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桜ノ恋路  作者: 吟 朔弥
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哀レミト幸運

 ~第三話 憐レミト夕陽~


「――ま」


「……」


「――しゅ様、起きてください」


「……う……ん?」


 誰かの声が聞こえ、気がつくと布団で寝ていた。障子からは薄く光が差している。


「もう、朝か」


 この部屋が自分の部屋ということに安堵して、仰向けに障子を見て呟いた。


「当主様。妹君のことでお話が」


 布団の横から声が聞こえ、吃驚して声のした方を見る。どこかで見たことのある顔が平然とした態度で正座していた……執事服で。


「……誰だっけ」


「お忘れですか?雛です」


 雛は軽くお辞儀して言った。僕は昨日の曖昧な記憶を辿る。


「そうだ……蘭子はっ!」


 咄嗟に蘭子のぐったりした姿を思い出し、僕は布団から跳ね起きた。そのまま廊下へ出ようとした時、雛の腕が伸ばされ、僕の前で止まった。


「なんだよ!邪魔をす……る、な……」


 突然、僕の体は力が入らなくなって、膝から崩れ落ちた。


「な……にを……」


「いえ、ここできちんとお話をしておかなければと思いまして」


 雛は淡々と答えた。


「私は確かに、貴方様の妹君をお救い致しました。が、それは単に貴方様に私の力を認めてもらう為だけの簡単な手段でした」


「……何が、言いたい」


 手足に力が入らない感覚の中で、僕はそれだけを絞り出す。


「貴方様の妹君は、そう長く生き永らえないということですよ」


 僕は、その言葉を聞いて目を見開いた。


「……は?」


 そしてその言葉の意味を理解した時には、僕は勢いだけで雛の胸倉に掴み掛かっていた。


「おい……冗談を言うな!蘭子を助けてくれたんじゃないのか!?お前は契約をする為に俺の前に現れたんじゃないのか!?俺に嘘を吐いたのか!?」


 自分でも頭の中はぐちゃぐちゃだった。ただ、蘭子を救ってくれるなら、どんなことでもしようと心に決めていた。


 それが、こんな形で壊されるとは思っていなかった。


「……やはり、貴方様は誤解されている」


 雛は溜息を吐いて、胸倉の僕の手を掴んだ。


「うっ……!?」


 物凄い力で僕の手が引っ張られたかと思うと、体まで宙に浮いていた。


「化け物……がっ」


「……私は雛陽院家当主に仕える悪魔、雛です。化け物ではありません」


 そう言って、雛は僕を下ろすと跪いた。


「私たち悪魔は、けして嘘は吐きません。当主である貴方様に認めて頂きたいのです」


「認める……?」


「妹君は、元々御身体が弱い方。悪魔の力だけでは完全にお救いすることは不可能なのです」


 僕は、再び膝から崩れ落ち、床に手をついた。諦めきれない気持ちで、泣きそうなのを堪えた。


「それじゃあ、あの医師と同じじゃないか……誰も蘭子を、救ってくれないのか」


「では……貴方様が救って差し上げればいい」


「……え?」


 雛が僕の頬に両手を添えて上に向かせ、気付いたら目の前に雛の顔があった。


「私は、当主様の為であれば本気を出せますよ。一度亡くなった方であれば、蘇らせることなど造作もございません」


「蘇らせる?」


「はい」


 雛はにっこりと笑みを見せた。この状態が、昨晩の蘭子との会話を思い出させる。


 蘭子は……最後まで笑顔だった。いや、蘭子はまだ生きている。


 これからも、ずっと笑顔でいてくれる……その為なら、何でもしてあげたい。


 僕は雛の手を握って頭を下げた。こうなったら悪魔だろうがなんだろうが、使えるものなら使おうと思う。


「わかった。契約でも何でもしてやるから……代償なら何でも払うから……蘭子を生き永らえさせてくれ!」


 雛は目を見開いたが、すぐに微笑んで言う。


「契約など、必要ありません。私は未来永劫、雛陽院家にお仕えする者なのですから」


 雛は僕の手を引いて立たせた。


「私は他の悪魔たちと違い、人間に恩を受けたら返すと誓っているのです」


「恩?雛陽院家に恩があるのか?」


「……雛陽院の初代当主、雛陽院/光隆/(みつかた)様は、私の危機を救ってくださいました。光隆様は、私が恩を返す代わりに、雛という名を持って当主を支えろとお命じくださいました」


「私は当主様の命には逆らいません。しかしその責任は取れません……私が悪魔だということに変わりはありませんから」


 雛は紳士的なお辞儀をして見せた。僕はそんな雛陽院家の束縛に囚われている彼を哀れだとさえ思ってしまった。


 ……というか、こいつは何歳なんだ?


 でも……願ってもない話だ。彼が忠誠を誓ってくれているのなら、雛陽院家を支えていく僕にとって幸運の悪魔といってもいい。


「なら、僕は何も失わなくても蘭子を救えるのか」


「はい。どうぞ、私を使ってください」


 雛は立ち上がると姿勢を正して深くお辞儀をした。そしてにっこりと笑みを浮かべる。


 その不敵な笑顔の裏では、何を考えているのか。


「……蘭子が今どんな状態なのかが知りたい。あれは病気なのか?」


「妹君は今ぐっすりとお休みになっておいでです。それと恐らく、妹君は呪いを受けている」


「呪い?」


 雛は自身の顎に手を当てて悩ましい素振りを見せる。


「お身体が弱いことに付け込まれて、何かに憑かれているというような」


「……悪魔なのに、その正体はわからないのか?」


「妹君に靄が掛かっているようで、その背後にいる者の気を追えないんですよ。呪いをかけた者がわかれば、解くことも容易なのですが」


「手掛かりか何かはないのか?」


 僕は腕を組んで考える。呪いなんてものは、神や悪魔と同じように信じてなどいなかった。


 でも、蘭子のあの様子や、医師にはどうしようも出来ない状態というのは、人間では考えられないのが事実だ。


 そんなことを考えていると、雛が口を開いた。


「妹君に一時的に生きる力を与える為力を使いましたが、微かに人間と悪魔の気を感じました。私以外にも、この家に悪魔が出入りしているというのは?」


「僕にはわからないよ、そんなこと。大体これまで信じてなかったものをどう区別しろと?」


 僕はとりあえず、蘭子の様子を見に行くことにした。廊下に出ても、雛は後ろから付いて来る。


 ……まあ、いいんだけどさ。


「お前、人間からでも見えるのか?」


「見えないようにしてほしいんですか?これまでのご当主様はお気になさらなかったのに」


「え……やっぱり見えるんだ」


「見えないようにすることも出来ますよ」


 すると雛は、僕の影に溶け込むようにして消えた。


「ええっ!?雛!?」


「大声を出さずとも、いつでもお傍におりますよ」


 僕の影から雛の顔がひょっこり出てきて、僕は吹きそうになってしまった。


「ふ……なんか、悪魔って便利だね……」


 少し心に余裕を感じた僕は、蘭子にどう接すればいいのか考えながら、蘭子の部屋へと向かう。

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