ある日の朝から「こんにちは」
さくさくっとやっていきます。
前略、桜庭花狩はごく普通の通信制高校に通う学生である。
常々レポートに追われ、たまに高校に行き授業を受け、とくに遊ぶわけでもなく普通に電車に揺られて家に帰る。そういうありふれた高校生だ。
そういうのが、俺、桜庭花狩の現状だ。
只、他とは違うと言い張れるところといえば、変な「雪」が見えるということ。中学二年生の秋、突然見えるようになった「灰色の雪」。それは俺以外には見えていないらしく、特に害はないと思うのだが、毎日のようにこの「雪」は降り注いでおり、この辺境の地グンマーとも呼ばれている地域で雪はそんなに降る事はないので、若干世間からずれた感覚になるのが困りものだった。
そしてもう一つ、それ以上に困ったものであり、他と違うことといえば……。
「何、で、追いかけて、来るんだよぉ……っ!!」
俺には変な化け物が見えるということだった。
というか現在進行形で、それにストーカーされている。後ろを振り向けばいるのだ、人間と同じぐらいの背丈で、全身全部の色彩を無茶苦茶にまぜこぜにした色の、形も持たない粘土のような化け物が。
別にあれは俺に危害を加えようとするわけではないのだろうが、家から一歩出て行くと必ず後ろについてまわり、時折変な声を上げながら俺を見る。正直気持ち悪いし、気味が悪い。だから学校帰りなどは遊ぶ余裕もなくてさっさと帰ったりするのだが、今日の登校は何か違っていた。
……化け物の手のような何かが、ぬめりと首筋に触る。
「ひぃいっ」
その化け物は、今日は俺を捕まえようとする。捕まったらすごい嫌な展開しか思いつかないので、学校に入ることも出来ず、珍しく学校付近の街中を走り回っているわけだ。
元々体力だけは何故か、そう引き篭もりだったというのに何故かある俺はかれこれ一時間ほどこの鬼ごっこを続けている。あぁ困った困った、これじゃあ学校にいけないじゃないか。というかあの化け物、今日は機嫌が悪いのだろうか。なんだかどんどん大きくなっているような気もするし、後ろを振り返るのが怖くなっていく。
空っ風のつらいこの季節に走り回るというのも、半分引き篭もりの俺にとってはかなりつらいし。
「うわわっ!?」
「えぁっご、ごごごめんなさい!」
走りながらかるくぼーっとしていたのか、通行人の一人の少年に当たってしまう。だが俺は立ち止まっている暇もない、化け物があと少しで追いついてしまう。この時間帯にしては人が少ないのが救いだったけれど、ええい一体どうすればいいんだ!
「あ、やべっ」
何に躓いたのか、俺は盛大にこけてしまう。ふと見れば原因は身に着けていたマフラーだった、マフラーのはじが化け物に掴まれてしまったらしい。あぁ、終わったな。俺の人生終わったな。本能的に察して何もいえず、倒れ付したまま化け物を見る。やっべぇ何コイツめっちゃ怖い。滅茶苦茶睨んできている。あぁどうしようどうしよう。
化け物が真っ赤な色を見せた。口を開いた感じだろうか。わぁ、立派な牙……牙?
大きく開いた口に生え揃った牙は、それはまぁ鋭く強そうな形をしていて、その牙が俺の首筋に触れる。あ、あかん。これ首筋喰うつもりだ。やばい、やばいやばいやばい!
あぁ誰でもいいからヘルプミー。神様でも妖精でも赤の他人でも誰でもいいから助けてくれ!
「う、ぁ……」
叫びにもなりゃしねえ。俺はもう諦めて目を瞑る、中身のない人生だったなぁ。あぁ終わっちゃうなぁ。せめて一冊ぐらい自費出版で絵本だしたかったなぁ。
化け物の低い唸り声が耳元に届く、もう終わりだ。全部終わりだ。ライトノベルだと此処で死んで異世界いけるんだろうなぁ。あぁ、あの世界に帰りたいなぁ……?
…………。
……。
……?
どういうことだろうか、何も起きない。
「あーらあらあら、大丈夫? 生きてるかしら?」
「はい!?」
聞きなれない声が聞こえて、ばっと思いっきり瞼を開いた。そしたらそこには……。
「命拾いしたわね」
艶やかな黒髪を揺らして此方を見る紫の瞳、服装はまるで魔女。片手にはハサミを持っていて。
それでもとても自然に、確かにそこにいる綺麗な少女。そんな人が、そこにいた。
***
「まあ色々聞きたいことが山々なんだけど、こいつ片付けてからにしましょうか。ね、カガリ君?」
どうして俺の名前を知っているのだろう。
「シオ君の情報が大当たりでよかったわ。最近徘徊してたのはコイツだったのね」
どうして、あの人はあの化け物が見えているのだろう。
「さぁおいで、花の苗床にしてあげる」
あの人は、何者なのだろう。
俺の状況把握力を斜め右上に飛び越えて、あの人は何かを掴んだ。今、何を掴んだ? あの「灰色の雪」じゃないか! あの人には雪も見えているのか!? そしてその掴んだものは、ポンっとコミカルな音を立てて小さな花となり、あの人は化け物に向かって花を投げつけた。
投げつけられた花は化け物に突き刺さり、そこから増殖するように根を張って、あっという間に化け物は花の、草の根に覆われてしまった。
「グギィアアアアアアアアッ」
「あらあら、意外としぶといのね」
草の根に覆われた化け物が、手のようなものを出現させてあの人を縛り上げようとする。けれどもそこにあの人はおらず、次の瞬間には……。
「はい、出来上がり」
ハサミで一刀両断された化け物がいた。
「……えっ」
殆ど一瞬の出来事だった。正直言って俺自身、何が起きたのかさっぱり分かっていない。化け物に襲われ、あの魔女のような少女が現れて、それから? それから、何が起きた? 見ていたはずなのに頭が混乱しすぎて理解が追いつかない。いったいどうすればいいのだ。
あの魔女のような人が此方に近づいてくる。俺はもう頭がショートしてしまって動けない。
「カガリ君、大丈夫? 怪我してはしてないかしら?」
「え、あ、あの……」
透き通った紫の瞳に俺の怯えた眼が映る。何もいえない。そう、何も。
「怪我はしてないみたいね。じゃあ確認するけど、「あの化け物と雪みたいなもの」とか、全部見えるのよね?」
俺はコクコクと機械みたいに首を縦に振る。他にどうしろというのだ。
「そう、でももう大丈夫。ようやく見つけたし、次がきても私が守ってあげるわ」
「あ、あの……」
「じゃ、学校に行きましょうか」
「は?」
学校に? え? この人学生?
「単位取り逃しちゃうわよ、さ、早く早く」
「え、え……?」
そして俺はそのまま、引き摺られるようにいつもの学校に連れて行かれるのであった。
この人、一体何者……!?