換金所の人外たち(3) 暴露と相談と助言
説明っぽい上に文字数がいつもより多くなってしまいました。
わかりにくかったら、ぜひおっしゃってください。
できる限り訂正させていただきます。
カグラはにこやかな表情で話し始めた。
「まず、私とライスの関係ですが……私はライスの元上司、とでも言いましょうかねぇ」
「元上司? 確か……ライスってキリング区画にいたって……」
「えぇ。元々、私とライスはホテルデッドで働いていたのです。まぁ……ライスはもう、やめてしまいましたがね」
ちらっとカグラがライスを見る。
ライスは眉をひそめ視線を落としていた。それを見ながらカグラは続ける。
「……ライスは両親が亡くなり莫大な財産を手にしました。両親が亡くなったことで自由の身になったのですから、私はすっかり優雅に暮らすのかと思っていました」
「あ、あの!」
小さく手を上げるウミに、カグラは視線を送る。
「さっき、カグラさんが言ってましたけど……半端者って何ですか? それに、自由の身って……?」
ちらっとライスを見るが、相変わらず黙ったままである。
カグラはふっと軽くため息を吐き、口を開いた。
「新たな質問ですか……まぁいいでしょう。半端者とは、異なる人外種同士から生まれ、二つの特性を持つ者のことです。ライスの場合、馬の下半身を持ち早く走ることに長けた半身人外と、背中に羽を持ち飛ぶことに長けた有翼人外、から生まれました。本来はそれぞれの人外種の特性を活かすため、同じ人外種同士で交配します。また異なる種族同士であっても、大抵生まれる子はどちらかの特性が強く出ます。が、稀にライスのような二つの特性を持つ半端者が生まれるのです」
「で、でも、二つの特性があって……良い気がしますけど……」
カグラは呆れたように首を軽く振った。
「……いいえ。半端者は、その特性が半減してしまうのです。早く走れるわけでもない、うまく飛べるわけでもない。そして、そういった者はどちらの種族からも疎まれる。ライスの場合は親までもそうだったようで、半ば強制的に、幼い頃からずっとホテルデッドで働いていたわけです。両親は確か、どちらも優秀な警備官でした。そのため財産もたっぷりありました。そんな両親が亡くなったおかげで、晴れて自由の身になり、その上お金持ち……」
「おい。……もういいだろ」
ライスが冷たい目でカグラを睨みつけている。カグラはわざとらしく咳払いをした。
ウミも表情を青ざめ俯く。余計なことを聞いてしまったと後悔した。
そんな頭の上に、ぽんと手のひらが乗る。顔を上げるとライスが「気にすんな」と言うように微笑んでいた。
ウミが小さく「ごめん」と言うと、微笑んだまま小さく頭を振った。そして、再び腕組みをして視線を落とす。
「ですが……ライスは私にこう言ってきたのです」
赤い瞳が真っ直ぐウミに注がれる。
「『金を全て差し出すから、代わりに人界の物をよこせ』と。私はホテルデッドが所有していた、人界とを繋ぐ穴、の管理を任されていましたから、人界の物を集めることなど簡単なことでした。ですが、莫大なお金と引き換えに欲しがるなど……理解できませんでした。ですが、君のためにやったことなのでしょう」
「……え?」
ライスに視線を送るが、俯き加減で黙り込んだままだった。
「やがて、ライスはキリング区画を離れ、アナザー区画へと去って行きました。そこから、どこで何をしていたのか知りませんし興味もありません。一方で、私はそのお金のおかげで、オーナーである主様から大事な任命を受けたのです」
「任命?」
