12. Question (side Hina)
朱里のママ、緋菜視点のお話です。
「ママ、ちょっといい?」
夏期講習から帰って来た朱里は、買い物から帰って来たあたしにこっそりと声を掛けて来て、自分の部屋へと連れ込んだ。
と言っても、元はあたしの部屋だった場所だ。
お母様達は、随分と朱里を歓迎してくれたらしい。
内装に気合が入ってる。
壁紙はすっかり新しくなり、ベッドや家具も新調されている。
ううん・・・やっぱり甘やかされ過ぎかな?
でも、これも好意によるものだと思えば、あまり文句も言えない。
今日だって、玄を連れての買い物に、あたしも思いっ切り甘えてしまったし、ね。
それはそうと、朱里の『ちょっと』って何かしら?
「どうしたの?編入早々、虐められた?」
あの学校は育ちの良いお嬢様達が通う学校だから、普通の学校の様な咋な虐めはなくても、ネチネチとした陰湿な虐めはありそうだ。
朱里はパパに似て、あまり感情が表に出ないタイプだけど、実は意外と周りを気にする処がある。
特に、今まで女の子の友達が少なかった(と言うより殆どいなかった)所為か、日本の女子高生、それもお嬢様達の反応に戸惑っているのかしら?
一応、敬語とか、丁寧な言葉遣いは教えたつもりなんだけど。
以前は自分の事を『オレ』と言っていたのを、ちゃんと『わたし』と言う様にさせたし。
「いや、その・・・虐められた訳じゃないんだけど・・・その・・・『朱里様』って呼ばれちゃって・・・」
は?朱里様?
「『様』付けなんて仰々しくてヤなんだけど『ダメですか?』って言われちゃうと、断れなくて・・・どうしたらいいのかな?」
まあ、まあまあ!あたしが想像していた通りの展開だわ!
「あら、やっぱりね。いいじゃないの。朱里はちょっとボーイッシュなタイプだから、女子校では人気が出ると思ったのよ!日本の女子校っていうのは閉鎖された特殊な社会だから、虐められるよりはファンがいた方がいいわよ~」
あたしがそう言うと、朱里はヘンな顔をしてたけど。
「それより、もっと自慢するべきよ!パパやお父様達やお姉様達にも報告しなくちゃ♪」
「ママ!止めて!」
朱里があたしを止めようとしてたけど、そんなの無視無視。
リビングには丁度、お父様とお母様にお姉様が揃っていて、もちろん、パパと玄もいる。
玄が買って貰った物を披露していて、パパがそれに眉を顰めてる。
険悪な雰囲気をパパが垂れ流し始めてるわ。
うん、これは雰囲気を明るくする為にも、丁度いい話題になるわね。
「どうしたの?緋菜」
駆け込んで来たあたしと、あたしに縋り付く様にしている朱里を見て、お姉様が首を傾げてる。
「お姉様、朱里ったら学校で『朱里様』って呼ばれているんですって!編入初日の、それも夏期講習でよ?もう早くもモテモテらしいわ!」
「やめてよ~!」
朱里は泣きそうになりながら、あたしの腰にしがみ付いて、必死になってたけど、ここまで来て止めようとするなんて、往生際が悪い子ね。
「さあ、朱里!みんなの前でキリキリ白状しなさい!『朱里様』って呼ばれただけじゃなくて、他にも何かあったでしょ?『ファンクラブ』でも出来た?それとも『親衛隊を作ってもいいですか?』って聞かれた?」
まさか初日でそこまで、とは思ってなかったんだけど、パパの怒りを爆発させない為にも、思いっ切り派手に吹いてみたら。
「ううっ・・・『親衛隊』が出来たみたいだった・・・」
朱里はとっても恥ずかしそうにそう呟いた。
「『親衛隊』ですって!凄いじゃないの朱里!」
あたしの母校でもある、朱里の通う学校は、女子校の所為か小さなファンクラブみたいなものは、あたしがいた時から幾つかは存在していた。
でも『親衛隊』となると話は別。
数多くのファンを持つアイドル的な存在を見守る人達が『親衛隊』だから、余程人気がある人が現れないと存在しなかった。
まだ正式に編入した訳でもない、夏期講習の初日から『親衛隊』が出来上がっているなんて!
