4.王都
「母さん」
フィオナを連れて部屋に戻った。母を呼びに。
母は只ならぬ雰囲気でも感じ取ったのか、ミリアに優しく部屋で待っているようにと言いつけて、神妙な面持ちで出てきた。
母の後ろではどこか納得していないようなミリアが私の顔を見ていた。私はミリアにまた慣れない、おそらくミリアから見ればわざとらしい笑顔を返して、部屋を後にした。
一階の食堂にはちらほらと客がいる。ここは酒場ではなく、宿屋であるから夕食時を過ぎてしまっては、あまり客は来ないのだろう。
私たちは食堂の隅のテーブルに腰を下ろした。私の対面に母が座り、隣にはフィオナが座っている。
「母さん、私は神子なのか?」
単刀直入に。私は尋ねた。無駄な遠回りをする必要はないと思ったからだ。焦りが心の中に少なからずあったというのも理由かもしれない。
私の疑問に母は目を見開いて驚きを露わにした。あの日から母は感情が表に出やすくなった。それがよいことなのか、悪いことなのか。私にはわからない。
母はちらりと私の隣に座るフィオナに目を向けた。フィオナは少し頭を下げたが、何も言わない。
神子のことを私が知っているはずはない。漏れた情報はフィオナからということ。ただ何故私イコール神子だとわかったのかを理解できてはいないようだ。
今にも何故知っているのかと聞いてきそうな様子ではあるが、母がそれを言うことはなかった。
「……そうよ。貴方は人神の神子よ」
私の方に向き直った母は重々しく口を開いた。
「……何故黙ってたの?」
そう聞いてしまった。聞かなくてもわかっていたのに。
母と、そして父は――
「娘を危険な目に遭わせたくない。それだけよ」
母は力強く、断言した。
「……貴方を王都で生んだとき、私たち夫婦に神からお告げがあったわ。私には女神様から、夫には男神様から。この子は……神子だと」
母は訥々と話を続けた。
「本来は人族の神子は男女二人で一人。だけど、何があったのか、レイア一人だけが神子だった……私たち夫婦はすぐに街を飛び出たわ。神子というだけで災難が降りかかるとわかっているのに、レイアはもっと辛い運命を背負わされているんだろう。そう思ったから」
「……神子は災厄を打ち滅ぼすためにあります。レイアさんが表舞台に出てこなければ、この世界がどうなるかわからないのに、ですか?」
母の言葉にフィオナはどこか責めるような口調で言った。だが、母の気持ちもわかるのだろう、強くは言わない。しっかりと母を見据えて、返答を要求した。
おそらく。話の流れから判断すると、神子というものは生まれたら国か何かに知らせなければいけないのだろう。本来ならば、両親は王都に残ってそうするべきだったのだろう。
「……そうね。医者なんてやっていながら、結局大事なのは自分たちの子供だったの」
母は自嘲するようにそう呟いて、視線を下げた。
母のその言葉を後に、私たち三人は誰も何も言わなくなってしまった。気まずい空気だけが辺りに流れる。
私としては、母を非難するつもりも糾弾するつもりもなかった。私の身の安全、ひいては幸せを願ってくれての行動に感謝の言葉こそあれ、不満も不平も文句もない。
なんというか。意外、だったのだ。母がここまで弱い人間だったことが。
「フィオナ」
「は、はい」
流れる沈黙を斬り裂くように私は唐突にフィオナに話しかけた。フィオナは少し驚いた風に返答を返し、私の方に顔を向ける。
「……災厄というのが本格的に動き出すのはいつごろだ?」
「そうですね……災厄は神子たちが戦える年齢くらいまで成長した頃に現れ始めるそうです。私の知る限りでは、エルフ、つまり私とドワーフの神子はもうそれくらいの年齢ですが、レイラさんと獣人族、妖精族はまだ幼い……おそらくは早くて五年後、遅くても十年後くらいでしょう」
「そうか……では五年――五年私を鍛えてくれ」
「え?」
「レ、レイラ?」
二人が驚きと戸惑いを混ぜたような表情と声を作った。
「母さん、私が神子であるなら逃げられない運命というものがあるのでしょう」
黒い獣。沸き立つ炎。崩れる家々。
あんな光景が各地で起ころうとしている。それを知っていて、「何もしない」を決め込むことは、さすがの私にもできなかった。
