30. Busy (side Chika)
クラス委員・秋山知夏視点のお話です。
朱里様はとてもお忙しそうだ。
一番の原因は放課後に週三回あると言うピアノのレッスンだろうが、その合間に合唱部の練習があり、慣れない日本の学校の授業に追いつくための勉強がある。
文化祭では更にクラスの出し物として執事喫茶へのご参加を承諾して頂いた。
もちろん、準備はわたくし達だけで着々と進める予定だが。
そして、持ちこまれたバスケ部の練習試合。
「やっぱり、一度は練習に参加しないと駄目だよなぁ」
朱里様は困ったように呟いていた。
何でも、フォーメーションとか、参加する他の選手の方との動きを見て息を合わせる必要があるのだとか。
優しい上に律儀でいらっしゃるのね。
弱小バスケ部の狙いは、朱里様に練習試合に参加して頂く事によって、部員の増加と確保辺りにあるだけだと思われますのに。
もちろん、連敗中のバスケ部は久し振りの勝利を望んでもいるのでしょうが。
「ところで、朱里様。クラブ活動はどうなさいます?所属だけでも決めておきませんと」
わたくしは少々の下心を持ってそうお訊ねした。
「そっか・・・それもあったっけ・・・」
「もし、お心積もりが無いようでしたら囲碁部はいかがです?」
わたくしの言葉に聡美さんがニヤリと笑った。
「委員長、それってズルくないか?囲碁部は委員長が居るトコだろ?」
あら、言われてしまいましたわね。
「わたくしはただ籍を置くだけに相応しい処を申し上げただけですわよ。囲碁部は活動日は決まっていませんし、部員も少ない事ですし。何より、文化祭では一般の方に場所を提供して碁を打って頂くだけですから」
お忙しい朱里様には相応しいと言えますわ。
「囲碁ねぇ」
真面目な朱里様は、あまり興味のない部活をする事に消極的でいらっしゃるのかしら?
それでは、我が囲碁部の宣伝などをしてみましょうか。
「囲碁は中国を起源とするゲームで二千年の歴史を持つと言われておりますの。日本でも古くは平安時代から広く親しまれ、古典の文学作品にも登場致しますわ。ジャパニーズ・チェスと呼ばれる将棋と対を成すゲームとして知名度は高く、今では世界中にゲーム人口が広がっておりますのよ。かつては将棋は男性の、囲碁は女性の嗜みだとまで言われたほどですのよ。日本文化を知る上でも勉強になるのではございませんか?」
そしてなにより。
「囲碁部では部員以外の立ち入りを禁じておりますし、対局中は私語厳禁です。静かで安らげる空間をご提供出来ますわ」
どうやらこれが決定打になった様で。
「・・・一度、見学してみてもいいかな?」
そう仰っていただけましたわ。
放課後のピアノレッスンも合唱部の練習も無い金曜の放課後、わたくしは朱里様を囲碁部にご案内いたしました。
「ここですわ」
「え?でも、ここって・・・生徒会室って書いてあるけど?」
戸惑う朱里様にご説明いたしました。
「ええ、生徒会室でもありますが、囲碁部の部室でもあるのですわ」
わたくしはノックをしてから「失礼いたします」と一言申し上げてから入室いたしました。
「囲碁部に入部希望の方を見学にお連れ致しました」
「え?知夏、わたしはまだ入部するとは・・・」
「おう!君が噂の編入生である岡村朱里クンだな!私は囲碁部部長兼生徒会長の長門だ。宜しく!君の入部は歓迎するぞ!」
朱里様の言葉を遮る様に、豪快な話し方をされたのは三年生の長門邑子先輩。
囲碁部らしく、手にはいつも扇を持っていらっしゃる。
「会長、岡村さんはまだ入部するとは仰っていませんよ。押し付けがましい態度は親衛隊から制裁を喰らいますわよ」
扇を持つ手を振って歓迎の意を表していらっしゃった長門先輩は、対戦相手である二年で副部長の古泉由貴先輩から窘められてしまわれました。
「初めまして、岡村さん。私は囲碁部副部長兼生徒会副会長の古泉です。どうぞごゆっくり見学なさってください」
古泉先輩から挨拶をされた朱里様は「はい、ありがとうございます」と答えていらっしゃいました。
「知夏・・・これって・・・」
朱里様は対局に意識を戻された長門先輩と古泉先輩を憚って、小さな声で訊ねられました。
