換金所の人外たち(4) 久しぶりのお客と
換金所へ戻ったカグラは、素直に立っていたグルンに、一応礼を述べて、明日夕方再び来るよう伝えた。
陽が昇り、看板を店の前に出して開店させる。人外を呼ばずとも集まって来る。
獣人、植物系人外、鉱物系人外など、皆お金を求め自らの部位を差し出す。
毛であったり、葉っぱや花であったり、どれも普通に手に入るものばかりだ。価値は低いにしろ、自分が食べるためにやはり必要なものである。
だが、主へ献上する品としては弱い。
この所、さっぱり珍しい物が手に入らない。最悪、飼っているヒトを差し出そうとも思った。
が、ライスが条件を受け入れそうなため、なんとか踏み止まれそうではある。
「君たち、あの噂を知っていますか?」
さっそくやってきた犬獣人と猫獣人に、民宿の宣伝を行う。
口の端を持ち上げ笑みを見せる店主だが、その目は笑ってはいない。
犬獣人と猫獣人は顔を見合わせた後、愛想笑いを浮かべながら最初に犬獣人が口を開いた。
「え、えぇ知っています。凶悪な人外がヒトを守るために包丁を持っている、例の民宿ですね」
しかし、すぐに猫獣人が続いた。
「違う。凶悪なヒトが包丁を持って、人外どもを追っ払っている民宿でしょう? そんな噂じゃない」
微妙に違う内容にお互いが睨み合う。
そんな両者に、カグラがわざとらしく大きくため息を吐いた。
「……どちらも違います。凶悪、という言葉を忘れなさい。至って普通の民宿です」
「……そ、そうなんですか?」
「でも、その民宿がどうかされたんですか?」
そう言いつつ、客人たちは白い毛玉と黒い髭をそれぞれカウンターの上に差し出した。
毛玉は犬獣人のおそらく尻尾の毛で、黒い髭は猫獣人の髭だろう。
それを一瞬で見定めたカグラは、それを受け取ると、カウンターの下からお金を取り出した。
普通ならば二束三文の品である。が、今回は特別だった。
ざっと二千グルある。
「……え、こんなにいいんですか?」
「今回だけです。このお金でその民宿に行きなさい。そして、民宿の感想を私に教えなさい」
「し、しかし……!」
「私も泊まってみたいと思っているのですが、ここから離れるわけにもいかないのです。……良いですね?」
ニッコリと微笑む顔の下、どこか威圧的な雰囲気が言葉の端々から滲み出ている。
犬獣人と猫獣人は怖々と何度も頷いて、換金所を後にした。
「……こんな感じで言えば、皆民宿へ行かざるおえないでしょう」
カグラは一人満足そうに呟いた。
その後も、やってくる人外たちに宿代分のお金を渡し、半ば強制的に民宿へ行くよう説得した。
皆、怪訝そうな表情を浮かべるも、カグラの付き合いを考えしぶしぶ了解していく。
そんなことを繰り返していると、あっという間に陽が傾き始めた。
「……さてと」
店内には誰もいないのを確認し、外に出している看板を店内に片づける。入口の扉も施錠をする。
きっちり戸締りを確認した後、カグラはのれんをくぐり奥の部屋へと進んだ。
「……さぁ、ご飯の時間ですよ」
そこに、檻がある。
四角い鉄格子の中にいるのは――男のヒトだった。
カグラと同じくタキシードを身につけているが、少し頬がこけ黒髪の頭はボサボサである。
体育座りをして俯かせていた顔を、ゆっくりと上げた。
釣り目の整った凛々しい顔つき。だが、その眼光は鋭くカグラを睨みつけている。
「相変わらず、にこりともしないですねぇ。困った子です。……ほら、食べなさい」
皿の上に乗るのは、獣人の肉を焼いたものだった。熱はとっくに冷め、固そうな肉の塊である。
鉄格子の隙間から差し出された皿を、じっと眺めるヒト。ゆっくりと手を伸ばすが――止めて手を引っ込める。
「……いつまで食べないつもりですか?」
ヒトは再び顔を俯かせ、小さく体育座りで丸くなる。
前に一度脱走をしかけたため、それ以来牢屋に入れた。だが、ヒトは何も口にしなくなった。
何も言葉は発せず、このように小さくじっと座ったままなのだ。
