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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
2.民宿、始めます?
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換金所の人外たち(4) 久しぶりのお客と

 換金所へ戻ったカグラは、素直に立っていたグルンに、一応礼を述べて、明日夕方再び来るよう伝えた。

 陽が昇り、看板を店の前に出して開店させる。人外を呼ばずとも集まって来る。

 獣人、植物系人外、鉱物系人外など、皆お金を求め自らの部位を差し出す。

 毛であったり、葉っぱや花であったり、どれも普通に手に入るものばかりだ。価値は低いにしろ、自分が食べるためにやはり必要なものである。

 だが、主へ献上する品としては弱い。

 この所、さっぱり珍しい物が手に入らない。最悪、飼っているヒトを差し出そうとも思った。

 が、ライスが条件を受け入れそうなため、なんとか踏み止まれそうではある。


「君たち、あの噂を知っていますか?」


 さっそくやってきた犬獣人と猫獣人に、民宿の宣伝を行う。

 口の端を持ち上げ笑みを見せる店主だが、その目は笑ってはいない。

 犬獣人と猫獣人は顔を見合わせた後、愛想笑いを浮かべながら最初に犬獣人が口を開いた。


「え、えぇ知っています。凶悪な人外がヒトを守るために包丁を持っている、例の民宿ですね」

 

 しかし、すぐに猫獣人が続いた。


「違う。凶悪なヒトが包丁を持って、人外どもを追っ払っている民宿でしょう? そんな噂じゃない」


 微妙に違う内容にお互いが睨み合う。

 そんな両者に、カグラがわざとらしく大きくため息を吐いた。


「……どちらも違います。凶悪、という言葉を忘れなさい。至って普通の民宿です」

「……そ、そうなんですか?」

「でも、その民宿がどうかされたんですか?」


 そう言いつつ、客人たちは白い毛玉と黒い髭をそれぞれカウンターの上に差し出した。

 毛玉は犬獣人のおそらく尻尾の毛で、黒い髭は猫獣人の髭だろう。

 それを一瞬で見定めたカグラは、それを受け取ると、カウンターの下からお金を取り出した。

 普通ならば二束三文の品である。が、今回は特別だった。

 ざっと二千グルある。


「……え、こんなにいいんですか?」

「今回だけです。このお金でその民宿に行きなさい。そして、民宿の感想を私に教えなさい」

「し、しかし……!」

「私も泊まってみたいと思っているのですが、ここから離れるわけにもいかないのです。……良いですね?」


 ニッコリと微笑む顔の下、どこか威圧的な雰囲気が言葉の端々から滲み出ている。

 犬獣人と猫獣人は怖々と何度も頷いて、換金所を後にした。


「……こんな感じで言えば、皆民宿へ行かざるおえないでしょう」


 カグラは一人満足そうに呟いた。

 その後も、やってくる人外たちに宿代分のお金を渡し、半ば強制的に民宿へ行くよう説得した。

 皆、怪訝そうな表情を浮かべるも、カグラの付き合いを考えしぶしぶ了解していく。

 そんなことを繰り返していると、あっという間に陽が傾き始めた。


「……さてと」


 店内には誰もいないのを確認し、外に出している看板を店内に片づける。入口の扉も施錠をする。

 きっちり戸締りを確認した後、カグラはのれんをくぐり奥の部屋へと進んだ。


「……さぁ、ご飯の時間ですよ」


 そこに、檻がある。

 四角い鉄格子の中にいるのは――男のヒトだった。

 カグラと同じくタキシードを身につけているが、少し頬がこけ黒髪の頭はボサボサである。

 体育座りをして俯かせていた顔を、ゆっくりと上げた。

 釣り目の整った凛々しい顔つき。だが、その眼光は鋭くカグラを睨みつけている。


「相変わらず、にこりともしないですねぇ。困った子です。……ほら、食べなさい」

   

 皿の上に乗るのは、獣人の肉を焼いたものだった。熱はとっくに冷め、固そうな肉の塊である。

 鉄格子の隙間から差し出された皿を、じっと眺めるヒト。ゆっくりと手を伸ばすが――止めて手を引っ込める。


「……いつまで食べないつもりですか?」


 ヒトは再び顔を俯かせ、小さく体育座りで丸くなる。

 前に一度脱走をしかけたため、それ以来牢屋に入れた。だが、ヒトは何も口にしなくなった。

 何も言葉は発せず、このように小さくじっと座ったままなのだ。


「やれやれ……何をしたいのでしょうねぇ。せめて言葉が通じれば良いのでしょうが……」


 民宿にいるウミのことを思い出す。

 同じ種族の者を目の前に出せば、必ず何かしらの反応を見せるに違いない。

 

