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あの黒いセダンは蕎麦屋にたどり着けたのか

作者: Y
掲載日:2026/05/17

 初夏。とある晴れた日の午後、私は日課のウォーキングのため、自宅を出発した。


 自宅を出て5分ほど歩いた頃、前方のT字路を曲がってこちらに向かってきた黒い車が、アパートの脇に停まった。


 車の脇を通り過ぎようとした時。運転席の窓が開き、奥の助手席に座った高齢の女性が話しかけてきた。手前の運転席に座った、同じく高齢の男性は恥ずかしそうにモジモジしている。


「すみません。この辺にお蕎麦屋さんはありませんか?」


「あー。あっちのほうにある……」

 困りながら北西の方角を指差し答える。確かにこの辺にお蕎麦屋さんはあるが、どう道順を説明していいかがパッと浮かばない。蕎麦屋は住宅地の中にあり、そこへたどり着くには裏道を通らねばならず、目立った目印がないのだ。記憶を頼りに、どうにか道順を伝える。


「この道をまっすぐ進んで、左に曲がって、またまっすぐ行って右に曲がったら右手に見えます」


「ありがとうございます!!」


 老夫婦はこの上なく嬉しそうに笑い、ニコニコと私の示した方向へと車を走らせ去っていった。


 ……本当にあの教え方で合っていたのかな。


 私は不安になった。自分が老夫婦に教えた「まっすぐ進んで、左に曲がって、またまっすぐ行って右に曲がったら右手に見える」を心の中で復唱し、その通りに進んだ道をイメージしてみる。


 ……なんか違う気がする。


 不安は益々強くなり、私は何度も脳内で「自分が教えた道を進んだらどこに着くか」をシミュレートした。合っている気もするし、間違っている気もする。


 蕎麦屋は私のウォーキングコースの終盤の近くにある。このままコースを少し変更して、あの老夫婦の車が無事たどり着いているかを確認しようかな?


 しかし様子を見に行って、もし間違った道を教えていてそのせいで「迷子になった老夫婦がやっと蕎麦屋にたどり着いた」という場面に出くわしたらどうしよう。すごく気まずい。


 ウォーキングを続けながら私は葛藤した。確認しに行こうか、やめとこうか。出くわしたら気まずい、でも気になる……。


 結局、確かめたいという気持ちが勝った。

 ウォーキングを始めて30分が経った頃、私は例のお蕎麦屋さんの方へと足を向けた。


 ドキドキしながらお蕎麦屋さんの駐車場を見る。黒い車が3台、停まっている。


 ……どれだよ。


 老夫婦の乗った車が黒い車体だったことは覚えているが、車種まではよく覚えていない。なんとなくセダンだったような気がする。

 3台の車は1台は軽自動車、もう1台はワゴン車、最後の1台はセダンっぽい雰囲気の車だった。


 最後のがそうかなあ? でもなんか違う気がする……うーん、分からん。


 確かめるのは無理だったか……諦めてそのまま蕎麦屋を通り過ぎようとした時、前方からまた新たな黒い車がやってきた。セダン。セダンだ。乗車人数が2人以上いることを確認しようとして、思わず助手席を凝視する。乗っているのは女性……かな?

 助手席の推定女性は私と目を合わせようとしない。いや、合ったら気まずいのだが。


 そのセダンは蕎麦屋の手前で減速し、ゆっくりと停車した。


 この車かも知れない。


 私は直感的にそう判断した……というか、半ば強引に決めつけた。


 そうだ、この車だ。まっすぐ行けば時間的にとっくに着いている頃だから、ちょっと道に迷った末にたどり着いたのかも知れない。私の教え方は悪かったかも知れないけど、最初に「あっちのほう」と大体の方角を示したから、なんとなくたどり着けたんだ。そうだ、そうに違いない。蕎麦屋にたどり着けなかった老夫婦なんていなかったんだ。良かった良かった。


 決めつけてしまったらなんだか本当にその通りのような気がしてきて、私の不安は霧散した。


 いやー、いいことしたなあ。私は満足感とともに自宅方面へと足を進めた。


 それにしても、見慣れた地元の道でも、誰かに教えるとなると案外難しいものだ。


 ウォーキングコースの近くの何かのお店の場所ぐらい、いつでも完璧にナビゲートできるよう、道を把握しておこう。


 そんな小さな教訓を胸に、帰宅した私はパソコンのブラウザでGoogleマップを開いた。蕎麦屋は、ここ。

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