11. Classmate 1 (side Tsumugi)
またしても紬ちゃん視点のお話です。
わたくしは部活が終わると、職員室に行き、担任の平沢先生を探した、が、いらっしゃらない。
「あの、平沢先生はどちらに?」
他の先生に伺うと
「あれ平沢君は?」
「ええっと・・・」
「彼は確か編入試験の監督では?」
「ああ、そうだった、そうだった。と言う事で今は席を外してるよ」
「・・・ありがとうございました」
少々混乱していた職員室を後にして、わたくしは心の中でガッツポーズをとった。
平沢先生が試験の監督をしたなら、合否もご存知かもしれない。
おそらく、明日が面接になるのだろうから、週が明けたら伺うのがいいのかも。
上手くいけば、編入先のクラスとか、夏期講習に参加されるのか否かも伺えるかもしれない。
「曽我部さん、君は個人情報保護法って知ってますか?」
次の月曜日、質問したわたくしを呆れたような顔を見てから平沢先生はそう仰った。
「はい、存じ上げております」
ニッコリと微笑んで答えると、先生は困った様に笑われて「ダメですよ。教えられません」と仰られたので、わたくしはお願い申し上げた。
「そうですか・・・残念です。お名前だけでもお教え頂ければと思ったのですが・・・ところで先生、先日、母が平沢の小母様にお会いしたそうですが、先月赤坂の料亭で・・・」
平沢先生は、そこまで聞かれると、黙ってヒラリと机の上の書類を一枚表に返した。
それは、夏期講習参加申込書だった。
クラス名と氏名だけが書かれた、おそらくは平沢先生の手によって作られた書きかけの書類。
そこには『一年月組 岡村朱里』と書いてあった。
わたくしと同じ月組にはそんな名前の方はいない。
つまり。
「失礼いたしました、平沢先生。わたくし、もう母が平沢の小母様とお話しされた事が何だったのか忘れてしまいましたわ。申し訳ございません」
深く一礼して職員室を出た。
うふっ、うふふっ。
お名前が解ったわ!
それにクラスも思ったとおり同じだし、夏期講習にも参加されるみたい!
心なしか足取りも軽く、浮かれ過ぎないように気を付けて教室に戻ると、そこには同じクラブの方が何人か・・・同じクラスではない方もお見えになられているよう。
「お待ちしておりましたわ、曽我部さん」
「で?首尾はいかがでした?」
まあ、みなさまったら。
「残念ながら、平沢先生は厳しい方でして・・・」
わたくしがそう言った途端に、期待に満ち溢れていた方達が、あからさまにがっかりとしたお顔をなさったのは、中々どうして楽しい物でしたわ。
「判った事と言えば、お名前とクラスに・・・夏期講習にご参加なさる事ぐらいですかしら」
ちょっと勿体を付けて申し上げれば、みなさんのお顔がパッと晴れやかになられた。
「まあ、素晴らしい成果ですわ」
「ご謙遜が過ぎましてよ」
「それで、お名前とクラスは?」
わたくしとしては本当に大した成果だとは思っていなかったのですけれど、それでもみなさまが待ち望んでいらっしゃる事をお伝えいたしました。
「お名前は『岡村朱里』様と仰るそうです。クラスは月組」
この言葉に『やったわ!』と仰る方と『残念ですわ』とがっかりなさる方、そして『岡村朱里様・・・素敵なお名前ですわ』とうっとりなさる方がいらっしゃいました。
そうですわね、わたくしも素敵なお名前だと思いましてよ。
何度も頷きながら、間もなく始まる夏期講習が楽しみになって参りました。
「ああ、残念ですわ。わたくしも夏期講習に参加すれば良かった」
ここに居るのは、わたくしと同じ部活をなさっている方ばかりですが、全員が夏期講習に参加なさると言う訳ではない様です。
「みなさま、僭越ではございますが、わたくし、夏期講習で朱里様に『親衛隊』を作っても宜しいかお伺いしようと思うのですが」
朱里様にお会いしてからずっと考えていた事を、みなさまにご相談申し上げました。
すると
「まあ・・・素晴らしいお考えですわ!」
「是非、お願い致します」
多くの賛同を頂けました。
ありがたい事ですわ。
そして、夏期講習が始まる日。
早目に登校して、講習が行われる教室でお待ち申し上げていると、まだ制服が揃わないのか、私服で通学される朱里様のお姿を窓から拝見する事が出来ました。
多分、職員室に寄られてからこちらへいらっしゃる筈ですわ。
何とお話し掛けるべきかしら?