柄ではない。私にとって世界とは所詮自身の身の周りだけだ。遠い遠い地で見知らぬ誰かが不幸な死を遂げても、私は悲しまない。近くの人間でさえすぐに失った悲しみを忘れてしまうような薄情な人間だ。勇者失格。
ただ、ミリアのような子をまた見たくはなかった。あれはまだ気丈に振る舞っているほうだ。他の子ならふさぎ込んでしまってもおかしくはない。親を亡くし、故郷を失くした子供たちはたくさんいる。このご時世だ。災厄とは関係ないところでも、きっと。
それを助けたいなどというのは、ただの偽善だ。いや、単なる気まぐれかもしれない。私は自分に出来そうなこと、出来ることしかしない。ミリアや母の方が、世界より大切だ。いざとなったら、二人を連れて逃げるかもしれない。
どこまでいっても私には限界がある。今だってどこかの村や町が襲われているかもしれない。私は一人。不可能も多い。そして。今の私には力が、ない。
もし私が本当に神子で、災厄を打ち滅ぼす運命を背負っているとするなら、こんな悠長に構えているのはおかしいのだろう。
だが、私は出来ることなら戦いたくなどない。どう言葉を見繕っても、私は見知らぬ人間のために命を捨てる覚悟を口に出来ない。力があるならともかくとしても、力がない今なら尚更だ。
とは言っても。災厄が起これば、私はきっと逃げられないであろうことも予測できる。それが私の生まれた意味、運命とやらであろうから。
「災厄が本当に起こるかわかりません。五年鍛えて、もし災厄が起こったら私は神子として役目を果たす。起こらなければそれでよし」
まぁ、村を襲った魔獣を見て、災厄が起こらないと言い切ることは出来ないのだろうな。きっと起こる。それでも自身の望む未来を視界にいれておくのは、私がまだ覚悟できていないからか。
……どちらにしても。自身の力不足は痛感したのだ。これからどうなるとしても、自身を鍛えておくべきだろう。こんな、何が起こるかわからない世界なのだから。
「……レイラ」
母は悲しげな眼で私を見た。父と村を失った母からすれば、娘を亡くすかもしれない未来に賛同など出来ないのだろう。だが、自身が信託を受けたからか、世界に根付く信仰ゆえか、神子とやらの意味を重く受け止めているようだ。
「……王都に着いたら魔法学校に通いなさい。貴方なら今から勉強しても、中等部の入学には十分間に合うわ」
そう言うと、母は立ち上がった。すい、と視線を私たちから外し、何事もなかったかのように歩き始めた。しっかりとした足取りで階段を上がっていく。私とフィオナは黙ってその姿を見送った。
表情は見えなかったが、その背中は小さく見えた。私は心の中で母に謝罪をして、フィオナに向き直る。
「フィオナ。お前は迎えに来た、と言ったが、どこかに行くつもりだったのか?」
「はい。災厄が始まる前に神子を全員集めていた方がいいかと思いまして、レイラさんを連れて他の国に行こうとしていたのですが……」
「……すまないな」
母との約束の手前、それは出来ない。せめてあと五年は王都にいるだろう。
「いえ、いいのです。レイラさんたちを王都にお送りした後で、私は他の方を探しに行ってきますので」
「王都には残らないのか?」
「あぁ、いえ。王都に着いて、レイラさんに私の持ちうる知識をご教授した後、ですね」
フィオナは優雅に微笑んで、自身のこれからの行動を教えてくれた。私がフィオナの自由を縛っているようで心苦しいのだが、それをフィオナに言ってもまた優しい笑顔で「いえ、私が好きでやっていることですので」とか言われるのだろう。
「ありがとう、フィオナ。お前には感謝している」
心から漏れたその言葉に、フィオナは一瞬キョトンとした顔をしたかと思えば、いつもとは違う、可愛らしい少女のような笑顔を見せてきた。
明くる日。私たち四人は王都へと向かう馬車の中にいた。昨日は部屋に戻ると母とミリアはすでに眠っていて、私とフィオナも今日への英気を養うために早めに就寝した。
馬車にはあらかじめ旅の荷物が積んであり、御者は壮年の気のいい夫婦だ。二人は国境近くのこの町で行商を一旦やめ、一度王都に戻ろうとしていたところらしい。二人を見つけた母が事情を説明すると、格安で王都まで乗せていってくれるということだった。ちなみに二人はお金はいらないと言ってくれているが、母が譲らなかったのだ。
