換金所の人外たち(2) カグラの訪問
噂のおかげか、ウミが狙われることはなくなった。
が、それと同時に、ウミが通りで宣伝を行っても見向きもされなくなった。
どうやら、噂の『凶悪な人外』というフレーズが恐ろしいらしい。
「あー陽が落ちたって言うのに、誰もこねぇなぁ」
言われている当人は気にする様子もなく、窓から通りを眺めている。
「ま、まぁ……きっといつか来るって。ほら、夕ご飯食べよう」
夜の町は、特に灯りが点いているわけでもない。道を照らすのは、建物から微かに漏れる灯りだけである。
ライスが眺めている通りも、家々からぼんやりと淡い灯りが漏れている。
昼間とは違うひっそりとした寂しげな風景。お客が来る雰囲気もなく、ライスは諦めて窓から離れた。
テーブルの上に用意された料理は、小さな種を炒ったものと、甘い香りが漂う紅茶だった。
「……良い匂いだな」
「でしょ!? これ、どっちもリンちゃんの花を使ったんだよ。こっちのちっちゃい豆みたいなのは、リンちゃんの花から取れた種を炒めて、ちょっと辛い花粉で味付けしてみたの。たぶん、カリカリして美味しいと思うよ。で、こっちは、その花を乾燥させてお湯で浸してみたの。こっちは少し甘い花粉を入れたよ。食べてみて!」
と、嬉しそうに微笑むウミ。どうやら自信があるらしい。
ライスはスプーンで少し掬って噛んでみる。確かに歯ごたえがあり、口の中で少しピリッと刺激が来る。が癖になりそうな辛さだ。
それを中和するように紅茶を飲めば、鼻に抜ける甘い匂い。味も甘いが、スッキリとした甘さだ。
「うん。うまいぞ」
「本当! 嬉しい!」
ふふ、と嬉しそうに笑いウミも料理に手をつける。自分でもとても美味しいと思う。
が、同じくテーブルの上にいる家畜たちは違っていた。
「……僕は水が良いです」
「あちきも、水が一番ねん」
種は食べられないので、紅茶をそれぞれのマグカップに注いだのだが、どうやら水が一番美味しいらしい。
苦笑いを浮かべるウミだが、ライスに褒められたのでショックではなかった。
「そっかぁ……しょうがないよね」
「ウミ気にすんな。俺とお前が食えればいいんだからよ」
その時――玄関のドアが開く音が響いた。
と同時に、聞き覚えのない声が聞こえた。
「お食事中でしたか、ライス」
視線を向けた先に立っていたのは、タキシードを着こなす色白の白髪の男。
一瞬、ヒトかと見間違えるほど整った四肢をしている。
が、その瞳は赤く輝いていた。
「カグラ!」
ライスはすぐに身体を翻し、カグラと正対する。
「君の噂を聞きましたよ。まさか、この町に引っ越していたなんて知りませんでした。挨拶ぐらいしたらどうですか?」
薄ら笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。
その間、ウミは身体が椅子に張り付いたように動けなかった。
パッと見た目で判断するならば、ヒトとそっくりの身体の構造。ウミも一瞬ヒトかと思ったのだ。
が、この者から滲み出るどこか威圧するような風格に、身体が強張ってしまった。
ヤクちゃんとリンちゃんはいつの間にかテーブルから降りて、ウミの足元に身を寄せていた。
「……なんで俺がここにいるってわかったんだ」
「私の僕から聞いたのですよ。半身人外と有翼人外の半端者なんて、君しか思い浮かびませんから」
すると、座っているウミに顔が向けられた。
思わずビクッと身体を震わせる。同じくヤクちゃんリンちゃんも身体を震わせた。
「ヒト……ですねぇ。あの噂は本当でしたか。……もしかして、今まで人界の道具を取りに来ていたのは、そのためだったのですか?」
「てめぇには関係ねぇことだろうが」
小さく舌打ちをするライスに、カグラはフッと鼻で笑って見せる。
すると、カグラが座っているウミへと歩み寄って来た。
