3. Aunt (side Aoi)
伯母さん視点からのお話です。
姪の朱里ちゃんが日本の高校に通う為に、母親の実家であるこの家で暫く暮らす事になって一番喜んでいるのは、祖父母である私の両親ではなく、伯母である私かもしれない。
今日も、朱里ちゃんの部屋の改装について業者と話していた事を帰宅したばかりの和晴さんに伝えていた時、言われてしまった。
「随分、楽しそうだな。やっぱり欲しかったのか?娘が」
事実を指摘されて言葉に詰まる。
それは・・・本音を言えば、やっぱり欲しかった。
息子の蒼司は自立心が強くて、あまり手が掛からなかっただけに、色々と手を尽くしてあげられる娘が欲しかった。
特に、妹の緋菜は年が離れていた所為か、忙しい両親に代わって面倒を見ていた私によく懐いてくれていたし、楽しかった思い出もたくさんある。
和晴さんと結婚して間もなく、仕事の関係で転勤が多く続き、緋菜と離れてしまう事が多く、実家に戻った頃には緋菜は岡村さんと付き合い始めていて、何だか寂しい思いをしたものだ。
自分の娘が出来れば、緋菜と同じ様に・・・いえ、別に妹の代わりにするつもりじゃなく、楽しい時間が過ごせると思っていたのだけど、結局、娘を授かる事はなかった。
朱里ちゃんを娘の代わりにするつもりはないけれど、彼女は私や緋菜の母校に通う予定だと言うし、色々と役に立てる事も多いと思う。
何より、朱里ちゃんは、親元から離れて暮らす事になるのだし。
「私はただ、朱里ちゃんの母親代わりになってあげられたらいいなと思って・・・」
でも、私の本心なんて、和晴さんにはお見通しで。
「葵、朱里ちゃんの母親はどんなに離れていたって緋菜ちゃんなんだ。オマエの娘じゃない事は忘れるなよ」
厳しく釘を刺されてしまった。
それでも、緋菜が使っていた部屋を改装する事や、朱里ちゃんを迎える準備をする事は楽しくて、ついついはしゃいでしまう。
でも、必死に言い聞かせた『私は朱里ちゃんの伯母さん!母親じゃない!』。
だから、朱里ちゃんを空港まで迎えに行かなかったし、家に到着した時も玄関で出迎えるのは我慢した。
『朱里の部屋は二階だよ。荷物は届いてるけど、先に部屋に行くかい?』
父の声が聞こえた時も、顔を合わせない様に気を遣った。
夕食の支度に没頭するように、努力した。
だから、料理を運んでいる時に朱里ちゃんと鉢合わせたのは偶然で、決してタイミングを図った訳じゃ・・・
「あ、初めまして。朱里です。これからお世話になります」
ペコリとお辞儀をした朱里ちゃんは・・・私と同じぐらい・・・いえ、私よりもほんの少し背が高かった。
緋菜も決して背が低い子じゃなかったけど・・・そうか、和晴さんが言っていた様に岡村さんに似たのかな?
彼はとても背が高かった。
私は少しだけ、ホンの少しだけ熱が冷めていく気がした。
そう、朱里ちゃんは緋菜じゃない。
ましてや、私の娘でもない。
可愛い姪だ。
食べる物の好き嫌いが無いとか、料理が出来るとか・・・緋菜も母親らしい事をしているのね。
服装がボーイッシュだから、和晴さんも『岡村さんに似てる』なんて言うんだわ。
もっと女の子らしい格好をすれば、もっと可愛くなる筈。
そうしたら恋人とか・・・やだ!そうよね、私も緋菜も付き合い始めたのは高校生の時だったし、こんなに可愛い朱里ちゃんに付き合う人が現れるのも時間の問題よね。
ううん・・・折角、傍に可愛い女の子がいるのに・・・そうだ!蒼司のお相手になってくれないかしら?