ミリアと共に夫婦に挨拶をすると、二人は「しっかりした娘さんたちだね」と母に言っていた。ミリアはまだまだ元気がないが、初めての馬車の旅で少しそわそわしていた。長い道中で疲れてしまうのがわかっているので、元気がないことはこの点だけに関してはいいことなのかもしれないが。
「では出発しますよ」
夫婦の夫のほう――ロンダーンブさんがそう言って、手綱を振った。すると二頭の大きな馬の嘶きと共に、馬車は王都に向かって出発したのだった。
王都まで道は真っ直ぐに伸びている。カラカラと、車輪が舗装されていない土の道の上を回る。
馬車は揺れる。上へリズムよく身体が跳ね上がるので、慣れていなければ車酔いをしてしまうのかもしれない。懸念した私は馬車の荷台から自分たちが走ってきた道のりを眺めていた。どれほど進んでも見える景色は同じ。土の道とその両脇にある森。青い空と白い雲。
ぼうっと眺めているとどれくらい時間が経ったかわからない。日の傾き具合から大体の時間の経過を予測しながら、私は馬車の揺れに身を預けていた。
「少し休憩をしましょう」
前方からロンダーンブさんの声が聞こえると、馬車がゆっくりと停車した。私たちは馬車を降りる。馬車が停止した辺りは道の脇、森に少し入り込んだ広場のような場所だった。朝に出発して、腹のすき具合と日の場所からすれば今は昼頃だろう。
そういえば異世界にも太陽があるのか、と今更な感想を持った私をフィオナが呼んだ。私以外の全員が馬車の近くに腰かけている。どうやら昼食を食べるようだ。
昼食は弁当として持ってきたサンドイッチのような食べ物。わざわざ「ような」と言ったのは、前世のサンドイッチを知っているから、真っ白なパンで挟まれていないサンドイッチをそれと認めたくなかったのだ。昔から。
昼食の最中はロンダーンブさんらがいろいろな話をしてくれた。今までの行商での経験談を語る姿は楽しげで、この人たちは旅をするのが好きなのだろうと思わせた。話を聞くに、二人はリーリムを巡っているらしいが、今回の緊張状態であまりこちらには近づかないようにしているそうだ。そんな彼らが何故テラサの町にいたかと言えば、単に彼らの故郷だったかららしい。
「早いうちに故郷の姿を目に焼き付けておきたくてね」
ロンダーンブさんは笑ってそう言ったが、内心は穏やかなものではないのだろう。行商人という職業柄、世界情勢についていろいろな情報が入ってくるのだろう。ロンダーンブさんらはこれから本格的な戦争が起こることを予期しているような口ぶりだった。
「何故カルールは攻めてきているのですか?」
「うーん……難しい質問だね」
ロンダーンブさんは曖昧に笑った。きちんとした答えを知らないらしい。
「数年前にロゼ第一王女が戴冠して女王になったんだ。リーリム進軍は彼女の指示らしくてね。前国王の時代から緊張状態は続いていたけど、何故ロゼ女王が急に進軍を謳いだしたのかはわからないな」
「貴方、レイラちゃんはまだ小さいんですから……」
「あ、ああ! そうだね。レイラちゃんは何だか大人びているから……難しい話をしてしまったね」
奥さんのククルさんに諌められ、ロンダーンブさんは話を止めた。幼い子供に戦争の話などするのは良くないという判断だろう。私としては他にも聞きたいことがたくさんあったので残念としか言いようのないが。ここで駄々をこねるのもまさに子供らしい、というか子供じみていて精神的に辛い。
今度またフィオナに聞いてみるか。
エルフであるフィオナが人族の戦争について詳しいとは思えないが。博識のようではあるし、何か知っているかもしれない。
カルール王国のあの若い騎士の姿を思い出す。軽薄な雰囲気ながら剣の腕は確かなあの男。あいつとはきっとどこかでまた会うことになるような気が漠然としていた。
「ごちそう様でした」
馬車は再び王都に向けて出発した。
リーリム王国王都メルキスは王城を中心として放射線状に広がる、世界屈指の大都市。王城に近ければ近いほど身分の高い貴族や大商人が居を構えていて、王都を取り囲む塀に近い場所には平民が住んでいる。王都まで送ってくれたロンダーンブさん夫妻とは王都に入ってすぐに別れた。彼らは平民街――いわゆる下層に住んでいるそうだ。