「やれやれ……何をしたいのでしょうねぇ。せめて言葉が通じれば良いのでしょうが……」
民宿にいるウミのことを思い出す。
同じ種族の者を目の前に出せば、必ず何かしらの反応を見せるに違いない。
「おそらく近いうちに、君が喜びそうな者がやってくるでしょう。……それまで、死なないでくださいねぇ」
微笑みかけるが、当然反応はない。
だが、苛立ちも腹立たしい感情も、沸き上がらなかった。
それは夢のため――。
いつの日かヒトが懐き、我が主様と同じ気持ちを抱く――そんな夢の一歩なのだから。
そこへ――。
「……カグラ様ぁ! グルンです!」
遠くから聞き覚えのある声と、扉を叩く音が聞こえる。
ため息を漏らしつつ、牢屋の部屋を後にする。扉を開けると――気持ち悪い触手が目の前に広がった。
「……来ました、カグラ様。グルンです」
「見ればわかります。……君に一つ、おつかいを頼みたいのですよ」
◇ ◇
一方で、その頃民宿はというと――すでに三組のお客がやって来ていた。
犬獣人夫婦、鳥獣人夫婦、そして植物系人外の三組である。
すでに部屋の案内を済ませ、各自部屋でのんびりとくつろいでいる。が、ウミたち従業員は台所でせっせと食事の用意をしていた。
「この間の狐獣人と比べて、犬獣人の人外さんたちは顔が柔らかいね。お尻から尻尾も生えてて、なんだか撫でたくなっちゃうよ」
小さく刻んだ触手を炒めつつ、ウミは嬉しそうに微笑んだ。
顔は柴犬のような、全体的に丸っこく、くりっとした目。
雄はズボン、雌はスカートを着用していたが、それぞれ尻尾が丸っこい尻尾がぴょんと飛び出ていた。
「撫でたら駄目です。一応お客です。……水、コップに入れていいですか?」
「うん。ヤクちゃんありがと。……あ、リンちゃん、またこの間の種くれるかな?」
「わかったのん。この皿に出すねん」
そう言って、リンちゃんは蔦を自らの身体に突っ込み、一輪の花を取り出す。
皿の上に花を逆さにし振ると、ざらざらと小さな粒の種が落ち始めた。
「ありがと。……ツベちゃん、テーブルの上お願いね」
顔だけ振り返りニッコリと微笑む先に、テーブルの上でうねうねと動くツベちゃんの姿がある。
ツベちゃんは思わぬウミの笑顔に、ドキッと身体を震わす。そしてすぐに、力こぶを見せピカピカにテーブルを磨き始める。
「……鳥獣人さんたちは、この種を啄んでくれるかな」
炒め終えた触手を大皿に移し、続けて種を炒め始める。
リンちゃんから塩辛い花粉の花を受け取り、全体に振りかけた。
「鳥獣人は手が翼になっているです。それなら嘴で食べられるので、大丈夫です」
鳥獣人は雄には頭赤い鶏冠があり、雌にはそれがない。足は鳥足で長い爪があり、手は翼で指などがない。そのため細かな作業ができない。
その代わり、嘴で物を掴んだりすることができるらしい。
「そっか。……植物系人外さんはお水でいいの?」
「です。僕たちは水があれば生きていけるです。その中でもあの種類は、一番水がいらないです。少しでいいと思うです」
最後、植物系人外だが見た目が背の高いサボテンだった。緑色の身体からは小さな鋭い棘が生え、鉢植えに入っていた。
ウミよりも少し背の高いサボテンには、目らしき黒い穴が二つ。それ以外は何もない。
「……ならいいんだけど。さぁて……できた! さ、みんな並べましょう」
「まかせるのん!」
ヤクちゃんリンちゃん、そしてウミでテーブルに皿を並べている時――玄関のドアが叩かれる。
誰だろう、と考える。ライスではない。徹夜をして家の裏に風呂場を作り終えたため、今、屋根裏部屋で寝ているのだ。
看板には『本日満室』という張り紙もしている。
――もしかしたら予約かな。
ウミは適当に手を止めて玄関へと向かう。
ヤクちゃんもぴょんぴょんと跳ね跳びながら、ウミの背中を追った。
「はーい。今開けますね」
ガチャッ――と開けた先にいた者は――。
「カッ、か、カグラ様の僕として……ま、参りましたぁ! グルン、と、申しますっ!」
声を上ずりながら叫ぶ、気味の悪い触手系人外だった。




