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1.魔法使いは二人

TSです

苦手な方はお気をつけて



 人神≪リティスとレイン≫、森神≪アキロス≫、獣神≪スローグ≫、空神≪フリーラ≫、地神≪ハングレッド≫。六柱の神とその加護がこの世界――リムティアを動かしている。

 人は魔法を使い、エルフは森を統べ、獣人は力を得、妖精は空を飛び、ドワーフは大地に生きる。神々の加護がそれを可能なものにしてくれる、と世界に生きる皆は言う。

 

 そうなのかもしれない、と私は言う。よくわからない、という答え。それが正直なもの。神を見た奴がいるわけでもない。昔からそう、という単純な理由で皆は神とその加護を信じている。私としてはどちらでもいい。神なんていてもいなくても、どちらでも。

 

 あぁ、いや。やっぱり神はいて欲しいか。何故かと聞かれれば、神がいるならこの状況を作ったのはおそらく神だろうから。文句の一つでも言ってやらなければ。

「死ね、神ども」

 満天の星空の下、小さく呟いた。その可愛らしい、清らかな声は大きな空に溶けていった。






 目が覚めたのはいつだったか。赤ん坊であった時の意識なんて普通はないだろう。俺も例に漏れず。そんな記憶などない。気が付けば見慣れない部屋。ベッドに寝転がり、傍には質素な服を着た女性。女性は目を開けた俺を見て「起きたのね」と小さく言うと、去って行った。

 呆然。何が何だか。顔を動かし、キョロキョロと辺りを見回してみる。レトロな木製の家具が並び、部屋に温かみを感じさせる。レンガで出来た暖炉の中の燃える火が目に映った。

 なるほど。少なくとも俺の家ではない。そもそもこれほど整ったアンティーク調のインテリアを日本で見ることなどまずないだろう。

 じゃあここは――?

 

「レイラ、ご飯よ」

 思考の海に沈もうとしていた俺。声に反応して、視線を移動。目線の先。先ほどの女性。金髪で何と言うか女性らしい身体をしている。手にはお盆。その上ではスープが湯気を立たせ、いくつか茶色いパンも見える。「あぁ、あれがご飯か」と心の中で納得した俺をキリッとした鋭い目が射抜いた。

「何を見ていたの?」

 冷たさの中にある暖かさ。感じて、正直に答えた。

「暖炉の火を」

 口を開いて。そう答えた俺だった。だが、奇妙なことに気が付いた。

 声がか細い、高い、幼い。まるで幼い少女のよう。


「そう」

 別段。女性は気にした様子もない。どうにもあまり話し上手な人ではないようだ。部屋の真ん中を陣取っているテーブル。女性は黙って、その上に慣れた様子でスープとパンを並べた。

「具合はもういいの?」

 ポツリと呟くように。女性は俺に尋ねた。

 具合。ベッドで眠っていた俺は病気だったのだろうか。特別、不調ではないように感じる。

 ふと。手を動かしてみる。手のひらを広げて上に。小さな、丸っこい手が天井の木目を隠した。


 ――俺、いや、私は転生者だ。






「レイラ、鍋が噴かないか見ていてちょうだい。噴いたら火を止めて」

「うん」

 母が慌ただしくキッチンを出てゆく。母が向かった方向からは声。大方また幼い妹がやんちゃをして傷でも作って泣いているのだろう。子供らしい泣き声がこちらまで響いてくる。薄情にも、姉である私は目の前で炎を発し、鍋を温めている幾何学模様にただただ心を奪われていた。


 陣と呪。人間に与えられた加護。太古、人神≪リティスとレイン≫によって人に与えられたとされる二つの力。今では人間の生活になくてはならないものらしい。

 

 鍋の下に描かれている幾何学模様――陣は薄く赤く光り、今も炎を生み出している。キリル文字のような、アルファベットのような不思議な模様を観察していると、目線の上からカタカタという音が聞こえた。

「≪消えろ≫」

 私がそう口にすると、陣は一瞬青く輝き、炎は消えた。






「レイラ、ミリア、留守番よろしくね。レイラはちゃんとミリアの面倒を見てあげて」

 母はそう言い残し、家を出た。

「うん。いってらっしゃい」

「いってらっしゃーい」

 玄関で妹と共に仕事に向かう母を見送る。


 私たち家族の住むアイーネ村は人口が多く、広い。基本的には村人は農民。みな質素な暮らしをしているが、それでも幸せだという雰囲気が漂う長閑な村――アイーネ村。そこで医者として働く両親のもとに新たな生を受けた私レイラと妹のミリア。

 

