつき、がっくりと項垂れた。


「……ま、まさか……こんなに大きな岩なんて……。ど、どうしよう」

「ライスを起こしてくるです」


 グルンが止める間もなく、ヤクちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ね屋根裏の下に移動する。

 そして、蔦を伸ばし屋根裏の床を引っかけた。そのまま身体を浮かし一気に屋根裏へと飛んでいき姿を消した。


「お、おい……ライスって、あの凶暴な人外か?」

「そうなのん。凶暴だけど、力はとっても強いわん」

「ちょ、ちょっと困るぞ……また追い返されたら……!」

「大丈夫なのん。カグラの僕ならしょうがないわん」


 すると、すぐにヤクちゃんとライスが飛び降りた。

 岩の前にいる見覚えのある気持ち悪い人外と、その後ろで固まったままのウミ。

 ライスは頭を抱えため息を吐いた。


「……よりによって、てめぇがカグラの僕かよ」

「な……なんだよその言い方……! べ、別にいいじゃないか……!」

「よくねぇよ。……おいウミ、大丈夫か?」


 ライスは後ろからウミの肩に手を置き、軽くゆすった。すると、ぎこちなくゆっくりとウミが振り返る。

 その顔は今にも泣きそうに、目を潤ませていた。


「ら……ライスぅ……こ、こわ……かった」


 そう言うとウミはライスの胸に抱きついた。

 ため息を漏らしつつも、ライスはその頭を撫でる。


「ったく、なんでここまで触手系が苦手かねぇ……おい、わかっただろ。ウミは触手系人外が大嫌いなんだよ」

「う……嘘だっ……! だ、だって……あそこに……触手がいるじゃないか!」


 そう言ってテーブルを指差した。

 視線に気がついたツベちゃんは動きを止め、じっとライスたちの方に身体を向けた。

 そして、何か茶化すように触手をびらびらと振っている。


「……! ……!」

「ざ、ざまあみろだと……!」


 ライスには聞こえなかったが、どうやらツベちゃんは挑発したようだった。

 激昂したグルンはフードの白い触手を逆立て、ツベちゃんに向かって行こうとする――が。


「おい! てめぇはこの岩を運ぶために来たんだろうが!」


 ライスに一喝され、あっという間に触手はしおれた。


「……そうだよ。カグラ様に頼まれたんだ。……確認だけど、お風呂はできたのか?」

「あぁさっきな。……あと看板見たと思うが、触手系人外お断りっていうのも消した。ただまぁ、風呂だけだけどな。金か物さえくれりゃ、誰でも入れてやるよ」

「そ、そうか……!」


 言葉のトーンが若干上がった。

 誰でも、というフレーズに救われたらしい。


「ひ、ひとまず……この岩を運んでほしい……」


 だが、触手系人外が大嫌い、ということは変わりはない。

 顔を俯かせたまま、トボトボと外へと歩んで行く。


「ウミ」


 肩を持って身体を離すと、ウミは落ち着いたようで顔色が戻っていた。


「ちょっと換金所まで行ってくる。その間、お客どもをもてなしてやれ。泊まる奴らは風呂は自由に使っていいって説明してやれよ」

「うん」


 ウミのいつもの笑みに、ライスも微笑む。

 そして、置いてある岩を軽々両手で持ち上げた。


「……じゃあ行くか」


 背を向け出ようとするライスに、ウミが止めた。


「ライス! ……ヒトのこと、聞いてみてね」

「……あぁ。じゃあ行ってくる」