「ホテルデッドは、キリング区画で一番華やかな商業施設であり、一番素晴らしい建物です。それを維持するには、珍しい物をたくさん集めお客様を増やさねばいけません。ですので、主様はおっしゃいました。『アナザー区画へ行き、珍品を集めなさい』と。ですので、私は物と引き換えにお金を渡す『換金所』を始めました」
一呼吸入れるために、カグラは紅茶に口をつけた。
ウミも釣られて紅茶を飲む。よくわからない単語が出てきている。
頭の中で整理する。
ライスとカグラは元々『ホテルデッド』というキリング区画にある建物で働いた。
上司と部下の関係であること。
ライスの両親――半身人外と有翼人外の両親――は亡くなり莫大な財産が手に入ったこと。
ライスは、全財産を与える代わりに人界の道具や本をよこせ、とカグラに提案し了承されたこと。
その金を元にカグラはアナザー区画で『換金所』を始め、ライスはアナザー区画の田舎へと去った。
なんとか整理がつき、一気に紅茶を飲みほした。
その間も、ライスは不機嫌そうに黙り込んだままだった。
「それから度々ライスが換金所を訪ね、その度人界の道具やら本を持って行っていました。まさか、この町に住んでいるとは知りませんでしたが」
ライスが今までフラッと家を出て行っていたのは、換金所に行っていたためなんだろう、とウミは思った。
「……話が逸れましたが、次の質問の……私はヒトか否か。答えは、私は残念ながらヒトではありません」
「で、ですよね」
「私は、長寿系人外と呼ばれます。ちなみに、主様も私と同じ人外種。もっとも、主様の方が長生きされていらっしゃいますがね」
「ちょ、長寿系……? カグラさんは、おいくつなんですか?」
「私は……そうですね、大体千年ぐらいは生きているかと」
「せ、せ、千年!?」
思わず声が大きくなる。この目の前にいる人外が、千年も生きているとは到底思えなかった。
もっと皺だらけであったり、腰が曲がっても良いはずだった。余りにも綺麗すぎる。
「し、信じられない」
目を点にして驚くウミの顔を、カグラは満足そうにニッコリと微笑んだ。
そして、その視線はライスへと移った。
「……さて、今度は君の質問の答えです。何の目的でここへ来たかですが……少々相談をしに来たのですよ」
「……相談?」
ライスの眉がピクッと動く。顔を上げ、半ば睨みつけるような目でカグラを見つめる。
だが、カグラは全く臆することなく笑顔を崩さなかった。
「えぇ。先ほど言いましたが、私は珍品を集めています。ですが、くだらないものばかりが集まって困っているのです。そこで、私が換金所でこの民宿の広報活動する代わりに、民宿で手に入った珍しい物を売ってほしいのです。……例えば、あれとか」
と、カグラが指差した方向――ツベちゃんが入った木箱。
そこにいたヤクちゃんリンちゃんがビクッとして後ろに隠れた。
「はぁ!? あれは俺の家畜だ!」
「馬鹿ですか。その隣、あの大きな岩ですよ」
確かに、木箱の隣に――岩人外から受け取った岩が置いてある。
テーブルからでも、岩のひびの隙間から宝石がキラキラと輝いているのがわかった。
「きっとあの中には大きな宝石があるに違いありません。どうせ後で換金所に持って行く予定だったのでしょう? 明日にでも僕に運ぶように伝えておきます。お金はその時に渡しますから」
再びカグラは紅茶を飲む。
ライスは勝手に決められ、小さく舌打ちをしていた。歯ぎしりをして、イライラを抑えているように見える。
「……あと、君……失礼、ウミ、だったでしょうか」
「え……あ、は、はい!」
「人外語を話せるヒトなんて初めてです。いつか換金所へ来てほしいですねぇ」
「え……」
どういう意味なのか、ウミは固まってしまった。すると、すぐにライスが声を上げた。
「おい、どういう意味だ! ウミは売りもんじゃねぇ! てめぇいい加減にしろ!」