 現代日本の一サラリーマンとして生きていたはずの「俺」は気づけば「レイラ」だった。それを認識したのは五才の冬。それまで「レイラ」がどんな子だったのかはよくわからない。自分がどんな子だったかなどと聞く子供は明らかにおかしい。だから両親に聞くこともできず、適当に暮らしてきたこの四年。日本との差異に困りながらもなんとか生きている。


 二つ下の妹であるミリアの手を引いてリビングに戻った。途端に「姉さま、遊んで!」と可愛らしくおねだりをしてくる妹。

 うちは医者の家なので普通の家よりは裕福だ。大き目の家に住んではいるけれど、慈善事業のような仕事をする両親であるからか、家の中は子供二人が遊ぶには少し危険な広さ。おもちゃでもあればいいのだろうが、そんなものはない。両親が買い与えてくれないというわけではなく、村にはおもちゃそのものがない。


「姉さま、鬼ごっこしよう!」

 この間、村の同年代の子供たちと一緒にした鬼ごっこ。妹はいたく気に入った様子。だが、鬼ごっこは二人でするものではないし、

「ミリア、母さんは留守番をしていなさいと言った。鬼ごっこは外でする遊びだ」

 少し迂遠な言い方。どうにも昔の話し方に似た風になってしまう。明らかに幼い女の子の容姿とミスマッチだが、家族や村の人々は慣れたのか、変な顔をされることはない。

 一人称を「俺」と言ったときは母に怒られたため、「私」に変えたが。まぁ、仕事では「私」だったのでそこまで気にはならない。


「えー」

 遠回しな言葉でも賢しい妹は理解してくれたようだ。ピンク色の頬をリスのように膨らませて、不機嫌をアピール。子供らしい仕草。可愛いらしいが、我がままを許すわけにはいかない。

「ミリア、姉と魔法の勉強でもしよう」

 代替案を提示。七才のミリアは去年から魔法と文字を勉強しだした。この世界では六才になると魔法を勉強し始めるというのが通例だ。

 また、貴族や学のある人間は読み書きが出来る。両親は医者というインテリといっていい職業なので、私は両親から文字を教わった。小学校のようなものはない。だが、大きな街には高校や大学に相当する学舎があるらしい。少し興味があるが、村で暮らす私には関係のないものだろう。

「うーん」

 私の提案を聞いて、左手を顎に当て考え込む素振りを見せるミリア。父が言うに、ミリアのこういう子供らしくない仕草は私の真似らしい。

 可愛いが、気を付けたほうがいいのかもしれない。

「それとも母さんとするか?」

「ヤダ!!」

 心の中で苦笑い。私たちの母は無表情というわけではないけれども、ポーカーフェイスだ。物静かな人だし、厳しい。美人だからか、起こると迫力もあって、どうにも子供が勉強を教わりたいと思うような人ではない。

「なら姉としよう」

「……はーい」

 渋々といった顔で返事を返すミリア。きっとその頭のなかには父に教わるという選択肢はなかったのだろう。

 父はいつも笑顔を絶やさない線の細い男性。一家の大黒柱としての威厳は全くない。これは共働きであってもなくても変わらないと思う。父は娘が可愛くて仕様がない様子で、こちらも先生としてはダメだ。甘すぎる。母にも甘いから元からそういう人なのだろう。どうしようもなく「緩い」人だ。

 単純に父はミリアに期待されていないということ。多分、父にものを教わるというイメージがつかなかったのだと予想できる。頑張れよ、父。


「では、前に教えた呪を確認しよう」

 木製のテーブルに並べた羊皮紙。十枚と少し。そこには黒いインクで陣が書かれている。

「これは?」

「火起こしの陣、呪は≪火よ、燃えろ≫」

 羊皮紙の一枚を選び、ミリアの前に置く。すると打てば響くように返答を返してきたミリア。「正解だ」と言うとミリアは嬉しそうに笑い、「次は!?」と身を乗り出して聞いてくる。

 同じように色んな紙をミリアの前に持っていくと、ミリアはそこに書かれた陣の名と対応する呪をきっちりと答えた。


「これは?」

 紙も残り三枚。目についたそのうちの一枚をミリアに見せると、ミリアは眉間にしわを寄せた。

「……陣は風起こしの陣。えっと、呪は≪風よ、出ろ≫?」

「≪風よ、吹け≫だ」

「あ! そうそう! ≪風よ、吹け≫!!」

 陣は正解だが、呪が間違っている。それでは魔法は発動しない。陣と呪がしっかりと合わさって発動するのが魔法。人族に与えられた加護。

 陣書術と呪唱術と呼ばれる二つの術、合わせて一つの加護――魔法は他の種族の加護に比べて随分と変わった加護だ。

 