 家を出る間際、グルンはもう一度ウミを見つめた。

 しかし、ウミはすでに後ろを向いており、その顔を見ることは叶わなかった。


「……ううっ」


 歩きながら嗚咽を漏らすグルンに、ライスは苦笑いを浮かべるしかなかった。


    ◇    ◇


 換金所はすでに看板が片づけられていたが、グルンが躊躇うことなく入って行った。

 その後をライスが追う。


「カグラ様! 品物を持ってまいりました!」


 カウンターには誰もいない。奥の部屋にいるようだ。

 間もなくドタドタと足音が聞こえ、店主が姿を現した。

 機嫌が良さそうなにこやかな表情だった。


「待っていましたよ……ってライス?」


 が、すぐにライスの存在に気付くと、鋭くグルンを睨みつける。


「どうして君ではなく、ライスが持ってきているのですかねぇ? 君は何のために行ったと思っているのですか!?」

「も、申し訳ございません! とても重くて……俺一人では……」

「馬鹿ですか! ……全く。君をあてにした私が愚かでしたよ。ライス、忙しいのにすまないねぇ」

「……別に俺は構わねぇよ。で、これはどこに置くんだ?」

「あぁそれは……」


 そう言って奥の部屋へと案内する直前に、カグラは再びグルンを睨みつける。


「君、いつまでここにいる気ですか。さっさと消えなさい」

「ひっ! し、しし失礼します!」


 背筋が凍るような冷たい視線に、グルンは逃げるように換金所から出て行った。

 ウミには嫌われカグラには怒られ――ライスは憐れむような目で見送った。

 カグラは気にする様子もなく、のれんに手を掛け顔だけ振り向く。


「この部屋の奥に置いてほしいのです。君は大丈夫だとは思いますが、これから見ることについて他言しないようにお願いしますよ。私も騒がれるのは嫌いなのでねぇ」


 口元は笑っているが目は違う。何か牽制するような鋭い視線だった。

 ライスは黙ったまま、カグラの後ろをついて行く。


 のれんをくぐった先には、集められた色々な物が置かれていた。毛皮、触手、角、牙など……加工すれば良い品物ができそうな素材ばかりだ。

 ここに置くのかと思いきや、まだ奥にあった扉に向かい開け放つ。

 そこで目に飛び込んできたものは――。


「……な、なんだこりゃ」


 大きな檻だった。その中には膝を抱えて小さく座るヒトの姿がある。


「ひとまず、その隣にでも置いてもらえるでしょうか」


 ヒトに釘付けのまま、ライスは岩を降ろした。

 ドン、という音にヒトがゆっくりと顔を上げる――と、目の前に立つライスの姿に、ヒトも目を見開き驚いた。

 一瞬息を飲んだが、声を出さない。じっとライスを見ている。


「……なんで牢屋に入れてんだよ」 


 涼しい顔で立っているカグラを睨みつける。


「明らかに弱ってんじゃねぇか。すぐに出してやれ」

「駄目ですよ。この子は一度脱走しかけましたから。きっと、牢屋から出せば再び逃げ出すに違いありません」

 

 カグラとライスは牢屋の前で立ち並び、じっとヒトを見下ろした。

 淀んだ瞳を左右に動かしながら、鋭い目つきで睨み上げている。


「たまたま穴で見つけましてね。偶然、周りに誰もいなかったものですからこっそり持ち帰って来たのですよ。私と同じ服を着させて……今はあんなに縮こまっていますが、立てばなかなか良い体格の持ち主です。身体を拭いて、髪も整えればそれなりに良い格好でしょうねぇ」


