27. Butler (side Soushi)
蒼司視点のお話です。
「いや、参ったよ~!ネチネチと厭味ったらしいったら、あの客!」
バイト先で仲間の一人がキッチンに食器を下げに来たついでに愚痴を溢し始めた。
「可愛い顔してんのにさ。厳しいったらねェの。カップはジノリよりヘレンドがいいとか言い出すし・・・ヘレンドなんて置いてねぇつーの」
「へぇ、そりゃもしかしたら本物のお嬢様かもよ?俺もチラッと見たけど、言葉遣いも俄かお嬢じゃないみたいだったし」
「ああ、俺も見た。あの一人男みたいな子と一緒の三人組だろ?」
区切りいい時間なのか、次々と戻って来る『執事』と言う名のウェイターが、今日一番話題のお客について話し始めた。
ん?男みたいな子?
「まだいるのか?その客」
「ああ、今、会計してる筈だぜ」
俺は慌てて確認するべく、店内を覗いた。
ああ、やっぱり!
あの後姿は朱里だ!
よかった・・・今日はシフトをキッチンにして貰って。
この店は高い食器を置いているから、洗い物担当は新人じゃない方が歓迎されるので、希望すれば裏方にも回れる。
その分、当然、時給は下がるが。
昨日、朱里にメールをして連休の予定を聞いたら、なんと!学校の友達と今日、『執事喫茶』に行くのだと言う。
俺は焦った。
こんな所で働いてる姿を見られたくない!
だって、恥ずかしいし・・・それに何だか軽蔑されそうで。
そりゃ、確かに『執事喫茶』はここだけじゃないし、他の店に行く可能性だってあったが、もし見つかったら?
俺はハイリスクを避けた。
ここは時給が格別だし、時間の自由は利くし、丁寧な口調で対応するだけでいいし、バカな客はいないし、ついつい辞められないで続けてたんだが・・・
しかし、ホッと気を許したのが拙かったのか?
朱里と一緒にいた友達の一人が振り返って、俺と視線が合った!
あれは・・・確か真鍋グループの娘じゃなかったか?
マズイ!あの子は俺の顔を知ってる!!
慌てて背中を向けたが、後の祭りだ。
朱里にこのバイトがバレるのも時間の問題か?
俺は朱里にメールをしながら考えてた。
今日から三連休だから、そのうちの一日くらいは一緒に出かけたいと思ってた。
朱里が来た時、夏休みだったのに、婆さん達と買い物に出かけたり、叔父さん達が来たり、夏期講習が始まったりして結局一度も誘えなかった。
学校が始まっても、朱里はピアノの前に噛り付いてて、休みの日も出掛けないし。
今週からはピアノのレッスンも始まっちまったし。
そうこうしているうちに、俺の学校も始まったし。
朱里は残りの連休もピアノの前で過ごすつもりなんだろうか?
あの・・・ピアノを教えて貰ってる奴の為に。
この前、早くも朱里のレッスンが遅くなって、迎えに行く事が出来たのはラッキーだと思ってた。
ところが、迎えに行った俺が見たのは・・・見たのは、朱里の後ろから抱き付いてた若い男の姿。
俺は・・・俺は平静を保つのが精一杯で、帰りの車の中でだって、朱里に「付き合ってるの?」って聞く事しか出来なくて・・・
朱里は「違うよ」って言ってくれたけど・・・抱き付かれてても、赤くなったりも、慌てたりもしてなかったけど・・・抵抗もしてなかった。
そして、俺に見られても平気な顔をしていた。
そんなに俺って圏外なワケ?
それとも、ホントに川口とは何でもないから?
少しずつ、朱里との距離を縮めていければ、なんて悠長に考えてる場合じゃなかったのか?
そう思ったから、この連休に連れ出そうと思ったんだが・・・
いきなり、コレだもんなぁ。
はぁぁぁぁ・・・俺ってツイてない。
俺が朱里に出したメールの返事は、意外な事にOKだった。
やった!
でも、朱里にバイトの事がバレてる可能性は高い。
その事について聞かれるのかな?
それとも無視される?
どっちも辛いな。
複雑な気持ちを抱えて、朱里を迎えに行った。
爺さんにまた車を借りて、出掛けようとすると、当然ながら聞かれた。
「どこへ連れてくつもりだい?」
どこ、と聞かれても・・・実はノー・プランだったりする。
「朱里が行きたい処に案内しようかと思ってますけど」
そーなんだよ!
言い寄って来る女は多いけど、俺の財産目当てが咋で、かわし捲ってたから、デートのスキルなんてもんは俺にはないんだ!
俺自身の財産なんてないってのに!
つくづく成島の名前のデカさに驚きだぜ。
まあ、それだけ仕事として向きあうには遣り甲斐があるとも言えるんだが。
「軍資金は足りてるかい?」
爺さんは財布を出そうとしてくれたけど、俺は断った。
「僕だって朱里を一日連れ回す費用ぐらいは自分で賄えますよ」
車は賄えてませんけどね。
「そうか」
爺さんはそれだけ言って、財布をしまったが、驚いた顔をしてた。
そりゃそうだ。
何しろ、今までの俺なら、喜んで軍資金を頂戴していたんだから。
この前、朱里がバイトをしたがっていた事や、親や爺さん婆さんから小遣いを貰う事に渋っていた事が頭の中に残っていたからかもしれない。
俺って、つくづく甘やかされてたんだよな。
「蒼!お待たせ!」
リビングで爺さん婆さんと朱里を待っていた俺は、そう言って飛び込んで来た朱里の姿を見て固まった。
いつものTシャツとGパンじゃない・・・いや、シャツとジーンズなのは変わらないんだけど、オレンジ色のカットソーは鮮やかで、デザインは襟が横に広く空いてて、袖は肩から少し落ちたとこまでしかないし、裾も変則的にカットされててラインが数本入っているで家のシンプルなものなんだが、ハーフジーンズの濃いブルーとよく合ってる。
可愛い!!
「おや、朱里。やっと着てくれる気になったのかい?」
婆さんが朱里を見て嬉しそうに言ったから、きっとこれは婆さん達の見立てなんだろう。
「良く似合ってるよ」
爺さんは何気にさらりと褒めるのが上手い。
「素敵だよ、朱里」
俺が言えるのはこれくらいか・・・
「う~ん・・・昨日、友達と一緒に居て恥を掻かしちゃったみたいだから、ちょっと反省して」
そ、それで?
俺の為、とかじゃなく?
ハハハ、そっか・・・
「じゃあ、行こうか?朱里」
なにはともあれ、朱里との初デートだ!
そして、俺にとっても初めてのデートになる。
頑張れ!俺!