 陣と呼ばれる魔法陣を書き、呪と呼ばれる呪文を唱えると共に魔力を流すと魔法が発動する。陣と呪はそれぞれ対応しており、ある陣に対して違う呪を唱えても何も起こらない。陣と呪。二つで一つ。それが魔法。

 

 だが、ここまでならそれほど変わったものだとは思わないだろう。何故に魔法が変わった加護と言われるのか。それは陣は男性にしか書けず、呪は女性にしか唱えられないという制限のためだ。二つで一つの魔法。人は二人で一人の魔法使いとなる。


「姉さま! 次は?」

 最初の渋顔はどこへやら。ミリアは実に楽しげだ。

 残り二枚になった羊皮紙。同じようにミリアに見せて、陣の名前と対応する呪を聞く。「わかった!」と言って正答をしっかりと答えた妹の頭を撫でると、嬉しそうに身を捩る小さな身体。

「じゃあ、今日からはまた新しいことを覚えようか」

「うん!!」

 元気よく返事をした妹。

 私はそれを見て、机の上にまた新しく羊皮紙を置いた。






 もし生まれ変わったら男がいいですか? 女がいいですか? と前世で聞かれれば、俺は女がいいと答えていた。理由は「今が男だから、生まれ変わるなら女になってみたい」というなんとも面白くないものだ。

 そして、本当に女となった身で思うことは特にない。所詮どちらも同じ人間。男と比べても「あんまり変わらないな」と思うだけだ。それがまだ子供の身体だからなのか、それとも私がそういう人間だからなのかはわからない。

 女の身体に男の精神。普通は困惑する。私も少なからず困ったことはあったが、四年もこの身体と付き合っていると慣れる。性に目覚め始める年頃になればさらに困るのかもしれないが、それよりそれ以前にもうすでに重大な問題が起こっているのだ。




「ミリア、レイラ、勉強はどうだい? 楽しいかい?」

「うん! 楽しい!!」

「私も」

 夕食を家族と食べる。厳しくも優しい母、甘くても愛すべき父、快活で可愛い妹。自分を含めた四人で座るダイニングテーブル。

 暖かな家庭。この世界では、前世以上に手に入れがたいものかもしれない。獰猛な野獣が闊歩し、大国間の緊張状態が続くリムティアでは、家族を亡くした人というのは別段珍しくはない。それでもこの暖かみを感じられる今。きっとこれを幸せと言うのだろう。


「そうかそうか。ミリアはレイラの言うことしっかり聞いて勉強するんだぞ? きっと将来お前のお姉ちゃんはすごい呪唱師になるんだから」

「姉さま呪唱師になるの!? すごーい!!」

 二人して騒がしい。母の冷たい目線に気付いていない見た目子供と中身子供。

 それに。いつの間に私が呪唱師になることが決定したのか不明。


 呪唱師。魔法使いの片割れを指す職業だ。男の陣書師、女の呪唱師。単純に言ってしまえば、男が書いた陣に対応する呪を唱える職業だ。とは言っても、決まった仕事があるわけではなく、その内容は様々。母のような医者や戦場を飾る魔法騎士など、仕事は選り取り見取り。選び放題。


 この世界の人間は多かれ少なかれ魔法を使う才能がある。その中で陣書師も呪唱師も魔法に秀でた者だけがなることが出来る。一般人が使えるような魔法だけではなく、特殊なものや多大な魔力が要るもの。そういった魔法を使うことの出来る者。それが陣書師、呪唱師――合わせて魔法使い。

 

 需要が多いのは、数が少ないから。魔法使いとして認められるほどの力を持った人間はそうそういない。それに女――呪唱師は売り手にも買い手にもとても人気のある職業だ。

 なぜなら、男が書いた陣を発動できるのは女だけだから。治癒の陣を大量に書いたとしても女がいなければ患者は治らないし、肉体強化の陣を体に書いた男がいても彼は自分でそれを発動できない。言ってしまえば、魔法において男の価値と女の価値は違う。

 

 父は私に母と同じように呪唱師になって欲しいらしい。医者でなくてもいいとは思っているようだが、私としてはあまり将来のことを考えてはいない。

 自慢ではないが、私には才能がある、そうだ。村の物知りな老人たちに聞いたことなので確証があるわけではないが、私には魔法使いとしての才能がある。精神のおかげか、陣や呪を覚えることに苦労はしなかったし、村人たちが使えるような魔法は早々に全て使えるようになった。今は母に治癒魔法、つまりは医者を目指す魔法使いたちしか習えない魔法を習っている。

