15. Transfer ability (side Satomi)
朱里の親友になった真鍋聡美ちゃん視点のお話です。
二学期が始まった。
まだまだ暑いのに、授業なんてかったるいのに、容赦なく学校は始まる。
夏休みに思いっ切りアウトドアを堪能したあたしの肌はこんがりと良く焼けてる。
だけど、他のクラスメイトや先輩達は、綺麗に白い肌のままだ。
紫外線や皮膚癌を気にするのは、二十歳を過ぎてからだっていいだろうに、お嬢様の証である白い肌は保ちたいらしい。
あたしのいる学校は私立の女子校だ。
それも、通っているのはお嬢様ばかりの有名進学校でもある。
余りのお転婆振りに業を煮やした父親が中等部からあたしをここに放り込んだ。
だから、あたしはこの学校の中でとっても浮いている。
無事に高等部に進学できたのが奇跡なくらい。
勉強の成績は地を這ってるし、他の生徒とも上手く馴染めてないし、一応ソフト部に所属していてピッチャーをさせて貰ってるけど、今年も予選で敗退する程の弱小だ。
次は十一月の新人戦だけど、多分またダメなんだろうな。
「聡美さん、今日から楽しくなりそうですわよ」
斜め前の席の委員長は、奇特にも万年赤点のあたしに勉強を教えてくれる人だ。
物静かな優等生を絵に描いた様な人なのに、新学期早々、楽しそうにそんな事を言い出した。
「ああ、もしかして編入生のコト?」
あたしは一学期までは無かった、あたしの左隣に突然置かれていた机にチラリと視線を投げてから訊ねた。
何しろ、登校する途中からもの凄い噂になっていた。
一年月組にアメリカからの帰国子女が編入するって。
それも、もの凄くカッコイイ奴が。
カッコイイって・・・女子校だよ?
「ええ、とても可愛い方ですわ」
へえ、さすがは委員長。
カッコイイではなく可愛いとは、他の人達とはまた違った感覚をお持ちだ。
担任の平沢ちゃんがHRに連れて来たのは、確かにカッコイイ女子だった。
長身の平沢ちゃんより頭半分ぐらい低いだけだから、女の子としては長身の方だろう。
そして、スラリとした腕と脚にショートカットの髪はとってもボーイッシュだ。
この学校では、あまりお目にかかれないタイプだな。
ヒソヒソザワザワとするクラスメイトのお嬢様がたの気持ちはよく判る。
ちょっとキツイ感じの視線が男子みたいに見えるよな。
平沢ちゃんに促されて、教壇に立った新しいアイドルは挨拶を始めた。
「えー、岡村朱里です」
名乗っただけで何だかクラスが騒がしい。
「父親の仕事の関係で、今までLA、ロスにいました。日本語には不自由していませんが、生まれて直ぐに渡米したので、こちらの習慣には疎い所がありますが、宜しくお願いします」
どうしてだろう?と首を捻っていたら、編入生は苦笑して、付け加えた。
「わたしの名前は『シュリ』とも読みますので、どちらでも好きな方で呼んで下さい。向こうではシュリと呼ばれる事もあったので」
ああ、なるほど。
既に顔を合わせてる子達は『シュリサマ』とでも呼んでたのか。
「申し訳ありませんでした、朱里様!あ、いえ、朱里様」
席から立ち上がって、そう叫んだのは曽我部さん。
ああ、彼女はこういうタイプが好きそうだ。
彼女が間違えた張本人?
「気にしないで、好きな方で呼んで」
朱里サマは曽我部さんに手を振って、笑い掛ける。
うはぁ、コロっと表情が変わるよな。
何なんだ?あの可愛らしさは?
可哀想に、曽我部さんは顔が真っ赤になってる。
「はい、では朱里様と呼ばせて頂きます」
うん、これではお嬢様方が転ぶのも無理はない、納得。
朱里サマは平沢ちゃんに指示されて、あたしの隣の席に座った。
「よっ!朱里サマ!あたしは真鍋聡美!よろしくな!」
気さくに話しかけると、またしても眩しい笑顔が向けられた。
「よろしく!」
「おおう!やっぱ、間近で見ると迫力があるねぇ。プリンス・スマイルは」
思わずそう呟いてしまったら、朱里サマは顔を引き攣らせている。
「あ、ゴメン。気を悪くした?」
「いや、別に」
って、気にしてるだろ?