あの子も一人暮らしを始めてから、あまり家に寄りつかなくなって・・・もっとも和晴さんがこっちに戻ったのは今年だけど・・・高校生になってこの家に預けられてから、一度も私達の処へは帰って来なくなっちゃって、正直、あの子がどんな生活をしているのか全然わからない。
和晴さんも『男だから一人でも大丈夫だろ?』なんて言うから、あまり口を出さない様にしているけど。
もう彼女とか居るのかしら?
でも、あの子も朱里ちゃんの事は気にしてるみたいだったわ。
この間も、家に来てお母様の電話を気にしていたみたいだし。
まあ、六つも年が離れているからお相手としては難しいかもしれないけど、勉強を見るくらいなら役に立ってくれるわよね。
朱里ちゃんは数学が苦手だと溢していたし。
「もしもし、蒼司?」
早速、蒼司に電話してみた。
『母さん?何?』
「あのね、今日、朱里ちゃんが無事に着いたのよ」
『あ、今日だったっけ?』
「そうなの、それでね、朱里ちゃんは高校の編入試験を受けるでしょう?数学が不安だって言ってるのよ。あなた、朱里ちゃんの勉強を見てあげられる時間ある?」
『え?急に言われても・・・』
あら、遣えない息子だわ。
「無理ならいいのよ。他を当たるから」
そうよね、蒼司より伯母様の処に確か年の近い子がいたわ。
『別に無理とは言ってないだろ。明日行くよ』
あらあら、もしかして蒼司も満更でもないのかしら?
「悪いわね。お願いするわ」
電話を切った後、思わず笑みが零れる。
なんだ、なぁんだ、蒼司ったら素直じゃないわ。
誰に似たのかしら?
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
和晴さんは仕事があって、朱里ちゃんの歓迎会を兼ねた夕食には参加しなかった。
もっとも、いつも理由を付けて母屋で食事を取ろうとはしないけど。
「朱里ちゃんは無事に到着しましたよ」
和晴さんの着替えを手伝いながらそう伝えると「そうか、今日だったか」と蒼司と似たような答えをする。
「ええ、随分と大きくなっていて・・・背が高い処は岡村さんに似たみたいですわ」
そう言うと、和晴さんは「ふうん」と興味があるのかないのか判らない様な曖昧な答えを返して来る。
「それでね、来週の編入試験に不安があるみたいで、ホラ向こうとこちらとでは勉強の進み具合が違うみたいですし。それで、蒼司に朱里ちゃんの勉強を見てあげるようにお願いしたんですよ。そうしたら『明日来る』んですって」
和晴さんに遅い夕食を出しながら伝えると「へえ?」と少しは気が引かれた様な答えをする。
「ねぇ?蒼司は朱里ちゃんが好きなのかしら?」
箸を取って食べ始めた和晴さんに訊ねると、彼は「は?」と恍けた声を上げて動きを止めた。
「まさか、違うだろ?」
一笑に付して食事を取り始める。
「でも、お似合いかもしれないわ。私も朱里ちゃんが娘になるなら嬉しいし」
そう、蒼司のお嫁さんにでもなってくれれば、本当の娘にもなる訳だし。
「妙な期待は止めとけ。あの二人は従兄妹同士だろ?」
それが?
首を傾げた私に、和晴さんは食事を中断して真剣な顔で忠告してくれた。
「オマエの両親も従姉弟同士だったろ?だからオマエが従兄のアイツから口説かれた時も反対されてただろうが」
あの時はホントに助かったぜ、と小さい声で溢している。
血が近いから駄目なの?
「でも、二人がその気なら・・・」
本人達の意思があれば、従兄妹同士は結婚だって出来るんだし。
「蒼司のヤツが本当にその気になったら、誰にも止められないだろうが、そうなるまで黙って見てるだけにしとけよ」
今度もまた、和晴さんに釘を刺されてしまった。
そうね、本人達がどう思っているのか?なんてまだ判らないし。
でも、これから編入の準備とか、そうそう面接用の服を買いに行かなくちゃ。
どうも朱里ちゃんが持っている服はシンプルでカジュアルな物ばかりみたいだし。
女の子の服を買いに行くだなんて楽しみだわ!
そして、蒼司!もし、あなたがその気になったら、お母さんはあなたの味方よ!頑張ってね!