対して。母の実家の診療所は貴族街――上層にある。上層と下層は自由に行き来できず、東西南北それぞれに存在する「門」のうちのどれかを通らないと入れない。もちろんその門には衛兵がいて、身分を証明しないと入ることはできないのだ。
下層を歩く。道は綺麗に石で舗装され、道幅も広い。村とは大違いの光景だ。
呼子の活気溢れる声が何度も聞こえ、すれ違う人の中には屈強な男や美しい女騎士の姿もあった。おそらくは冒険者や魔法騎士といった村では見かけないような職業の人たちだろう。他にも武器屋や宝石店など、見たことのない店がたくさんある。
私たちは上層に向かう。上層へ続く東門へ。はぐれないように母がミリアと手を繋ぎ、私はフィオナと手を繋いだ。恥ずかしいことこの上ないが、フィオナは何故か誇らし気で満足気だ。
そんなフィオナを周りの人々はちらちらと見ている。彼女がエルフであることは姿を見ればわかるし、その美貌も目を惹く要因であることは疑いようもない。王都では他種族とはそこまで友好的ではないというのは本当のようだ。
母が言うに、下層はまだましらしい。上層の方がその傾向が強いので、もしかしたら衛兵に止められ、上層に上がれないかもしれない。フィオナは下層で待っていた方がいいのではないかという案も出たのだが、フィオナが頑として譲らなかった。「レイラさんの奴隷ということにしておいてください」と同族が聞いたら卒倒しかねない言葉まで吐いた。
奴隷制度というのがあるらしいが、普通の平民は奴隷を持つことはまずないそうだ。理由は単に高いから。一般的な人族の奴隷を買うのにも相当な金がいるし、見目麗しい愛玩奴隷や強い戦闘奴隷ともなればさらに金がかかる。おそらくだが、ボロボロになってしまった安い奴隷というのもいるだろう。だが、普通の人間は気おくれしてそんなものを買おうとは思わない。
奴隷はほぼ金持ちたちの持ち物として認識されている。もしフィオナを本当に奴隷にしようと思ったら、私が一生働いても稼げないほどの大金を払わねばいけないだろう。異種族は供給量が少ないために人族より高価で、その中でもエルフは最も高い。加えて戦闘も出来るし、どうやら教養もあるらしいフィオナは奴隷だとすればまさに最高級品というやつだろう。確かに上層の住民の奴隷であっても、おかしくはない……のか?
――本当に連れて行って大丈夫か?
ここまで来ておいて、今更ながら不安になってきた。母を見れば、口を一文字に結んで何やら悩んでいる様子だ。私は王都に来たのも上層に行くのも初めてなので、フィオナを連れて行っていいものか判断に困る。母の指示を仰ぐことになるが、母はフィオナを恩人だと思っているため強くは出れないのだろう。
ここでフィオナとサヨナラするのは非常に困るし、人としてどうかとも思う。何かいい案はないだろうか、と悩んでいるとある建物が目に入った。
冒険者ギルドだ。赤いレンガで造られたその建物は剣と陣の絵が描かれた看板を掲げていた。
「母さん、フィオナが冒険者として登録することは出来る?」
母にそう尋ねてみると、可能だということだった。ならば私の案でいけそうだ。
「フィオナ、冒険者登録をしてきてくれ、そのあと母さんが護衛依頼を出して、フィオナはそれを受けてこい」
私がそう言うと、二人は得心がいったという風な様子で頷いた。
フィオナが一人で冒険者ギルドに行ったのを見送って、私たちは近くの食堂に入った。母が前払いで金を払い、適当な飲み物と食べ物を頼む。フィオナがギルドに入ってしばらくすると、母もギルドへ向かった。私とミリアは食堂で二人の帰りを待つというわけだ。
「姉さま」
隣に座っていたミリアがクイクイと服を引っ張る。顔を向けて見れば、こちらをじっと見つめる青い瞳と目が合った。
「どうした?」
「おじいちゃんとおばあちゃんってどんな人?」
「さぁな。私も会ったことはない」
馬車の中で母から祖父母のところに行くと聞かされていたミリアは二人の人となりが気になっているようだ。少し人見知りな部分もあるから仕方のないことだと言える。それに母は二人について特に何も言わなかったので、私たちは全く祖父母の姿を想像できない。