「馬鹿ですか、落ち着きなさい。誰が売れと言いましたか。換金所へ来てほしい、と言ったのですよ」
「だからどういう意味だって聞いてんだよ!」
バンッ、と思いっきりテーブルを叩いたライスに対し、何とも思っていないようにカグラは紅茶を啜る。
ここまでライスにビビらない人外は初めてだった。
「……実は私もヒトを飼っていましてねぇ。意思疎通ができないのですよ」
思わぬ言葉が出てきて、一瞬、その場の空気が止まった。
「……え……ヒト、ですか?」
「えぇ。ですからいつでも良いので、換金所へ来てください。お待ちしておりますよ。……ではそろそろ帰ります」
ウミとライスが顔を見合う。予想外の言葉に、頭が回らない。
本当なのか、嘘なのか。問いただそうにも、カグラ当人は席を立ちさっさと玄関に向かっている。
「……あ、そうそう、一つ助言です」
カグラが振り返る。
「看板を見ましたが『触手系人外お断り』なんてやめなさい。お客様は対等に扱うべきですねぇ。あと、寝床と料理だけでは余りにも特色がないです。何か別の……そうですねぇ……風呂、そう、泊まる者以外も使えるお客様専用の風呂を作りなさい。いいですか、明日の夜までに完成させるように。私が勧める宿なんですから、君たちの失敗は私の顔に泥を塗ることと一緒です。必ず用意するように。紅茶美味しかったですよ……ではまた」
そう言うと、カグラは出て行ってしまった。
呆然とするライスとウミ。一方的なカグラに圧倒され、すぐに言葉が出てこない。
「……よ、よくしゃべる方だね。……頭が混乱しそう」
「……昔からあーゆー奴なんだよ……それにしても……」
小さく舌打ちをして、出て行った玄関の扉を見つめ続ける。
『私もヒトを飼っていましてねぇ』
にやりと笑みを浮かべる顔と言葉が頭の中を反芻する。
「あいつがヒトを飼っているだと? ……冗談だろ」
ライスはフッと苦笑いを浮かべた。
ウミをちらりと見ると、呆然としていた。頭が本当に混乱しているらしい。
「……ウミ。悪いが紅茶を入れ直してくれ。飲みながら、話してやる」
◇ ◇
用意された紅茶を一口飲んだ後、ライスが口を開いた。
「長寿系人外は長生きする人外というのと、もう一つ恐ろしい一面もある」
「恐ろしい一面?」
ウミの向かい側にライスが、ウミの左右のテーブルの上にヤクちゃんリンちゃんがいる。
皆、じっとライスを見つめた。
「あの姿は変態した姿であって、本来はでかくて強力な人外なんだよ。それぞれの家系によって違うが、龍だったり牛鬼だったり鬼だったり……キレたらやばい人外種だ。けど、長く生きているせいか、ヒトにうまく化けて普段はあんなサイズなんだよ。だから、俺たちが見たあの姿はあくまでも仮だ」
「そ、そうなんだ……。だから、ヤクちゃんとリンちゃんは怖がっていたんだね」
二体を見ると、揃って頷いている。
「でもまぁ、あいつらは頭も良いしそんな滅多に暴れねぇ。力よりも頭を使う奴らだからな。その頭脳を活かして、長寿系人外がキリング区画を牛耳ってる。あいつも言っていたが、俺が働いていたホテルデッドのオーナーは特に切れ者でな。色んな物を発明して売ったり、内装を豪華にしてお客を集めたり、従業員を……こき使ったり……利益を求めるオーナーだったんだよ。とにかく、色白で白髪の赤い瞳――こういった奴らに会った時は気を抜くんじゃねぇぞ。いいな?」
ライスはいつになく真面目な顔つきだった。真っ直ぐ見つめている。
ウミは、うん、と頷いた後、カグラのあの言葉を思い出した。
「ねぇ……ヒトを飼っているって言っていたけど……あれ、本当なのかな」
余りに唐突な告白だった。咄嗟についた嘘のようにも思えない。
