表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜ノ恋路  作者: 吟 朔弥
4/4

蘇ル命ノ欠片

「蘭子、いるか?」

「お兄様?」

「……入るぞ」


 すーっと障子を開けると、蘭子が敷布団に座っていた。


「お兄様……私、どうしちゃったのでしょうか」

「うん?」


 蘭子の様子がおかしいのに気付き、そっと隣に座った。


「昨日息が出来ないくらい苦しくなって、お兄様のお部屋にお邪魔したの。でもそこから記憶がないの……」

「昨日の記憶……」


 記憶がない……雛が消したのだろうか?確認しようにも、今雛を呼ぶわけにはいかない。


「……きっと、夢を見たんだよ。今は何ともない?」


 すると蘭子は首をぶんぶんと横に振って俯いた。


「苦しいどころか、至って元気。昨日までの動悸の激しさが嘘みたいに……ねえお兄様、私本当にどうかしちゃったんじゃ」


 心細そうに蘭子は言う。ふと今朝の雛の言葉を思い出した。


《妹君は、元々御身体が弱い方。悪魔の力だけでは完全にお救いすることは不可能なのです》

《妹君は、そう長く生き永らえない》


 ずさずさと突き刺さる、雛の言葉。悪魔を以ってしても、その小さな命を繋げることさえ容易ではない。


《では……貴方様が救って差し上げればいい》


 僕の力で……悪魔と手を組めば、僕でも蘭子を救えるのなら……


「……蘭子」

「?」


 僕は唾をごくんと飲んで、一つ一つをゆっくりと話し出す。


「お願いがあるんだ、蘭子。少しの間だけでいい……眠っていてもらえないか?」

「え?」


 蘭子はきょとんとした顔で僕を見つめる。僕自身も何を言い出すんだと思うが、いきなり死んでてもらえないか、なんて言えるわけがない。


「頼む!蘭子の病気を治す為の方法が一つしかないんだ。絶対に蘭子を助けるからっ!!」


 僕は蘭子に土下座して心からそう願った。泣かせたくない、苦しませたくない、心配させたくない、いろんな思いが涙に変わって込み上げてくる。


「頼む……」


 蘭子に向かってこんなにも必死にお願いをしたのは初めてだった。本当だったら、兄である僕がお願いを引き受ける立場の筈なのに。


「……わかったよ」


 蘭子は溜め息混じりにそう呟いた。僕はばっと顔を上げた。


「本当か!?」

「お兄様のそんな姿、見てられないもん。ほら、普通に座ってよ!」


 蘭子に促されて、僕は普通に正座をして蘭子に向き直る。


「私には何がなんだかよくわからないけど、寝てるだけでいいんだよね」

「そうだ。すぐに僕が何とかするから」

「今でも私、平気だよ?お兄様が何を考えてるのかわからないけど……わかった」


 蘭子は敷布団にくるまり、顔だけを出して僕を見つける。


「お兄様……信じてるから」

「ああ」


 僕は満面の笑顔を蘭子に向けた。蘭子は安心したように、ゆっくりと瞼を下ろした。


「……雛」

「はい」


 三分程経ってから雛を呼んだ。これからどうすればいいのかわからない以上、雛を頼るしかない。


「では、まず妹君には失礼して……」


 雛は蘭子の胸に手を当てて、目を閉じた。


「何をして――」

「お静かに」


 雛は片腕を出して制止し、僕は雛の沈着な声に少したじろぎながらもじっと待つ。


「……ふう」


 しばらくすると、雛が汗を掻きながらこちらに向いた。


「蘭子は!今何をしたんだ!?」

「お静かに。心の臓を停止させただけです」

「なっ……!?」

「これからが本番なのですよ。あなたの力を貸して頂きたい」

「……わかった」


 僕は雛に言われるがままに行動する。まずは両手を重ねて蘭子の胸の上に置き、雛の言葉を復唱する。


『己の悔いを咎めず、先の戒めを解く。汝、これに応えよ。自由と責務を全うし、生涯共にすることを誓う』

『これを蘇らせ、再び我と共にあるべき存在にせよ。我はそう望む』


 僕が唱え終えると、雛が僕の背中に手を回し、何かを小声で唱え始めた。すると僕の両手が黒く光り始め、突然目の前が真っ暗になった。


「な……んだ!?」

「無意識に目を閉じられただけですよ。もう開けられるはずです」


 雛の声が聞こえて安堵した。少しずつ目を開けると、目の前にすうすうと寝息を立てる蘭子の姿があった。


「蘭子っ!」


 僕は喜びが抑えられず、蘭子を抱きかかえた。


「う……ん」

「ああ、蘭子だ……生きてるんだな……」


 僕の横で、雛がふっと柔らかな笑みを溢した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