 神童――私はそう大人たちから呼ばれている。九才で治癒魔法を使える子供など王都でもありえないのだそうだ。


 五才の時点で「俺」が目覚めたからか、「ミリア」にはすでに言語の基礎は出来上がっていたので、言葉の習得には時間はかからなかった。父が陣書師、母が呪唱師ということで魔法の教師にも困らなかったというのも幸運だったと言える。気持ち悪がられると思い披露はしていないが、元日本人として四則演算くらい余裕だ。

 確かに神童と呼ばれてもおかしくはないのだろうが、私は「俺」が天才でないことを知っている。魔法はともかく、他の部分は今だけのものに違いない。



「私、男の子になりたい」

 突然。妹が父にそう言った。父は「どうしてだい?」と苦笑いをして尋ねた。

「だって、姉さまが呪唱師になるんだったら私は陣書師になりたいもの!!」

「ははは、そうかい。ミリアはレイラのことが大好きなんだね」

「うん!!」

 呪唱師と陣書師は二人で一つ。厳密には違うことが多々あるが、両親のような医者や騎士にはそういう風潮が強い。現場の臨機応変な対応が求められる職業では、男女のペアで行動するのが一般的。陣書師や呪唱師は片方だけでは十全な力を発揮できない。人神の二柱は何故こんな面倒な加護とらやを与えたのか。文句を言いたくなる。

 というのも私の問題というのはそれにかかわることだから。



「ごちそう様」

「お粗末様」

 楽しげに談笑する二人を放って、手早く食事を済ませた私はキッチンに自分の食器を運ぶ。カンカンと木製のスプーンと木のスープ皿のぶつかる軽い音が手元から聞こえる。

 流し台に食器を置いて、洗うために水を出す。蛇口はない。水道が整備されるほどの技術力そのものがこの村にはない。

 その代わり。流し台に立つ私の正面の壁から伸びている棒には父が書いた陣――放水の陣が書かれている。放水の陣といっても、魔力を調節すれば水の量や水圧は抑えられ、日本人がイメージするような「放水」にはならない。


「≪水よ、出ろ≫」


 呪を唱えると陣が光り、水が落ちてくる。生ぬるい水を左の手のひらで受け、右手で傍の棚にあった瓶を掴む。蓋を開けて中の粘性の液体を手に取り、日本でいう「たわし」のような道具である「リブ」と擦り合わせると泡が立った。動物の毛を纏った荒い表面でも、ゆるく擦れば木製の食器はほとんど傷つかない。

 自分の食器を洗い終えると、流し台の横の簡素な棚に並べる。棚は内部を囲むように陣が四つ書かれてある。これはいわゆる「乾燥機」にあたるものだ。


「≪熱風よ、吹け≫」


 火起こしの陣や風起こしの陣より一つ上のランクにある熱風の陣。魔力を調節すれば、生暖かい風からまるでサウナのような熱風までコントロールできる、火と風の二重属性の陣だ。これも父が自ら書いたもので、普通の家には備え付けられているようなものではない。

 乾燥させた食器は食器棚に並べ、私は一昨年もらった自分の部屋――離れに足を運んだ。



 玄関から出て、数歩歩くと木で作られた小さな小屋に着く。辺りでは動物や虫の鳴き声が聞こえ、それらは森の喧噪となって空へと上がっていく。

 ドアのカギを開け、中に。ギィ、と立てつけの悪い音が微かに聞こえたが、気にしない。ただ単に、父の陣――建築の陣の構成が甘かったのだろう。

 

 ドアを開けると簡素なテーブルとベッド、本棚。テーブルの上は少し散らかってはいるものの、割と片付いている部屋だと自画自賛。本棚には本は高価なためほとんど立ってはいないが、両親が行商人から買ってくれた本が数冊と妹がくれたお世辞にもうまいとはいえない、木の実を紐で繋げたネックレスがならんでいる。

 手のかからない子、精神年齢は大人だから手がかかっては恥ずかしいが、の私が今までに言った我が儘が「自分の部屋が欲しい」と「本が欲しい」だった。


 両親も妹もこの離れにはほとんど来ない。ここは私の城。正直、見られては困るものがいくつかある。

 ベッドの下に手を突っ込む。A4ほどのサイズの箱を捕まえて、引き出す。


「≪開け≫」


 呪を唱え、陣の鍵を開く。

 中には何枚もの羊皮紙。そこにはたくさんの陣。私が書いた陣。





 女の身体に男の精神。そのギャップ以外の問題。

 それは私が呪を唱えることが出来るのはもちろん、陣を書くことも出来るというものだ。

 あり得ない――魔法研究者は言うだろう。一般人もきっと同じ言葉を口にする。

 そう。これは、このリムティアの常識に照らし合わせれば、文字通り「あり得ない」ことなのだ。


 人神≪リティスとレイン≫はそれぞれ男神と女神。男神リティスが男に陣を与え、女神レインが女に呪を授けた。それがリムティアに伝わる神話。その神話の通り、男は陣が書けても呪を唱えられず、女は呪が唱えられても陣は書けない。

