6. Admission (side Tsumugi)
親衛隊の隊長を自任する曽我部紬ちゃん視点のお話です。
夏休みにクラブ活動だなんて、面倒だわと思っていた。
通学の電車は相変わらず混んでいるし、駅から学校までの道程で制服は汗でビッショリと濡れてしまうし、更に屋外で運動しなければならないなんて・・・ああ、もう暫くすれば夏期講習も始まるのだったわ。
親に勧めれる儘に申し込むのではなかった。
これでは少しも休んだ事にはならない。
ジリジリと照りつける日差しにウンザリしながら校門を潜ると、声を掛けられた。
「すみませんが、職員室はどちらでしょうか?」
その方は、わたくしよりも遥かに長身で、丁寧な物腰に優雅な微笑み、この暑さの中で汗もかかずに爽やかで、スラリとした身体に纏っていたのはワンピースだったけれど、とても女性とは思えないほどで、それはまるで・・・
「あの?」
話し掛けられても唖然としたままで答えないわたくしを訝しがった方が、もう一度声を掛けていらしてわたくしは目が覚めた。
「し、失礼いたしました。職員室でございますね。宜しければご案内いたします。どうぞこちらへ」
我に返って案内を務めようと申し出れば、その方は輝く様な微笑みで「ありがとう」と仰って下さった。
ああ、神様!この世には本当に素敵な方がいらっしゃるのですね!
汗臭く男臭さを撒き散らした上に下品で無粋な輩とは全然違う、理想の王子様の様な方が!
「あの、失礼ですが、我が校にはどう言ったご用件でいらっしゃったのですか?」
ドキドキして紅潮する頬を隠しきれずにお訊ねすると、その方はわたくしの望む通りのお答えをして下さった。
「ああ、今日は編入試験を受けに来たんです。運が良ければ九月からこちらの生徒になれるんですが・・・あなたは何年生ですか?」
やったわ!
「わ、わたくしは一年です」
「では、幸運が続けば同じクラスになれますね」
ああ!あまりの幸運とその方の眩しい笑顔に、わたくしは思わず立ち眩みそうになって、その場に立ち止まってしまった。
「どうしました?」
「い、いえ、失礼しました」
声を掛けられて慌てて並んで歩き始める。
ス・テ・キ!
今この時期に編入試験を受けると言う事は、きっと外国からお戻りになられたんだわ。
帰国子女と言う訳ね。
同じ学年だなんてラッキーだわ!
同じクラスになれるかどうかは四分の一の確立だけど、わたくしのクラスが一番人数が少ないから、同じクラスになれる可能性は高いわ!
あとは、この方の学力次第だけど・・・部活の後で平沢先生を捕まえて、探ってみようかしら?
「こちらです」
並んで歩けた夢の様な時間は、あっという間に終わりを告げて、わたくし達は職員室の前へと辿り着いてしまった。
もっと校内が広ければ良かったのに。
「ありがとう」
それでも、その方は惚れ惚れする様な笑顔をわたくしに向けて下さって、暫くその場から動く事も出来なかった。
そんなわたくしが夢から覚められたのは、同じ部活の方々に小突かれたから。
「曽我部さん!今の方はどなた?」
「お知り合いですの?」
ああ、やっぱり、あの方はわたくしだけではなく、他の方の目もお引きになられるほど魅力的なんだわ。
「みなさま、落ち着いて。わたくしはただ職員室までご案内させて頂いただけですの。なんでも編入試験を受けにいらした方だとか」
部室に場所を移してから、わたくしは同じ部の方々にお話しして差し上げました。
「お名前は?」
はっ!そうでしたわ!お名前を聞くのを失念しておりました!
「・・・伺っておりません」
ただ一緒に歩いているだけで夢の中にいるように感じてしまって、あまりお話を窺う事が出来ませんでしたわ。
わたくしとした事が、一生の不覚ですわ!
「わたくし、心当たりがありますわ」
そう仰ったのは二年生の先輩のお一人でした。
「先日、父が成島の小父様からお話を窺ったそうですわ。何でも、アメリカにお住まいのお孫さんのお一人が大学受験の為に高校からこちらの学校へ通うのだとか。それもお嬢様が出られた我が校へ編入されるお積りだと仰っていらしたそうですの」
「まあ、成島の所縁の方?」
「それもアメリカにお住まいと言えば、あの?」
「そうですわ!こちらを卒業されてから直ぐに、駆け落ちなさったと言われている末のお嬢様の?」
「まあ、素敵!ロミオとジュリエットの娘さんですのね」
他の部員の方達のお話から、わたくしもあの方の素性については簡単に推測が出来た。
成島財閥の末娘である方のお話は有名だった。
この学校の卒業生で、明るくて人気者だったと、母や叔母達がよく噂していたから。
そして、卒業と共に医学生と駆け落ちしたというスキャンダルでも。
子供が生まれてご両親とは和解されたと聞いたけれど、お仕事の関係で渡米されたと聞いている。
わたくし達はみな、似た様な環境で生まれ育ち、学校もずっと親や親戚と同じここに通っているから、親の世代からの出来事に精通している。
あの方は、わたくし達と同じ社会の人間なのだわ。
迎え入れるのに何ら問題のない方。
編入試験に合格される事を祈っておりますわ。
そうですわ!帰国子女なら、新学期からの授業に追いつく為にも、夏期講習に参加されるかもしれませんわ!
そうしたら・・・きっと、もっとお近くでお話が出来るかもしれません。
参加される皆様にもお話をしなくては!
いえ、それよりもやはり、平沢先生にお話を窺って合格の是非も確認しなくては!
ああ、退屈していた夏休みの後半は楽しい物になりそうですわ!
こうして朱里の親衛隊は彼女の入学が決まる前から密かに出来あがっていったのでした。