28. Attraction (side Kazuharu)
蒼司の父親・和晴視点のお話です。
最近、妻の葵は『休みの日にはみんなで一緒に食事を』と言って母屋で俺に食事を摂らせようとする。
まあ、別にそれは構わない。
平日は俺も仕事で食事の時間帯がバラバラだから、休日くらいは家族との親睦を深めても。
つーか、休みの日自体が少ないんだが。
とにかく、構わないんだが、問題は、どうしてそこに家を出て一人暮らしをしている筈のバカ息子が居るのか?ってコトだ。
最近、正確には姪の朱里ちゃんがこの家に来てから、妻は母屋に入り浸り、以前は一年に一度か二度しか見なかった息子の顔をよく見かける。
俺自身は、あまり健全な親父との関係を築いて来た訳ではなかったので『普通』ってモンを知らないが、普通は大学も卒業間近の成人した息子が実家に顔を頻繁に出すのはおかしいと誰だって思うだろう?
あの年になって親が恋しい訳ではないだろうし(そうだったら逆に気持ち悪いし)、金が無くなって食事を集りに来ている訳でもなさそうだ。
俺の息子である蒼司は、父親である俺に似ず、バイトなんぞして稼いでいるから、金に困っている訳ではないのだろう(俺は学生時代にバイトをした経験がないから、どのくらい稼いでいるのかは知らんが)。
すると、考えられる可能性は(考えたくはないが)唯一つ。
葵が言っていた様に『朱里ちゃんに会いたい為』なんだろうか?
今日も連休の中日で、久し振りの休日に「どこかに出かけるか?」と葵に聞けば「夕食までに戻れるのなら」と時間制限が掛けられた。
理由を聞けば、朱里ちゃんが蒼司と出掛けて、多分一緒に夕食を摂りに戻るだろうから、だとか。
うひゃあ、そこまで行ってんのか?あの二人は。
結局、買い物に出かけただけで、(葵)待望の夕食時には、葵のみならず、お義父さんやお義母さんまでもが朱里ちゃんや蒼司が語る、二人の今日一日の行動報告を聞いている。
う~ん・・・まさかこの年になって、人の、それも自分の息子のデート報告を聞かされる羽目になるとは・・・聞いている方が恥ずかしい。
蒼司は恥ずかしげも無く、ニコニコと笑っているし、朱里ちゃんも楽しそうだ。
俺が若い頃は(いや、今でも)恥ずかしくって人様に何処に行って何をしたか、なんて話した事なんて無かったが、蒼司は違うらしい。
アイツ、ホントに俺の息子か?
いや、顔はよく似てるし、妻の不倫を疑う訳じゃないが、同じ様な顔をしているだけに『止めてくれ!』と叫び出したくなる様な行動だ。
しかも、よく聞いていると、どうやら朱里ちゃんの方はそういった意識が無いらしい。
どう見ても、仲のいい友達か親戚のお兄さん扱いしかされていない。
蒼司の方は、傍から見ててもダダ漏れな程に彼女への好意が咋だと言うのに。
哀れなヤツ。
朱里ちゃんもアメリカに住んでいたなら、もっと男との付き合いとかあった筈だろうに。
いや、フランクに付き合い過ぎて、異性として意識する事が無かったとか?
あの見掛けなら有り得そうだ。
今日、二人は動物園と遊園地に行ったらしい。
そう言えば、蒼司がガキの頃にはよく連れてったよな・・・転勤すると最初の休日にはどっちかにまず連れてった記憶がある。
お子様とカップルが行く定番の場所だよな。
うん、場所の選択は悪くない。
「で?蒼司に何か買って貰ったのか?」
朱里ちゃんに聞けば、携帯電話を見せられた。
「このストラップを買って貰いました。向こうの携帯にはストラップを付ける場所が無かったし、付ける習慣も無かったから持ってなかったけど、こっちではみんなたくさん付けてるんで驚いてたけど、まだ無かったから」
へえ・・・これはクマか?
ふうん・・・いつも傍に持って貰えるもので、さり気なく存在を意識して貰えるってヤツか。
蒼司も考えたな。
ニヤニヤと笑っていると、蒼司に睨まれた。
なんだよ、自分の時はさて置き、それを見ている方にとっては『恋に必死になる姿』ってのは面白い見せ物でしかないんだよ。
大体、蒼司は俺の息子のクセに、母親の実家を継ぐ事に拒否反応を一つも示さず、素直にすんなり承諾したし、学校の勉強も涼しい顔をしていい成績を取って見せた。
優秀なのは結構な事だが、可愛げが無さ過ぎなんだよ。
思えば反抗期も無かった。
俺と親父がやったような喧嘩を、俺とする事も無く(ただ時々、俺の事を『クソ親父』呼ばわりする事はあるが)、俺の昔の事をどこから聞いたのか(多分、お義父さんかお義母さんだろうが)からかう素振りを見せるだけだ。
小さい頃には、葵に女の子の格好をさせられては「いやだよぉ、僕、男の子だよぉ」とベソ泣きをしていた頃が懐かしいくらいに可愛げが無くなった。
うん、そうだ、あの頃は可愛かったよなぁ・・・恰好だけじゃなく、態度も。
いつの間にあんな風になっちまったんだろう?
高校入学と同時に別居した所為か?
いや、中学・・・小学校に入った頃には既に・・・いやいや、小学校も高学年になってからはかなりしっかりしていたような気もする。
う~ん・・・俺もあの頃は忙しかったし・・・今でも忙しいのは変わってないが・・・子供の成長をそんなに気にしてる暇も無かった。
親が知らない間に、いつの間にか子供ってのは成長してるもんなんだなぁ。
しみじみと感慨に耽っていると、夕食は終わり、朱里ちゃんはいつものように地下の防音室へと籠ったらしい。
「父さん、何を考え込んでるんですか?」
蒼司に訊ねられて、現実に戻された。
「いやぁ、鈍い子にアプローチすんのも大変だなぁ、と思ってな。頑張れよ!」
蒼司の肩をポンと叩いて激励してやると「うっさい、クソ親父」との呟きが聞こえた。
コイツも『優等生でイイ子』の猫を被ってるみたいだが、いつまで続くのか?
「蒼司、経験者からの忠告だ。気取って本性を曝すのを恐れてたら相手の心を本当に捕まえる事は難しいぞ」
ま、俺もそれで苦労したし。
オマエも苦労してみな。
ただ、あの子じゃなあ・・・並大抵の苦労じゃ済みそうもないけど。