パパ活の果て
その匂いは、金より深く、死より冷たかった。
河合ゆりは、今夜こそ、この男と別れようと決めていた。
年上の男に求めるものは、優しさと、財布の厚みだけだった。色恋など、ただ匂わせておけば十分。
金と時間を奪い、用が済めば捨てる。逢瀬は若い男たちと交わせばいい。ゆりはそうやって生きてきた。
冷たく、効率よく、誰にも心を許さず。だが、今回の男だけは違った。
彼の血筋は古く、特殊だった。先祖代々、死霊を扱う家系だったという。
ゆりがこれ以上、被害者を増やさないように。そして、彼女自身がこれ以上、道を踏み外さないように――
ただ、それだけのつもりで、彼は家に伝わるものを解き放った。大正時代の連続殺人鬼。
その霊を、ゆりに取り憑かせたのだ。それからというもの、ゆりを見た男も女も、理由もなく距離を置くようになった。
電車で隣に座られても、すぐに席を立つ。店員は視線を逸らす。通りですれ違う人々は、まるで見えないものから逃げるように足を速める。
誰も声をかけてこない。空気が彼女を忌避する。ゆりは、自分が何かに侵されていることに、まだ気づいていなかった。
そんなある夜、彼女は一人の青年と出会った。
チャラさのない、落ち着いた目をした男だった。香水の匂いもなく、タバコも酒も口にしない。
表面的な清潔さではなく、内側から滲み出るような静けさを持っていた。ゆりは久しぶりに、違和感のない相手だと感じた。
その夜、二人はホテルの部屋で体を重ねた。ゆりがこれまで味わったことのない、鋭く深い興奮が、体の芯を貫いた。
息が上がり、視界が白く揺れる。快楽の波が頂点に達しようとした、その瞬間だった。鋭い感触が、まず腹を裂いた。次に胸を、そして喉を。
ナイフは彼女の肉体を貫き、ベッドのマットレスにまで食い込んだ。血が広がる音と、肉を裂く音が、部屋の静寂に沈んでいく。
ゆりは絶頂の只中で、絶命した。
目を見開き、口を半開きにしたまま、動かなくなった。
青年は、静かにナイフを抜き、シーツで刃を拭った。彼はすでに三十人を超える命を奪っていた。連続殺人鬼だった。
ゆりに近づいたのは、彼女から漂う「同じ匂い」に惹かれたからだ。
自分と同じ種類の、冷たく濃い死の気配。まさかそれが、彼女に取り憑いた大正の殺人鬼の残滓だとは、彼は知らなかった。
ただ、同じ匂いがした。だから、殺した。部屋の明かりが、冷たく白く灯っていた。
窓の外では、夜の街が静かに流れている。青年は扉を開け、誰にも見られないように廊下へ消えた。
残されたのは、血に染まったベッドと、目を見開いたままのゆりの遺体だけだった。
取り憑いていた霊も、彼女の死とともに、静かに消えたのかもしれない。
因果は巡る――ただ、その真実のみを残し、他の諸々は静かに闇に沈んだ。
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