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■求められて

「何でも言ってくれよ。俺、このゲームちょっと得意だからさ。何でもやってやれると思う」


 あの時の俺ははしゃぎ過ぎだっただろうか。


 野口奈緒。学校の、いつも俺を蔑んだ目で見る女連中の一人。その野口が≪アンダンテ≫の世界に降り立ったのだ。俺が絶対的な力を持つ、俺の世界に。レベルは23だと言っていた。はっきり言って、彼女は脆弱だった。レベルは68まで上げ、他人が持ちえない能力をも得た俺にとって、『リズ』という金髪の少女は取るに足らないほど弱々しい存在だった。俺は今、あの野口奈緒を見下しているのだ。そんな優越感からだろうか、つい口が軽くなってしまったのだった。


 だが、言ったことに嘘は無い。何しろ俺は、この≪アンダンテ≫の世界で神に等しい力を持っているのだ。欲しい物があれば無から作り出そう。モンスターが立ちはだかるならその存在ごと消してやろう。俺の才能を見て、野口は俺を尊敬するだろう。俺は自分が、そして『アッシュ』というキャラが、誇らしく思えた。


「……ぉーい、おーい、聞いてるか、アッシュ?」

「う、えぇ? ……あ」

「頼むよ、今大事な話をしてるんだから」

「す、すんません」


 そうだ、今はまた例の酒場で、ギルドマスターの呼び出しを受けてギルドのメンバー全員が集まったのだった。


「まあそういう態度をとっても許されるのは事実だけどね。うちのギルドが『ケルベロス』みたいな強敵に勝てたのはアッシュのおかげなんだから」

「だからって調子に乗るなよー」

「そうっスよ、マスターの話を無視すんなっス」


 ギルドメンバーの連中に散々に言われ、俺はマスターの方を向く。あの『ケルベロス』討伐以来、マスターは俺のことを「信奉」とも言えるほどに過剰に持ち上げるようになっていた。


「で、マスター。急に俺ら呼び出してどうしたってんだよ?」


 サラリーマンであるギルドマスターは、時間の余裕が無いために、定期的に酒場にギルドメンバーを集め情報を交換する。だが今日の集合はその定期から外れた、いわば臨時の召集であった。


「うん、実はね……」


 マスターは何か言い淀んでいるようだった。あまり面白くない話なのだろうか。渋い顔をして沈黙したマスターだったが、意を決して面を上げると、搾り出すように話し始めた。


「実は、僕のリアル事情がちょっとね。忙しくなりそうなんだ。多分、今までみたいに定期的に≪アンダンテ≫にログインすることは出来なくなると思う」


 突然の宣言に、メンバーは全員面食らったようだった。マスターはログイン頻度こそ皆と比べて低いが、それでも皆のまとめ役として頼られ、慕われる人格者なのだ。


「え、それって、辞めるってことっスか?」

「続けることは出来るんでしょ?」

「辞めないでよマスター!」

「ま、まあ落ち着いて。辞めはしないよ。僕だって≪アンダンテ≫が好きだし。でも顔はあまり出せなくなると思う」


 ≪アンダンテ≫に限らずMMOの鉄則として「リアルはゲームに優先する」というものがある。現実世界の事情を理由として挙げられると、強く咎めることは出来ないのが暗黙の了解だった。だが、それでも納得がいかない様子のメンバーに、マスターは続けて言った。


「もう一度言うけど、辞めるわけじゃないんだから、そんなに心配しないで大丈夫だよ。元々定例会議のとき以外はみんなの自主性に任せてた放任主義のギルドだし、特に何かが起きない限りは今までどおりにやっていけると思うよ。ただ……」


 そこまで言うと一息ついて、少々気恥ずかしそうにさらに続ける。


「これは僕の個人的な願望になっちゃうんだけど、どうせならまとまった時間が取れる最後の記念に、何か大きなことをしたいなって思ってるんだ。僕たちは『ケルベロス』も討伐できる。なら次は、もっと上を目指しても良いんじゃないかなって思うんだ」

