あの子とあなたと「お久しぶり」
異世界サークルに所属してからというもの、時折物事を多く語るのは無粋なのではないかと思うことがある。今回の件もそうだった。悲劇は悲劇のまま、綺麗に終わらせるべきではないかと、そう思ってしまう。けれど最低限は語っておこうと思う。
人魚が消えてから、俺とクラゲちゃんはのんびり歩きながら、部室へ戻る。その途中で、今まで口を閉ざしていたクラゲちゃんが、あっさりと語りだす。それはまるで昔話を話すような、そんな雰囲気で。
「あの人魚さんは、廃花になる寸前の迷子だったんです」
「迷子?」
「そう、迷子。昔々に想い人を追って川に飛び込んで、そのままずっと、迷子のままだったんです」
「……」
「それでなんですけれど、実はカガリさんの姿が……その、想い人にそっくりだったそうで。違っていると分かりつつも、顔を見ようとあの猛アピールを」
「な、なるほど。……そんなに似てたのかなぁ」
「もさっとした髪がそっくりだと言ってましたよ」
「え、そこ?」
「はい。そこです」
まぁ、そういう話だったのだ。
あの会話が聞き取れなかったのも、何も出来なかったのも、全ては俺が巻き込まれた第三者だったからであって、特に強い原因もない。どうしてクラゲちゃんが、あの人魚の言葉を理解できたのかは、きっと聞くべきではないのだろう。そこはきっと踏み込んではいけない領域なのだろう。
人には事情がある。見ているだけというのは、すこし寂しい気もするが、最早慣れたものじゃないか。
「話は変わりますけど……」
「ん?」
「実は、随分と前からあなたの事を探していたんですよ」
カガリさんではなく、「あなた」を探していた。そういう風に聞こえる言い回しで、クラゲちゃんは腐花を恨めしそうに見つめながら続ける。
「異世界サークルの皆は、大体前世で関係があった人たちが、ごく自然に集まってきているんです。それはあたしたちも同じでした」
「前世の縁、とかいうやつか?」
「まぁ、そうですね。そういうもんです。……それで、シオやヤクモ先生は前世で仲間だったんです。えっと、義勇軍っていえば分かりますかね?」
義勇軍。確か、戦争時などに兵士ではない人たちが自発的に結成する、戦闘部隊のことだったか。ヌエさんやシオの戦いっぷりで、前世はきっととんでもないんだろうなとは感じていたが、戦火の時代だったのだろうか。しかもそれで、同じ部隊の仲間だった。なんてぶっとんだ縁だろうか。
「前世が義勇軍だった人は先輩にもいたんですけど、それでも見つからない人がいたんです」
「それって?」
「当時義勇軍を率いていた、隊長さん。名前は……「アレフ」、フルネームまでは思い出せないんですけど、そう呼ばれている人で、彼だけがどうしても見つからなかったんです。けど、ようやく見つけた」
「もしかして……そのアレフさんが、俺って感じなのか」
「はい」
やれやれ、随分とキッパリいいなさる。
「……万が一の間違いって可能性は?」
「あるとは思いますけど……レアケースじゃないですかね。ヌエさんが断言してましたし」
「そうなのか」
おや? 俺はどうして隠そうとしたのだろう。俺の前世が義勇軍の隊長だったとして、今になって隠す必要も、否定する必要もないじゃないか。最近は、無意識に飛び出す予定外の言葉が多くて多くて、奇妙な気味悪さを感じてしまう。いや、サークルの皆に何も言われないから、きっと何もないのだろうが。此処に属してから、何かが変わっているのは確実なのだから、すこし過敏になっているだけだろう。きっと、そうだ。
「にしても、前世が義勇軍の隊長、かぁ」
「ビックリしてます?」
「んー……ビックリよりも、実感ないなぁって感じだな。俺、そんなに強くないし」
「強さは、多分問題じゃないですよ」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
秋に荒く吹き荒れる風が、また一つ吹きぬける。
何匹か小さな廃花が吹き飛んでいくのが見えたりしたが、あれぐらいならきっと放置しておいても大丈夫だろう。
クラゲちゃんがすたすたと、綺麗な髪を揺らしながら歩いていく。改めてみると、クラゲちゃんはやっぱり少女らしい女子高生だなぁと関係もないのに思う。……そういえば、クラゲちゃんの前世は一体なんだったのだろう? あぁまた気になり始めてしまった。ええい、この際聞いてしまえ!
「な、なぁ」
「なんですか?」
「その……」
「?」
「クラゲちゃんの前世って……なんだったんだ?」
「あぁ! そういえばまだお話していませんでしたね」
クラゲちゃんはいつもどおりの笑顔を浮かべて、そこで可愛らしくくるりと一回転し、姿を変えていた。
水色で透明感のある髪、水晶のように濁りのない澄み切った二つの瞳に、レースを織り込んだお姫様のようなドレス。けれど人の両足がなく、かわりにイルカの尻尾が姿を見せている。あぁ、これは。今回の件でやけに頑張っていた理由が、ほんの少し分かった気がする。
「あたし、人魚姫だったんです」
……ふわりとした腐花が、その時はいつもより冷たく思えた。