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24. Voice (side Kawaguchi)


無愛想な作曲家・川口樹視点です。

長いです。





『とにかく、一度聞いてみれば判るから!凄い才能の持ち主なんだよ!』


大森から一時間ごとに電話攻撃を受けたので、仕方なく山田先生の家に出向く事になった。


春にした仕事のギャラが思ってたよりも良かったので、あと一年くらいは仕事をしなくてもいいと思ってたんだが。


外出するのは何日振りだろうか?


外に出ると日差しがキツイ。


もう九月なのに、まだまだ暑いな。






山田先生にお会いするのは何カ月振りだろうか?


「ご無沙汰してます」で間違ってないだろう。


不機嫌そうな顔で、文句を言われても黙って聞き流すしかない。


一頻り続いたお小言が終わると、今度はピアノを弾けと命じられる。


俺は黙って命じられるままに弾いた。


何しろ、この人は俺の恩人だ。


大学在学中に、家以外の碌な資産を残さずにポックリ逝ってしまった両親に替わって、俺に奨学金を受けさせ、短期とはいえ留学の奨学金まで受けさせ、無事に大学を卒業させてくれて、大森を紹介してくれた人だ。


大森を紹介してくれた本当の理由は「一時的な仕事をさせるつもりで紹介しただけなのに」と俺がクラシック以外の仕事をする事を嫌がってはいるが、密かに応援してくれている事も先生のマネージャーの堀田さんから聞いている。


ありがたい事だ。


大森が回してくれる仕事は、興味を惹かれるものが多いし、何しろ金になる。


ある程度金が貯まれば、今みたいに仕事をしないで家に籠って好きなだけピアノを弾いていられる。


山田先生の前でピアノを弾き終えると、それを見計らったように、堀田さんが一人の制服を着たヒョロヒョロでガリガリの少年の様な女の子と大森を連れて練習室に入って来た。


この子が大森の言ってた子か?


どうやら、大森は山田先生が弟子に、と見込んでいるその子を歌手としてスカウトしたいらしい。


山田先生の目の前で堂々と口説き始めるとは大森らしいが、俺はまだその声を聞いてない。


「そこの少年、これを歌ってみろ」


大森が惚れ込んだと言う、あの歌を弾いた。


すると、少年の様なガキは、まだどう見ても中学生くらいにしか見えないくせに、あの古い歌を歌いやがった。


ヒョロヒョロのくせに高い声をすんなりと出しやがる。


俺はオリジナルの音を再現する事に必死だった。


気を許せば、声に引き釣られて妙なアレンジを加えてしまいそうだった。


岡村朱里と言う、そのガキは、擦れたノイズの残るレコードじゃなく、生の声で、俺をその気にさせた。


俺だって、あの歌に入れ込んでる大森からレコードを(何度も何度も)聞かされただけだってのに。


この声で、もっと別の歌を歌わせてみたい、と思わせた。


だが、本人には歌手になる気はない様だ。


いい素材だが、本人にやる気がないなら仕方ないかな?


そう思ってたんだが。


岡村ってガキは、山田先生にピアノと作曲の教師を紹介して欲しいと、図々しくもお願いしていた。


日本の音大じゃダメか・・・はっきりとモノを言うガキだ。


アメリカに戻って・・・と言う事は、家はアメリカにあるのか?


日本の学校に通っている間だけの、その場凌ぎの教師が欲しいとは、お嬢様の言い分だな。


聞いてると、成島とか言う金持ちに所縁のガキみたいだし。


そうなんだよ、クラシックなんざ、所詮、金を持ってる奴等にしか続けられない、道楽と紙一重の世界なんだよな。


ま、俺が言うと、負け犬の遠吠えにしか聞こえないが。


山田先生にガキの教師を指名された。


いいだろう。


俺も暇だ。






次の週から岡村朱里というガキが俺の処に通い始めた。


初日は、ガキの作った曲とやらを聞いてみたが、やっぱりまだ粗い。


ピアノの弾き方もそうだが、まだ未知数の部分を抱えてて、指導と言うよりも本人のやる気次第ではどうとでも転ぶ可能性を持ってる。


良くも悪くも、だ。


弾いてみたい曲を聞けば『翼をください』などと言い出す。


学校で合唱部に伴奏を依頼されたとか言ってたが・・・合唱か。


作ってきた曲はジャズの色が強かったし、こいつは色々とやらせてみた方が良いのかな?