 これが身体か精神、どちらに依存しているのかは知らない。もしかしたら他の要素があるのかもしれない。

 どんな理由があるにせよ、男と女の魔法における役割は決定している。

 にもかかわらず、現実。私は陣も書けるし、呪も唱えられる。


 両親にも言っていないことだ。余計な心配はかけたくない。それに、伝えたとしても両親はきっと喜んではくれないだろう。こんな異常な力は良くない結果を生む。

 だが。隠れて魔法を研究する私。本来。陣についてはノータッチでいた方がいいのはわかっているが、興味と恐怖に負けてしまった。


 魔法というファンタジーなものに対する興味。そして、明日にでも隣国――カルール王国の侵攻を受けるかもしれないという恐怖。

 それが私を動かした。


 箱を持って椅子に座る。歩くと母譲りの長い金髪が視界で揺れる。

 箱の中にあった羊皮紙を机の上に並べ、さらに机を散らかす。

 今。私が研究しているのは攻撃魔法。いや、攻撃の役立つ魔法。幸いにも魔法について書かれた本を一冊買ってもらっていたので、そこに書かれていたものは全て身に着けることが出来ていた。だが、書いてあるもののほとんどが基本的な魔法ばかりで、こんなので戦闘が出来るのか? と疑問を覚えたのだ。

 故に。もっと強力なものを、と考えた私は自身で改良を重ねることにしたのだった。

 



 カルール王国とリーリム王国。かなりの領土を隣接する二国は、穏やかに言ってもあまり仲がよろしくない。子供が口を出す問題でもないし、本棚に並ぶのは子供向けに書かれた本ばかりなので、詳しい話はよく知らない。何でも少し前から戦争状態というか紛争状態というか、緊張状態なのだそうだ。


 アイーネ村はカルール王国との国境線に近く、侵攻の能動と受動を繰り返す両国の戦いにそろそろ巻き込まれるのではないか、というのが村で専らの噂。中にはすでに村を出た人もいるし、数年前から軍が小規模ながら駐留している。


 医者である両親はその責務を全うせんと戦いが起こっても村に残るらしいが、私と妹はもうすぐ村を去る。隣人のリーハ家が王都に向かうということなので、それに私たち姉妹も同行する手筈になっているのだ。

 安全。確かに大事だ。だが、両親を置いて村を去るというのは、どうしてもできない。そう思った私は何とか両親を説得し、村に残る算段でいる。

 ……どう説得するかは決めていない。






「≪氷成――銃に≫」

 

 手元の羊皮紙、その中央に書かれた陣に魔力を流すと陣から氷で創られた銃が生えてきた。私が作った氷成の陣。


 陣に書かれた魔字という言語は現在でもほとんど解読されていない。この世界の文字はアルファベットのような文字で、一応、魔字も前世の世界で使われていた文字に近いのはアルファベットになるだろう。


 家にある陣はほぼ全て父が書いたもの。王都出身の父は魔法学校に通っていた経験もあり、リーリムで普及している大抵の陣は書けるそうだ。だが、自分で陣を編み出し、書くことは出来ないらしい。

宗教的に神から与えられた陣を改造すること、新たに生み出すことはあまりよくない行いとされていることも今だ解読が出来ていない原因だろう。

 私は何故(・・)か魔字を読むことが出来た。それを解読し、今では書くことも出来る。


 陣に書くのは「魔法の威力」や「範囲」、「それらが供給される魔力量でどう変わるか」、「属性」、「対応する呪」など様々。大魔法と言われるものほど書くことが多くなるのは察しがつく。

 私の創った氷成の陣は銃以外にも剣や槍といった様々な武器を作れるという利点がある。だが、近接武器など素人が使っても本職の人間は倒せないのは明白。


 この世界に銃なんて代物はないらしいが、銃の強さはわかっている。遠距離攻撃として魔法がある世界でも銃の速射性、攻撃力はきっと通じるだろう。私は戦うための力として、魔法より銃を真っ先に考えた。科学の世界に生きてきた人間なのだから、それも仕方がないことだと思う。

 

 氷の銃を右手に持ち、半透明な中を観察する。銃などモデルガンしか見たことはなかったが、試行錯誤の末に魔法銃を作り上げることに成功。薬室には小さな陣が六つ書かれていて、本物ならマガジンがある場所には別の陣が書かれている。


