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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
2.民宿、始めます?
13/47

換金所の人外たち(1) グルンの悲しい恋心

 その人外は、いつも遠くから眺めていた。


 ウミを初めて見たのは、民宿を開いた初日の、通りで宣伝を行った時である。

 行き交う人外どもの中で、その人外――触手系人外のグルン、もいた。


 真っ黒のフード付きつなぎをすっぽりと身につけ、黒い靴と黒い手袋で完全に触手を隠している。

 が、顔だけは隠せない。そのフードの下から見えるのは、うじゃうじゃとうごめく真っ白の触手。

 まるで白い芋虫が集まったような顔だった。

 そんな身なりと内気な性格も相まって、友人はおらず人外との交流もほとんどない。


 その日は、たまたま通りを歩いていた。

 ウミが通りに向かって叫んでいる姿を、周りの人外たちと同じように足を止め凝視する。

 だがすぐに、ウミは頬を赤く染めて家の中へと入ってしまった。

 すぐに周りからヒソヒソと声が漏れ始める。


「おい見たか、今のヒトだぞ……」

「何なんだあの家は……新しいな……」

「近くに小さな人外もいなかったか?」


 などと聞こえる声の中、グルンだけがボーっと一歩も動けずに固まっていた。


 ――な、なんて……美しいんだ……!!


 それが、グルンの恋の始まりだった。


    ◇    ◇


 ウミが姿を見せなくなっていた数日の間も、グルンは建物の影から店を眺めていた。

 通りを歩く人外どもは、気味悪そうに避けて通り過ぎて行く。

 だが、当人はそんなことどうでもよかった。ウミを見たい一心だったのだ。


 ――あっ! で、出てきた……!


 久しぶりにウミが店先で宣伝を始めた。

 いつもの白いワイシャツと革製の短パンとその上には白いショートエプロン。

 長いブーツから少し見える綺麗な肌色と美脚。黒い髪を後ろで一つにまとめ、笑顔を振りまいている。


「皆さん! こちらはライスの民宿です! お一方一晩千グル! ゆっくりお休みいただける布団とお好みに合わせて料理も用意します! ぜひどうぞ!」


 ――相変わらず……綺麗だなぁ……!


 このグルンという人外は、見た目もだが、中身も変わった人外だった。

 そもそも、触手系人外や植物系人外など、分身によって数を増やす人外には男女や雄雌といった区別はない。

 つまり、恋愛感情が芽生えるはずがないのだ。

 が! 

 それにも関わらず、グルンは恋愛感情が芽生えてしまった。

 ウミを食べ物として欲求しているのではなく、純粋な恋愛感情で想いを抱いているのだ。

 

 ――あのヒトのことを知りたい……! い、行ってしまうか……!


 ウミはそんな視線に気づくはずもない。

 噂のためか、いくら呼びかけても人外たちの足は止まらない。がっくりと肩を落とし、家の中へと戻って行く。

 グルンはその背中に引きつけられるように、フラフラと店へと歩み寄る。

 店の前に着いた時には、ウミは家の中へと入っていた。

 ふと、出ている看板に目がいく。


 ――看板がある。なになに……『ライスの民宿 触手系人外お断り!! ご相談にも乗ります(別料金)』か。……え、触手系人外お断り!?


 もう一度読み返すが、どう見てもデカデカと書かれてある。

 

 ――な、なんで……そんな……めちゃくちゃ差別じゃないか……!


 憤ったものの、店の中に怒鳴りこむ勇気はない。

 そもそも、そんなことをするぐらいなら告白した方が潔い。が、告白する勇気もない。

 

 ――でも、せっかく近くまで来たんだし……顔……もう一度見たいな……。


 窓から覗きこもうと、身体を左右に振っている。

 全身真っ黒のフードを目深にかぶった人外が、民宿の前で覗きこもうとしている――十分に怪しい行動だった。

 すぐにライスが気付く。


「おい! てめぇ何してやがる!」

「!」


 入口から飛び出て来たライスの姿に、またもや動けなくなる。

 実は半身人外も、アナザー区画ではあまり見かけない人外なのだ。

 

 ――こいつは……確か、一時宣伝していた人外だな。


 じっと見ていただけのグルンだったが、逆にライスの表情が青ざめていく。


「て、てめぇ……俺でも鳥肌が立つような奴だな。何の用だよ」

「別に用ってほどでも……あっ!」


 もう一度看板を見た。『ご相談にも乗ります』とあるのだ。

 これならば――とグルンは思った。


「じ、実は……相談があって……」

「あ? 相談? ……何だよ」

「俺……実は……ここのヒトに会いた――」

「無理だ」


 グルンの言葉を遮ってライスが言った。その顔は白けた表情である。

 呆れたように首を振ると、背を向け家の中へ戻ろうとする。


「言いたいことはなんとなくわかった。ウミに会いたいんだろ? でもな、残念だが無理だ。どう転んでも絶対に無理だ。絶対無理。諦めろ」

「なっ……なんでそこまで! 会うだけじゃないか! 警戒しているなら違うぞ! 俺は純粋に会いたいだけなんだ!」


 珍しく大声を上げたグルンだったが、ライスには全く通用しない。

 足を止めることなく、家の中へと戻って行ってしまった。


 ――なんて奴だ……! くそぉ……簡単に諦められるもんか……! 