こっちを見なくなったじゃないか。
あたしはチラリと委員長を見ると、彼女は後ろを向いてくれてて、困った様に笑っていた。
まあ、普通の感覚を持ってたら、この学校はちょっと辛いかも知んないよなぁ。
HRが終わって、あたし達は始業式の為に講堂へと移動する事になった。
その途中で朱里サマは委員長に始業式についてアレコレと聞いている。
ああ、帰国子女だったっけ?
アメリカとは随分習慣も違うんだろうなぁ。
委員長が丁寧に説明している処へ、あたしが茶々を入れる。
朱里サマは、話している最中に割り込んだあたしに、特別気を悪くした様子も見せずにあたしの問いにも答えてくれる。
気取ってなくて優しいイイ子だな。
そして、終いにはこんな事も言いだした。
「その、『様』は付けなくてもいいよ。真鍋さん」
『様』付けは恥ずかしいのか?その初々しさも好感触!
あたしにそう言ってくれるってのも嬉しいねぇ。
「へぇ?そんならあたしの事も『真鍋さん』じゃなくて『聡美』でも『ナベ』でも好きなように呼んで」
ワイルドな笑顔を向ければ、安心したような顔をする。
パッと見、無愛想にも感じるけど、よくよく見れば結構表情豊かだ。
「うん、じゃ『聡美』、よろしくね」
そう言って、手を差し出されて益々嬉しくなって、握り返す手の力が入る。
「まあ、聡美さんなら大丈夫でしょうね」
傍らで見ていた委員長の言葉に朱里は訝しむ様な顔をした。
「大丈夫って、何が?」
ああ、そうそう、これが普通の人の反応だよねぇ。
「聡美さんはソフト部のエースで人気もありますから、朱里様を呼び捨てにされても嫉まれたり文句も言われないだろうと言う事ですわ」
そうなんだよ、この学校はそーゆー怖いトコがあるんだよな。
「ああ、ありがたいねぇ。あたしの無駄な運動神経も役に立つ事があって」
思わずそう呟けば、委員長もあたしと同じく苦笑してる。
朱里は疑問符を山の様に抱え込んでる事だろう。
やれやれ、それではあたし達が色々と教えてあげねばなりますまい。
始業式をサボって、委員長が調達して来た鍵を使って屋上に入り込む。
全く、この人はどんな伝手を持っているのやら。
そこで、この学校で平和に過ごす為の貴重な事柄を幾つか、委員長とあたしとで説明したんだが、朱里は自分の扱いについては素直に納得出来てはいないみたいだ。
でも、女子の陰湿な苛めが怖いと言う事は理解してくれたみたい。
つーか、もしかして経験者?
日本みたいに頻繁にニュースにはならないけど、苛められてキレた学生が銃を乱射とか聞いた事あるし、映画でも大人しい子が苛められてホラーになるってのがあったよな。
まあ、あまりにも日本とスケールが違う話だけど。
国は違っても、人って根本的な処で変わらないのかな?
しかし、無自覚な朱里の笑顔には参った。
その笑顔で今までどれだけの人間を墜として来たんだ?
委員長と思わず忠告をするが、ホント、自覚が足りない。
これだけ鈍いと、朱里に惚れた相手も大変なんだろうなぁ。
でも、友達としては面白い奴だ。
あたしは、この学校に入って四年目にして貴重な友人を得る事が出来た。
委員長?
もちろん、彼女もそうだけどね。
あの丁寧なお嬢様言葉と、腹黒さが正直、ちょっと怖い。
あたしはずっと、朱里みたいな普通の友達が欲しかったんだよ。
まあ、女子からのモテモテっぷりが、あんまし普通じゃないけどね。
それはそれで、またご愛敬、ってヤツかな?
補足:Transfer ability = 編入生
聡美は普通の感覚の持ち主ですが、この学校に居る以上、彼女も実はお嬢様。
色々と情報も持ってます。