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□空に舞う少女

 ようやく届いた荷物の梱包をはがすと、中に入っていたお目当ての物は意外に小さくて拍子抜けした。大野君の家で見たあの巨大パソコンの印象が強かったのだろう。父におねだりし続けて数日。勉強を疎かにしないことを条件にどうにか買ってもらったVRゲーム用セット一式。基本的な機能を揃えたベーシックモデルで、≪アンダンテ≫のメーカー動作保証も勿論ある。


 とうとう買っちゃったよ……これでまた一歩、オタクの世界に足を踏み入れちゃったな。


 休日には秋葉原ではなく渋谷に行くし、学校の友達と話すのも、おしゃれや昨日見たドラマの話題。そんな普通の女子高生を演じきっているつもりの私だが、それでも根っからのゲーム好きだけは抑えようがなかった。一般人を装ってみても、10本はあるケーブルをろくに説明書も読まずてきぱき的確に繋ぐ自分はやはり普通ではないのだろうな。


 どうでもいいことで落ち込みながら、VRのセットアップを終える。後は眼前の『グラフィカルヘッドギア』を被ればあの世界に―≪アンダンテ≫の世界に再び降り立つことができる。あの日、大野君の家で体験した、世界に生れ落ちる感覚。現実的でないのに触れることさえ出来るあの異世界。もう一度、あれを味わえるのだ。


 ふぅ……と息を吐くと、私は何かの儀式のように仰々しく『グラフィカルヘッドギア』を持ち上げ、頭に乗せた。


 最初に見えたのは予想とは違う光景だった。≪アンダンテ≫の世界での名前、姿を決めるキャラクター作成画面。


「名前か……特に考えてなかったな」


 これからずっと付き合うことになる、第二の人生の名前。まさか本名を付けるわけにもいかない。格好良過ぎる名前を付けても後々恥ずかしい気がするし、ネタに走るのも何か負けた気がする。ヘッドギアを被ったまましばらくうんうんと悩んでいたが、よく考えれば、気に入らないのならキャラを作り直せばいいだけだ。今は何よりも、早く≪アンダンテ≫の世界に降り立ちたかった。


 ふと、私の脳裏にある光景が思い浮かんだ。幼い頃に何度も何度も繰り返し読んだ絵本。私は毎日その絵本を抱えて、読んでくれとせがんで母を困らせ、周りの同い年の子がもう漫画やアニメを見るようになった頃まで私はその絵本を手放さなかった。それは翼を持つ少女が幻想的な世界を飛び回るという内容で、天空から見下ろす地上の絵が特に大好きだった。大野君の家で≪アンダンテ≫を体験したとき、私は少しだけ、絵本のことを思い出したのだ。ならば、この世界に降り立つ私の分身の名前は―。


「あの絵本の女の子、なんて名前だったっけ? そうだ、確か……『リズ』って言ったよね」


 あれだけ執心していた絵本の主人公の名前も、時が経てばこうもあっさり忘れてしまうものなのか。どうにかおぼろげに思い出した『リズ』という名前を入力して、次は容姿の設定に入る。髪や肌の色、体型や顔のパーツに至るまで細かく決めてやらなければならない。だがこっちはさほど悩むまいと思っていた。名前を絵本から取ったのなら、姿も同様に絵本から取ろうと決めていたからだ。


「こっちは覚えてるな。やっぱ絵本だから絵の方が印象深いってことかな」


 リズは長い金髪が美しい、白い衣を纏った少女だった。それは端的に「天使」と言っても良かったかもしれない。翼こそ付けられなかったが、私は記憶に残るリズの姿をなるべく忠実に再現していく。 


 目の前に、CGとは思えないような美しいグラフィックで金髪の少女が形成されていった。そして、目の前に「これでよろしいですか? Y/N」というダイアログが表示された。迷うことなくY……YESを指で押す。


 その瞬間、周りに見えていたキャラクター選択画面が上空に飛び上がる。……いや、私が落ちているのだ。


「ひゃあああああぁぁぁぁぁ……」


 ジェットコースターは好きだが、あのお腹をえぐられる感覚がずっと続くと、こうも怖さが変わるのか……などと、頭にわずかに残った冷静な部分で考えた。


 次の瞬間、私は草むらに立っていた。落ちて着地したというより、一瞬の暗転を挟み込んで落下の感覚も何もリセットされた、という方が近い。どうやら≪アンダンテ≫の世界に入るための『通過儀礼』が終わったらしい。


 それはつまり、≪アンダンテ≫の世界に降り立つことが出来たという意味である。


「凄いなぁ…何度見ても、これがゲームの世界だなんて信じられない」


 私が立っているのは広い広い草原で、遠くには頂に白い雪を被った連なる山々が見える。そして右を向くと、小さめの村があるのが見えた。私はその村に向かうことにした。周辺で他に目立つ物は無さそうだし、何よりゲーム開始直後というのは下手にあちこちを徘徊すると強敵に遭遇したりしてどうにもならない状況に陥ってしまう。こちらはレベルアップもしていない、いわば無垢な赤子なのだ。この手のゲームのセオリーとして、とにかくまずは安全な所に駆け込んでNPCの話でも聞いて、ゲームのノウハウを学ぶべきだった。




 いざ来てみると村は想像以上に寂れており、ゴーストタウンとも言える有様で、私は不安を募らせた。木製の家が数件あるだけのこの村はNPCですらまばらで、プレイヤーの姿に至っては全く見えないのだ。≪アンダンテ≫は社会現象になるほどの大人気ゲームではなかったのか。もしかして、何かのバグか、それとも心霊現象か。私は自分で思い浮かべた「心霊現象」という言葉で総毛立ってしまい、近くにあった酒の看板を掲げる建物に逃げ込むように入った。


 ゲームの基本。情報収集は酒場で行え。豊富なゲーム経験で身についたセオリーを踏襲しようと思ったのだが、考えていた以上の収穫があったようだ。


「あれ、見ない顔っスね。ギルドの新入りっスか?」

「あ、あー、プレイヤーの方ですか?」


 ロビン・フッドといった容貌だろうか。緑ずくめの服に弓を背負った男が、カウンターで一人、酒を飲んでいた。私が≪アンダンテ≫で初めて出会ったNPCでない人間ということになる。


「ん、もしかして≪アンダンテ≫初めての方か。こりゃ失礼。そうそう。俺プレイヤーっス」

「良かった……人が全然居ないから、バグかそれとも変な所に迷い込んだのかと」

「ここはイベントフラグも無いし、立ち寄るプレイヤーも皆無っスからね。ゲーム開始地点は数箇所からランダムで選ばれるっスけど、ここから始まるのは外れっスよ。ご愁傷様。とりあえずメニューのコンフィグでコンパス表示をONにして、北に向かうといいっス。たくさんのプレイヤーが拠点にしている大きな街があるっスよ」

「あ、ありがとうございます。でもとりあえず自分のキャラを強くしたいし、この村を拠点にしようかなーなんて……」

「それでも勿論問題無いっス。宿屋も武器屋もあるし、村の周りに出るモンスターは雑魚ばっかりっスからね」

「わかりました。いろいろとご親切にどうも」


 なるほど、ゲーム開始の段階でそんな篩があったとは。理由がわかると、自分の中にあった「心霊スポットを訪れたときのような」恐怖感は鳴りを潜めた。代わりに芽生えるのは、≪アンダンテ≫が始まったのだという実感。この村で、ある程度己を鍛えてから「北」へ向かおう。


 恐怖心が消えて改めて眺めると、この村の寂れ具合も悪い気はしなかった。


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