 興奮して広がった顔の白い触手をなんとか落ち着かせ、グルンはある場所へと足を運んだ。


    ◇    ◇


 この町には換金所と呼ばれる、文字通り、物をグルに変えることのできる店がある。

 関所へ行く通り沿いに、換金所はあった。

 外壁は真っ白に塗られ、『換金所』と書かれた小さな看板が店の前に出ている。


 田舎では物々交換が主流ではあるが、人外が集まる町ではお金の流通の方が激しい。

 仕事をしている者はお金を持っているが、全ての人外が何か仕事をしているわけではない。そういう者たちは、何か交換できる物を換金所へ持っていき、そしてお金を手に入れる。

 グルンもその人外だった。が、グルンはここの店主に気に入られている。

 お客、兼、(しもべ)という間柄になっていた。


「カグラ様! いらっしゃいますか?」


 ドアを開けると、目の前にカウンターがあり、奥の部屋へ続くのれんも見える。左手は少し広いスペースがあって、椅子と丸テーブルのセットが三つほど設置されている。今日は運が良いことに店内には誰もいない。が、カウンターに店主の姿もない。


「カグラ様! グルンです!」

「……ちょっと待ちなさい!」


 のれんの奥から声が聞こえた。ドタバタと慌ただしく足音が聞こえる。


「……全く! 私が表に出ていないときは忙しいということぐらい、察しがつかないのですか? 君だけですよ、私を呼び寄せる愚か者は!」

「も、申し訳ございません……」


 グルンを叱りつける店主――名を、カグラ、という。

 見た目はヒトと同じ姿かたちで、タキシードをビシッと着こなし、足元は黒の皮靴、手には白い手袋を着用している。

 だがその肌は真っ白で、髪も真っ白だった。そして、何より目を引くのが瞳の赤さだ。

 肌が白いためか、より赤く宝石のように煌めいている。

 小顔で整った顔をしているが、眉まで白いのでパッと見ると眉がないように映った。

 そんなカグラの鋭い目つきに、グルンの白い触手が力なくしおれた。


「それで、要件は何ですか!?」

「は、はい……。俺と一緒に、民宿へ行っていただきたいのですが……」

「民宿?」

「はい……大通りを突き当たったところにある、新しい店です……」


 カグラは手を顎に当て、何か考えるように視線を落とした。

 

「……この頃噂になっているアレですか。『包丁持つヒトとそれを守る凶悪な人外』がいる民宿……」

「それです。先ほど行ってきたんですが……追っ払われてしまいました。なので、カグラ様のお力添えをいただければと思ったんですが……」


 換金所は、多くの人外どもがやって来る店だ。テーブルと椅子を用意しているためか、色々な話を耳にすることができる。

 当然その噂も、カグラの耳に入ってきている。


「どうせ、ろくでもない人外が経営している民宿です。近づかなくてもよろしい」

「で、でも……そこにいるヒトが……その……俺、近くで見てみたいんです!」

「そんな凶悪な人外のそばにいるヒトが、まともなわけがないでしょう!? そもそもヒトですよ? こんな場所に、まともに生きているわけがないでしょう!」


 くだらない、とでも言いたげに呆れ顔でため息をもらした。

 再び身体を反転させ、のれんに手を掛ける。


「……そんな噂、信じなくてもよろしい。君は私の部下になりたいのでしょう? だったら私のために働きなさい」

「は、はぁ……。で、ですが……カグラ様。俺……そのヒトを見たんです……」


 鋭く赤い瞳でグルンを睨みつける。

 グルンは身震いを覚えたが、震える声で続けた。


「う、美しい、女のヒトです……。その、凶悪な人外も……ここでは珍しい、半身人外で……背中に羽を生やしていて。で、でも、きっと……カグラ様なら……い、いや、ぜ、絶対に……あの人外を懲らしめていただけるんじゃないか、と」

「……ん、今、半身人外で背中に羽を生やしている、と言いましたか」


 カグラの顔がスッと真顔になる。


「つまり、半身人外と有翼人外の半端者、ということですか」

「は、はい……そういうことかと……」

「……ほう。それは……なるほど」


 再びグルンに向き直り、顎に手を当てニヤリと笑みをこぼした。

 だいたい店主がこういう顔をするときは、何か思いついた時だ。


「……グルン。今日は私の代わりに、ここに立っていなさい」

「は、はい……え、えぇ!! む、無理です!! 換金所の切り盛りなんてできません!」

「馬鹿ですか? 誰が切り盛りしろと言いましたか。立っていろ、と言ったんです」

「は、はぁ……」


 そう言うとカグラはカウンターから出て、店の入り口まで歩んで行く。

 そして、出る手前で顔だけ振り返った。


「私が帰って来るまで、そこから動かないように。もし、私が帰って君がいないようならば……わかっていますね?」


 グルンは冷たい視線に身震いがした。きっと良くないことが起こる、そう直感して身体が強張った。

 その様子を満足そうに薄く笑った後、カグラはお店から出て行った。

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