それはライスも同じだったようで、腕を組み低く唸りながら考え込んでいる。
「うーん……まぁ奴は人界とを繋ぐ穴の管理をしていたから、考えられなくもねぇが……。ただ、生きているのか死んでいるのかはわかんねぇな」
「そっか……生きていたらいいな」
「いづれにせよ、物を売るために換金所には嫌でも行くようになる。そんときに会えばいい……生きてりゃいいな」
弱く微笑みながら、ライスは手をぽんっとウミの頭の上に乗せた。
ヒトがいると聞けば、会ってみたいと願うに決まっている。
きっと、ヒトはヒトでしか分かり合えない部分があるはずだ、とライスは考えている。
ウミが幸せになればいい、ライスの何よりの願いである。
「あとさ……ライスが時々どこかに行って人界の本とか道具を取りに行っていたのって、カグラさんの換金所だったの?」
「あぁ。さっきカグラが言っていたことは、ほぼ間違いねぇよ。ただまぁ……お前のためというか……俺が人界に興味があったからだけどな」
視線を落とし、昔を懐かしむようなそんな顔に変わる。
まただ――そう直感したウミは、ぷぅっと頬を膨らませた。
「友達のヒトのために人界のことを知ろうとしたんでしょ? すぐに顔に出るんだから」
「えっ!? な、なんでわかるんだよ!」
「わかるよ! もう……別にいいんだけどさっ。そのおかげで、私も人界の言葉を復習することができたし。余計なこと聞いちゃったね」
不機嫌そうに顔を背けるウミに、ライスは髭を掻いて苦笑いを浮かべるしかなかった。
「と、とにかく、あとは……家の改築だな。あいつの言う通り、風呂の設備を増やすか。今から取りかかればなんとかなるだろ」
「……ライスが素直に言うことを聞くなんて、よっぽどカグラさんって怖い人外さんなんだね」
「お前なぁ……まぁ確かにカグラは強い。カグラ、と言うより長寿系人外には敵わねぇよ。無駄な争いをしない方がえらいんだよ」
ふう、とため息を吐いたライスは背を向け玄関に向かう。どうやら改築に取りかかるようだ。といっても、今は夜で真っ暗である。
玄関付近に置いてある袋から、道具を取り出して行く。
「……廊下の突き当たりの外に……材料は余ってっから……湯がめんどくせぇが仕方ねぇか……」
などとブツブツ言いながら道具を取り出し、ウミたちの方を向きなおした。
「お前らは寝てろ。たぶん、朝までには完成するだろ」
「大丈夫? 外真っ暗だよ?」
「大丈夫だ。家の裏に余ってる木があるから、それを使えばなんとかなる。ただ家の灯りは消さないでくれ。……じゃあおやすみ」
そう言うとライスは出て行った。玄関から出て、裏に回って作業するらしい。
自分とは違う意見を聞くなど、なんだかライスらしくない気がしたが、それだけカグラという人外がすごいということなのだろう。
椅子から立ち上がり背伸びをする。と同時に欠伸が出た。
「……ウミ、僕らも寝るです」
「おやすみねん」
「あ。うん。お疲れ様、おやすみ」
ヤクちゃんとリンちゃんは飛び跳ねながら、木箱の近くへ行くと目を閉じた。
それを見届けウミも自分の部屋へと戻る。
――なんだか疲れた。
吸い込まれるようにベッドの上に倒れ込む。
外からハンマーを叩く音を聞きながら、すぐに夢の世界へと誘われる。
――カグラさんの飼っているヒトって……どんなヒトだろ。生きているのかな。
本当か嘘かもわからない。だけど、気になった。会ってみたいとも思った。
色々と想像している内に眠りについた。
翌朝、看板に『触手系人外お断り!』の文字が消えているのを見つけ、ウミは顔を青ざめる。
代わりに『露店風呂あり 風呂のみの利用可(要相談)』と付け加えられていた。