「……優しい人かな?」
不安げな様子のミリアの頭に手を置いた。
「ああ、きっとな」
そのままミリアの頭を撫でながら、二人の帰りを待った。
少しすると二人は帰ってきた。無事に依頼として登録出来たようだ。上層民の護衛を新人に任せるのかという不安はあったが、母が指名してゴリ押ししたらしい。
護衛依頼を受けてきた冒険者であるフィオナをそう無碍にすることは出来ないだろう。依頼内容はしっかりと「三人を上層の自宅まで送り届けること」になっている。依頼内容を決めたのは上層民である母なのだから、門まで送って終了というわけにもいくまい。
異種族を上層に入れてはいけないという法があるわけでもないので、おそらくは大丈夫だろう。
「じゃあ行きましょう」
母の先導で東門へ向かった。
上層へ近づくにつれて、緑が増え、人が減った。蛇のように蛇行した緩やかな坂を上りきると、大きな門が見え、詰所のような小さな建物と門の前に立ち塞がる二人の男女がいる。少し赤味の入った銀色の鎧を身に纏った男性騎士と臙脂色が特徴的なロングコートの女性騎士。二人は私たちの姿が目に入ると、丁寧にお辞儀をした。
「上層へ入りたいのだけれど」
「身分証の提示をお願いいたします」
女性騎士が一歩前に踏み出る。
母は懐から一枚の黒いカードを取り出した。あれが身分証らしい。それを女性騎士に渡すと女性騎士はカードに一度目を落として、驚きを露わにした。
「マ、マクリーン家の方……ウィシェル様とヴィアン様のご息女」
マクリーン家というのは母の実家に間違いない。あのカードには何が書いてあるのかは知らないが、大方名前と血筋といったところだろう。
「で、では呪をお願いいたします」
緊張した面持ちでカードを母に返却する女性騎士。背後に立つ男性騎士も固まっているように見えなくもない。
彼らにとっては慣れた仕事であるだろうに、あの様子。もしかすると母の実家は相当な権力者か?
だが、貴族ではないらしい。あくまで医者だと言っていた。一体マクリーン家とはどんな家なのか。不安が頭を過る。
「≪我らが血は医の血≫」
母が呪を唱えると、身分証が薄く光を発した。騎士たちはそれを見ると仰々しく「確かに」と頷いた。
「レイラ、ミリア」
母は発光を止めたカードを私たちに渡す。それを受け取って、母の意図を組めば、同じように呪を唱えろということだろう。一言一句違わず呪を唱えてみると、カードが発光した。ミリアがやっても結果は同じ。身分証というのだから本人しか使えないものだと思っていたのだが、どうも違うらしい。それか私たちがまだ子供だからということだろうか。
「確かに」
騎士たちはまた頷いて、今度はフィオナに目を向けた。その眼は私たちに向けられたものとは違ったように見える。敵意などというものはないが、警戒心や不安が見て取れた。
「エルフのようですが、こちらの方はどなたでしょうか?」
異種族であっても、上層民が懇意にしている者である可能性もある。あくまで目上の人間として扱うようだ。
「私は冒険者のフィオナと申します。現在は護衛依頼を請け負っております」
目線を受けたフィオナは一歩前に進み、綺麗に頭を下げ、自身のギルドカードと依頼の書かれた紙を騎士に渡した。受け取った女性騎士はカードと依頼書に目を通して、母に「間違いありませんか?」と尋ねる。もちろん間違いなどあるはずもなく、母は肯定の意を返した。
「わかりました。では――」
女性騎士は言葉を区切り、背後に立つ男性騎士に目をやる。男性騎士は頷いて、私たちに背中を向け、門に向き直った。手が動いているのと赤い魔力が少し漏れていることから、門に陣を書いているのだろうと予測できる。陣を書き終えた男性騎士は門から一歩距離を取り、次は女性騎士が門に近づいた。私たちに聞こえないような小さな声で唱えられた呪が開錠の呪なのだろう、門の鍵が開く音がした。そして身体強化の呪を女性騎士が唱え、二人は自身の二倍ほどの大きさの門を素手で押し開けた。
「どうぞ」
二人の騎士は門を抑えながら目線を下げる。
私たちは上層へと足を踏み入れた。
いつも前書きとか後書きとか何を書いたらいいのかわからない