合唱然り、伴奏や、クラシック以外のジャンルの音楽も。


俺もこいつの声には未練があるし、大森も隙あらば歌手デビューを諦めてはないみたいだし。


まだ高一だもんな。






次の日も岡村が来る予定になってたが、ガキが来る前に愛生が顔を出した。


この女には一度曲を書いただけだが、暇があると新しい曲を書けと催促して来る。


売れっ子なんじゃなかったのか?


俺はドラマの主題歌として受けただけの話だったが、愛生にとっては、それまでアイドル扱いされて鳴かず飛ばずでグラビアに転向させられそうになってた直前に来た最後のチャンスだったらしい。


今は歌手として立派に食えてんだから、もう俺なんて必要ないだろう?


曲だけを提供するなら俺である必要はない筈だ。


いざとなったら、愛生は自分で曲だって書ける筈なんだから。


それでも、俺がこの女を家に上げる理由は、こいつはあまりベタベタしてこないし、やって来るのは偶にだし、何より声が気に入っているから。


曲を強請りに来た癖に、その事についてはあまり言及しないで、ダラダラとCDを聞いたり、本を読んでいたり、偶に世間話をしていく。


引き籠りがちの俺がこの家に上げるのは、大森とこの女ぐらいかな?


後は煩くて追い返す事が多い。


あ、岡村も家に上げる事になったんだったな。


愛生はもちろん、家に来れば必ず一回は目的らしい一言を告げて行く。


「ねぇ、また私に曲を書いてよ」


ピアノの前に座ってる俺の顔を覗き込むようにして話し掛けて来る。


この女も、今みたいにスッピンなら可愛いのに。


その時、部屋のドアがノックされるような音がして岡村が入って来た。


「外で待ってますか?それとも今日はこれで失礼した方が」


俺と愛生を見てそう言った岡村に少し驚いた。


若い女の子なら、これを見て悲鳴の一つでも上げるとか、顔を真っ赤にして慌てるとかするもんじゃないのか?


ああ、そう言えばこいつは帰国子女なんだったっけ?


こんな場面には慣れてるってか?


「気にするな。お前はもう帰れ」


愛生にそう言えば「あら、つれない」とだけ呟いて俺から離れ、「じゃあね」と素直に帰ろうとしていたのだが、岡村が何も気づかずに黙って見過ごすのを見て不思議に思ったんだろう。


「あら、あなた・・・私の事、知らないの?」


愛生も随分と自惚れが強くなったな。


いや、そう思ってもおかしくない程には売れてるか?


「そいつは帰国子女だからな。知らなくて当然だろ?」


俺がそう教えてやれば、愛生は岡村に興味を持った様だった。


自ら名乗って素顔を曝して見せてる。


「失礼しました、川口先生に教えて頂いている岡村と申します」


昨日も今日も、岡村の格好はTシャツとGパンといったラフな格好だが、こう言う風に礼儀正しく挨拶をする処はお嬢様だな、と改めて思わせる。


初めて山田先生の処で会った時に着ていた制服はヘンな形のセーラー服だったが、大森によるとアレは有名な私立の女子校のものなのだそうだ。


愛生は更に色々と質問し、俺がこいつにピアノと作曲を教えてると聞いて、益々興味を持ったようだ。


「あら、ステキ。樹を超える大先生になったら私にも曲を書いてちょうだいよ」


「ありがとうございます。頑張ります」


へえ、こいつはポップスをやる気があるのか?


二人の会話をぼんやりと聞き流していると、愛生が悲鳴を上げて岡村に抱き付いていた。


「イヤ!なに、この子!可愛い!樹!この子私に頂戴!連れて帰る!」


ああ、なんとなく原因が判った気がする。


きっと、愛生に微笑まれでもして、笑い返しでもしたんだろう。


こいつの笑顔は中々どうしてギャップ萌えとか言うヤツを引き起こすからな。


「愛生、止めとけ。そいつはそんな形をしてても女だぞ。一応」


「ええ~!女の子でもいいから欲しい!」


「そいつはこれから練習があるんだ。さっさと帰れ!」


「ええ~ケチ!」


俺が怒鳴りつけても、愛生はしぶとく食い下がった。


そう言えば、この女は可愛いものが好きだったな。


以前も、奇妙な形をしたぬいぐるみを『可愛い』と言って手放さず、とうとう持ち主から取り上げた事があると聞いた事がある気がする。


「下の名前は?岡村・・・ナニちゃん?」


「し、朱里です」


え?


