23. Master (side Soushi)
短い蒼史の呟きです。
俺はてっきり、朱里は爺さんが紹介したとか言う、音大の教授でもあるピアニストだとかいうバアサンにピアノを教わるのだとばかり思ってた。
ところが、そのバアサンに紹介して貰った『川口樹』とか言う男が朱里のピアノの師匠になるのだと言う。
何故だ!
川口樹と言えば、流行の曲なんて聞かない爺さんや婆さんは知らなくても、音楽にさほど詳しくない現役大学生である俺は耳にした事があるくらいの、ある意味有名人だ。
山田とかいうババアではなく川口と言う男に替わったのは、朱里がピアノを弾く事だけでなく、作曲を学びたいと言ったからだそうだが、それにしても・・・
アメリカにいた朱里は知らないだろうが、川口樹は流行の作曲家と言っても、ジャンルを問わずに、広く活躍している、らしい。
俺が知っていたのはドラマの主題歌としてヒットした日笠愛生の曲を手掛けたって事ぐらいだったが、調べると歌だけではなく、映画音楽やドラマ・アニメなど、俺も知っているタイトルが次々と出て来た。
プロフィールを調べても、学歴と過去にこなした仕事しか出て来ない。
顔や年は判らないが、仕事の経歴は三年前が一番古いから二十代じゃないかと思うし、学歴もG大学音楽学部ピアノ科卒業と立派なもんだ。
短期ではあるが海外への留学経験もあるらしい。
同じピアノという共通項を持つ男、それも師匠と弟子って拙くないか?
レッスンの時は二人っきりだろ?
マズいよ!
唯一の救いと言えば、朱里はレッスンに行く時、一旦家に戻ってから着替えて出掛けてるってコトだ。
あの可愛い制服を脱いで、TシャツとGパンといった色気のない恰好で。
しかし、そんな事は大して問題にならないかもしれない。
何しろ、朱里はどんな格好をしてたって、可愛い事には変わりないんだから!
ああ、どうして俺にピアノを習わせといてくれなかったんだよ!
朱里がピアノがそんなに好きだって知ってたら・・・
だって、俺が初めて会った時は玩具のピアノを叩いてただけだったんだぜ?
それが、いつの間に本物になり替わってんだよ!
これからでも勉強ぐらいはしとかないとな。
せめて、話くらいは合わせられる様に。
えっと・・・まずはダウンロードして色々と聞くべきか?
でも、どれから?
お袋に聞く・・・バレそうだ。
婆さん・・・は宛てにならなさそうだし、爺さん・・・にもバレるよな。
俺の周りで他にクラシックに詳しそうなのって・・・哲也?
いや、いやいや、アレはダメだ!
あいつはバイオリンだし、第一、何と言っても性格が悪い!
それにあいつはもうすぐ留学するとか言ってたよな?
そう、そうだよ・・・よかった・・・朱里とは会わせたくないからな。
哲也は親父方の従弟だが、親父はあっちの家とはあんまり関わりたくないみたいだし、俺も必要以上に関わりたくない。
他に・・・誰かいたかな?
探すしかないか・・・大学に一人くらい居ればいいが・・・俺の周りにいる奴等はクラシックなんて聞きそうにもないからなぁ。
一応、私立の坊ちゃん学校なんだから、そういう優雅な趣味を持ってる奴が居ても良さそうなもんだけどなぁ。
それと、朱里のレッスンのある日は出来るだけ成島の家に足を運ぶか。
帰りが遅くなったら迎えに行ってもいいんだし。
夜道は危ないからな、うん。
俺自身は車を持っちゃいないが、もう運転しなくなった爺さんが乗ってたヤツがあったよな?
そろそろ本格的に成島の仕事にも関わっていかないといけないから、顔を出すのはおかしくないよな?
でも、去年の夏に手伝わせて貰ったプロジェクトは辛かった・・・あれだけ忙しくなると朱里と会う時間だって作れなくなりそうだぞ?
就職活動する必要がない代わりに、半端なく扱き使われちまうからなぁ。
ううっ・・・どこかに、誰にでも通用する様な立派な立て前は売ってないのか?
って言っても、最近これだけ頻繁に顔を見せてれば、みんなにバレてるか?
いや、いっその事、バラして協力を取り付けるのもアリか?
お袋は喜びそうだが、果たしてみんなに賛成して貰えるのか?
親父は面白がりそうだが、爺さんや婆さんはどう思うだろ?
はぁ・・・俺って意外と可哀想な身の上だよな。
短くてスミマセン。
父方の従弟の哲也クンには双子の弟が居て真也クンと言います。
ちなみにこの話には真也クンの出番はない予定です。