『先日はありがとうございました』・・・いいえ、お礼を申し上げるのは変ですわ。
『ご編入おめでとうございます』・・・これもおかしい様な。
色々と考えているうちに、間もなく講習の始まる時間が迫って参りました。
朱里様に何かあったのでしょうか?
不安になりながら、教室のドアをじっと見詰めていると、いつの間にか、講習に参加される他の方達も、わたくしと同じ様に、じっとドアを見ていらっしゃいます。
し~ん、とした教室のドアの前に人影が立つと、ガラリと扉を開けられました。
朱里様だわ!
思わず「きゃぁぁ!」とはしたなくも声を上げてしまいました。
それはわたくしだけではなかったようで、ドアを開けた朱里様は、その大きな声に驚かれて、一瞬立ち止まわれてしまわれました。
慌てて、口元を押さえて、朱里様から視線を外しましたが、早く『親衛隊』の事についてのご許可を頂かなくては、と思って席を立とうとすると、始業のチャイムが・・・仕方ありません、次の休み時間に致しましょう。
朱里様は、わたくしのお願いを、戸惑いながらもご了承して下さった。
なんて優しい方でしょう。
クラス委員の秋山さんも口添えをして下さったようだし、その上、朱里様をお誘いして下さって、お昼は月組の教室でご一緒にランチを頂く事も出来た。
ついつい調子に乗ってしまったわたくし達は朱里様に矢継ぎ早に質問をする事になってしまい、『親衛隊』について言い出したわたくしは責任を感じて、朱里様に『質問状』をお願いする事を申し出た。
すると、朱里様はわたくしにお礼を仰って下さった・・・ああ、幸せですわ。
午後の講習は、先生方には申し訳ございませんが、朱里様への質問状の下書きを作っておりました。
それを、同じクラスのみなさまに見て頂いて、ご了解を頂いてから、朱里様にお渡しする事に致しました。
みなさま、快くご賛同くださって、ありがたい事ですわ。
一番お気に入りの便箋に清書をして、封筒に入れる前に、少しだけコロンを付けた白紙の便箋も同封いたしました。
それをお渡しする時の、わたくしの気持ちと言えば、それはもう、ラヴレターをお渡しする様な気持ちで、顔は真っ赤になり、心臓はドキドキと激しい鼓動を打っておりました。
「朱里様、こちらがお昼に申し上げておりました『質問状』でございます。お時間がある時にでも、ご回答を宜しくお願い致しますね」
思わず差し出す手が震えてしまいそうでした。
「わかったよ。ちゃんと明日にでも持ってくるね、紬」
ああ、朱里様がわたくしの名前を呼んで下さった!
嬉しい!幸せ!
わたくしからお願い申し上げた事だけど、こんなに早く呼んで頂けるなんて・・・わたくし、もう死んでもいいくらい幸せですわ。
もっとも、これから先も朱里様をお守りしなければなりませんから、そう簡単に死んでしまう訳にも参りませんけど。
明日にはご回答されたものを持って来て下さるって・・・とてもとても楽しみです!
紬ちゃんのお家は腹黒担任の実家と懇意にしている様です。
色々と情報を持っている様で。
赤坂の料亭で何があったのでしょう?
さて、次はママによる親衛隊からの質問状の回答編です。