あたしと同じ学校を卒業したお姉様も、その事をよく判っている様で「あら、素敵ね」と微笑んでいるし、お母様は「さすが、我が孫!」と自慢げだった。
そうでしょう、そうでしょう!
「これも、ハンサムなパパに似せてママが産んであげたおかげよ。感謝なさい!」
恥ずかしがってないで、もっと喜べばいいのに。
「でも・・・」
あら、踏ん切りの悪い子ね!
「『親衛隊』から何か貰ったんじゃなくて?見せなさいよ!」
ウジウジ考えてたんじゃダメなのよ!
こう言う事は、明るく笑って乗り越えなきゃ!
冗談半分で、何か貰ったんじゃないかと思って言ったんだけど、まさか本当に貰ったものがあるとは思わなかった。
つくづく、予想を超える出来事を引き起こしてくれる子だわ。
「・・・これ貰った。って言うか、答えて欲しいって」
朱里が渋々差し出したのは可愛らしいピンクの封筒。
ま、まさか!ラヴレター?
騒がれる事ぐらいは想像してたけど、まさか同性愛?
そ、それはちょっと危ないかしら?
恐る恐る受け取れば、仄かにコロンの香りまでする。
まさしくラヴレター以外の何物でもないみたい。
既に開封済みのソレの中身を出して見れば・・・
「『岡村朱里様に十の質問』?」
『岡村朱里様に十の質問』
①.お誕生日はいつですか? 十月十四日
②.身長・体重は? 身長:五フィート六インチ 体重:116ポンド
③.ご趣味(複数回答可) スポーツ観戦(NBA・NFL・NHL)
④.ご家族構成(ご両親のお仕事・ご兄弟の年齢) 父(大学勤務)母(専業主婦)弟(十三)
⑤.お好きな学科(複数回答可) 数学以外
⑥.お好きな食べ物(複数回答可) 好き嫌いなし
⑦.お好きな芸能人(映画俳優・歌手など) 特にいない
⑧.お好きな音楽(複数回答可) 特にない(何でも聞く)
⑨.余暇の過ごし方 バスケ・TV鑑賞
⑩.恋人もしくはボーイフレンドはいますか? いない
ラヴレターじゃなくてホッとしたけど、朱里が既に書きこんだ内容に、あたしは眉を顰めた。
「朱里、こんなんじゃダメよ。あたしが書き直してあげる!」
みんなが揃っているリビングのテーブルに質問状を広げて、あたしは朱里が書き込んだ内容を消した。
「一番はともかく、二番は日本人には解らないわよ。フィートやポンドじゃなくてセンチやグラムに置き換えないと。ええっと五フィートは・・・」
頭の中で計算を始めようとしたら、パパが「五フィート六インチなら百六十五センチだろう」と素早く答えを出してくれる。
「ありがとう、パパ」
さすがパパ!
ニコニコと笑い返すと、パパはいつものように少しだけ口元を緩めるだけの笑いを返してくれる。
よし!これでお母様達にたくさんおねだりして買って貰った物の事は忘れてくれるかしら?
「あら?でも朱里、身長は六インチじゃなくて七インチじゃなかった?」
朱里はまだまだ成長期だから、伸びた筈だと思ってたけど。
「違います!これで間違ってないの!」
頑固ねぇ。
背が高いのは悪い事じゃないのに。
「ふうん・・・ま、いいけど。それじゃ体重は」
チラリとパパを見れば「五十二キロ」と言葉に出して聞かなくても答えてくれる。
うふふ、以心伝心よね!
「えっと・・・三番はこれでもいいけど、朱里、あの事は書かないの?」
朱里を見ると「どの事?」と心当たりがない様だ。
「ピアノよ。得意でしょ?弾き語りとか」
あたしの言葉に、お父様が驚いたように目を見開いて、お母様が「あら?」と微笑んだ。
「ちゃんとグランドピアノも買ってあげたでしょ?」
アパート暮らしの時はそんな余裕はなかったけど、広い家に移った時に奮発したのよ。
あたしもお姉様も小さい時に少しだけ習っていたピアノ。
お父様が弾くピアノを家族みんなで聴くのが好きだった。
あたし達、姉妹には、お父様のような才能は受け継がれなかったけど、朱里は意外と起用で小さい頃から玩具のピアノを上手に弾いていた。
これは才能があるのかも!と思って、アップライトのピアノを買って、近所で教えてくれる人を探したのよ。
結構、真面目にレッスンに通っていたのに、日本の学校に通う事が決まったら、あっさりと辞めちゃって、ガッカリしたのよね。
『プロを目指すような才能は無いから』って言ってたけど、ピアノを弾く事は嫌いじゃないはずだわ。
「あれは・・・趣味じゃないよ。習い事だし」
朱里は複雑な表情を見せる。
もしかして、朱里の中ではピアニストになる夢が捨てきれずにいるのかな?