「≪装填≫」


 魔力を込めてそう唱えると銃内部の六つの陣が小さく光り、氷の弾を六発装填した。内部には指向性を持たせた「風」が溜まっていて、トリガーを引くと風圧が魔弾を押し出すような仕組みだ。発射するたびに風圧が緩くなってしまうので、こまめにマガジン内に書かれた陣を発動させ「風」を充填する必要はあるが、弾の補充は魔力と口さえあれば可能だし、弾を生み出す陣に注ぐ魔力を調整すれば弾に少しくらいなら能力を付加させることも出来る。自信作。


 右手で銃を構え、窓の外に向ける。輝く大きな、大きな蒼い満月を見据えた。


「バーン」











「ミリアちゃーん!!」

「レイラお姉ちゃーん!!」

 翌日。朝早くから仕事に出かけた父と、朝食の支度を済ませてからその後を追った母を妹と共に見送り、テーブルに座って穏やかな朝を二人で過ごしていると、家の外から幼い少女と少年の声がした。

「姉さま!! キール君とドールちゃんが来たよ!!」

 声に反応して、嬉しそうにこちらを見るミリア。

「分かっている」

 私にももちろん聞こえているのだから。「行ってこい」という風に首を動かすと、ミリアは笑ってドタドタと玄関に駆けて行った。


 キール・リーハとドール・リーハという双子の兄妹。隣人のリーハ家の子供だ。ミリアの一つ上、私の一つ下の年齢の二人はミリアを可愛がり、私を慕ってくれている。

 ゆっくりと腰を上げる。ミリアの後を追って、玄関に。楽しげに話す幼い子供たちの声。私の姿を認めると、双子は歓迎するように笑って、私の名を呼んだ。





「今日はかくれんぼ!!」

 家を出て、村の広場。家々が私たちを丸く囲んでいる。

二人が来ることはわかっていたので、母には今日は外で遊ぶという旨は伝えてあった。少し過保護な気もする両親だが、今の村の現状を考えると仕方のないことなのかもしれない。


「誰が鬼?」

「僕はヤダ!! ドールがやりなよ」

「えー」


 二人。広場には村人以外にも村に駐屯している騎士の姿も見える。金属のプレートメイルに大柄な身体を覆い、鋭い槍を持っている騎士たち。共に男だ。


 騎士には男もいれば女もいる。どちらが強いか。もちろん、女。理由は語るまでもない。この村にいる騎士たちはほとんどが男。そこからこの村が国にとってあまり価値のないものであることは明白。だが、それも当然だろう。有力な貴族もいないし、有名な特産物もない。資源が取れるわけでもないし、文化的に価値があるわけでもない。戦略的にも大した意味はない。それでも進軍してくるカルール王国。国境を接する他の地域はあらかた戦場になったため、戦線を少しでも前に進めようという腹積もりなのかもしれない。

 民衆に形だけの防衛をアピールするためか、領主は騎士を派遣してきたが、本当に攻め込まれれば村は壊滅する。絶対に。


「お姉ちゃん、鬼やってー」

「やってー」


 栗色の長い髪と短い髪。左右に立つ双子。笑顔を携えてねだってくる二人。正面には私や母と同じく長い金髪を下に垂らした妹。こちらを見て微笑んでいる。


「あぁ、わかった。私が鬼だ」


 そう言うと、三人は笑って走り出した。「森には入るなよ」と後ろから声を掛けると、三人は走りながら振り返り、返事を返し、去って行った。




「さて」


 おそらく三人は村のどこかの家に潜伏しているだろう。

 広場の近くの一軒の家の裏に移動。誰もいないことを確認し、指先に魔力を纏う。半径五センチほどの小さな円を描くように、空に手を動かす。光る指の辿った軌跡の円。その内側、円周の内側をなぞり、魔字を書く。


「≪探査開始≫」


 空に浮かぶ陣が光り、弾けるように霧散する。霧となった陣は一瞬で透明な魔力の糸となり、私の右手の三本の指と遠く離れた三人を繋いだ。

 探査の陣の力で糸を辿ると三人の元へ行ける。それぞれの糸が誰に繋がっているかはわからない。改良の余地あり。頭の隅に置いて、歩き出した。




 魔力の糸。目では視認できない。いや、高位の魔法使いならぼんやりと視認できるが、一般人では無理だ。村人の中には高位の魔法使いなどいない。おそらく両親がこの村一番の魔法使いだが、二人にも見えるかどうか。騎士の中に一人くらいは……いないだろう。