ウミは身体が固まったまま、視線で追うだけだった。ヤクちゃんリンちゃんは、ビクッと動いて椅子の足の影に隠れる。
カグラがじっと無表情に見下ろす。
パッと見た感じ、ウミよりも年上のような落ち着いた雰囲気である。
近くで見ると肌が本当に白い。真っ白で、シミも皺も年齢を感じさせるものが何一つない。眉も白く、一瞬眉がないのかと思った。
そして、切れ長の目と赤い瞳。見つめていると、何か吸い込まれそうになる。肌が白いなのか、宝石のように赤く輝いているように見えた。
「……包丁を持つヒト。なるほど、本当ですねぇ。で、君はいつから『これ』を持っていたのですか?」
ウミから顔を背け、ライスに笑みを浮かべる。
唇を噛み締め今にも怒鳴りそうなライス、より先に、ウミが恐る恐ると口を開いた。
「あの……『これ』じゃありません。私……ウミって言います」
カグラから笑みが消える。
「……は?」
目を見開き、驚いた顔でウミを見下ろした。
「君……今、しゃべりました?」
「え……は、はい」
「言葉がわかるのですか?」
ウミは何度か頷いて見せた。何をこんなに驚いているのかわからない。
カグラは、目を見開いたままウミをじっと見つめ、フッと表情を緩めるとニッコリ微笑む。
「面白いですねぇ。この香りの良い飲み物をいただきながら、少しお話しましょう。ライス、良いでしょう?」
そう言われたライスは、頭を乱暴にガリガリと掻きながら舌打ちをした。
「……しょうがねぇ。おい、ウミ。カグラに紅茶を用意してやってくれ」
「え……あ、は、はいっ!」
ライスの声に強張っていた身体がようやく解放され、椅子から慌てて立ち上がる。
台所へ行きコップに紅茶を注ぐ。ちらっとライスとカグラを見てみると、珍しくライスが椅子を引いて座らせていた。
――どんな関係なんだろう。
どこか大人しいライスと、余裕の笑みを見せるカグラ。そして、先ほどから黙り込んだままのヤクちゃんとリンちゃん。
見れば、二体はいつの間にかツベちゃんが入っている木箱の裏へ移動し、隠れるように様子を伺っている。
――あのカグラっていう人外さんが怖いのかな……?
そんなことを考えながら、ウミはテーブルへと戻って行った。
◇ ◇
「んーこの紅茶、なかなか美味しいですねぇ」
上機嫌に紅茶を飲むカグラの隣にライスと、向かい合うようにウミが座っている。
なんと反応すれば良いか迷っていると、ライスがカグラを睨みつけた。
「何の目的でここに来たんだよ」
が、カグラは答える様子もなく、紅茶の香りを味わって啜っている。
ライスがイライラしているのがわかる。腕を組んでいるが、その指が腕に食いこんでいる。
いつもならすぐに怒鳴り散らすのだが、今回はそれがない。我慢しているように見えた。
ならば、とウミは意を決して口を開く。
「あの……カグラさん。ライスとは、どういう関係なんでしょうか。それと、ヒト、ではないんですよね?」
その問いかけに、カグラはコップを置いた。
ゆっくりと視線をウミへ移し、薄らと笑って見せた。
「……では私も君に尋ねたいことがあります。先にそちらを答えてほしいですねぇ」
「おい、何を聞くつもりだ」
ライスが口を挟むが、気にする様子もなく言葉を続ける。
「どうして君は言葉がわかるのですか? ヒトは人外語はわからないはずです」
「あ、あぁ……それはライスに育てられたからです。だからわかります」
「ほう……なるほど。ライスに育てられた、ですか」
顎に手を当てて、そのまま視線をライスへと向ける。
「君が人界の道具や本を持ってこい、と言ったのはこのためだったのですね。納得しましたよ」
ライスは舌打ちをして顔を背けた。
ウミは何のことかさっぱりわからず、双方の顔を見るしかなかった。
すると、その様子に気付いたカグラが微笑んだ。
「その顔は何も知らない、と言った感じですねぇ。……いいでしょう。私も君の質問に答えましょう」
 