 満足そうに微笑むカグラとは対照的に、ヒトの頬はこけ憔悴しきった表情である。

 睨み上げていたが、疲れたのか再び膝を抱え顔を俯かせた。


「ですが、全く懐かないのですよ」

「……ちゃんと食事与えてのか」

「与えていますが、食べませんねぇ。困った子です」


 足元を見ると、確かに皿に乗せられた肉が牢屋の中に置かれている。が、触られた様子もない。

 ヒトが食べていないのは明らかだった。

 ライスはしばらく考えた上、足を折り曲げ手を伸ばし、皿に乗る固そうな肉を少し千切った。


「……かてねぇなこの肉は……」


 そう言いつつ、鉄格子をコンコンと叩く。その音に反応して、再びヒトが顔を上げた。

 訝しげにライスを睨みつける。が、ライスはひひひっと笑顔を向けた。

 そして、摘まんでいた肉を口へと投げ込む。


「……こりゃ本当……かてぇ肉だな! でもよ、食べられねぇことはねぇぞ?」


 笑いかけてきたライスに、ヒトは目を見開き呆然と見ていた。

 ライスは再び肉を千切り、口の中へ放り込む。

 ひひひっと笑った後、皿を奥へと差し出した。


「……大丈夫。毒なんて入ってねぇよ。食わなきゃお前、ぶっ倒れるぞ」

「君、この子は言葉が通じないのですよ? わかっていますか?」


 カグラが口を挟んだが、ライスは無視した。ひたすらヒトに笑顔を向ける。

 ヒトも、ライスを観察するようにじっと見つめた。


『――』


 小さな声。ライスを見つめたまま何か言葉を吐いたが、その意味はわからない。

 カグラは驚いたようにヒトを見下ろす一方で、ライスはひひひっと笑うだけだった。


「ひひひっ。ほら、大丈夫、お前も食えって」


 肉を指差した後、口を指差す。

 ヒトは肉に視線を落とすと――手をゆっくりと伸ばした。小さく千切って、恐る恐る口へと運んだ。


「……食べた」


 呆気にとられたように見つめるカグラ。

 ヒトはモグモグと咀嚼し終えた後、手を伸ばし肉を掴んだ。そしてかぶりつき始める。


「……やれやれ」

 

 胸を撫で下ろしたライスは立ち上がった。

 にやりと口の端を持ち上げ、カグラを見る。


「警戒してんだよ。頭は良くても、わかんねぇこともあるんだな」

「……私はヒトの扱いに慣れていませんからねぇ。ひとまず……これで食事の心配はいらないでしょう」


 やはりお腹がすいていたのか、がっつくように肉を食べている。


「助かりました、感謝します」

「別に気にすんな。それよりも、またうちに来いよ。こいつを連れてさ。ウミが喜ぶ」

「えぇ……そうしたいのは山々ですが、やはり私と言えど、外へ出すのは少々気が引けましてね。逃げられることも考えられますし、噂が立つことも好きではないのですよ。……まぁ君の場合は、噂によって助かっているようですが」


 食事を取ったとは言えど、逃げないという保証はない。なおかつ、ウミを狙ってきた盗賊団の存在もある。

 盗賊団だけではなく、ヒトの珍しさ、そしてカグラの持ち物という理由で狙う輩もいるかもしれない。

 カグラは部屋から出ようと歩き始めたので、ライスも後を追う。


「私を襲う者はいませんが、弱みを握って来る愚か者は出てくるかもしれません」

「弱みって……だったらなんで持ち帰ったんだよ。まさか、お前が食うつもりなんじゃねぇだろうな」


 のれんをくぐりカウンターに出た。ライスはそのまま入口の扉まで行き、振り返った。

 カグラがカウンターに肘をつき、にやりと笑みを見せた。


「食べるつもりはありませんが、我が主様に差し出そうとは思っていました。ですが、私も主様と同じことを味わってみたかったのです」

「……何のことだ?」

「ヒトと生きる、ということです」


 眉をしかめ、ライスは首をひねった。

 カグラの言う『我が主様』とは、ホテルデッドのオーナーのことである。


「……あのオーナーがヒトと一緒にいたってことか? 嘘だろ。あいつがヒトを奴隷のように扱った張本人じゃねぇか」

「そうですねぇ。それは否定しません。……まぁ私も直接見たわけでも主様から直接聞いたわけでもありませんが、そういう噂が流れていたのは事実でしたよ」


 昔はよく、穴からヒトが落ちて来ていた。手先が器用で、脅せば大抵の者が言うことを聞く、使い勝手の良い生き物。

 率先してヒトを活用していたのは、他でもないホテルデッドのオーナーである。

 記憶の中、表情を失ったヒトの少女の姿が蘇り――ライスは思わず舌打ちをした。


「チッ! くだらねぇ!」

「ヒトの命は短い、比べて――私たちの命はとても長い。そんな二つの種族が共に生きるなんて、戒律を冒しているようで面白いと思いませんか?」


 そう言いながらニヤリと笑みを浮かべるカグラに、ライスは鼻で笑って見せた。

 そして背を向け、換金所から出ようとする。


「何が面白いかわかんねぇよ。残された方の身にもなってみろ……たまったもんじゃねぇぜ」


 そう吐き捨てて、その場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