さっそく狙われます 3-5
目立ちすぎる、という理由からウミを店先に立たせず、ライス自身が宣伝を行った。
しかし、ライスが行ったところで全く宣伝効果はなかった。店の前を行き交う人外どもは見向きもしない。
触手どもが去ってから丸二日経過していたが、全くお客は来なかった。
「くそ。いくら叫んでも駄目だ。見もしねぇ」
そう言って舌打ちをしたライスは、テーブルの上に用意された料理をスプーンでかき込んだ。
昼食に並ぶのは、ツベちゃんからもらった触手の煮つけである。小さく切った触手を、ヤクちゃんからもらった薬草とリンちゃんの花で一緒に煮たものだ。
調味料として、花粉が少々入っている。リンちゃんの花粉は甘いものから辛いもの、調味料として様々な用途があるらしい。もちろん、本人らから直接受け取ったものなので毒はない。
甘辛く味付けし歯ごたえのある一品に、ライスも思わず頬を緩める。
「一晩一人外に千グルっていうのが高いんじゃないかな?」
テーブルにはライスとウミが対面に腰掛け、テーブルの上にはヤクちゃんリンちゃん。テーブル近くには、木箱の土の上にツベちゃんがいる。
もちろん、木箱の中にウミの髪が撒かれている。
「いやいいんだ。得体の知れねぇ奴らを家に入れるんだ、それぐらいもらわねぇとな。……やっぱりウミが店先に立った方がいいんだろうな」
「私は平気だよ。触手系じゃない限り、たぶん、普通に対応できるもん」
「そうか。だったら……明日からまかせよう。おい、お前らもウミを手伝ってやれよ」
呼びかけに、水を飲んでいたヤクちゃんリンちゃんは蔦を止め、その場で飛び跳ねた。
「お手伝いするです!
「まかせろねん!」
「……!……!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるヤクちゃんリンちゃんと、土の上のツベちゃんも触手を力こぶにしている。
その光景にウミは微笑んだ。
「みんな、ありがとう。頑張ろうね」
「看板に『触手系はお断り』て付け足しておくか……。あともう一つ。泊まるとは別に、俺たちに何か用事を頼んでくる奴がいたら別料金をもらう」
「……どんな風に?」
「依頼内容を聞いて、こっちの言い値で交渉するんだ。で、成立したら用事を手伝って報酬をもらう――ってな感じだな」
みんなライスの話を聞いて考えている。確かに民宿だけでは、こんな風に暇な時間がもったいない。
ウミは納得したように頷いて見せた。
「いいと思う。どうせ民宿は夜受付だし、昼空いた時間が活用できるからとっても良い案だと思うな」
「だろう? ひひひっ! 決まりだな!」
◇ ◇
陽が落ちたのを確認すると、ライスが自宅前にお手製の木でできた看板を立て掛ける。それが合図である。
看板には『ライスの民宿』と書かれている。その横には『触手系人外お断り!!』の文字も大きく書かれていた。
また下の方には『ご相談にも乗ります(別料金)』の字もある。
「……後はお客が来るだけだな」
「今日こそ来ればいいね」
部屋も掃除をして、もちろんテーブル周りも綺麗に、食事もできるように様々なものを準備している。
テーブルに座って雑談をしているとき――玄関のドアが叩かれた。
「……俺が出よう」
玄関を開けた先に立っていたのは――鉱物系人外と獣人系人外だった。
「……ここが……民宿か?」
と、聞き取りにくいほど低い声でしゃべったのは鉱物系人外だった。
肌が岩のように見える。二足歩行で、ヒトと同じように腕や足や顔もある。身体を隠すように、獣の皮のようなものを肩から斜めに着ていた。
髪の毛はなく、男とも女とも分からない顔立ち。ライスよりも少し背が大きい。
「俺たちは紹介でやってきたんだ」
と、甲高い声でしゃべったのは獣人系人外だった。
獣人は様々種類があるが狐系のようだ。身体全体が黄色の毛で覆われ、頭からは先の尖った耳が生え、顔は細長い切れ目と細長い鼻先。
こちらも二足歩行をして、鋭い鉤爪を持っている。短パンにノースリーブのシャツを着ていた。
「ん……あぁこの間の触手どもか。ふん、来ないかと思ったが……よく来たな」
「頼まれたものは仕方ないだろう? ……どれお邪魔しますよっと」