お父様も目指していたピアニスト、亡くなったお祖母様も一時期とは言えプロの歌手だったそうだ。
朱里にも音楽に対する才能がある血が流れているはずなんだけど、芸術関係は成功するまでの道のりが厳しいから、女の子である朱里に余り強要したくは無かったから『辞める』と言った時にも反対はしなかったけど。
「習い事で得た事だって、好きで続けていれば立派な趣味だわ。えっと、ピアノっと」
「ママ!」
あたしは娘の抗議を無視して書き込んだ。
「そして、次は・・・あら?四番はちょっと違うわよ。父親の職業は『大学教授』でぇす!」
お父様達にも自慢するように、声を大きくして伝えると、朱里は驚いたように「え?」と漏らすし、お父様は「ほう」と感心したように、お母様は「へぇ」と漏らした。
「パパ、昇進したの?」
「そうよん!だから今回の旅行はご褒美も兼ねてるの!」
誰にとってのご褒美か?って聞かれると、パパの、と言うより、あたしと玄のご褒美になっちゃってるけど。
「だから、朱里は安心して日本で勉強していればいいのよ」
お金の事なんて気にせずにね。
そう言うと、朱里は頷いてパパに「おめでとう、パパ」と伝えた。
「ああ、ありがとう」
パパも素直に朱里からのお祝いを受けてくれる。
こんな処は、昔に比べて、本当に変わったと思う。
ほんわかとした雰囲気に満足したあたしは質問状に視線を戻した。
「えっと、五番は・・・これでもいいけど、好きな学科を聞かれているんだから、得意な英語とか体育とかにした方がよくない?」
音楽も追加するべきかしら?
でも、朱里は割りと満遍なく出来る子なのよね。
数学が苦手だって言ってるけど、苦手だと思うから、他の教科より勉強する時間は長いし、成績としては綺麗に並んでるのよ。
思い込みが激しいところもパパに似てるから。
「そうだわ!好きな学科については『テストの結果を楽しみにしてくれ』って書いておこう!」
何でも素直に書けばいいもんじゃないわ。
期待を持たせる書き方も喜ばれると思うのよ。
「ううっ、プレッシャーだよ、それじゃ」
朱里は思わず胃の辺りに手を当てて唸っていたけど、あたしは「気にしない、気にしない」と言って書いた。
「六番はこれでいいか・・・七番は・・・朱里、どうして『特にいない』なの?居たでしょ?好きな俳優とか歌手とか」
結構、好みは偏っていたような気がするけど。
「だって、殆ど向こうの俳優や歌手だもん。こっちの高校生が知ってるとは思えないし、知らない人の名前を聞かされても困るだろ?」
なるほど、朱里なりに気を遣ったわけね。
でも、そんなのは無用の気遣いってモンよ。
「これを聞いてきた人達は朱里の好みが知りたいのよ。だから正直に答えてあげなくちゃ」
えっと、朱里が好きな俳優は、確かアクション俳優のあの人と、コメディで有名になったあの人だったかな?