「戦闘、か」


 今まで戦闘などしたことはない。前世然り。現世然り。村を囲む森には野獣がたくさん住みついているらしい。それで戦闘訓練をしたいが、見張りがいるため子供が一人で森に入るのは難しいし、両親を裏切っているようで気が引ける。


「転移が出来ればな」

 転移魔法が使えれば、危険になったとしてもすぐに脱出できる。戦闘をしなくてもいい。研究しているが、いまだに成功の例がない。一種のプログラミングのような陣は、決して万能ではないのだ。


「……ここか」


 一本の糸の示す場所で足を止めた。村で唯一の宿屋。赤い屋根と家のマークが書かれた木の看板が特徴的。

 最近は旅人など来ないために宿屋の仕事はしていないが、食堂として一面もある。夫婦二人で経営するこの宿屋は、帰りが遅い両親がよく私たち姉妹を連れて行ってくれる場所だ。


「ミリアか」

 当たりをつけて、扉を開く。カランカラン、と錆びた小さな鐘が頭上で鳴り、中から「いらっしゃい」と優しい声が聞こえた。


「あら? レイラちゃん。どうしたの?」


 ふわりとした笑み。パーマのかかったような長い茶髪。落ち着きのある物腰をした女性がそこにいた。フキンを片手に年季の入った木製のテーブルを拭いていた彼女はランチの準備をしていた様子。


「パーラさん、ミリア来てませんか?」

 パーラさんと旦那さんのダイムさん。二人で切り盛りする小さな宿屋兼食堂だが、村の人はもちろん、騎士たちにも人気。その人気の一部はパーラさんの美貌にあるというのは否定できない事実だが。


「ミリアちゃん? いいえ、来てないけど」

 もし糸がなかったら「そうですか」と言って引き下がってしまっていただろう。

 大女優。

「パーラさん、嘘はいいです」

 私がそう断言すると、パーラさんは悪戯が失敗した子供のような顔をした。

「もうばれちゃった。やっぱりレイラちゃんはすごいわね。もしかしてどこにいるかもお見通し?」

「二階ですね」

「おぉー」

 パチパチパチと小さく拍手。魔法というズルを使っているので、そう感心されても反応に困る。


「ちょっとパーラさん! ちゃんと隠してよ!!」


 ミリアは二階に続く階段から急いで降りてきた。きっと私が入ってきたときの鐘の音を聞いて、聞き耳を立てていたのだろう。怒っています、と言わんばかりに頬を膨らませてパーラさんに詰め寄るミリア。対するパーラさんは相変わらずの笑顔で「ごめんなさいね」と頭を下げている。


「ミリア、それくらいにしなさい」

「むぅ、何でいっつもすぐ見つかっちゃうのかなー?」

 ランチの準備があるのに子供の遊びに付き合わせるのは申し訳ない。まだ七才のミリアにそこまで気を遣えというのは無茶かもしれないが。


「すみません」

「ううん、いいのよ」

 私が頭を下げても、優しげにそう言ってくれる。いい人。きっとこの人をそう言うのだろう。

「ほら、ミリア、二人を探しに行こう」

「あーあ、私が一番かー」

 ミリアは不満そうに口を尖らせた。その頭を撫で、パーラさんに簡単に挨拶をした後、二人で宿屋を出た。



「二人はどっこかなー」

 ミリアは鬼ではないのに、何故か鬼の気分のようだ。双子を探す気満々といった様子。気持ちの切り替えが速いのは相変わらず。

「姉さま、二人が何処にいるかわかってるの?」

「あぁ……ん?」

 楽しげなミリアの疑問を肯定し、手元に視線を下ろす。すると、二本の糸が重なり合うように西の方角。その遠くを指していた。

 不味い、と頭が警鐘を鳴らした。糸の長さ――距離的に村の中ではない。森。しかも西はカルール王国との国境がある方角で、一番危険度が高い。


「ミリア、宿屋に戻って」

「え?」

「宿屋で昼食を食べよう。二人を捕まえて来るから、ミリアは宿屋で待ってるんだ」

「う、うん。姉さまがそう言うなら」

「よし、いい子だ」


 くしゃっと柔らかい金髪を一撫でして、ミリアと別れた。宿屋に入る妹の姿を見たあと、一目散に騎士の詰所に向かった。西の森に入るための道は幾つかあるが、そのうち双子が選んだであろう道。そこに一番近い詰所。だが、テントのような簡素な詰所の中には、誰もいないようだった。伽藍としたテントの中。