「おそらく近いうちに、君が喜びそうな者がやってくるでしょう。……それまで、死なないでくださいねぇ」


 微笑みかけるが、当然反応はない。

 だが、苛立ちも腹立たしい感情も、沸き上がらなかった。

 それは夢のため――。

 いつの日かヒトが懐き、我が主様と同じ気持ちを抱く――そんな夢の一歩なのだから。

 そこへ――。


「……カグラ様ぁ! グルンです!」


 遠くから聞き覚えのある声と、扉を叩く音が聞こえる。

 ため息を漏らしつつ、牢屋の部屋を後にする。扉を開けると――気持ち悪い触手が目の前に広がった。


「……来ました、カグラ様。グルンです」

「見ればわかります。……君に一つ、おつかいを頼みたいのですよ」


    ◇    ◇


 一方で、その頃民宿はというと――すでに三組のお客がやって来ていた。

 犬獣人夫婦、鳥獣人夫婦、そして植物系人外の三組である。

 すでに部屋の案内を済ませ、各自部屋でのんびりとくつろいでいる。が、ウミたち従業員は台所でせっせと食事の用意をしていた。


「この間の狐獣人と比べて、犬獣人の人外さんたちは顔が柔らかいね。お尻から尻尾も生えてて、なんだか撫でたくなっちゃうよ」


 小さく刻んだ触手を炒めつつ、ウミは嬉しそうに微笑んだ。

 顔は柴犬のような、全体的に丸っこく、くりっとした目。

 雄はズボン、雌はスカートを着用していたが、それぞれ尻尾が丸っこい尻尾がぴょんと飛び出ていた。


「撫でたら駄目です。一応お客です。……水、コップに入れていいですか?」

「うん。ヤクちゃんありがと。……あ、リンちゃん、またこの間の種くれるかな?」

「わかったのん。この皿に出すねん」


 そう言って、リンちゃんは蔦を自らの身体に突っ込み、一輪の花を取り出す。

 皿の上に花を逆さにし振ると、ざらざらと小さな粒の種が落ち始めた。


「ありがと。……ツベちゃん、テーブルの上お願いね」


 顔だけ振り返りニッコリと微笑む先に、テーブルの上でうねうねと動くツベちゃんの姿がある。

 ツベちゃんは思わぬウミの笑顔に、ドキッと身体を震わす。そしてすぐに、力こぶを見せピカピカにテーブルを磨き始める。

 

「……鳥獣人さんたちは、この種を啄んでくれるかな」


 炒め終えた触手を大皿に移し、続けて種を炒め始める。

 リンちゃんから塩辛い花粉の花を受け取り、全体に振りかけた。


「鳥獣人は手が翼になっているです。それなら嘴で食べられるので、大丈夫です」


 鳥獣人は雄には頭赤い鶏冠があり、雌にはそれがない。足は鳥足で長い爪があり、手は翼で指などがない。そのため細かな作業ができない。

 その代わり、嘴で物を掴んだりすることができるらしい。


「そっか。……植物系人外さんはお水でいいの?」

「です。僕たちは水があれば生きていけるです。その中でもあの種類は、一番水がいらないです。少しでいいと思うです」


 最後、植物系人外だが見た目が背の高いサボテンだった。緑色の身体からは小さな鋭い棘が生え、鉢植えに入っていた。

 ウミよりも少し背の高いサボテンには、目らしき黒い穴が二つ。それ以外は何もない。


「……ならいいんだけど。さぁて……できた! さ、みんな並べましょう」

「まかせるのん!」


 ヤクちゃんリンちゃん、そしてウミでテーブルに皿を並べている時――玄関のドアが叩かれる。

 誰だろう、と考える。ライスではない。徹夜をして家の裏に風呂場を作り終えたため、今、屋根裏部屋で寝ているのだ。

 看板には『本日満室』という張り紙もしている。

 

 ――もしかしたら予約かな。


 ウミは適当に手を止めて玄関へと向かう。

 ヤクちゃんもぴょんぴょんと跳ね跳びながら、ウミの背中を追った。


「はーい。今開けますね」


 ガチャッ――と開けた先にいた者は――。


「カッ、か、カグラ様の僕として……ま、参りましたぁ! グルン、と、申しますっ!」


 声を上ずりながら叫ぶ、気味の悪い触手系人外だった。

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