1. Reception
朱里が来日する前の成島家の面々を三人称で描きました。
成島 青華 朱里の母・緋菜の母親、お祖母ちゃん。
成島 潤 朱里のお祖父ちゃん。
成島 葵 朱里の母親の姉、伯母さん。
成島 和晴 葵の夫で婿養子、伯父さん。
成島 蒼司 和晴と葵の一人息子で従兄。
以上が今回の登場人物です。
「そう、決めたのね。ええ、ウチはいつでも歓迎するわよ。ええ、ええ、日にちが決まったらまた連絡を頂戴」
青華は受話器を置いて振り返ると、リビングにいた家族全員がこちらを向いていた。
国際電話の内容について、皆、耳を傾けていたらしい。
「決定よ!朱里が九月から日本の高校に通う事になったわ」
皆の期待に応えるようにウインクをし、親指を立てて突き出した青華は、とても八十近い様には見えない。
元気のいいお祖母ちゃんだ。
「そうですか、それは良かった。この家もまた賑やかになりますね」
青華よりも二つ下の夫である潤はニコニコと穏やかに微笑んで、もう年の差など感じない好々爺とした雰囲気を纏っている。
「お父様もお母様も、気が早いですわ。朱里ちゃんはまだ編入試験に受かった訳ではないのですし、それにこの家から通ってくれるかどうか、まだ判りませんわ」
期待に胸を膨らませている両親を、葵が苦笑を漏らしながら諌める。
「でも、朱里ちゃんがこの家に来てくれたら、オマエも嬉しいんだろ?」
隣に座っていた葵の夫である和晴は、やはり嬉しそうに突っ込む。
「それはもちろん嬉しいです。写真では見ていても、直に会うのは渡米前の赤ちゃんの時以来ですもの。あの朱里ちゃんが高校生になって戻って来るなんて・・・」
感慨深げに、頬に手を当てて昔を思い出しているらしい葵に和晴も頷く。
「こうやってウチを頼ってくれるんだから、渡米する前にあの二人の結婚を許しておいて良かったですね」
義父と義母にニヤリと意味ありげな笑顔を向ける和晴に、皮肉を言われた気になった潤は思わず娘婿に一瞬だけ鋭い視線を向けてからそれを緩めた。
「まだあの時の事を根に持っているのかね?和晴君」
「あの時の事って?」
一人、ソファーに座らず立っていた、和晴と葵の一人息子である蒼司は祖父の言葉に問い掛けた。
「やだ、潤の方こそ、まだ根に持ってるみたいに聞こえるわよ。第一、アレはまだ葵が高校生の時の話じゃないの」
「お母様、大昔の話はそれくらいで。ところで蒼司は朱里ちゃんと会うのは何年振りになるのかしら?確か渡米した後に一度だけ会ったわよね?」
青華の言葉に、昔の話を掘り起こして揉め事の種にしたくない葵は、話題を変えようと母親に釘をさしてから、息子に話しかけた。
「そうだね、かれこれ、もう十年になるかな?あの子が小学校に入る前だったから・・・でも、きっと憶えてないよ」
母親の咋な態度に内心では苦笑しながら、それを表に出さずに微笑み返した蒼司は、父親の転勤が多くて、高校に入るまでは祖父母との交流が無かったが、従妹の朱里のように高校入学と同時に両親から離れてこの家で生活するようになり、その時に色々と父と母の若い頃の話を祖父母から聞かされていた事は黙っているべきだと再確認した。
「そうかもしれないわね。それにしても、緋菜に似た朱里ちゃんと一緒に暮らせる様になるなんて楽しみだわ」
妻の言葉に和晴は思わず「え?」と言葉を漏らして、リビングのテーブルの上に置いてある、送られて来たばかりの最新の岡村家の写真を手に取った。
十数枚の写真には、妻の妹とその子供達が写っている。
葵に良く似た緋菜の二人の子供達は、どう見ても二人の少年の様に見えるし、年上の方は緋菜よりも、この中の写真には映っていない(おそらくはカメラマンに徹した)緋菜の夫である隆志の若い頃に似ている気がする。
顔だけでなく、スレンダーな身体つきとか、短い髪とか、色気のないTシャツと短パン姿とか色々と、女の子の筈なのに可哀想な子だと思っていたのだが。
「朱里ちゃんって緋菜ちゃんに似てるか?」
写真を睨みながら、ポツリと呟くように漏らした和晴の言葉に、葵と青華が素早く反応した。
「あなた、何を仰ってるんです?ホラ、よくご覧になって。この笑ったところなんか緋菜にそっくりじゃありませんか?」
「そうそう、可愛い女の子だよ、朱里は」
妻に差し出された写真の姪は、確かに笑顔が可愛いし、よく見れば母親である緋菜に似ていないとは言い切れない。
しかし、他の写真で口を弾き結んで真剣な表情をしている時や、カメラから視線を逸らしている時の表情などは、無愛想で無口な彼女の父親に共通するものを感じてしまう。
「いや、でも、どちらかと言えば岡村に似ている様な気がするけど・・・」
女性陣の言葉にも関わらず、自分の意見を素直に述べた和晴は、妻と姑に猛攻撃を喰らう事になった。
「あなたの目はどうかしてらっしゃいます!どこからどう見ても朱里ちゃんは可愛い女の子です!」
「そうだよ!朱里があんな無口で無愛想な男の方に似てる訳が無いだろ?」
あはは、岡村が無口で無愛想な事は認めるんだ~と、内心では乾いた笑い声を上げながら、和晴は「そうですね」と一言で白旗を上げた。
どうも、妻と義母は身贔屓が過ぎる気がする。
特に緋菜は葵と年が離れていた所為か、とても可愛がられていたし、末娘と言う事で両親も甘かった。
そして、女の子を切望していた葵には蒼司という息子だけで、第二子が授からなかった為か『姪が来日して日本の学校に通うかもしれない』と言う話を聞いてから、妙にテンションが高い。
和晴は傍らの息子に視線を投げると、蒼司は肩を竦めて返しただけだ。
『まあ、こいつも小さい頃は女装させられて苦労して来たからなぁ』
和晴は写真をテーブルに戻して、朱里に使わせる部屋の改装について話し始めた妻と義母を黙って見守る事にした。
サブタイトルの『Reception』とは「歓迎」と言う意味で使いました。
正確には表の朱里サイドの話の第一話『COMPLEX』よりも少し前のお話になります。