 何故。疑問が湧いて出たが、答えの予想は出来た。今は昼前。見張りの交代の時間だ。交代の人間が来ないとかで呼びに行ったのだろう。


「くそ」


 真面目に仕事しろ、と心の中で侮蔑。すぐに家に向かった。途中で肉体強化の魔法を使い、脚力を上げ、走る。途中、すれ違った村人たちが驚いたような目を向けてきたが気にしてられない。魔法の恩恵を得た私は九才児とは思えないスピードで家に到着し、その足ですぐに離れへ。

 ドアの金具が悲鳴のような音を鳴らすが、そんなものに構う時間も余裕もない。ベッドの下の箱を取り出し、開ける。中の羊皮紙をグシャッと掴んで、離れから飛び出した。




「おい! 待て!!」

 あの詰所に戻る時間がもったいない。家から一番近い道に入り、そのまま森に突っ込んだ。後ろから誰だかわからないが、男の焦った声が聞こえた。聴いている暇はない。

 陣はその場で書くことも出来るが、私はまだ咄嗟の出来事に対応するほど速く書くことが出来ない。もともと書いてあったものに魔力を流すだけで魔法は発動するので、羊皮紙が必要だった。

 糸を辿って、走る。一枚の羊皮紙に魔力を流す。


「≪氷成――銃に≫」


 一丁の氷でできた銃。右手に持ち、呟く。


「≪装填≫」






 森の草木を身体を進める勢いでかき分ける。肉体強化の魔法のおかげで肌に傷がつくことはないが、服はどうしようもない。鋭い傷がいくつも着ている服についている。

 野獣には遭遇していない。運がいい。だが、私はともかく、二人がどうなのかはわからない。最悪の場合は――


「ちっ」


 小さく舌打ち。

 視界の悪い森。魔法の恩恵を受け、入ってから五分もかからないうちに糸の先に到着することが出来た。まだ幼い身体は全速力で走ることに慣れていないのか、疲労感。肩で息をしながら、下から睨むように糸の先を見た。


「お、お姉ちゃん!」

「レイラお姉ちゃん!」

 急に私が現れたからか、驚いた様子でこちらを見る双子。あたりには人影も獣の鳴き声もない。どうやら間に合ったようだ。

 冷たそうな岩場。二人はそこに腰かけていた。見たところ、怪我もなく元気なよう。


「お前たち、私は森に入るなと言った。いや、それ以前に何度もそう聞かされていたはずだ」


 周りの人間にはいつも淡々としているだとか、口調が冷たいだとか言われているが、この時ばかりは少し熱くなってしまった。運動した結果として、身体が火照っているからではないのは間違いない。


「ご、ごめんなさい」

「ぼ、僕が森に逃げようって言ったんだ。だからキールを怒らないで」


 私の口調と様子に怯え、少し泣きそうになりながらも謝罪の言葉を口にするドール。妹を庇うキール。その姿は男として、兄として立派なのかもしれない。だが、それは言いつけを破ったことは関係がない。


「森には入るな。これは絶対だ。お前たちはこれを破った」

「……はい」

「……うん」


 いつもとは違う私の姿。二人の目には恐ろしく映っているのかもしれない。落ち込んだ様子で私の話に耳を傾ける二人。


「ともかく、早く村に帰ろう。説教はそれか――」


 言葉を続けようとした私の目に映ったのは、その可愛らしい顔と胴体が別れ、血を噴きだすドールの姿だった。





「え?」

 キールは呆然とした一音を口から漏らした。かくいう私も目の前で起こった光景を理解できないままでいた。ドールの頭が舞い、ガサっと音を立てて岩場近くの茂みに落ちる。


「ド、ドール? え? 何?」


 その音を聞いたキールが首と視線を小刻みに動かして、ドールを見る。いや、ドールの死体を見る。

ここが現実ではない。そう信じたい。そう彼の顔には書いてある。

いつのまにか。糸はキールから途切れていた。


「キール走れ!! 村へ!! 早く!!」


 声を張り上げ、キールを現実へと引き戻す。

 だが。その一言がきっかけで無情にもキールの首が飛んだ。


「キール!!」


 咄嗟に手を伸ばした。そんなことは何の意味もないのに。頭の中が真っ白になって、キールとドールの散らす赤い血を呆けたように視界に入れた。

 攻撃だ。隠密性の高い風の魔法。辺りに人の気配はない。プロか、もしくはそういう魔法を使っているのかもしれない。

頭の片隅にいた冷静な自分がこの状況を冷静に分析し、逃げろ逃げろと騒ぐ。右手に握った銃は私に何の安心感も与えてはくれない。

 何とか足だけでも動かそうと脳が命令を送る。村に向かって踏み出そうとした一歩。それが地面と接触しようとしたとき、首筋に重い衝撃を感じ、私は瞼を閉じた。


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