歌手だと・・・
朱里はもう、あたしが書き込む事に溜め息を吐くだけで、黙って見ている。
「八番は・・・これも具体的に書いてあげなくちゃね。クラシックはショパン?」
朱里がよく聴いていた音楽を思い起こしながら記入していく。
「九番は、っと・・・ううん、これでも間違ってないけど、ピアノも追加しておきましょうね」
もう朱里の抵抗はなくなったみたい。
「ラスト、十番!朱里、ボーイフレンドはたくさん居たじゃないの。エリックとかレニーとかジェフとかスティーヴとか・・・」
あとは、ええっと・・・
「あいつらは友達でボーイフレンドじゃないよ」
あたしが挙げた名前に朱里は呆れたような言葉で答えた。
ああ、そう言えば
「そうね、向こうじゃボーイフレンドと言えばステディな関係の人を指すけど、日本じゃちょっと違うのよ。直訳したとおりの意味で『男友達』になっちゃうの」
これも日本とアメリカの文化・習慣の違いってヤツかしら。
「え?じゃあ、この質問って同じ事を聞いてるんじゃなかったの?」
そうよね、普通は驚くわよね。
あたしが頷くと、朱里は頭を掻いて考え込んでいた。
「どうする?『ボーイフレンド』の名前、書き出しておく?」
朱里を促せば、頭から手を離して首を振った。
「いいよ、ヘンな風に誤解されるのもヤだし」
「・・・そうね」
やっぱり、朱里はまだロスで女の子達に仲間外れにされた事を忘れられないのね。
無理も無いけど。
やんちゃで男の子達と遊んでばかりいた朱里は、思春期を迎えた女の子達から、虐めじゃないけど、色々と非難されたみたいだった。
朱里は自覚がまだちょっと足りないから、男とか女とか、性別で線を引くことをしなかったから、不思議がっていたけど。
日本に来て、少しは年頃の女の子としての自覚が生まれれば・・・って無理か。
女子高のアイドルになってしまっては。
うう~ん・・・ちょっと調子に乗りすぎちゃったかしら?
「はい、これで完成ね!」
あたしが記入して返した質問状を、朱里は渋々と受け取った。
「朱里、ピアノが好きなら弾いて見るかい?」
それまで黙っていたお父様の問いに、朱里はびっくりしていた。
「え?この家にピアノがあるの?」
ああ、朱里はまだあの部屋を知らないのね。
「あるよ。防音室にね」
「防音室?スゴイ・・・本格的なんだ・・・」
「どうする?」
お父様に促されて、考え込んでいた朱里はおずおずと頷いた。
「・・・弾いてみたいです」
それから朱里は、お父様とお母様にお姉様と一緒にピアノのある防音室へと向かった。
開け放たれたドアのお陰で、ピアノの音と、お姉様の歌声が聞こえてくる。
ああ、懐かしいな。
お父様のピアノは少し変わったかしら?
お姉様の歌声は相変わらず綺麗だけど。
あら?ピアノの音が変わったわ?
これは朱里?
そうね、あの子にもあの曲は教えてあげたから、知ってるはずですものね。
暫し、聞こえてくる音楽に耳を澄ませていると、パパから一言頂いちゃったわ。
「あんまり娘で遊ぶなよ」
お見通しでしたか!
あたしはおどけたように舌を出して肩を竦めた。
「オレもピアノ、触ってくる!」
気を利かせたのか?玄がそう言って立ち上がった。
勘のイイ子だわ。
まあ、朱里が居なくなってから、我が家のピアノは玄が独占しているんだけど。
あの子にも才能はあるのかしら?
レッスンは朱里と一緒に受けてたけど、サボリがちだったし。
「でも、これで朱里も日本の学校に馴染めそうでよかったわ!」
やっぱり心配していたのよ。
日本の、それも女子校でしょ?
アメリカで女の子の友達が居なかった朱里が、上手くやっていけるのか不安だったの。
まあ、ちょっと・・・不安の材料が残ってはいるけどね。
「ありがとう、パパ。朱里と、そして、あたしの為に態々日本にまで来てくれて」
嬉しかったわ。
「今まで苦労させてきたからな」
ううん、あなたと一緒になれて、あたしは本当によかった。
後悔してないし、幸せだよ。
朱里のピアノの音が聞こえてくる中、あたしはそっと最愛の人の手を握った。
わぁい、ラブラブな夫婦です!
ややツンデレ気味のパパとヤンデレなママ(笑)
誰も居ないからキスの一つもすればいいのに、純正日本人のパパはそーゆー事はしないみたいです。
さて、朱里が語っていない意外な過去の話としてピアノが出てきました。
何か音楽的なものを、と考えてお祖父ちゃんがやっていたピアノを選択。
果たして朱里は将来の選択肢の中に音楽を入れるのか?
ママ達の出番はこれで暫くお休みになります。
ああ・・・弟の玄の出番が少ないなぁ・・・彼もお金持ちのお母さんの実家に驚いた事でしょうが、末っ子は甘え上手でちゃっかりしてます。
お母さんみたいに。