さっそく狙われます 5-5
岩人外用の重い岩を袋に入れて肩に担ぎ、ライスはやっとの思いで家の前に舞い降りた。
ライスは飛ぶことに関して、あまり秀でておらずかなりの重労働だった。
深いため息を吐きながら、玄関を開いた。
――扉の開く音に、ウミが振り返る。
半ば睨みつけているような眼力と、手に握られている包丁。一瞬ライスも怯んでしまいそうな、殺気立った雰囲気だった。
そんなウミの前には、全身と口と鼻を蔦でぐるぐると巻かれ、床に倒れている狐獣人がいた。囲うように家畜たちもいる。
そしてその横のテーブルに、我関せずと椅子に座ったまま動かない岩人外の姿があった。
再びウミに視線を戻すと、先ほどまでの殺気がなくなり、いつもの柔らかい表情になっていた。
「お、遅かったじゃない!」
包丁をホルスターへ仕舞い、駆け寄って来た。
「あいつ、私をさらおうとして危なかったんだよ? ヤクちゃんもリンちゃんも倒れてたし、ツベちゃんは傷つけられたし……大変だったんだから!」
「……おい、そこの岩人外」
ライスは、興奮しているウミの前を通り過ぎ、椅子に腰掛ける岩人外の傍へ寄った。
「ほら、持って来てやったぜ。この状態を見ると……お前は本当に何もしてねぇみてぇだな」
ドスン、と床を揺らしながら袋を降ろした。
すると、ゆっくりと岩人外が顔と腕を動かし、袋の中身を確認し始める。
「けど、あの狐獣人とお前は仲間だろ? この釣銭は全部いただくが、こっちに迷惑かかってるのは間違いねぇ。もっと余分に金いただくぜ?」
確認が済んだのか、岩人外は袋の口をまとめると手に持った。そして椅子から立ち上がる。
正対する岩人外はライスよりも背が高い。じっと見下ろした後、ようやく口を開いた。
「……あいつと俺、仲間。この岩……感謝する。迷惑料……払う。けど……俺、金……持ってない」
「はぁ? てめぇ嘘つくんじゃねぇよ。だったらなんだよ、あの大金はよ!」
「金……あいつの。俺……金いらない。代わりに……これやる……」
そう言うと、岩人外はひびの入っていた肩部分の岩をがっつり自らの手で取り除いた。
痛々しく、肩の部分だけぽっかりと空いてしまっている。
「……この岩……中に宝石ある。高く……売れる」
「へぇ! そりゃありがたくいただいてやる」
岩人外の手から受け取った岩は、ライスの両腕に抱えるぐらいの大きさだった。
かなり大きい。確かにひびの隙間から、何か光っている。
「俺とあいつ……盗賊団やってる。でも俺、金、興味ない……物がいい。今日は……肩、調子悪かった……だから岩。金より……岩」
「へぇ……盗賊団、ね」
もし、岩人外が本調子であったなら、狐獣人に協力していたということだろうか。
そんなことを考えると、ウミはぞっとした。
一方で、ライスは岩をテーブルの上に置いた後、床に倒れる狐獣人の元へ歩み寄った。
「……おい盗賊。てめぇのやろうとしたことは、絶対に許さねぇ。有り金全部いただく――と言いたいところだが……」
狐獣人は身体をよじらせ、ライスを睨み上げていた。口に巻きついている蔦の間からは、荒い息がふぅふぅと聞こえる。
そんな鼻先に――当たるか当たらないかのすれすれに、ライスは前足を思いっきり振り下ろした。
ビクッと狐獣人の動きが止まった。
「どれだけ仲間がいるかは知らねぇが伝えろ! 二度とヒトをさらうな!!」
ライスはもう一度前足を上げると、今度は狐獣人の頭に置いた。そして、体重をかける。
痛さで狐獣人が身体をうねらし、『うーうー!!』とうめき声を上げ始めた。
「次やろうなんざ考えたら、これよりもっと痛い目に遭わせてやる。命が惜しけりゃ二度とするんじゃねぇ! 分かったか!?」
返事をしているのか、暴れているのか。狐獣人のうめき声がひどくなる。
それでもやめようとしないライスに、ウミは駆け寄り腕を引っ張った。
「ら、ライス! もうやめなよ!」
「あ……わりぃ。つい、やりすぎた……」
ようやく降ろされた前足だったが、狐獣人の頭にくっきりと蹄の跡が残っている。
ライスは、巻かれている蔦に手を掛けると、そのまま楽々と持ち上げた。そして、そのまま岩人外へと投げつけた。
受け取った岩人外は片方に袋を持ち、片方に狐獣人を抱える。
「普通のお客としてなら歓迎してやる。また来いよ」
「……邪魔した……さらば」
