桜ノ咲ク頃
~第一話「桜ノ咲ク頃」~
「仕来りに従い、今宵から貴方様は当家の第八代目当主として、当家を導いてくださいませ」
召使の老婆が僕に言った。
春、桜が舞う四月……僕はこの日、八代目当主としてこの家を継ぐこととなった。今日の午後十時頃に父が亡くなり、家を支える男が僕一人となったからだ。母は父が亡くなってから部屋に伏せている。妹はそんな母を心配して、母の部屋の傍から離れない。
大黒柱に選ばれるのは、代々男と決まっているんだ。こんな時だからこそ、僕が支えなければならない。
「これからこの雛陽院家の当主として、父の跡を継いで支えていきます!母にもそう伝えて下さい」
「承知致しました。今宵はもうお休み下さいませ」
「いや、まだ僕にはやることがある……ちょっと出掛けてくるよ」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
召使は僕の部屋を出て、ゆっくりと障子を閉めた。廊下から母の部屋に向かう足音が聞こえたが、すぐに消えていった。
「僕が……当主か」
溜息を吐いてその場に腰を下ろした。最後に父の遺言書通りに事を進めなければいけないが、それ以前に今後どうするかを考えなければいけない……と、頭が回り始めていた。
(父が祖父から受け継がれた時、こんな時にどうしたのだろう……どう対処しただろうか……)
この家を元気付けたとして、遺産はどうするのか。妹の在学中の学校費はどうすればいいのか。考えがどんどん先を行く。
「お兄様……?」
「っ!?」
突然、障子の間から妹の蘭子が、首をぴょこっと出して話しかけてきた。
「なんだ、蘭子か……どうした?」
「お母様のお部屋に婆やが来たよ。お兄様がお父様の跡を継ぐって、お母様に言っていたわ……」
「そうだよ、僕が新しく当主になったんだ。これから僕が蘭子やかあさんを守るんだ」
僕は自分自身に言い聞かせるように蘭子に言った。蘭子は目元に涙の痕を付けたまま、僕の方へ寄ってきた。そして笑顔で言う。
「おめでとう、お兄様!私もお兄様やお母様の為に、お勉強頑張るよ!」
「ありがとう、蘭子。学校にも普段通り通えるように、僕も頑張るよ。だから蘭子は何も心配しなくていい」
蘭子を抱き寄せて、僕は蘭子に誓うように言った。これが僕の、精一杯の言葉だった。
蘭子が僕の胸の中で眠ってしまっているのを見て、僕も眠気が差してきた。でもまずは、父の遺言書通りに墓へ行かなければ……。
「蘭子、行ってくるな」
布団に蘭子を寝かせると、僕は雛陽院家の裏手にある墓に向かった。父が自ら建てた墓に『ある物』を埋める為だ。
「父さん、志氣です。お約束の通り、持って参りました」
僕の右手にあるのは、小刀だ。代々雛陽院家が家宝として大事にしてきた物のひとつだ。父の遺言書には、この小刀を自分の墓に、誰にも見られることなくひっそりと埋めてほしいという内容が書かれていた。
遺言書は封筒に入っていた。中には紙が二枚入っていて、一枚は家族に、もう一枚は僕宛になっていた。
「なんで、こんな小刀を埋める必要があるんだ?」
遺言書には書かれていなかった。ただ『危険な物だから埋めてほしい』としか書かれていなかった。
葬式はせず、そのまま火葬して骨だけが墓に埋められた。僕は父の墓の手前を深く掘って、骨が埋められたであろう場所よりも上の方までで小刀を入れた。土を戻して、僕は立ち上がった。
「これでいいですか?父さん」
勿論返事が返ってくるはずもなく、僕は墓に背を向けて家に戻ろうとした。その時……
「……ありがとう」
「っ!?」
父の声が聞こえた気がして、僕は後ろを振り返った。そこに父の姿はなかった。
「……」
僕は疲れているのかと思ったが、あの低くて太い声は間違いなく父だと思い、僕は泣きそうなのを堪えながら墓に向かってお辞儀をした。
「こちらこそ、ありがとうございました!長きに亘るお勤め、御疲れ様でした!どうか、安らかにお眠り下さい」
僕はそれだけ言うと、雛陽院家へ……自分の守るべき家へ帰った。
……僕を見つめる、ひとつの影にも気付かずに。