プロローグ ライスの遠い過去の夢
初めまして。ぱくどら、と申します。
見直してはおりますが、誤字脱字を発見された際には、ご指摘いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
ベルトコンベアで運ばれてくる得体のしれない肉の塊を、引き千切り丸い球体にする。
ピクピクと肉の塊が動いている。おそらく、削ぎ取られたばかりなのだろう。ベルト自体が黒い血や赤い血、どす黒く汚れた液体でベトベトと汚れている。
この広い部屋に立ちこめる、むせ返るような悪臭。入れば五分もしないうちに嘔吐するかもしれない。
だが、この場にいる者どもはすっかり慣れていた。
その中に――ヒトの姿をした少女がいる。
その横には、上半身はヒトの身体、下半身は馬の身体を持ちケンタウルスのような格好をした少年。また背中には白い羽根の翼を持っている。
名前を、ライス、という。
彼はこの地下に来たばかりの新人で、歳も、この種族ではまだまだ子どもの頃だった。
ライスをはじめ、この世界は『人外』と呼ばれる、ヒトではない者どもがほとんどを占めている。
そのためか、珍しい『ヒト』の少女は――奴隷のような扱いをされていた。
冷めた目つきで流れてくる塊を、ひたすら引き千切っている。
奴隷に手袋やエプロンなどない。
薄っぺらい布地の奴隷のローブを着たまま、素手で作業をする。臭いが、布に手にこびり付いていた。
その様子をライスはずっと横目で盗み見ていた。
微動だにしない、その少女の顔を。
◇ ◇
『美羽、今日は休みなのか。俺も休みなんだ』
ライスは隣の牢屋にいる少女――美羽に話しかけた。
すると、長い黒髪垂らし俯いていた顔が、ライスの方へと向けられた。
やはりその顔は無表情で、何も語ろうとはしない。
『やっぱり、言葉……わからねぇか?』
美羽はこの世界の言葉がわからなかった。ただただ首を傾げ、何を言いたいのか表情から読み取ろうとする。
ライスは苦笑いを浮かべた。
『……駄目かぁ。俺も美羽としゃべりてぇのになー』
茶色の短い髪と繋がっている茶色の髭が特徴的なライス。ぱっと見、ライオンのような感じだった。
頭をボリボリと掻きながら笑うライスを、美羽はじっと眺める。
すると――隣の牢屋からガシャンと閉じる音が響いた。思わず視線をそちらへと向ける。
「……ポポ」
美羽は立ち上がり、ポポの近くへと歩み寄る。
ポポ、と呼ばれた者は美羽の反対隣の牢屋の住人だった。
「ミウ、お元気そうでなによりです」
口元を微笑むポポ。
ポポも、美羽やライスのように小柄な体付きで、見た目そのものはヒトのようだった。
白いズボンと白い長そでをいつも着ていて、その顔の目元はいつもぐるぐると包帯が巻かれている。
白髪の少年。ライスは、自分とは違い、美羽と親しげにしゃべるこの人外が気に食わなかった。
「……ほら、お隣さんが羨ましそうな顔をしているのも見えていますから」
何の話をしていたのか、いきなりそんな声が聞こえたかと思うと美羽が振り返った。
まるで見せつけているかのように、ポポの口元が笑っている。
『お前はいいよな! ヒトの言葉がわかるから! 俺もしゃべりてぇよ』
『……私は特別なんです。貴方はしゃべらなくても結構ですよ』
苛立ち顔を引きつらせるライスを無視して、ポポは美羽に顔を向けた。
「……ライスは、貴方としゃべりたいようです」
そう言い終えたポポは牢屋の奥へと進むと、そのまま藁の上に腰を下ろした。
美羽とライスの会話を訳す気は一切ないらしい。そのまま藁の上に横たわってしまった。
ポポはこの地下では唯一、ヒトの言葉がわかる者だった。
その他の人外は、美羽の言葉も理解できなければ、美羽も人外の言葉を理解できない。
だから、美羽がポポに懐くのも無理はない話であった。
「ミウ」
ライスも真似て呼んでみた。すると、驚いた顔で美羽が振り返る。
すぐさま手招きをした。意思疎通を試みるチャンスだ。
美羽は首を傾げつつも近寄って来た。
間近で見る美羽の顔は、どことなく暗い。顔から生気が抜けているようだった。
『俺いつか、お前をここから出してやりてぇんだ。いつも無表情でいるお前の姿、見てらんねぇもん』
ライスは努めて明るい声を心がける。
しかし、意味は伝わらない。美羽は小首を傾げるばかりだった。
それでも言葉を続ける。
『言葉は通じねぇかもしれねぇ。けど、俺、美羽の力になりてぇんだ。いつか俺と一緒に自由になろう!』
ライスは顔を赤らめ微笑むと、手を差し出した。
美羽は訝しげに、顔と手を交互に見つめる。
ひとまず、と思い、美羽はその手に応え握手をする。
子どもの手とは思えないゴツゴツとした大きな手だった。
一方、美羽の手は細い指の柔らかい小さな手。それをライスは大事そうに両手で包み込む。
『ひひひっ! 約束だからな!』
嬉しそうに微笑むライスに、美羽は無表情のまま小首を傾げるのだった。