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13. Classmate 2 (side Misato)

一年桜組の白石実里ちゃん視点のお話です。




夏休みも後半に入って流れ始めたその噂は耳にしていた。


とてもステキな編入生が一年に入ってくると。


大学受験まではまだ先が長い、わたくし達一年生の夏期講習は参加者がとても少ない。


一学年で一クラス分だけ。


たった一つのクラスの中は、始まる前からヒソヒソと騒がしい。


耳を澄ませば、噂の編入生は夏期講習に参加するらしい。


帰国子女で二学期からの授業に追いつく為だとか。


部活でも、二年生や三年生までもが噂をしていた編入生とやらは、どれ程の美形だと言うのだろうか?


噂の編入生は随分と遅れているようだった。


間もなく先生がいらっしゃるのではないかと言うその時、教室のドアを開けて入って来たのは・・・


その方を見た時、周りで上がった悲鳴のような歓声程ではないにしろ、わたくしも小さく「きゃ」と声を上げてしまった。


スラリとした長身、長い前髪から覗く瞳は鋭くて野生的、ショートカットなのに長いと感じる髪形、スカートをはいているし女性である事は間違いないのに、それでも強く目を惹かれる存在。


入って来た途端に、教室から悲鳴で迎えられた編入生のその方は、とても驚いていらしていたけれど、悲鳴が一瞬で止むと、彼女の後ろに居たらしい月組の委員長に促されて席に着いた。


廊下側の一番後ろの席は、如何にも急に用意された席で、彼女が座ると、間もなく先生が入っていらっしゃって、夏期講習の一時間目が始まった。


ああ、どうしてわたくしの席は一番前なのかしら?


講習中に余所見はいけないと思うけど、流石に一番前の席から一番後ろの席を見ることは出来ない。


じれったい一時間目が終わって、そっと振り返ると、彼女の席の前には月組の曽我部さんが立っていた。


いつの間に?


そして、休み時間だと言うのに、教室の中は静まり返り、曽我部さんと編入生の方の話がよく聞こえた。


「あの、岡村朱里さん、ですわね?わたくし、曽我部紬と申します。同じ一年月組の者ですわ」


お名前は岡村朱里様と仰るのか。


「はあ」


朱里様は突然話し掛けて来た曽我部さんに驚いている様子だった。


「宜しければ、朱里様の親衛隊を作りたいと思っておりますの。もちろん、ご迷惑はおかけいたしません事をお約束させていただきますわ」


まあ、曽我部さんたら・・・なんて素早い行動をなさる方なのかしら。


親衛隊だなんて・・・


「はあ?」


朱里様は戸惑っているご様子だったけど、曽我部さんは強引に話を進めてしまっていた。


「宜しいのですか?ありがとうございます!」


物凄く嬉しそうに、曽我部さんはそう言って席に戻っていった。


わたくしは、物凄く悔しかった。


朱里様のお名前を知っていた曽我部さんは、きっと朱里様をご存知だったのだわ。


おそらくは編入試験の時にでもお顔を拝見したとか。


わたくしだって、朱里様があんなにステキな方だと判っていれば、事前に色々と調べる事は出来たのに!


その後の休み時間は、朱里様は事前に教科書に目を通されたりして、お忙しそうだったので話し掛ける事も出来ず、お昼休みは月組の方達と一緒に月組の教室へ行かれたらしい。


「編入生の方が月組に入られるのは、もう決まっているようですわ」


「だから、曽我部さんや秋山さんがご一緒されていらっしゃるのね」


「羨ましいですわ、月組の方が」


わたくしも羨ましい。


『親衛隊』はお守りする方の傍にずっと居るのだと聞いている。


違うクラスのわたくしでは入る事は難しいかもしれない。


でも、朱里様の傍に居たいし、出来ればお話をしてみたい。






次の日も月組の方達が休み時間毎に朱里様の周りを囲んで、お顔どころか、お姿さえ拝見する事が出来ない。


幾らお守りする『親衛隊』の方達と言えど、やり過ぎでは?と思ってイライラとしていたら、声だけは聞こえてくるので、会話を必死に捕らえようと、教室中は休み時間でも昨日のように静で席を立つ人は、朱里様の周りに居る月組の人達以外は居なかった。


「朱里様、わたくし達の質問にお答え下さってありがとうございます」


「いや」


質問?朱里様はどんな質問にお答えなさったのかしら?