「ご覧の通り、囲碁部は生徒会役員の集まりでもあるのですわ」
ニッコリと笑ってご説明申し上げると、朱里様は怪訝な顔をなさいました。
「・・・それって、もしかして、わたしに生徒会に入れと?」
やはり、朱里様は察しが良い方だ。
「囲碁部は部員による紹介でなければ入部出来ませんの。そして、生徒会役員は、前任者による推薦で、投票は信任か不信任かを問う物となっております。会長は三年生が、副会長は二年生、会計は一年が務める事になっております。基本的には持ち上がりですわね」
そして、前期は体育祭後の五月に、後期は文化祭後の十一月に選挙が行われる。
後期は三年生が引退し、次期一年が入学するまで二年と一年だけで務める事になるので、新しい人材を募集中なのです。
わたくしと致しましては、朱里様に今度の後期生徒会選挙では副会長に推薦させていただきたいのですけれど。
そして、ゆくゆくは生徒会長に。
「秋山さん、先程も申し上げましたが、無理強いはいけませんよ」
パチ、と碁石を置きながら古泉先輩が釘を差して来る。
「はい、それはもちろんです」
でも、朱里様の入部を最初に口にしたのは古泉先輩。
『後期の生徒会選挙に岡村さんが出て下されは面白くなるかもしれませんね』と呟き、それを聞いた長門先輩が『噂の編入生か・・・凄い人気らしいな。あれだけの人気者が生徒会に入ればもちっと生徒会も注目されるかな?』と賛成された。
わたくしにはもちろん反対する理由が無い。
初等部の頃から生徒会に入っていた縁で、長門先輩や古泉先輩とは仲良くさせていただいており、今年の前期生徒会選挙でも出るように推挙されたが、はっきり言ってわたくしには荷が重すぎるし、注目を浴びる性質ではない。
長門先輩は、その独特のキャラクターとT大が射程範囲だと噂される程の知性でファンをお持ちだし、古泉先輩は美しさとその優美さに同等のファンがいらっしゃる。
けれど、わたくしは唯の優等生キャラだし、委員長止まりが精々。
中等部まで生徒会に入っていた事の方が不思議なのだ。
知性と美しさと人気を揃えた朱里様こそが生徒会役員に相応しいと思われる。
今の生徒会は、コアなファンによって支えられてはいるが、正直に申し上げて人気が今一つで注目されていない。
まあ、移り気で我が侭なお嬢様方の心を捕えておくのは大変な事ですが。
「まあ、本音を言えば、君の様な人気者に生徒会役員になって貰えれば、生徒会の権威みたいな物も復活するのではないかと期待しているのだが・・・」
長門先輩の言葉を、古泉先輩は「会長」と静かに遮った。
「申し訳ございません。私に華がないばかりに・・・折角、会長が奇特なキャラを演じて頑張って来られた生徒会の権威が・・・ああ、やはり雪組の後藤さんを勧誘すればよかったのです」
古泉先輩はハンカチまで持ち出して、よよよ、と泣く真似をして見せた。
「何を言うか!古泉は頑張っているじゃないか!君のファンは多いぞ!大人しい子達ばかりだから目立たないが、初等部からの持ち上がり組には、古泉の良さがよく判っている筈だ!」
わたくしは、この三文芝居に加わるべきか?否か?逡巡いたしましたが、その場に膝をついて加わる事に致しました。
「いいえ!一番いけないのはわたくしです!会長や副会長の様にコアなファンも持たず、雑用処理能力だけを買われて生徒会に居続けるなんて、図々しいにも程がありました。世代を担う力が無い、わたくしに一番の責があります!だからこそ、生徒会に相応しい人物を見つけなくてはと!」
申し訳ございません!と項垂れたわたくしは、朱里様の顔を見る事は叶いませんでしたが、大きな溜息が聞こえてきました。
「今、ここで即答する訳にはいきませんが、囲碁部、並びに生徒会への参加は少しお時間を頂いて考えたいと思います。皆様の迷演技に免じて」
そう仰って「立ってよ、知夏」とわたくしを立ち上がらせようと手を差し伸べて下さいました。
やはり、朱里様は優しくてお人好しでいらっしゃいます。
文化祭が終わるまでに、朱里様をその気にさせて見せますわ!
知夏の三文芝居好きや企み好きな処は、長年の生徒会役員で培われた物だと思われ・・・