「上って、もっと強い敵を狩ろうってこと?」

「うん。もしみんなが賛同してくれるならだけど。僕は『カーネイジドラゴン』を狙ってみたいと思ってる」


 突拍子も無く出てきたその名に、皆一瞬呆気にとられてしまった。


「な、何言ってるんスか……そういうのはやらないって言ってたじゃないスか」

「うん、だからこれは僕のわがまま。もし駄目なら僕も諦めるよ。でも最後に、このゲームの頂点の人たちが見てる世界がどういうものなのか、僕も見てみたいと思ったんだ」


 最後、という言葉で皆黙ってしまう。『ケルベロス』のときにも散々もめたが、うちのギルドのメンバーは消極的でデスペナルティを恐れる。だがマスターに「まともに皆と一緒に行動できるのは最後かもしれない、だから思い出作りに強敵に挑みたい」とまで言われて、誰もが断るに断れない空気になっていた。それに何より、廃人向けコンテンツ、廃人のために用意されたモンスター『カーネイジドラゴン』である。ゲーム進行上必ず倒すように、と万人向けに用意された『ケルベロス』とはわけが違う。もし倒せたならそれだけでプレイヤー間での羨望の的となるだろう。皆、もしかしたらという想いが胸の奥で燻る。そしてその「もしかしたら」の実現に不可欠なのは……そう、『ケルベロス』を倒した俺の力だった。皆の視線が俺に集中する。


「ああ、俺たちならやれるさ。やろう」


 いつかのように、俺は皆の背中を押した。あの時と同じように、皆の目に希望の灯が点る。


「……じゃあ、みんな。僕のわがままに付き合ってくれるかい?」


 マスターに言われ、その場の皆が力強く頷く。それが、廃人向けと目を逸らしてきた真の強敵を意識し、直視した瞬間だった。


「で、実際『カーネイジドラゴン』て何が強いんだ?」

「倒したいけど、廃人が負けるっていうからなー」


 正直、俺はマスターの思い出作りのためにも例の力を使ってやろうと決意していた。つまり勝利は半ば確定しているわけだが、当然ながらそれを表立って言うわけにはいかなかった。代わりに俺は、ネットで仕入れた『カーネイジドラゴン』の情報をいくつか話すことにした。


「まず、とにかくでかいらしい。翼を広げた全長は学校の体育館くらいあるとか。当然、翼が有るから空を飛ぶわけだけど、一度飛ばれると降りてくるまでこちらからは手出しが出来ない。魔法も弓も届かないらしい。攻撃手段は爪に体当たりに、それに口から吐く炎。おまけに『必殺技』なんてものまで有るらしい」

「マジかよ……それって、アッシュでも勝てないんじゃないの?」

「アッシュって剣使いだろ。敵が空を飛ぶって、大丈夫なのか?」

「まあ、やれないことは無いさ。『ケルベロス』と同じだ。最悪、俺は敵の注意を引くだけでいい。お前らは何も気にせず遠距離から攻撃だけしてれば良いんだ」

「でももしアッシュがやられたら……後は俺たちがやられて、デスペナルティが……」

「心配するなって。課金アイテムもしっかり買っておくよ。」


 勿論、本来ならそれで勝てる相手ではない。皆が正攻法の、俺を人身御供にして自分が傷つかない方法を頭に描いているであろう中、俺は一人、『カーネイジドラゴン』のどの能力を改竄して引き下げるか、あるいは行動パターンをどのように書き換えるか、そんなことを考えていた。


「俺は死なないし、お前らに被害が及ぶことは無い。安心して、俺に任せろよ。」


 俺は、また賞賛を得られるだろう。今度は『ケルベロス』のとき以上のものになるに違いない。ギルドメンバーだけじゃない、≪アンダンテ≫のプレイヤー全てに畏怖される存在になるのだ。確約された成功者の未来を夢想し、俺は喜びを隠すことが出来なかった。


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