20. Choice (side Soushi)
久方振りの蒼司視点です。
朱里は学校で非常にモテているらしい。
同窓であるお袋や緋菜叔母さんは、早くも出来たと言う『親衛隊』の存在にはしゃいでいたし、何より、チラリと覗いた朱里の携帯のアドレスには、既に二百件以上の登録がしてあった。
まだ新学期が始まって一週間も経っていないのに。
ちなみに、俺のアドレスのカテゴリーは『家族』だった・・・爺さん婆さんと同列かよ!
まあ、いい。
登録してある名前は九十九パーセントが女子だ(残りの一パーセントは朱里の父親と俺と爺さん)。
同じクラス・一年・二年・三年と分けられたカテゴリーには女子の名前しかなかったし(もちろん、しっかり全ての名前はチェックした)、あの学校は女子校だ。
男と知り合う機会なんて・・・お袋みたいに通学途中でナンパされる可能性は・・・無いとはい言い切れないが、多分少ないと思う(思いたい!)。
幸か不幸か、朱里はボーイッシュで胸も無いから、痴漢にも合わないだろうし(コレに関しては朱里のコンプレックスに感謝!)。
あの時から、イヤな予感はしてたんだ。
爺さんが朱里を防音室に案内した時から。
朱里は防音室のピアノを見ると目を輝かせて、触りたくてウズウズしているように見えた。
何故か、最初は爺さんが弾いてお袋が歌を歌ってから、やっと朱里が弾き始めた。
俺はピアノやクラシックとはあまり縁がない生活をして来た。
小さい頃から親父の転勤に付き合ってきたから、成島の家とだって高校に入ってからしか馴染みがないし。
高校時代は部活と勉強に追われて、防音室の存在を知ったのも最近だ。
お袋が歌が得意だったなんて、この時まで知らなかったし。
爺さんが昔、ピアニストになりたがっていた事も知らなかった。
だから俺は、朱里が有名なピアニストで爺さんの知り合いだという音大の教授の家で披露したと言う、朱里の歌と朱里の作ったという曲を茫然と聞いている事しか出来なかった。
手放しで褒める爺さん婆さんとお袋に、朱里は助けを求めるかのように俺に視線を寄越したが、無知な俺に何を言えと?
「驚いたよ、朱里。歌まで上手いんだね」
コレだけを言うのが精一杯だった。
朱里に編入試験の為に勉強を見ていた時、聞いた事がある。
どうして日本の高校に入るつもりになったのか?
そりゃ、確かに日本の学校のレベルは高いが、アメリカだって探せば高い処は幾らでもある。
朱里の答えは簡潔だった。
「だって、わたしは日本の国籍を持っているから」
アメリカの国籍を持つ事はある意味簡単だ。
アメリカの領土内で生まれればいい。
だから、朱里の弟の玄はアメリカ国籍を持っている。
でも、日本で生まれ、日本人の両親を持つ朱里はアメリカの国籍を持っていない。
ずっと、アメリカで暮らす覚悟が出来ているのなら、二十一になるまでに申請すれば、アメリカで働いている父親のようにビザやグリーンカードは取れるらしい。
でもやはり、自分が生まれた国を見て見たいと思っていた、と朱里は言った。
まだ、将来については何も考えていない白紙の状態で、これから探していくのだと言っていた。
それがどうだ?
本当は、ずっとピアノの事が頭の片隅にあって、それを忘れる為に日本に来たんじゃないのか?
確かに、爺さんが諦めたように、音楽で食って行くのは大変だと、素人の俺でも思う。
才能だけじゃなく、運だって必要だろうし、金も時間も掛かるだろう。
私立の女子校に行く事で、親に負担が掛かる事をあれだけ心配していた朱里なら躊躇うのは当然かもしれない。
でも・・・でも俺は・・・なんだか裏切られた気分だ。
朱里は爺さんから防音室を案内されてから、毎日、ピアノを弾いているらしい。
学校が始まると、学校から帰って来ると夕飯まで弾き、夕飯が終わっても結構遅い時間まで弾いているのだと、お袋が言っていた。
休みの日は、それこそ一日中弾いているそうだ。
これは、アメリカでもかなり本格的にやって来たんだな。
そして、朱里はピアノがかなり好きなんだ。
ある意味、どう逆立ちしても俺には敵わない相手かもしれないな。
どうする、俺?
って、言うまでもないよな。
朱里が、まだおっかなびっくりで、恐る恐る踏み出し始めた道を、応援していく事しか出来ないだろ?
今の学校を辞めるつもりはないみたいだから、精々勉強で力になるとか・・・それすら無理かもな。
あれだけのファンが学校にいるなら、サポートは万全じゃないのか?
そうすると、たった一つ残ったのは従兄妹同士ってコトだけか?
なんとも情けない上に頼りない絆だな。
でも、仕方ないのか?
朱里の、あの演奏後の満足そうな笑顔の為には。
初めて会った、あの幼い頃と少しも変わらない、なんとも愛らしい笑顔の為には。
ストーカーのようにずっと朱里を見守り続ける蒼司。
健気な様でちょっと危ないか?