「ご安心くださいませ、あの質問表はわたくし達、親衛隊の間だけで回覧致しますので、決して他の方へはお見せ致しませんから」


「ありがとう、紬」


酷いわ!わたくしだって、朱里様の事についてよく知りたいと思っているのに!


『親衛隊』の方達だけしか知り得ない情報があるだなんて、これ見よがしに教室で話さなくたって宜しいのに!


わたくしは昨日から溜まりに溜まっていた鬱憤を晴らすべく、勢いよく立ち上がった。


「ちょっと!曽我部さん!」


睨むような鋭い眼差しを曽我部さんに向けると、曽我部さんは平然とわたくしの視線を受け止めて来た。


「なんでしょう?白石さん」


「いい加減にして下さらないかしら?今は夏期講習の期間でしてよ?ベタベタと編入生に纏わりついて、見苦しいですわ!」


哀しいかな、本音とは少々違う事で抗議申し上げたけれど、教室にいらっしゃる他の方達も同じ様に感じていたらしく、周りで頷く方が見えた。


「見苦しいのはそちらではなくて?朱里様の親衛隊に入りたいのなら素直にそう仰ればよろしいのに」


曽我部さんはわたくしの抗議に、腕を組んで悠然と微笑み、鋭く事実を指摘なさった。


「わ、わたくしはそのような・・・」


思わずうろたえて、言葉を詰まらせてしまったわたくしに、曽我部さんはこう仰った。


「なにも親衛隊は月組の方達だけと制限している訳ではございませんのよ?昨日は偶々、教室でお昼をご一緒させて頂いたからそうなっただけで、他のクラスの方でも歓迎致しましてよ」


その言葉に、わたくしは音を立てて席を移動した。


そして、そのまま朱里様の席に近付くと、親衛隊の方々が囲いを解いて下さって、朱里様のお姿が漸く拝見出来た。


ああ、やっぱりステキ!


「朱里様!」


思わず大きな声が出てしまい、わたくしは少し恥ずかしくなった。


「は、はいっ!」


朱里様も驚かれてしまわれたようだわ。


「わ、わたくし一年桜組の白石実里と申します。実里とお呼び下さいませ」


少し、緊張したまま、朱里様に自己紹介をさせて頂いた。


「は、はあ」


驚かれたままの朱里様も可愛らしくてステキだわ。


陶然と朱里様を見詰めていると、曽我部さんが先程から話題に上っていた朱里様が答えられたという質問状をヒラヒラとさせてわたくしに問い掛ける。


「はい、これ、ご覧になる?」


わたくしは屈辱に顔を真っ赤にしながら、それを受け取った。


だって、欲しかったんですもの。


わたくしが受け取ると、他の席に座っていらした方々も、次々と立ち上がり、「わたくしも」「わたくしも入ります」と駆け寄っていらした。


こうして、一年の夏期講習に参加した朱里様を除く二十八名は、全て朱里様の『親衛隊』に入る事になった。






朱里様への質問状は、わたくし達の間でコピーされ、もちろん決して口外したり他の方に渡したりしない事を約束して拝見した。


そして、結束力が増したわたくし達一年の夏期講習参加者達は、朱里様が下校されるのをお見送りすると、教室にいつまでも残って楽しいお喋りをするのが常となった。


「朱里様のお父様は大学でつい最近、教授職に就かれた様ですわ。わたくしの父は朱里様のお父様の先輩に当たりますのよ。そのご縁で丁度今来日されていらっしゃる朱里様のお父様とお話をなさったそうですわ」


