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■シュレーディンガーの猫

 その巨体は地べたでのた打ち回り、もはや大きいだけの芋虫か蛇といった風貌だった。数多のプレイヤーを恐れさせたレア・モンスターも、こうなっては形無しだ。


 翼をもがれ、手足を落とされ、長い尾も既に切り落とされていた。ついこの間、俺やギルドの仲間を壊滅に追いやった『カーネイジドラゴン』が、俺の目の前で見苦しくもがいていた。体をねじり、鱗の無い白い腹を見せたので、俺は躊躇せず手に持った剣を突き立てる。巨大な芋虫が、断末魔の叫びをあげた。


 これで何体目の『カーネイジドラゴン』を屠っただろう。こうも繰り返し同じ敵ばかり狩っていると行動パターンすら覚えてしまう。もはやルーチンワークのように、俺はスキルを用いて竜を呼び出し、そして狩り続けている。インベントリには、既に十数個の『コ・イ・ヌール』が連なって表記されていた。




 この世界に続く「鍵」は、想像以上に容易く手に入った。それは、いつもと同じことを繰り返すだけでよかったのだ。敵と戦い、勝利し、ドロップアイテムを入手する。たったそれだけだった。手に入れた「鍵」は、俺にこの世界での永住を約束してくれた。




 念願の≪アンダンテ≫に再臨した俺は、他の敵には目もくれず、黙々と竜を狩り続けた。何故かは自分でもよくわからない。『カーネイジドラゴン』はそれなりに有名で倒し難い、目標となるモンスターではあるが、≪アンダンテ≫にはそれ以上の能力、そして魅力的なドロップアイテム群を有するレア・モンスターがまだまだ居る。そして俺には、それらを討ち≪アンダンテ≫の頂点に立つだけの力があった。だがそれでも俺は、竜退治を止める気にならなかった。


 竜を呼ぶ。殺す。ダイヤをインベントリに送る。呼ぶ。殺す。送る。呼ぶ。殺す。送る。呼ぶ。殺す。送る……


 ダイヤの数が100を越えた頃、俺は自分がこの世界に馴染み始めたことに気付いた。目に写る景色が、心なしか今までと違って見える。草木の青さは鮮やかに。舗装などされていない土が剥き出しの道は、風が吹くと砂埃を巻き上げる。砂が顔に当たると、俺は目が痒くなるのを感じた。最先端技術を用いたVR-MMORPG≪アンダンテ≫とて、さすがに砂の一粒までプログラムされているはずはないのに。俺は深く息を吸い込んだ。先ほどまで感じていた饐えた臭いが、完全に消えている。あれだけ重かった体が、すっかり軽くなっているのがわかる。


 もう俺は矮小な世界の理に縛られない。愚劣な連中に不当に卑下されることも無い。もう俺は≪アンダンテ≫の世界の存在となったのだ。神に等しい力を行使できる、アッシュという名の人間に。


 今度、野口に会えたらこのダイヤを全部プレゼントしてやろう。あいつは俺を見直すだろうか。ギルドのメンバーにも、手土産を用意してやろう。『カーネイジドラゴン』のドロップアイテムから適当な武具でも与えれば、この前の失敗なんてチャラにしてくれるに違いない。いや、もっと入手困難なレア・アイテムでもいい。どんな敵でも倒せばいいし、手に入らないなら作り出せばいい。




 もう俺に、やるべきことは残っていなかった。


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