そう呟くと、ゆっくりとした歩調で岩人外たちは闇の中姿を消して行った。
◇ ◇
その日の真夜中。ウミはドアを叩く音で目が覚めた。
身体を起こし目を向ければ、ライスがそこにいた。
「……どうしたの、ライス」
「寝てたところすまねぇ……色々謝りたくってよ……」
困ったように頭を掻きながら、ライスは続けた。
「触手の件と今回の件で、おそらくウミを狙う奴は減ったと思うんだが……」
「え、なんで?」
「俺がボッコボコにした奴らが、町に噂を流すと思うからな。手を出したら殴られる――みたいな感じでな」
ウミは苦笑いを浮かべる。
逆に目立つんじゃないかと思った。
「それでも……ウミを危険な目に遭わせたのは間違いねぇからな……すまなかった」
視線を落とし、申し訳なさそうに俯いている。
「べ、別に気にしないで! そりゃちょっと怖かったけど……ヤクちゃんたちが守ってくれたし、ライスも最後はちゃんと戻って来てくれたし……大丈夫だよ」
「……そうか?」
「うん。触手系は駄目だけど、それ以外の人外さんなら、なんとかなりそうな気がするもん。ヤクちゃんとリンちゃんがいれば、町でも歩けると思うな」
嬉しそうに笑うウミだったが、ライスの顔は真剣そのものだった。
「別に町を歩くなとは言わねぇが、気をつけなきゃ駄目だ。ヒトはな、珍しい故に色んな人外どもが欲しがるんだ」
「食糧として繁殖用として奴隷として、でしょ? 狐獣人から聞いたよ」
「そうか……」
部屋が暗いせいか、ライスの表情が余計に暗く見える。らしくない様子に、ウミは微笑みかける。
「もう大丈夫だって! そんな暗い顔しないで」
「……前言った、ガキの頃のことがさ……ずっと後悔してて頭から離れねぇんだよ」
「ライスの……ヒトの、友達?」
「あぁ」
夢に出てくる――幼い自分とヒトの少女。
少女はずっと虚ろな表情で座り込み、泣きもしなければ笑いもしない。
呼びかけても言葉は通じず、首を傾げるばかり。一方で反対側の住人は、ヒトの言葉を理解し会話をしている。
もっと自分に力があれば――。
ヒトの言葉が理解できれば――。
――目の前から突然消えることがなかったのではないか。
「俺はあの時の思いはもう……したくねぇんだ。こんな風に後悔したくねぇんだ。そのために、お前には色々息苦しい生活をさせてきたかもしれねぇ。全部お前のためだと、そう思ってやってきたが……。どうなんだろうな。結局、お前のことを守り切れてねぇよな。……俺は本当に……駄目な奴だな」
俯き気味に弱い笑みを見せているライス。
思わずウミはベッドから立ち上がり、ギュっとライスの手を握った。
「何言ってるのよ。駄目な奴なんて、そんなこと絶対ないよ。ライスはヒトの価値のこと知っていて、その上で私を育ててきてくれたじゃない。物としてじゃなくて、家族として。それって、私にとって一番嬉しいことだよ」
微笑むウミの顔を、じっと見下ろすライスの顔は少し戸惑っているように見えた。
「もしかして……そのヒトと私が……似てるの?」
「……えっ。……あ、いや、すまん、そういうわけじゃ……」
「嘘。さっき、そのヒトのことを思い出しているような顔だったよ」
握られた手を見下ろし、ライスは何も言えなかった。
その手の感覚さえ、あの少女と似ている気がしたのだ。
「もー面白くないなー! 本当に申し訳ないって思ってる?」
「ばかっ! 思ってるに決まってるだろ! じゃねぇと夜中にここに来ねぇよ」
「ふーん? ……もしかして、その友達って女のヒト?」
「あぁそうだ。……ん、どうした?」
頬を膨らませ、ライスを睨み上げていた。が、そこまで怖くは見えない。拗ねている顔である。
ウミは手を離すと、ライスのお尻を押して部屋から出そうとし始めた。
「もう! ひどい! ほら、明日からきっと忙しくなるよ! もう寝るよ!」
「え、ちょ、おい。……おいウミ――」
バンッとドアを閉めた。鍵は壊れているので掛けられない。
が、ライスは諦めたのか足音が遠くなっていった。
「ライスのばーか」
そう呟いて、再びベッドへと戻って行った。
◇ ◇
これらの事件を境に、町には噂が広まった。
『新しく開業された民宿には、包丁を持つヒトとそれを守る凶悪な人外がいる――』と。
その噂もあってか、ウミを狙うため訪れる人外どもは減った。
――やがて、民宿を利用する人外たちは徐々に増えるのであった。