朱里様との繋がりが、少しでも持てる方が羨ましい。


でも、こうしてみなさんで情報を共有する事が出来る事はとても嬉しい。


朱里様ご本人には、あれこれと詮索する様に質問をして嫌われたくはないから聞けない事が多い。


「舞さんのお父様はT大の医学部を出ていらっしゃるのでしょう?その後輩と言う事は、素晴らしい学歴をお持ちでいらっしゃるのに、どうして朱里様のお母様との結婚を反対されてしまわれたのかしら?」


朱里様のお母様がこの学校の卒業生で、尚且つ成島財閥の末娘である事は、既に周知の事実となっている。


そして、朱里様のお父様とお母様はご結婚を反対されて駆け落ちされたと言うのも有名なお話。


「やはり、まだお若かったからではなくて?朱里様のお父様は医学部と言えどまだ学生でいらしたそうですし、その上、ご両親を亡くされたばかりだったとか」


「深い悲しみの中で出会われたお二人が恋に落ちる・・・素敵なお話ですわ」


「駆け落ちなさったと言っても、今は和解されて、朱里様は成島のお家から通われていらっしゃるのでしょう?」


「そうですわ。今回、朱里様のお父様とお母様が来日された時も、お母様のご実家に滞在なさっていらっしゃると仰っていたそうですもの」


「まあ・・・じゃあ、朱里様は成島のご本家にいらっしゃるのね?」


「成島財閥と言えば、ご本家の長女である朱里様の伯母様に当たられる方のご子息が跡を継がれると伺っておりますわ」


「存じてますわ、蒼司様でしょう?」


「兄が蒼司様と同じK大に通っておりますので、よくお噂をお聞きしますわ。とてもハンサムな方で、女性からいつも声を掛けられているとか」


「・・・朱里様とご一緒にお暮らしなのかしら?」


「いいえ、確か蒼司様は大学に入られた時から一人暮らしをなさっていらっしゃる筈ですわ」


わたくしはそれを聞いてホッとした。


やはり、朱里様の傍に年の近い魅力的な男性がいらっしゃるのは気が休まらない。


自分勝手な考えだけれど、せめてこの学校に居るうちは、わたくし達だけの朱里様でいて欲しいと思う。


だって、わたくし達はここを出たら、社会と言う渦の中に巻き込まれてしまう。


いえ、今だって、生まれた家、家族、それらが暮らす社会の中に囲まれて来た。


その広い様でも狭い社会で生きて来て、まだまだ幼いわたくし達は自らの力で出ていく事は許されない。


生きていく術さえ知らないのだから。


不用意に男性に惹かれて、この社会を飛び出す事は、自分だけでなく、親や一族の信用すら失ってしまう危険を孕んでいる。


そんな中、朱里様の様な方は、恋に憧れる年頃のわたくし達にとって、理想の方なのだ。


旧家の血を引き、海外での生活が長く、容姿が優れ、わたくし達とは少しだけ違う空気をお持ちになった方。


「朱里様はどんなクラブにお入りになられるのかしら?」


はっ、そうですわ、大事な事を忘れておりました。


「バスケット部でしょうか?スポーツがお得意そうですもの」


「いいえ、もしかしたら音楽関係かもしれませんわよ?ほら、ピアノを習っていらっしゃったと書いてありましたでしょう?」


ピアノ・・・朱里様の伴奏で歌えたら・・・幸せですわ。


確か、月組には同じ合唱部の中野さんがいらした筈ですわ。


彼女に誘って頂けるようにお話をしてみましょう。


きっと、他の方も似た様な事をお考えだとは思いますけれど、放課後もご一緒出来たら・・・色々とお話が出来るかもしれません。


新学期が楽しみですわ。








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