「そう、朱里ちゃん。いい名前だわ。また今度、一緒にお食事でもしましょうね?」


愛生は岡村の頬にキスをして漸く帰っていった。


「お前の名前って朱里あかりじゃなかったか?」


「はあ、が、学校でそう呼ばれているものでつい・・・」


そんな理由なのか?


自分の名前を違う呼び方で呼ばせるのが平気なのか?


帰国子女の考えている事はよく判らん。






レッスンに入ると、岡村は古い楽譜を出して来た。


合唱用の物は学校から借りて来たんだろうが、ベートーヴェンの物は書き込みまでが古いメソッドのものだ。


家にあるヤツを持って来たのか。


ま、昨日の今日だしな。


合唱か・・・こいつにも歌わせるか。


俺は思っていたよりも、こいつの声に未練があるらしい。


強引に発声練習をさせて、合唱部から伴奏を頼まれていると言う『翼をください』を歌わせた。


うん、やっぱりこいつの声の伸びはいい。


それから、やっとピアノの前に座らせて弾かせた。


まあ、一晩じゃな。


しかし、楽譜に書き込んであるメソッドに然程影響されてはいない様だった。


アメリカでの師匠の教え方が良かったんだろうな。


まず、曲を覚えるには書き込みに惑わされずに楽譜通りに弾く事が一番大切だ。


次に必要なのは、自分自身による解釈。


他の奏者の弾き方や影響を受けてしまっては、それは只のコピーに過ぎなくなる。


「明後日までにもう少し何とかして来い」


「はい」


やる気はあるんだよな。






「駅まで送っていくか?」


レッスンが終わると外が暗くなっていた。


さすがに歌とピアノの両方では時間が掛かり過ぎるか?と反省したし、一応、女の子だしな、と思ってそう声をかけたが。


「大丈夫です。家の者が迎えに来てくれるそうですから」


「そっか、お前は成島のお嬢様だったな」


そう言うとムッとした様な顔をして言い返して来る。


「確かに、今世話になっている母の実家は『成島』ですけど、わたしはお嬢様なんかじゃありません!」


「そうか『お坊ちゃん』だったな」


ああ『岡村』だもんな。


「わたしは『女』です!」


ムキになって言い返して来るのが面白くて、ついからかったしまうが、少年の様に見えても、こいつは少年じゃないんだよな。


そんな事は解っちゃいるが。


「『成島のお坊ちゃん』はこれから迎えに来てくれる従兄の方ですよ。わたしは両親からの仕送りでカツカツのしがない留学生みたいなものですから」


「そうなのか?」


「そうです!」


それでも、お前は自分がどれだけ恵まれてるのか知ってるか?


しがない留学生は私立の学校に通って、個人レッスンを受けて、車の迎えが来りはしないもんだぜ。


「ふうん」


俺は鼻息の荒い岡村の言葉を聞き流す様な返事をした。


その時、玄関のチャイムが鳴った。


「は~い!」


岡村が返事をして玄関へと向かおうとしていた。


俺に背中を向けたその瞬間、思わず後ろから抱き付いてた。


どうしてだろう?


帰って欲しくなかった?


いや、そんな筈はない。


じゃあ、どうして?


「お邪魔・・・します。・・・朱里、迎えに来たよ」


岡村を迎えに来た、従兄だと言うその若い男は、男前で優しそうな、確かに『お坊ちゃん』と呼ぶに相応しい男だった。


「では、迎えが来たので・・・先生、ありがとうございました」


岡村は俺の態度にうろたえる事無く、冷静にそう言って、俺の腕の中からスルリと抜け出した。


俺はただ呆然と、お姫様を迎えに来た王子様を見送る事しか出来なかった。






あんなガキに惚れたのか?


いや、違うだろ?


妬ましいのか?


恵まれてるあいつが?


自由になる金と、可能性を持った才能が?


妬ましくない、と言ったら嘘になる。


でも、惚れてるのも違う。


きっと、俺は寂しいんだ。


今日は愛生も来ていた。


岡村とのレッスンは予定以上に長引いた。


だから、急に一人になる事が嫌になっただけだ。


そう。


それ以外に考えられないだろ。


この家は家族で暮らしていた家だ。


一人で暮らしていくには広すぎる。


でも、ここを出て行く気にもなれない。


だって、親が唯一残してくれたものだ。


岡村の指導を引き受けたのは失敗だったか?


いや、そうじゃない。


俺は岡村が来る明後日を楽しみにしてる。


あの歌声を聞く事を楽しみにしている。


だから、多分、これは恋ではないんだろう。







川口樹に朱里と出会った21話からの話の裏側を語らせたので長くなりました。

うん、微妙・・・



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