狐獣人は家の中へ入ると、天井を見上げたり台所を見たりとキョロキョロしている。
岩人外は身体を重たそうに、一歩一歩踏みしめるように進んだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
ウミは初めて見る人外どもに、努めて笑顔を向けた。
一瞬――人外どものウミを見る目が大きくなる。
「お一方、一晩千グルを先払いになります。また何かご用事がある場合、別料金にはなりますがお手伝いすることもできます。遠慮なくどうぞ」
「……お前……ヒトか」
「あ……は、はい」
「こりゃ珍しい。生きてる本物を見るのは初めてだねぇ」
狐獣人が一歩ウミに近づこうとしたとき、後ろからライスがシャツを掴んだ。
「……先に金を支払ってもらおうか」
「へへ、冗談冗談。……ほら、二人分だ」
ライスの手の上に投げられた札束――どうみても二千グル以上はある。
「おい。多いぞ」
「なぁに、用事を頼みたいんでさぁ。チョイとばかり飛んでもらって、町はずれにある鉱物屋に相方の新しい部位をもらってきてほしいんだ。その代金と……残りのおつりは賃金として受け取ってもらえればいいさ」
確かに言われた通り、岩人外の肩の部分にひびがはいっている。受け取った金、宿泊代を差し引いたとしてもかなり余る。岩人外の部位など、たかが知れている。かなりの儲け話であった。
――が、何か釈然としない。まるで、ライスを遠ざけるかのようだ。
札束を見下ろし考え込むライスを察したのか、岩人外が口を開く。
「……別に……俺は……襲わない」
「へぇ。……そうか」
ライスはウミの元へ近寄り腕を引いた。
「ウミ来い」
引っ張られるまま歩いて行くと、ウミの部屋の前だった。
廊下の向こうのダイニングでは、じっと人外どもが見ている。
「……行くの?」
「あぁ。襲わねぇとか言ってるが……信用ならねぇ。だからウミ、お前は自分の部屋に閉じこもってろ。部屋に入ったら鍵を掛けて絶対に開けるな。いいな?」
「わ、わかった。でも早く……帰って来てね?」
ウミは部屋へ入ると振り返った。ドアを閉めようとするが――不安そうにライスを見上げる。
そんな顔にライスはふっと笑みを見せた。
「そんな顔すんな。今回は触手系じゃねぇから、お前も固まることもねぇだろ?」
「うん……そうだけど……」
「いざとなりゃ包丁で切り付けてやれ。俺が教えたように脅せばいいんだよ」
ポン、と頭に手を乗せた。
ウミは恥ずかしそう顔を俯かせる。
「わかったよ……。じゃあ、気をつけてね。待ってるから」
そう言ってウミはドアを閉め、鍵をかけた。
鍵の音を確認したライスは、スッと表情を引き締める。
足元を見ると、いつの間にかヤクちゃんリンんちゃん、ツベちゃんまでいる。皆何かを察したようで、ライスの言葉を待つように見上げていた。
「……知ってると思うが、触手系とは比べ物にならねぇ。お前ら、絶対にウミを守れ」
「そんなに心配なら、行かなければいいと思うのん」
「たぶんあいつら、もっと金持ってるんだよ。普通いきなりこんな大金支払えるか? 何か裏があるに決まってる。だったらその尻尾捕まえて、吐かせてやる」
「でも、ウミが危ない目に遭うかもしれないです。ウミよりも金ですか」
「馬鹿。こんな人外ども、この町にはうじゃうじゃいるんだよ。これぐらいの奴をあしらわねぇようじゃあ、民宿なんてやっていけるわけねぇだろ。それに、ウミはこれぐらいの奴らに屈するわけねぇ。俺の娘だからな。……お前らもあんな奴らに負けるはずねぇ……そうだろ?」
にやりと笑う顔に、小さな人外たちはぴょんぴょんと跳ね跳ぶ。
「当たり前です!」
「やってやるのん!」
「……!……!」
「よし……お前ら頼んだぞ」
ライスは岩人外と狐獣人の元へ歩み寄った。
「注意しておくが、絶対に俺の家族には手を出すな。もし、何かやったら……お客だろうが容赦しねぇからな」
「脅しかい? へへ、早く買ってきてくれよ。俺らはゆっくり楽しませてもらうからよ」
嫌味ったらしく牙を見せつけ笑う獣人に、ライスはチッと舌打ちをして店を飛び去って行った。




